渚side
「出てけ!クソビッチ!」
「殺せんせーと代わってよ!!」
ビッチ姉さんにみんなの怒りが爆発して荒れる教室。その喧騒を沈めたのは1人の男子生徒だった。
「はあ……」
「「「「——!」」」」
周防くんが呆れたようにため息を吐くと教室が静まり返る。なぜなら、彼のため息が、彼の“全てを見下すような目線”が、彼の雰囲気が……
——この世の何よりも冷たく感じたから
「——っ!」
自分の背中に冷や汗が流れるのを感じる。おそらくみんなも同じだろう。
ただ1人を除いて、
「あれ?周防くんどこ行くの?」
その“冷たさ”を意に介す事のないカルマくんが周防くんにこう問いかける。すると、周防くんは普通に返した。
「どこって、帰るんだよ。もうここにいても意味がないからな」
「ほらー、ビッチ姉さんが授業しないから周防くん怒っちゃったじゃん」
「別に怒ってはない。こんなやつ相手にしたところで時間の無駄だ」
教室に2人のやりとりが木霊する。そのやりとりはどこかわざとらしさを感じる。まるでビッチ姉さんの怒りを
「ちょっとそれどういう意味よ!舐めてるの!!」
先ほどまでの学級崩壊のこともあり、かなり苛立っていたビッチ姉さんは周防くんのその言葉に対して怒りを向ける。
「舐めてねえよ。お前みたいな用済み、相手にする時間がもったいないからな」
しかし、周防くんは彼女のことを気にする様子がなかった。
まるで、
——お前なんて眼中に無いと言わんばかりに
そして扉の前にたどり着いた周防くんは、後ろを振り返ってこう言った。
「ああ、そうだ。あんたこの仕事終わったら殺し屋辞めた方がいいぞ。“今の自分の状況を客観的に見ることもできない奴”が命のやり取りの場に立ったら——死ぬぞ」
そう言った時の周防くんの目線はとても冷たかった。自己紹介の時や岡野さんを泣かせた時のような“全てを見下す”とても冷たい目線。その姿は、まるで、
「——クッ!!」
その言葉に我慢の限界が来たのだろう。落ちていたハサミを拾っていたビッチ姉さんはそのまま周防くんに殴りかかる。凶器を持った殺し屋の一撃。このまま食らえば大怪我を負うことになる。
しかし次の瞬間、
《バコン!》
「……がっ!」
僕らの視界にはうつ伏せのまま周防くんに腕を極められているビッチ姉さんの姿が映り込んだ。
(見えなかった……)
もはや圧倒的だった。女性とはいえ大人の……それも“プロの殺し屋”を一瞬で制圧。まさに瞬殺と言っていいだろう。
確かに周防くんは喧嘩慣れしているし、体格にも恵まれている。正面からの喧嘩ならE組の中でトップクラスに強いのは間違いなかった。
ただ、烏間先生の訓練をしてきた僕たちなら一泡吹かすことはできるかもしれないと思っていた。だが、この瞬間にそれは間違いだと思い知らされた。
はじめてみる周防零二の実力の一端……、それは僕らの想像を遥かに上回っていた。
「………」
そして、ビッチ姉さんを制圧した周防くんは一言も発さずただ彼女のことを見ていた。
——さっきと同じ“全てを見下す”とても冷たい目線で
自分が勝つことが、さも当然というような感じだった。
そして、周防くんはビッチ姉さんの拘束を外す。
「——クッ……」
中学生に敗れプライドがへし折られたビッチ姉さんはその場の雰囲気に耐えられず、逃げるように教室から出て行った。その目に涙を浮かべて。
「あー、周防くんまた女の人のこと泣かせたの?よくないな〜」
そして、カルマくんの声を無視した周防くんもその後を追うように教室を出た。
***
イリーナside
《ドン!》
「なんなのよあのガキども!こんないい女と同じ空間にいられるのよ!?ありがたいと思わないわけ!!」
あの後、教室から出た私は職員室で荒れていた。あんなことになって平然といられる方がおかしい。
「ありがたくないから軽く学級崩壊してるんだろうが……」
そんな私を呆れたような目線で見る烏間。ホントにどいつもこいつもムカつくわ!
烏間は私に鋭い目線を向けてこう続ける。
「彼らにちゃんと謝ってこい。このままここで暗殺を続けたいのならな」
「なんで?私は先生なんて経験ないのよ!?暗殺だけに集中させてよ!!」
私は思わずこう返した。
そうだ、私は殺し専門だ。なんでガキの相手をしないといけないのか理解ができない。
すると、烏間は私のことを鼻で笑った。
「フッ……、殺しに集中か……。ターゲットどころか訓練もしていない中学生にすら負けたお前が未だにそんなことを言えるなんてな」
「……っ」
それを言われると言葉が出てこない。
そうだ、私は負けたのだ。中学生のガキ相手に何もできずに……
「……そ、それは……私が戦闘をあまり専門にしていないからで……」
私は自分で言っていても見苦しい言い訳を絞り出すのがやっとだった。
烏間は追い討ちをかけるように口を開く。
「プロの世界は結果が全てだ。どういう過程であれ、お前は負けたのだ。確かに、彼は体格に恵まれているし見所も多い。ただ、彼はこの教室の中でも特殊で、暗殺には一切参加していない一般人だ。俺の暗殺訓練にも一切参加をしていない。つまり、お前は“
烏間はそれを淡々と語る。
私にはもう言い返すことができなかった。だってそれは事実なのだから。目に涙が溜まるのを感じる。もう私のプライドはボロボロだった。
『舐めてねえよ。お前みたいな用済み、相手にする時間がもったいないからな』
しかし、荷物をまとめて去ろうとした私に烏間は声を掛けた。
「待て、どこへ行こうとしている?」
「帰るのよ。失敗した暗殺者はもうここにはいる資格がないわ」
「そうか。でも待て。ここを出るのは構わないが、その前に最後の仕事だ。お前にプロの仕事を見せてやる。ついてこい」
烏間はこうやって私の腕を掴む。でも、ついて行く気には当然なれない。
「で、でも私は……」
「まだ契約は終了していない。仕事は最後までやってもらうぞ」
だけど、烏間は渋る私を無理やり外へと連れ出した。
***
裏山の草木をかき分けて進むと、烏間は立ち止まってこう言った。
「見ろ」
草木の影から覗くとターゲットがものすごいスピードで何かをしている。
「何してんのよあいつ?」
「テスト問題を作っている。どうやら水曜6時間目の恒例らしい」
「なんだかやけに時間がかかってるわね。マッハ20なんだから問題作りくらいすぐでしょうに」
あいつのスピードははっきり言って異次元だ。そして、目の前でも目にも見えないスピードで手を動かしている。このスピードならガキのテスト問題くらい一瞬で作れるはずだ。
だけど、私がこう言うと、烏間は一呼吸おいてこう返した。
「一人一人問題が違うんだ」
……え?
「苦手教科や得意教科に合わせてクラス全員の全問題を作り分けている。高度な知能とスピードを持ち、地球を破壊する危険生物……そんな奴の教師の仕事は完璧に近い」
私は言葉を失った。ターゲットとしての警戒を怠らずその上で生徒一人一人に向き合う。私にはとてもじゃないけど出来はしない。
「次、行くぞ」
今度は校庭の方へ連れて行かれた。烏間が指を差しながら私に視線を向ける。
「生徒達も見てみろ」
烏間が指を差すほうへ目を向ける。すると、校庭で遊んでいるガキ共の姿が目に入った。
「遊んでるだけじゃないの?」
私は思わずこう返した。何が言いたいのかよくわからない。
烏間は淡々と続けた。
「動く目標に正確にナイフを当てる為のトレーニング。俺が教えた『暗殺バドミントン』だ」
よく見てみると生徒たちの手にはラケットではなくナイフのようなものが握られていた。ターゲットの顔が描かれたボールにナイフを器用に当てながらラリーを続けている。
「彼らはもともと暗殺などとは無縁の生活を送っていた普通の中学生だ。当然、暗殺の“経験”もない。そんな彼らが、賞金狙いだとはいえ、俺たちの無理難題に応えるために“技術”を身につけようと精一杯努力してくれている。本業である学業の合間を縫ってな」
烏間の淡々とした声が響く。
何故だか分からないが気づいたら自然と生徒たちの姿を目で追ってしまっていた。そんな私を見ながら烏間はさらに言葉を続ける。
「ターゲットと教師、
すると、脳裏に自分の言葉が浮かんだ。
『なんで?私は先生なんて経験ないのよ!?暗殺だけに集中させてよ!!』
『……そ、それは……私が戦闘をあまり専門にしていないからで……』
自分が恥ずかしくなった。中学生の子供ですらできていたことを大人の自分ができていなかったのだから……
ただ、この話を聞いて1つだけ気になることがあった。
「……周防は暗殺に参加していないって言ってたじゃない。あいつは何を両立してるのよ?」
そう、烏間の話によれば、自分を倒した周防零二という生徒は暗殺に参加していないらしい。つまり、あいつには“生徒”という立場しかないはずだ。しかし烏間は
「そこで少し待っていろ」
すると、烏間は校舎の前に私を置いて中に入ってしまった。そして、目の前の窓が開かれる。
「よく聞いておけ」
これは職員室の窓だった。窓から顔を出した烏間が一言だけ告げると、職員室の中に戻ってしまう。
私はしばらく窓の影から中の職員室を覗いていた。すると、1人に生徒が中に入ってきた。その生徒は私を倒した男。周防零二だった。
「なんですか?まあ、大方予想はついていますが、俺が教師に暴力を振るったことに対する説教ですか?言っておきますけど、先に向こうが凶器を持って襲ってきたので正当防衛ですよ」
職員室に入ってきた周防は開口一番にめんどくさそうにこう言った。
烏間はそれに、表情を変えずにこう返す。
「いや、あの件は我々の責任だ。殺し屋が生徒に向かって凶器を向けるということはあってはならないことだ。今回は幸い怪我人が出なかったが、場合によっては死人が出てもおかしくなかった。まずはそれを謝らせてくれ。すまなかった」
そう言って烏間が周防に向かって頭を下げた。そしてこのようなことを口にした。
「今回、君を呼び出したのは聞きたいことがあったからだ。周防くん。君はイリーナについてどう思っている?」
烏間は単刀直入に私のことをどう思っているかを聞きだした。その言葉に周防は若干面倒そうな顔をしてこう聞き返す。
「どう?それはあの人がここに残るべきか否かということですか?それともあの人の評価「全てだ」……?」
だが、周防が言い終える前に烏間は口を開いた。そのまま烏間が続ける。
「君が彼女に何を思っているのか全て聞かせてくれ、好きか嫌いか、暗殺者としてどう思っているのか、彼女の仕事ぶり、彼女への不満、今後ここに残るべきか否か、なんでも構わない思っていること全てだ」
烏間は周防にこう言った。私のことをどう思っているのか。
(そんなの“嫌い”って言うに決まっているじゃない……)
これで、私は察した。烏間は私への不満を聞かせようとしているのだと。
「そうですね……」
周防は少し考え込むと言葉を紡ぎ出す。
「まず彼女は“プロ”の殺し屋を名乗っていますが、“プロ”としては論外かなと。まず、彼女の作戦についてですが潮田のアドバイスを軽視し、通常兵器の効力の確認を怠たるという、いわば
確かにそうだ。ガキ共の意見や烏間の忠告を大して影響がないとスルーし、その結果失敗した。あれは私の落ち度だった。
周防は淡々と続ける。
「そして、脇の甘さも終わってますね。自分の過去の殺しやここへの潜入の手口を武勇伝のようにペラペラ話す。殺し屋というものは恨みを買いやすい。自分もいつ狙われているか分からないという危険な世界だと思います。彼女はその自覚がなさすぎます」
(言い返せない。言い返したいのに……)
だって、周防の言っていることは全て的を得ているから。その事実が自分のプライドをさらに傷つける。
「あとは……まあ戦闘能力はまあ烏間さんもご存知の通りです。まあ男女の差や体格差はあると思いますが、小細工なしの戦闘ならこのクラスの奴らに毛が生えた程度かと。下手したら何人かには負けるかもしれませんね。プロの殺し屋を名乗るには実力不足が否めません」
これも事実だ。正面から負けた私は何も反論ができない。
「あとこれが1番問題ですが、“潜入専門”のくせに
「——っ!」
これはさっき烏間に言われたことだ。周防もこれに気づいていた。
いや、気づいていなかったのは私だけだったんだ……
「そして、今後のことについてですが、彼女の武器である潜入ももうタコには通用しません。そしてプロとしては3流以下……はっきり言って
「……」
きれいに整えた爪が掌に食い込む。私は周防からボロカスに言われるのを黙って聞いていることしかできなかった。反論の余地がない。その事実がとても悔しい。
私だって今まで必死に努力してきた。実績を積んできた自負だってある。その結果が中学生の子供に身も心もボロボロにされることだった。私のこれまでの時間はなんだったのだろうか……。今はただ目頭に溜まった熱いものを必死に抑えることが精一杯だった。
「ですが……」
周防はそのまま言葉を続ける。
「彼女の『気配の消し方』や『ターゲットに自然に近寄れる技術』は“一流”のものだったと思います。このレベルの“技術”をこのような扱いで終わらせてしまうことは惜しい。それを学ぶ機会を失うことは大きな損失だと思います」
その瞬間、空気が変わった。
——え?
周防の口からは予想だにしていなかった言葉が出てきた。心なしか口調も優しくなったように感じる。
その変化に私は混乱していた。あいつは私を嫌いだと思っていたから。
「きっと、これは彼女が生き残るために必死で身につけた“力”なのでしょう。戦闘力で劣る彼女が殺し屋の世界で生き残るための……その結果、彼女は実績のある殺し屋になった。そこは否定したくない。その努力はまさに“プロ”のものだ。それは、俺たちが学ばないといけないところだと思います」
周防の優しい声が響く。あいつの目はさっきまでの“見下すような目”ではなかった。真っ直ぐな瞳で言葉を続けている。
「確かに、俺は彼女をボコしましたが、あれは色仕掛けが通用しない正面からの戦闘だったから。日常で不意打ちされた場合はこうはいかなかったかもしれません。確かに、彼女は戦闘は弱いですが、裏を返せばその弱点があっても実績を積むだけの
「……っ」
気がつけば抑えていた涙を我慢できなくなっていた。拭って拭っても留まることなく頬を濡らす。ただ、それはさっきまでとは違いとても温かかった。
あいつは私のことをしっかりと見ていた。いいところも悪いところも。
私が負けた理由がわかった。負けるべくして負けたのだ。
ただ何故か、心にあったのは悔しさではなく嬉しさだった。
「……確かに周防くんは暗殺に参加していない。ただ、誰よりも物事を
気がつけば私の近くに烏間がいた。いつの間にか周防は職員室からいなくなったようだ。
「ターゲットや生徒たちの姿を、さっきの周防くんの言葉の意味をよく考えろ。その上で、まだここに留まって奴を狙うというのなら。生徒たち一人一人に向き合え。絶対に見下した目で生徒を見るな」
そう言って烏間は立ち去った。
「……うぅ」
私は泣いていることがガキ共にバレないように声を殺すことで精一杯だった。
***
零二side
翌日の英語の時間の前。
「ねえねえ、ビッチ姉さんどうなったと思う?」
隣の赤羽がこんなことを聞いてきた。
「さあな。まあクビになった可能性が高いだろうな」
「だよね〜。中坊に負けた以上、殺し屋としての立場もないしね」
「まあな。ただ、教師として心を入れ替えて真面目にやるっていうのなら、あのタコは残そうとするんじゃねえのか?」
赤羽との会話の内容は、昨日俺がボコしたことで殺し屋としての立場がなくなったビッチがどうなったのかについてだった。これについては俺も読めない。国からクビって言われたらその時点で終了だからだ。
ただ、昨日烏間さんと話しているときに、声を必死に抑えながら泣いていたあいつの姿だけが気がかりだった。
《ガラガラ》
すると、教室の扉が開く。
どうやら、まだクビになっていないビッチが入って来た。その顔は心なしか気まずそうだ。カツンカツンとヒールの音が教室に響く。そして、黒板の前にたどり着くと何やら文字を書き始めた。
その文字はこれまで書かれていた『自習』の2文字ではなかった。
「You are incredible in bed. Repeat!」
そして、黒板に書かれた文字を復唱する。「
「ほら!」
「「「ユーアー、インクレディブル、イン、ベッド」」」
俺と赤羽以外は困惑しながら彼女の言葉を復唱した。
(マジでなんてこと言わせようとしてんだ。このビッチ……)
……ちなみに俺も内心呆れながら困惑している。
ビッチはこう続けた。
「アメリカでとあるVIPを暗殺した時、まずそいつのボディーガードに色仕掛けで接近したわ。その時に彼が私に言った言葉よ。意味は『ベットでのキミは凄いよ♡』」
(((中学生になんて文章読ませんだよ!)))
意味がわかったのであろう。他の連中は顔を歪ませる。俺はその様子を見てため息を吐いた。
「外国語を短い時間で習得するには、その国の恋人を作るのが手っ取り早いとよく言われるわ。相手の気持ちをよく知りたいから、必死で言葉を理解しようとするのよね」
だが、これまでと違って一人一人と目を合わせるように教室を見渡しながら、ビッチが語り出す。その様子をクラスの連中も真剣な表情で見つめていた。
「私は仕事上必要なときは、そのやり方で新たな言語を身につけて来た。だから、私の授業では“外国人の口説き方”を教えてあげる。プロの暗殺者直伝の『仲良くなる会話』のコツ。身につければ実際に外国人と会った時に必ず役に立つわ」
言語学習は覚える量が非常に多い。学習のモチベーションがモロに成果に直結する科目だ。だとしたら、そのモチベーションを上げつつ学ぶ方法を実践するのが一番早い。
これは非常に役に立つ内容だ。受験の勉強などよりもよっぽど。これが、ここで生き残るための彼女の武器なのだろう。
「……受験に必要な勉強は、あのタコに教わりなさい。私に出来るのはあくまで実践的な会話術だけ。そして——」
そう言うと、ビッチの目線が俺と一瞬合った。そして、彼女は全体に目を向けてこう言った。
「……私は潜入での暗殺を得意としていたわ。だから、もうみんなも知っている通り、闘いはそこまで強くない。もし、殺し屋は強いものだと想像していたら、きっと私はとんだ期待外れだろうわね……」
彼女はみんなの前で敗北し自らの弱さを認めた。
しかし、彼女の眼差しは強いものに変わる。そして、その眼差しで言葉を続ける。
「だけど、私の潜入技術やどんな相手でも自然と近づける技術は
彼女の技術は本物だ。タコにはもう通用しないかもしれないが、その技術を継承した誰かがタコに一泡吹かせることは可能だ。
「当然、私も弱いところは改善する努力をする……。もし、それでもあんた達が私を先生と思えなかったら、その時は暗殺を諦めて出ていくわ。そ、それなら文句ないでしょ?」
ビッチはそう言って頬を紅くすると、
「……あと、悪かったわよ。色々」
怯えたように謝罪した。
その姿を見たクラスの連中はお互いの顔を見合わせる。そして——
「「「あははははは!」」」
大声で笑った。
突然起こった笑い声にビッチは困惑する。
「なにビクビクしてんのさ、昨日まで殺すとか言ってたくせに」
「なんか普通に先生になっちゃったな」
「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」
「考えてみれば先生に向かって失礼な呼び方だったよね」
「うん!呼び方変えないとね!」
学級崩壊していた昨日とは違って温かい声をかけるE組の生徒たち。
「あ、アンタ達……!わかってくれたのね……」
ビッチは生徒たちの言葉に手で口元を抑え、プルプル震えて涙を流す。
しかし、次の一言で彼女の涙は一瞬で引っ込んだ。
「じゃあ、『ビッチ先生』で」
一瞬、ビッチの表情が固まる。
「え、えーと、せっかくだからビッチから離れてみない?ほら、気安くファーストネームで呼んでくれて構わないのよ?」
「でもなぁ、もうすっかりビッチで固定されちゃったし」
「うん、イリーナ先生より『ビッチ先生』の方がしっくりくるよね」
どんどん話が進む教室。彼女の願いは届かず、顔が徐々に怒りの表情に変わっていく。
「そんなワケでよろしく、『ビッチ先生』!」
「授業始めようぜ、『ビッチ先生』!」
「ムキ—————!!!やっぱり嫌いよあんたたち!!!」
こうして、彼女の怒りは爆発した。しかし、昨日とは違い教室には温かい笑いが広がっていた。
俺はこの様子を口を挟まず黙って見ている。
「周防くん。ビッチ先生のことこれからどうするの?」
すると、赤羽がこう聞いてきた。
「別にどうもしないさ。ただ——」
いつの日かのタコの言葉を思い出す。
『彼らが現実を見て成長する姿を是非見てあげてほしい』
——成長する姿、か……
俺は赤羽にこう返した。
「あいつが俺たちを見ようとしてるんだ、俺たちがあいつのことを見てやってもバチは当たらないだろ」
俺はまだあの女を認めていない。だから認めさせてみろ。その姿を見てやるから。
***
【おまけ】
烏間さんから呼び出された俺は職員室に来ていた。
「先日、天極組から
上から相当詰められたのか、機嫌の悪そうな烏間さんから問い詰められる。
それに俺はこう返した。
「確かに、
そう言って、ビッチのハニトラ映像とタコから渡されたメモ書きなど、その時の証拠の数々を烏間さんに見せる。
「……そうか、ありがとう。時間をとって悪かった」
こうして無事、俺の無罪が証明されたので退出しようとすると声をかけられた。
「す、周防!この前は悪かったわ!だから私を見捨てないで!」
「す、周防くん!いつも先生と朝ごはんを食べてる仲じゃないですか!?先生を助けてください!!」
「………」
うるさい奴らを無視した俺は職員室を出る。
直後、タコとビッチの悲鳴が椚ヶ丘の山中に響き渡った。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
これにてビッチ先生編は終了です。無事にビッチ先生もE組の教師になることができました。
さて、今回の肝は零二くんが悪いところばかりではなく、良いところもちゃんと見ていてその部分はしっかり認めているというところです。例えば、零二くんはビッチ先生の潜入技術自体は最初から高い評価をしています。他にも前に岡野さんを泣かせたあの事件の時も、磯貝くんのカリスマ性は高く評価をしていますし、渚くんの自爆テロもやり方はともかく『殺せんせーの奥の手を暴いた』という点では一定の評価をしています。
みんなには誤解されているのですが、零二くんは別にE組の生徒たちやビッチ先生が嫌いなわけでも、見下しているわけでもありません。いいところはいいと認め、悪いところは悪いとはっきり言う。ただ、口が悪く、伝え方も悪い。冷たく否定するような言い方をしてしまう。だから、こいつは見下してくるやつだ。私たちの頑張りを否定してくるやつだ。そう思われてしまうのです。
ですが、今回、零二くんの口からビッチ先生の頑張りを尊重する言葉をビッチ先生は聞きました。結果ばかりが評価される世界で自分を嫌っていると思っていた相手からのこの言葉は想像以上に心に響いたと思います。
まあ、一回泣かせた相手に後から優しい言葉をかけるとか、やってることDV彼氏なんですけどね……
そんな零二くんはこれからも見守る決意を最後にしてくれています。いつか、みんなと和解できる日が来ればいいですね。
さて、次回はそんな問題児の零二くんがカジノで大暴れをします。そこで、零二くんの
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
これは俺にとっても勝負だった。まだ俺の勝ちは確定していない。この勝負は、技術でも運でもなかった。
ただ一つ。この女が……
——ここですべてを失う“覚悟”を持てるかどうか。
(もしここで、その“覚悟”を持って勝負してくるなら。このチップはくれてやるよ……)
次回 『覚悟の時間』