「おはようございます皆さん」
浅野理事長がE組を訪れた翌日の1限目の授業。
「「「今日は先生さらに頑張って増えてみました!」」」
タコのやかましい声が教室中に鳴り響く。
俺の視界には昨日以上に増えていたタコの分身が教室を埋め尽くす光景が映っていた。昨日は1人につき1体の分身だったが今日は1人に対して4〜5体の分身がそれぞれの周りを囲んでいた。
今日の授業も、例の分身試験対策だった。だが、分身の数は増え、タコの声には気合がこもっている。
「残像もかなり雑になっているね……」
「雑すぎて別キャラになってねーか?」
さらに、1体1体のフォルムが完全に別キャラになっていた。無駄に凝っているのか、雑なのかはわからないが、変なこだわりがあるのは確かなようだ。
そして、昨日より休憩に回されている分身の数も増えている。それを考えると、このタコの分身はたった1日での4,5倍程度にまで進化したのだろう。
ちなみに俺と赤羽の周りにいる分身は……
オレンジのバンダナ。
襟を立てて、白髪を逆立てたやつ。
ゴーグルマント。
帰国の準備をしていそうな栗。
の4体だ。どこぞの某超次元サッカーアニメのキャラクターを彷彿とさせる分身が俺と赤羽を取り囲みながら一斉に口を開いた。
「「「さあ、2人も頑張りましょう!」」」
そう言って、俺たちの分身も授業を始める。まあ、授業といっても、苦手な分野の復習や対策をするだけで、大したことはやっていない。俺はテキトーにタコの声を聞き流しながら机に向かった。
そして、1時間程度たった頃。もともと苦手な分野が少なかった俺と赤羽はかなり早い段階で
「殺せんせー、もうテスト範囲の内容終わっちゃったよ」
「2人ともさすがですね。せっかくなので、もう少し先の分野もやってみましょう」
赤羽の言葉にタコがこう返す。試験範囲が終わったらどうするのかと思っていたが、さらに先の内容まで先取りして進めるようだ。
確かに、合理的ではある。この学校のテストは生徒の応用力を調べるために、授業で習っている範囲の先の内容まで聞いてくる問題はたまにある。基礎的な部分を触れ終わった以上、その分野に手を伸ばすことは、時間を有効活用するという意味では悪くない。
ただし、俺はやることが終わったのならさっさと家に帰らせてほしいがな。
「面白そうじゃん。周防くんはついてこれる?」
乗り気の赤羽がこう言ってくる。
「別に普段から授業聞いてないからあんまり変わらん」
俺はこれにこう答えた。最近はタコが朝家にくるからサボれなくなったが、元々俺は授業をサボることも多かった。だから、今から授業でやってないことを新しくやると言われても、さっきまでとはあまり変わらない。
「それはいけません!授業は真面目に受けましょう!」
まあ、これを聞いたタコの分身は顔を真っ赤にしてキレはじめたのだが。
「あー悪りぃ悪りぃ。……しかし、これがあんたの答えか」
「ええ、そうです」
焼き栗みたいになっている栗○の分身のお小言を軽く流し、ちょうどいいタイミングだったので昨日のことについて聞いてみた。
昨日、こいつは理事長にコケにされてプライドを完膚なきまでに叩きのめされた。理事長の教育理念のためにE組は弱く惨めな存在のままでないとならない。それは国家機密の超生物のお前であっても邪魔はさせない。昨日の理事長の訪問はこいつに対するある種の宣戦布告のようなものだった。
そして、こいつは、E組の生徒の成績を向上させて理事長の教育理念に迎え撃つことを選んだ。だからこそ、あいつらの成績をより向上させるために気合を入れて分身まで強化したのだろう。
だが、こいつがいくら気合を入れても、どうにもならないこともある。
「でもよ、あいつらを見てみろよ。あんたの思いとは程遠いと思うぜ」
俺はクラスの連中を指差しながらこう言う。すると、話の内容を察した赤羽が口を開いた。
「なるほどね。渚くんたちが心の奥底で諦めているって言いたいんだ」
「そうだ。昨日、潮田が俺が加わればこいつを殺せるかもしれないと言ってきた。自分たちは
自分たちは
1ヶ月前、磯貝も似たようなことを言っていた。
『今世界を救うチャンスがあるのは俺たちしかいない。考えてみろ、俺たちが暗殺に成功したら世界の救世主になれるんだぞ?エンドのE組と蔑まれてきた俺たちがだ。しかも報酬は100億だ。これを成功させれば
エンドのE組と蔑まれてきた俺たちが世界の救世主になれる。これを成功させれば
岡野もそうだ。
『それは、私たちが“エンドのE組”だから?落ちこぼれだから?落ちこぼれの私たちじゃ何をやっても無駄って言いたいの!?』
あの日、あいつは泣きながら俺にこう言った。
あいつらは、ことあるごとに自分たちは
そして、それだけじゃない。
「確かに俺もそれは思うな。現状、俺に頼りっきりというか実質1人でやっているのと変わらないっていうか……」
赤羽の言葉が小さく響く。実際この通りだ。
今のあいつらは、あろうことか、この教室で力を示した人間の力を頼り始めている。僕たちはエンドだから。私たちは落ちこぼれだから。この教室で何度聞いたかわからない言い訳とともに、エンドではない俺や赤羽が協力してくれたら上手くいくかもしれないという、幻想的な希望を抱き始めている。
だが、今の俺や赤羽が正面から挑んでもタコの命には届かないことは俺たちが一番わかっている。だから、赤羽は裏で刃をといでいるし、俺もタコのことを徹底的に観察している。そして、自分たちが落ちこぼれだと内心諦め、俺たちに頼り切っているあいつらではこいつは絶対殺せない。
そして、もし、仮にうまくいったところでそれは俺や赤羽の力だ。あいつらは何もなしえていない事になる。もちろん、周りを頼ることは悪いことではないし、否定するつもりはないが、それはあくまで、自分の最善を尽くした上での話。
自分の最善を尽くさずに成功しても、残るのはただの
おこぼれで賞金を受け取っても、結局は何の力もないまま。絶対どこかで破滅するのがオチだ。
「……やはり君たちは優秀だ。今の状況をよく見れている」
「別にそんなんじゃねえよ。そうやって破滅した奴を知っているだけだ」
タコには前にも同じような話をしたことがある。おそらく、こいつも今のあいつらの現状については理解しているはずだ。
「同じ過ちを繰り返さないようにしているだけでも素晴らしいです。周防くん、カルマくん2人にお願いがあります」
すると、タコはそう言って頭を下げ始めた。
「今日、彼らにこのことを伝えようと思います。それまで君たちは彼らに口を出さないであげて欲しい。そして、彼らの“変化”を見てあげてください」
タコは今のE組の連中の問題点をあいつらに伝えようとしている。前に、俺が言っても聞かなかったことを今度はタコの口から伝えようとしているのだろう。
俺と赤羽はその様子を黙ってみていた。そしてしばらくの間沈黙が流れる。
「……いいよ、見てあげる」
そして赤羽が口を開いた。
「その話は前にされた。好きにしてくれ」
その言葉に俺は続く。
「ありがとうございます。では、続きを始めましょう」
こうして俺たちは、6限の終わりまでひたすら勉強させられた。
***
6限終了後。
流石に疲労困憊だったタコは黒板の前で座り込んでいた。息をぜぇぜぇ上げている様子にクラスの連中は戸惑っている様子だ。
「流石に相当疲れたみたいだな」
「今なら殺れるかな?」
中村がナイフを出してこう言う。まあ、仮にやってもどうせ躱されるだろうがな。
「なんでこんなに一生懸命先生するのかね?」
すると、岡島がこんな声をあげた。
「ヌルフフフ……全ては君達のテストの点を上げるためです。そうすれば……」
こう言ってピンク色になったタコ。どうせ……
みんなのテストの点を上げたことで、みんなからは尊敬されて殺されなくなるし、評判を聞いた近所の巨乳女子大生からも教えて欲しいとせがまれる……
とか思っているんだろうな、この変態タコは。まあ、こいつらの成績を上げるのには理事長への対抗心などもあるだろうが。
しかし、その様子を見ていたクラスの連中はお互いの顔を見合わせると、このようなことを言い出した。
「……でも、勉強の方はそれなりでいいよな」
「……うん、なんたって暗殺すれば賞金100億だし」
「100億あれば成績悪くてもその後の人生バラ色だしね」
「……」
三村や矢田、中村が次々とそのように語り始める。さっき、俺がタコと赤羽に話していたことはこういうことだ。
こいつらは
きっと、俺はその様子を冷めた目で見ていたと思う。正直ため息の1つや2つ吐きたい気分だが、奴との約束があるので押さえ込んだ。
「俺達、
「テストなんかより、暗殺の方がよほど身近なチャンスなんだよ」
岡島らのこの言葉に全員『そうだそうだ』と思っているような顔をしている。それを黙って聞いていたタコが、ついに声を発した。
「……なるほど、よくわかりました」
その声はいつもよりとても低いものだった。どうやら、始めるらしいな。
「……な、何が?」
いつものタコとの雰囲気の違いに気づいたクラスの連中は困惑している。だが、もうタコは止まらない。
「今の君たちには
そう言って、ゆっくりと立ち上がるタコ。その顔には大きな×のマークを浮かび上がらせていた。
「全員、校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生にも声をかけて」
***
渚side
中間試験前日の放課後。急に機嫌が悪くなった殺せんせーが、突然クラス全員に外に出るように言った。僕らから離れて校舎に寄りかかっているカルマくんと、烏間先生の隣で僕らを見下ろす周防くん以外は、全員校庭に立たされる。僕らは何が何だかわからないまま校庭の朝礼台を引き摺る歩く殺せんせーを見ていた。
「何なのよ、急に来いって!」
「わからないよ。でも、殺せんせーがイリーナ先生も呼べって」
そして、片岡さんがビッチ先生を連れてきたことで全員が校舎の外に出た。そして、殺せんせーはこちらを見ることなく言葉を発する。
「イリーナ先生、プロの殺し屋として伺いますが……」
「何よ、いきなり」
「あなたはいつも仕事をする時、用意するプランは1つですか?」
すると、ビッチ先生はきょとんとした顔から真面目な顔つきになった。それはまさしく“プロの顔”だった。
“プロの顔”になったビッチ先生は真剣な口調でその問いに答える。
「いいえ、本命のプランなんて、思った通り行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて予備のプランをより綿密に練っておくのが暗殺の基本よ」
殺せんせーはこの答えを聞くと、今度は烏間先生の方へ顔を向けた。
「では、次に烏間先生。生徒にナイフ術を教える時、重要なのは第一撃だけですか?」
「第一撃は勿論最重要だが、次の一撃も大切だ。強敵相手では第一撃は高確率で躱される。その後の第二撃、第三撃をいかに高精度で繰り出すかが勝敗をわける」
一瞬戸惑った烏間先生もやはり“プロの顔”でこう答えた。そして、殺せんせーは僕らと一緒に校庭に立たされておらず、なぜか、烏間先生やビッチ先生の側にいる1人の生徒の名前を出す。
「最後に、周防くん。君はとても優秀なポーカープレイヤーのようですね。プロ顔負けのプレイでエリートの大人たちを圧倒していたとか」
昨日、理事長から明かされた周防くんの特技をクラスのみんなの前で明かした殺せんせーは、今度は彼に向かって口を開いた。
殺せんせーはビッチ先生と烏間先生へ向けた声と同じ声色で周防くんへと問いかける。
「君がポーカーで戦うときの戦術は1つだけですか?」
周防くんは一度大きなため息を吐いた。
「……まずは、人のプライベートの情報を躊躇なく暴露したことについて、小一時間ほど問い詰めたいところだが、後にしよう」
一瞬、呆れた顔でこう言った周防くんだが、すぐに真面目な表情に変わり、僕らを見下ろす。
その目は昨日、僕に向けた何かを伝えているような目と同じだった。そして、その顔は、さっきのビッチ先生や烏間先生と同じ“プロの顔”をしていた。
「理想は本命のプランで全てを通すこと。だが、さっきビッチが言っていたな。『本命のプランなんて、思った通り行くことの方が少ない』って。ポーカーも同じだ。イレギュラーなんて死ぬほど起こる。ましてや運要素が強いからな、局地的な場面で負けることも少なくない」
一呼吸置いて、もう一度、周防くんの言葉が響き渡る。
「それを織り込んだ上で情報を集めて戦術を考えるんだよ。何パターンも。失敗したら修正して、また失敗したら再度修正する。その積み重ねが
周防くんは淡々とこう答えた。
これは、学校をサボって遊んでいた不良がその遊びについて語っているだけなのかもしれない。しかし、僕らはそれを黙って聞いていた。なぜか、声を出すことができなかった。
すごいことを言っていることはわかる。僕は、まだ彼のことを人聞きで聞いたことでしか知らないけど、きっとこの考え方で結果を残してきたのだろう。
だけど、僕はまだ彼らが何を伝えたいのかわからなかった。
「結局、何が言いたいんだよ殺せんせー?」
だから、僕らはこう声を絞り出すのが精一杯だった。すると、殺せんせーはその場でクルクルと回り始めた。
「彼らの言うように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる」
殺せんせーの回るスピードがどんどん速くなる。
「対して君達はどうでしょう。『俺達には暗殺があるからそれでいいや』と考えて、勉強の目標を低くしている。それは、劣等感の原因から目を背けているだけです」
校庭に竜巻のような突風が吹き荒れる。
「もし、先生がこの教室から去ったら?もし、他の殺し屋が先に先生を殺したら?暗殺という心の拠り所を失った君達には
そこで、僕はハッとした。殺せんせーが何を伝えたいのか何となく分かった気がする。そして、周防くんが伝えようとしていたことも……
「そういえば……、前にこんなことを言っていた人がいましたね……」
僕は周防くんの方を見た。彼はみんなが顔を覆うような突風の中でも平然と立って、殺せんせーの方を見つめている。
「
『“エンドのE組”という立場に甘えて現状を直視せず、夢物語に逃げる』
この台詞を一度僕たちは聞いたことがあった。そう、“あの日”周防くんが僕らに向かって言った言葉だ。クラスメイトたちも彼の方向を見る。
殺せんせーは、
そうだ、彼は最初から分かっていたんだ。このままではダメだということに。
殺せんせーの言葉が続く。
「そんな危うい君達に先生からのアドバイスです。『第二の刃を持たざる者は暗殺者の資格なし!!』」
そして、殺せんせーは本校舎から見えるくらいの巨大な竜巻を発生させた。
「うわっ!」
その風に耐えられずみんなが顔を抑える。だけど、周防くんはその状態でも表情を崩さない……
それからしばらく経つと竜巻が晴れると、いつもの声色に戻った殺せんせーの声が聞こえた。
「校庭に雑草や凸凹が多かったのでね。手入れしました」
その言葉とともに、竜巻が晴れて地面が露わになった校庭は、きれいに整備されてグラウンドまで出来ていた。
そして、殺せんせーはもう一度厳しい口調に戻る。
「先生は地球を消せる超生物。この一帯を平らにするなど、容易いことです」
「「「……っ!」」」
その言葉に、カルマくんと周防くん以外のみんなは驚きの表情をして殺せんせーの方を見た。
殺せんせーの言葉が響く。
「もし、君達が自信の持てる“第二の刃”を示せなければ、先生の相手に価する暗殺者はこの教室にはいないとみなし、校舎ごと平らにして先生は去ります」
殺せんせーは僕らが、殺せんせーへ“第二の刃”を示せなければこの教室を去ると高らかに宣言した。みんなの息を飲む声が聞こえる。
そして、殺せんせーはこの教室に残るための条件を示した。
「第二の刃……、いつまでに?」
「決まっています。明日です。明日の中間テストでクラス全員50位以内を取りなさい」
「「「え!?」」」
僕の問いに答えた殺せんせーの言葉にクラス全員からどよめきの声が上がる。だけど、殺せんせーは気にせずに話を進める。
「皆さんの第二の刃は先生が既に育てています。本校舎の教師達に劣るほど先生はトロい教え方はしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい。ミッションを成功させ、恥じる事なく、笑顔で胸を張るのです」
そしてこの言葉が校庭に響き渡る
「自分達が
殺せんせーの条件。それは僕ら全員が、本校舎の復帰条件であるトップ50位の中に入ることだった。そして、これを達成できなければ、この教室を平らにして殺せんせーは教室を去る。
そんな殺せんせーの言葉にクラスの反応は様々だった。
やってやろうと気合を入れる人。
大丈夫かなと不安がる人。
どうしようと戸惑う人。
そして、そんな僕らを見下ろす人。
周防くんは僕らの様子をじっと見ていた。その目は僕らを
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
中間試験の前に第二の刃について説く話でした。
殺せんせーの話。以前も似たようなことを伝えようとしていた人物が1人いました。零二くんです。殺せんせーが伝えようとしたことは零二くんが岡野さんを泣かせて孤立したときに零二くんが伝えようとしたことと同じです。
類稀なる観察眼を持つ零二くんはかなり早い段階でE組の弱点に気づきました。だから、零二くんはそれを厳しく指摘しました。
しかし、あの時は届かなかった。最後、校庭からE組の生徒たちを見下ろしていた零二くんの瞳は今度はちゃんと届いているか見定めていたのです。
果たして、殺せんせーの言葉は届いたのでしょうか。
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
このまま何事も起きなければ全員50位以内も可能だろう。
そう判断した俺は、ここでようやく問題に目を落とす。だが、すぐには解かない。まずはすべての問題に目を通す。視野は広く、問題は全体を見渡す。どこかにヒントがあるからな。そこから得られる情報を全て処理する。
どの問題がとりかかりやすいか。
この問題は何を求めているのか。
どの情報が足りないか。
どこから攻めるべきか。
……そして、俺は見つけてしまった。
「なるほどな……」
次回 『テストの時間』