修学旅行3日目の早朝
昨日はあの後風呂から上がってもE組の連中の泊まっている部屋から話し声がずっと聞こえてきていた。消灯時間は過ぎていたがあいつらは夜遅くまで色々と駄弁っていたのだろう。
俺が男子部屋に戻った途端に静かになったがな。まあ、煩くて眠れないよりは静かな方がいい。
「おはようございます周防くん」
「ああ」
朝起きてそんなことを思いながら外の空気を吸っているとタコに声を掛けられた。
「起きるの早いですねえ、周防くん」
「どっかの乞食タコ野郎のせいで生活リズムがこうなっちまったんだよ」
いつも朝飯を食いに来た時のテンションで俺たちは会話をする。
このタコはここ最近はかなりの頻度で早朝から俺の家にやってきて、「周防くん!朝ですよ!」と大声で叫びながらピンポン連打してくるから溜まったもんじゃない。別に早起きが苦手というわけではないが鬱陶しいことには変わりはない。
だが今日に限っては早起きしたのには別の理由があった。俺はタコに視線を向けて静かに口を開く。
「なあ、1つお願いしたいことがあるんだがいいか?」
「にゅ?なんでしょう?」
「前に1日だけサボれる権利ってのをもらったよな。今日使いたい」
「なるほど、ここで使いますか……」
以前タコを脅してゲットした1日だけ好きにサボれる権利。俺が早起きしたのはその権利の使用権を使うことが目的だった。こんなことあいつらの前で話したら絶対に邪魔されるだろうからな。
だがタコの表情は釈然としない表情だ。おそらく理由が気になっているのだろう。大方、どこかの賭博施設に行くものだと思っているのだろうが。
まあ契約上理由の詮索は禁じられているからな。教えるつもりはない。
「別にアンタが不安に思ってるような理由じゃねえよ。せっかく京都に来たんだ。どうしても行きたいところがある。1人でな」
今日俺は行きたいところがある。
別に大した用事ではない。本当ならわざわざこの権利を使ってまで行くようなところでもないだろう。正直、このタイミングでこのカードを切っていいのかとは思う。
だが昨日は嫌なことを思い出した。それ以降、頭の中にどうしてもその記憶が残ってしまっている。だから今日は誰の邪魔もされずに1人でいたかった。
「なるほど……一応、観光というわけなんですね?」
「そうだ。今日はギャンブルはしない。これは約束する」
「わかりました。いいでしょう」
俺が奴の目を見てこういうとタコは納得したような表情を浮かべた。俺が1人で行動することを許してもらえたようだ。
「しかし、磯貝くんたちにはどう伝えましょうか……」
「『昨日賭け将棋に負けて個人行動を許すことになった』でいいだろ。これで理解はするはずだ」
こうして俺は修学旅行の班行動から外れて1人で行動することになった。
***
朝食を食べ終えて烏間さんから今日の行程の説明を改めてされて解散した後、E組の連中はそれぞれの班で集まって各々今日のことについて話していた。今日は当初予定していた暗殺が中止となり完全にフリーとなった。周りからは今日どこに行くかなど賑やかな声が飛び交っている。
それは俺の所属する1班の連中も例外ではない。賑やかに談笑する1班の面々。だが、そこに俺が合流すると賑やかで楽しげな雰囲気が一瞬で静寂に変わった。
俺に敵意のような視線を向ける岡野。
嫌なものを見るような目で見る磯貝と片岡。
それを気まずそうに見る前原、矢田、倉橋。
いつものようなアウェイの空気が流れる。その空気に誰もが沈黙していた。そんな中、俺はそれを気にせず口を開ける。
「悪いが、今日は単独で行動させてもらう」
「は?そんな勝手な行動、認められるわけないでしょ!!」
俺が単独行動することを話すとすぐに岡野がキレだした。相変わらず鬱陶しいなこいつは。
「……理由を聞かせてもらおうか?」
磯貝もさっきまでの爽やかな声色は完全に消えて怒りを抑えるような声色で質問してくるので俺はそれに静かに答える。
「……行きたいところがある。これはタコや烏間さんにも許可をもらっている」
「先生たちから許可?どういうことだ?」
「言葉通りだ。嘘だと思うなら確認してくれ」
俺はさっきタコから単独行動の許可はもらっている。その許可を得た過程は多少グレーな部分もあるかもしれないが許可は許可だ。教員からの許可。そのカードを出されるとさすがの磯貝も黙るしかない。
しかし、それでもこいつらは納得していないようだった。
「待ってよ!まだ私たち納得してないんだけど!」
岡野は大きな声を出しながら納得いかないという様子で食い下がる。
だがタコから許可を得ている以上こいつの納得は必要ない。それに今日は誰にも邪魔されたくないのだ。
「悪い……今日は誰にも邪魔されたくないんだ1人にさせてくれ」
こう言って俺は1班から離脱した。
***
岡野side
周防は単独で行動すると言って私たちの前からいなくなった。
当然私たちは納得していない。昨日も勝手な行動をして問題を起こしたくせに、今日も単独行動。到底認められるはずもない。それなのにどうして殺せんせーたちはあの男に単独行動の許可を出したのか私は理解できなかった。
「悪い……今日は誰にも邪魔されたくないんだ1人にさせてくれ」
だけどこの言葉を言った後のあいつの背中はいつもと違って見えて追うことはできなかった。なんかとても重たいものを背負っているような、そんな背中をしていた。
さっきまで楽しく話していた時の空気は完全に消え、みんなに重苦しい雰囲気が流れる。
「まあ、殺せんせーや烏間先生の許可がある以上認めるしかないだろ。せっかくの修学旅行だ。俺たちは俺たちで楽しもうぜ!」
でも、暗い雰囲気に耐えられなくなったのであろう前原が明るくこう言って雰囲気を明るくしてくれた。
そうだ。今はせっかくの修学旅行。大嫌いなあいつも勝手にいなくなったしここは楽しもう。そう思って私たちは自由行動を開始した。
だけどこの時はまだ知らなかった。まさか私があんなことに巻き込まれるなんて。そして私とあいつにとって、とても大きな1日になるなんて想像もしてなかった。
***
零二side
俺は今『平安京の三大葬送地』の1つと言われる平安時代からの歴史的な葬送の地として有名な場所にいる。昔、ここでは多くの死者が弔われた。そしてその地の入り口に当たる場所はあの世とこの世の境と言われている。つまりここはあの世に最も近い場所の1つなのだ。
昨日烏間さんと話していた中で俺は昔の記憶を思い出した。俺が昔犯した過ちの記憶だ。俺は昔、力の使い方を誤り取り返しのつかないことをしてしまった。
『みんなを……守れるくらいに……約束、しろ』
無論あの時のことを忘れたことは一度もないが、昨日烏間さんと話している中でその時の記憶がより鮮明に脳裏に蘇ってそのままこべり付いたまま離れなかったのだ。
だからそのことをゆっくり考えるためにピッタリの場所を調べてここへやってきたというわけだ。
まあここで弔われたのは平安時代の魂だし、
俺はただずっと空を見上げていた……
***
岡野side
修学旅行3日目。私たち1班は清水寺に来ていた。せっかく京都にもきたことだし殺せんせーの暗殺も関係なくなったから、周防のことは忘れてみんなで観光を楽しもうということになったのだ。
だけど……
「あーもう最悪……電波もつながりにくいし」
修学旅行で京都に来ているのは私たちだけではない。他の学校の生徒もいるし外国人観光客の人もたくさん来ている。
だから人混みで遮られてしまい磯貝くんたちとはぐれてしまった。しかも人が多すぎるせいで電波も通じず連絡も取れない。私は見知らぬ土地で迷子になっていた。
「とりあえず……電波の繋がりそうな入り口の方へ行こう。ずっとそこにいれば誰か来るかもしれないし……」
私はそう思って清水寺の入り口の方へ移動することにした。
だけど、この判断を後悔することになる。
***
人混みをかき分けてなんとか入り口の近くにやってきた。だけど磯貝くんたちとはなかなか連絡がつかない。他の班の子でもいいから一旦誰かと合流できればとも思っていたけど、それもできなかった。
私はどうしようかとスマホを眺めながら前を見ずに歩いていた。
その時だった。
《バン!》
私の身体に何か衝撃が走る。
「ごめんなさい!」
磯貝くんたちと合流することばかり考えてスマホに気を取られて前を見ていなかった私は男の人にぶつかってしまった。私は慌てて頭を下げて謝る。
でも……
「なんや……痛いやないの」
私が顔を上げると2人の背が高くて強面の男の人が私のことを睨んでいた。1人は筋骨隆々で大柄な男の人でもう1人はそれに比べたら細身だがオーラがすごい人だった。どちらも明らかに普通の人ではないことは嫌でもわかる。
そして足元には男の人が食べていたとても高そうな八ツ橋が転がっていた。
「姉ちゃん……ええ度胸してはるなぁ」
「うちらの八ツ橋……どない落とし前つけてくれはるん?」
とんでもないことをしてしまったと思った。
でも悪いのは私だ。歩きスマホをしていて前を見て歩いていなかったのが全部悪い。だから必死に謝ろうとした。
「とりあえず、こっち来ぃ……話あるさかい」
だけど、私は許してもらえなかった。
そして無理やり腕を掴まれて気のない通路に連れて行かれた。
2人の男に連れて行かれた場所は清水寺に隣接している大きな墓地だった。さっきまで周りから聞こえていた喧騒とは裏腹にここには私たちの他には誰もいない。とても静かで不気味な空間だった。そんな場所で私は2人の男の前に立たされていた。
「嬢ちゃん……あの八ツ橋、えらい高かったんやけどなぁ。それでな、どない落とし前つけてくれはるんやろ?」
静かだが高圧的な態度で詰めてくる2人の男。だけど悪いのは私だ。まずはちゃんと謝ろう。
「本当にごめんなさい。私が悪かったです。どうすれば許してくれますか?」
私はどうにか許してもらおうと必死に頭を下げる。でも、2人の表情は変わらなかった。
「ほなな……まずは詫び料30万。出してもらおか」
すると、細身の男が静かにこう言った。それに私は目を見開く。
30万……
そんなの普通の中学生が持ってるわけがない。しかも、あの八ツ橋がそんな高いとは思えない。普通のものよりは高そうだったけど、それでも30万は絶対に違うと思う。
「そんなのもってるわけないでしょ!」
だから私はついこう言い返してしまった。でも、そんなことを言ったら相手の男も厳しい表情に変わる。
「嬢ちゃん、そないな態度……とってはる立場やと思てはるん?」
この言葉に対しては否定はできない。悪いのはぶつかった私だ。この2人が怒るのはわかるし、そこは申し訳ないと思っている。
でも、だからと言って必要以上に高額なお金を請求するのは違う。だから私の心の中は申し訳なさと怖さから、少しずつこの男たちへの反発心のようなものに変わっていった。
そう思っていると私を睨んでいた筋骨隆々の方の男の表情が少しだけ下心を孕んだようなものに変わる。
「ぐへへ、嬢ちゃんべっぴんさんやしなぁ……払えへん言わはるんやったら、ほなそれなりの筋、通してもらわなあかんで」
男たちはそう言って私の身体に触ってきた。
「触らないで!!」
それに身体がつい反応して蹴り返すと、私の蹴りは筋骨隆々の方の男の顔に当たってその男を突き飛ばした。
もう我慢できない。私をただの女の子だと思って見下しているようだけどそうはいかない。私は暗殺の訓練をやっているし、E組の中では動ける方だ。抵抗することくらいならできるはず。
私はこの2人の男を倒してここから抜け出そうとした。
「嬢ちゃん……何してはるん?」
でも、もう1人の男に腕を掴まれる。私はそこから逃げようと腕を引いたけど、腕を掴む男の力は細身とは思えないほどに強くてびくともしなかった。
「おどれ、ええ加減にせぇよ?」
すると今蹴飛ばした男がゆっくりと立ち上がった。その顔は真っ赤に染まって私を激しく睨んでいる。かなり怒っているのがはっきりわかる。
そして、腰の後ろに手を回していたその手にはナイフのようなものが握られていた。
「やめてって言ってるでしょ!」
私は必死に身を捩ってなんとか掴まれた腕を外して抵抗しようとしたけど暗殺の訓練や体操で培った動きも通用せず、2人の囲まれて逃げ場を失ってしまった。
「おどれ、もう逃げられへん言うてるやろ。ええ加減にせぇよ……言うこと聞かへんのやったらこっちも考えあるで」
そう言って片方の男は私の目の前にナイフを突きつける。
「……っ」
その瞬間、頭の中が真っ白になって身体が言うことを聞かなくなった。
確かに私は暗殺の訓練をしている。もちろん暗殺の訓練でナイフの扱い方も教わった。だけどあれは本物じゃない。当たっても怪我もしないし、殺せんせー以外にとっては安全なものだ。
「……い、いや」
私の目の前ではナイフに光が反射して眩しく光っている。本物のナイフを突き立てられたのは生まれてはじめてだった。刺された時の激痛と死ぬかもしれないという恐怖が心の奥底からどんどん浮かんでくる。
その恐怖で脚が震えた。
「表に出るとこはやめとき……あとで厄介やさかい」
細身の男はそう言うがナイフを持った男の怒りは収まりそうにない。ナイフを持った男は細身の男の言葉を聞かぬまま私に向かってナイフを思いっきり振りかぶった。
——やられる
(……誰か、助けて!)
私はこれから襲われるであろう激痛に備えて目を閉じて心の中で祈るように助けを願った。
怖い。死にたくない。
でも、いつまで経っても痛みが来ることはなかった。
「……お前ら俺の連れに何やってんだ?」
「え?」
代わりに聞こえてきたのは聞き覚えのある男の声だった。
目を開けると
***
零二side
岡野の姿を見たのは本当に偶然だった。
清水寺に隣接する大きな墓地。そこで空を見上げながら黄昏ていた俺の耳に聞き覚えのある女の声が響いた。
「そんなのもってるわけないでしょ!」
正直、最初は幻聴だと思った。この声の持ち主がわざわざこんな場所にやってくるとは思えないからだ。
しかし、もう一度その女の声が響くとその疑念はすぐに消え去った。
「触らないで!!」
間違いない。岡野の声だ。
声の様子から何かしらのトラブルに巻き込まれていることは容易に想像ができた。俺は急いで声が聞こえた方向へ向かうと、大きな墓石の前で2人の男に囲まれた岡野の姿が目に入った。そして、岡野を取り囲む2人のうち片方の男の手にはナイフのようなものが握られている。
岡野に目を向けると、普段は負けず嫌いで俺にも突っかかってくるようなかちきな性格の岡野の足が震えている。よほど恐怖を感じているんだろう。
「まずい!」
そのナイフを見た俺は岡野の場所へ駆け出した。
ナイフを持つ男の顔は完全に怒りに呑まれて周りが見えなくなっているように見える。このままではまずい。
「表に出るとこはやめとき……あとで厄介やさかい」
ナイフを持っていない方の男が冷静にこう言うがやはりもう1人の男は止まらなかった。そして、ナイフを持つ手を振りかぶる。
《パン!》
だが間一髪で俺は岡野に当たる前にナイフを振りかぶる方の男の手首を持って受け止めることができた。
「……お前ら俺の連れに何やってんだ?」
「え?」
俺が声を出すと、目を開けた岡野は怯えたような目をしてこちらを見た。そこに朝のような敵意や普段の強気な目線は微塵も感じられなかった。
「怪我はないか?」
俺が静かに聞くと岡野は何も答えないままその場にへたり込んでしまう。
(……自力で動けそうにないな)
その様子を見た俺は相手の男に目を向けながら今何をすべきか頭の中を回転させる。
戦わずに逃げる選択もあるが、相手の実力が把握できない以上自力で動けない岡野を連れて逃げるのはリスクがある。ここは戦うしかなさそうだ。
「……はぁ」
思わずため息を吐いてしまう。これで2日連続の喧嘩だ。しかも喧嘩の場所は墓地。縁起が悪い。正直、乗り気がしないのは事実だ。
だが目の前の岡野は普段とは違い弱々しい目つきで俺を見つめている。その視線が脳裏に浮かぶいつかの光景と重なった。もう、やるしかない。
(あーあー、こんなことなら新しい木刀買っておけばよかった)
そんなことを思いながら男たちを睨みつけた。
***
岡野side
「え?」
恐る恐る目を開けると私の目の前にはナイフを受け止めた周防の姿が目に入った。でも、最初は幻覚だと思った。
こいつがこんなところにいるはずがない。
この男は相手の男と同じように他人を傷つけるような最低な男のはずだ。
この男が私を助けてくれるはずがない。
そう思っていた。
「怪我はないか?」
でも周防の声を聞いた瞬間、私の思考は現実に戻された。
周防の目はいつものように冷たい。だけどその声には少しだけ温かさを感じた。それを聞いた私は腰が抜けてしまい声も出せずにその場にへたり込んでしまう。
周防はそんな私をじっと見ていた。冷たい目なのは変わらない。でも、その目は私を見下してるわけではなさそうだった。そしてため息を吐いてから何かを決意したような顔をすると、周防の目は男たちの方を睨みつけた。
その直後、周防はナイフを持っている男をハイキックで蹴り飛ばし、そのままもう1人の顔を殴って突き飛ばす。私から距離をとるような感じで……
そして、周防は男たちから私を遮るように私の前に立った。その背中は私を守っているかのように感じて少しだけ安心できた。
「なんや、おどれ!」
「兄ちゃん、うちらが誰や思て喧嘩売っとるん?」
ナイフを持っていた男が私から視線を外して憤怒の表情を周防に向ける。さっきまで冷静だったもう1人の男も怒り心頭の様子だった。
でも、周防の声色はいつもと変わらなかった。
「知らないな。女子供相手に光り物抜くような仁義外れなんてよ」
「うちら
そう言ってもう1人の男もナイフを出す。
「聞いてねえよ。あんたらの組織なんて微塵も興味ない」
だけど、周防は武器を持たずに構えをとった。
「……周防、やめて、殺されちゃう……」
それを見た私はそう声を絞り出した。
私はこれでも暗殺の訓練では上位の成績だ。抵抗くらいはできると思っていた。でも抵抗すらできず何もできないまま追い詰められた。
その相手が2人とも凶器を握っている。いくら周防が喧嘩慣れしてるといっても勝てるわけがない。このままでは私のせいで周防が殺されちゃう。その時の私はそう思っていた。
だけど、その考えは一瞬で消えることになる。
「ヒーロー気取りが。みっともないとこ見せて、死ねや」
「——!」
男の1人がそう言うと渾身の突きを周防に浴びせる。でも、そのナイフは周防に当たることなく虚空を切った。
「さぁ」
そして、その動きのまま距離を取った周防は余裕そうな声色で2人を挑発する。すると挑発を受けた2人の表情が変わってそのまま2人して周防に襲いかかった。
周防は最小限の動きでその連撃を躱す。コンビネーション抜群の2人の斬撃をいとも簡単にいなして、その合間に自らの拳を2人に入れていた。
「……すごい」
圧巻だった。
周防が強いのは知っていた。中学生離れした体格で喧嘩の経験は豊富だし、あのカルマも認めていて、背後から襲いかかって来たビッチ先生も表情1つ変えずに圧倒していた。悔しいけど単純な腕っ節の強さならあいつがこのクラスで一番強い。それは間違いないと思う。
でも、あいつは暗殺の訓練をしていない。正直なところを言うと武器有りのルールで複数人で相手をすれば勝てると思っていた。私たちだってそれくらいのことはやってきたと思っていたから。
でもそれは間違いだった。ナイフを持った大の大人、それも人を殺し慣れているような大人2人を相手にしてもあいつの動きには余裕が感じられる。
私の脳裏にある言葉が浮かんだ。
『これはさっき周防くんが言っていた言葉を借りるが“君たちがいくら束になってかかっても多少戦闘慣れしている相手には当たらない”』
烏間先生の訓練初日の烏間先生から言われた言葉だ。
あの時は、要するに『お前らが何人束になってかかろうと俺には当たらない』と私たちを挑発する言葉だと思っていた。
でも今ならわかる。これだけの動きをされてしまっては今の私たちでは当てることはできないと思う。これを認めるのは本当に悔しいけど、あの時のあいつはただ事実を言ってただけだった。
「くそっ!なんで当たらへん!」
そう思っている間にも周防は男たち2人を相手にしている。男たちのナイフ捌きは上手だった。多分、今の私たちE組の中であれより上手にナイフを扱える人はいないと思う。本当に人を殺し慣れているんだろうなって思った。
でも、相変わらず2人のナイフは周防に掠ることすらない。その動きを見ていて私はあることに気づいた。
「……あの動き」
あいつの動きを私は見たことがあった。
(……烏間先生だ)
多少アレンジが加わっていて少し変わっているところはあるけど周防の動きは体育の時の烏間先生の動きそのものだった。
『別に大したことはやっていない。視線、表情、指の動き、呼吸の変化を見ていただけだ』
『あいつ、サボっているように見えてあんたたちの訓練の様子とか全部見ているわよ』
『あいつの『眼』を侮らないほうがいいわよ。私が負けたのもそのせいだから。あんたたちも心当たりあるんじゃない?』
それに気づいたと同時に私の頭の中に行きの新幹線での周防の言葉や昨日の夜のビッチ先生の言葉がどんどん浮かび上がってくる。
昨日のビッチ先生の言葉の意味が少しだけ分かった気がした。あいつは私たちの訓練をじっと見て、烏間先生の使える動きを盗んでいたんだ。それが何の目的なのかはわからないけど、あいつが“ただサボっていた”わけではなかったのは理解できた。
こうしている間にも目の前では私では入ることができないような戦いが繰り広げられている。私は祈るようにこの戦いを見届けることしかできなかった。
***
零二side
「くそっ!なんで当たらへん!」
俺はこいつらの攻撃を捌きながら状況を分析していた。
名前だけは鉄虎さんに聞いたことがある。確か清水寺周辺で活動している半グレで通称“清水の鬼”と呼ばれている集団だ。主に清水寺に来た観光客に難癖をつけて金品の強奪や違法な借金、酷い場合は人身売買に手を染める外道集団。
さらにこの2人の男のナイフの扱いを見るにこいつらはおそらくコロシに慣れている。どちらの男のナイフの扱いも玄人そのもの。暗殺訓練を受けているうちの教室の誰よりも得物の扱いが上手いのはよくわかった。
俺は対峙する男たちに目を向ける。
まず最初に岡野にナイフを突きつけていた大柄な男。筋骨隆々でものすごいパワーを感じ、並の相手では受けも通じないだろう。一発ハマれば相手を1撃で削り切ることができるほどのポテンシャルを持つ男だと思った。
しかし豪快な分隙が多い。そして感情に支配されやすいなど精神的な部分にも弱点がある。まあ、いわゆる脳筋だ。こういうタイプは見た目に反して攻略しやすい。こいつ単体が相手なら崩すことは難しくないだろう。
だが、厄介なのはもう1人の細身の男だった。この男はさっきから正確に脳筋の隙をカバーしていて、視野が広く頭も回る。俺に近いタイプの男だった。
そしてこの2人のコンビネーションが非常に厄介だ。脳筋の隙を突こうにも細身の方がすぐにカバーに入るため決定的な有効打を入れることができずにいる。多少リスクを取れば有効打を与えることもできるが、下手にリスクを取ると岡野に危険が及ぶ可能性がある以上その選択はありえない。
一方で向こう側も俺に有効打どころか一撃すら食らわせることができていない。確かにこいつらは総合的に見て厄介だが、一つ一つの要素だけならそれ以上の能力を持つ人間を知っているからだ。
例えばこの厄介なコンビネーションも磯貝と前原には及ばないだろう。現状は細身の男が大柄な男に合わせているだけ。そんなものより幼少期からの付き合いで互いを信頼している息の合ったコンビネーションの方がやりづらい。
スピードは岡野の方が上だ。岡野の瞬発力と身体の柔らかさや体幹の強さはこの男2人にはないものだ。
喧嘩のセンスなら赤羽だ。細身の男の方の単体のセンスはまだわからないが現状は脳筋のサポート一辺倒だし、脳筋は脳筋だから戦い方にはセンスのかけらもない。
そして、これらの人間を顔色一つ変えずに手加減してもなお圧倒するような戦闘者を俺は知っている。
烏間惟臣。俺らのクラスの副担任で元特殊部隊でトップの強さを誇った男。
俺はその男の動きをずっと見続けてきた。これまで俺の瞳に映ってきたその動きを俺の肉体にトレースする。雰囲気ですら本人になりきるように……
俺は烏間さんの防御術を駆使して2人の攻撃は完璧に捌くことはできていた。だが現状はジリ貧だ。こいつらの増援が来る可能性や我を失った脳筋が怒りに任せて道連れのような手段をとるリスクを考えると長期化させるのは好ましくない。
後ろでは岡野が震えながら戦況を見守っている。これ以上岡野を危険な場所に置いておくのもマズい。
だが、俺の頭に浮かぶ策はどれもリスクを伴うものだった。
***
岡野side
周防は攻撃を完璧に捌き続けて合間合間に拳を入れている。だけどその攻撃が有効打になっている様子はない。状況は膠着しているように見えた。
「……フッ」
すると、一度距離ができたタイミングでいきなり周防が鼻で笑った。相手の男たちはその様子を見て表情を変える。
「なんや?何がおかしい?」
「いや?かの有名な“清水の鬼”とやらもこんなもんかと思ってな」
「あ゛?」
そのまま周防は男2人を挑発しはじめた。周防の声には嘲笑のようなものが混ざっている。
「だってそうだろう?2人がかりでかかってきても俺に掠りもしない。正直がっかりだよ。どんな強いやつかと思ってたんだがな」
「なんやと!!」
周防の言葉に筋骨隆々な方の男はこれまで以上に顔を赤くして怒りの声を上げた。今にも飛び出しそうな表情で周防のことを睨みつける。それを細身の男がなんとか静止していた。
「やめや……挑発して冷静さ奪おうとしてはるんや。ここでキレたら、あいつの思う壺やで」
「……ハッ、か弱い女に偉そうにナイフをちらつかせることしか芸がない脳筋が。所詮は口だけの筋肉ゴリラか。あんたも大変だな。こんな出来の悪いゴリラの世話をしないと行けないなんて。組織名“清水動物園”にでも改名した方がいいんじゃないか?」
「ガキが!ぶち殺したるわ!!!」
周防の口からは男の神経を逆撫でするような言葉がスピーカーのように溢れ続けている。それを聞いていた筋骨隆々な男の方はもう限界だった。その男はもう1人の男の静止を振り切り周防に向かって一直線に飛び出した。
でも、一直線に向かってくる男を周防はずっと見ていた。そして、周防は向かってきた男に足を振り上げる。周防は男の勢いを利用してカウンターを狙おうとしていた。その足に男が反応して一瞬動きが止まる。
周防はそこに生まれたわずかな隙を逃さなかった。一瞬で男との距離を詰め、左手を握って思いっきり相手の顔に叩き込む。
《グシャ!》
何かが砕けたような音が響き渡る。男は今の周防の一撃で動かなくなった。
でも、周防を狙っていたのはその男だけではなかった。
「兄ちゃん、あかん、体勢悪いで」
気づいたらもう1人の細身の男が周防のすぐそばにいた。周防は振り終わりで隙だらけの状態。しかも、その顔前には刃がもう迫ってきていた。
「周防っ!!!」
そして私が悲鳴のような声を上げることしかできない中、相手の男の刃が周防の顔を捉えてしまったんだ。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
ナイフを持った2人組の男に襲われた岡野さん。そんな彼女の前に現れたのはなんと
前回まであれだけ零二くんに突っかかってボロクソに言っていた岡野さんですが自分の前に現れた零二くんを見て今は何を思っているのでしょうか……?
まあ、それ以前に零二くんが何やら不穏な状況になっているんですけどね。まず彼は大丈夫なんですかね……
ちなみに、今回読んでくださった皆様の中には「岡野さん運動できるはずなのに弱すぎない?」と思った方もいらっしゃると思います。確かに岡野さんは運動能力自体は高く、E組の中では戦闘要員として重宝されています。
ですが原作において「暗殺者に戦闘能力は必須ではない」とはっきり明言されていたり、標的が戦闘の意思のない殺せんせー相手で烏間先生が戦闘の訓練をしている可能性は低いことから私はE組の生徒の正面戦闘の能力自体はそれほど高くないと考えています。
実際に原作のE組の戦闘描写は暗殺スキルを使って彼らの得意なフィールドに引き摺り込んでの闇撃ちか戦闘が専門でない相手に数の暴力で戦う描写がほとんどで、カルマくん以外の生徒一人一人の単純な戦闘力って原作終盤でもそれほど高く描写されてないんですよね。岡野さんも不意打ちで蹴りを入れているだけなので……
単純な正面戦闘の戦闘力だけなら
烏間先生>>>>>>>カルマくん>>ビッチ先生を含めた他のE組
くらいのイメージ感だと思っています。ですので今作ではこの強さ関係を基準に今後も描写する予定です。(カルマくんに関しては零二くんや鉄虎さんの影響で原作より多少強化入ってますが……)
一方で零二くんは武闘派極道に目をかけられており、実際にカチコミに同行することもあるなど正面戦闘や白兵戦の経験に関してはE組の中で抜けています。本人は暗殺のフィールドならどうなるかわからないとビッチ先生のときに語っていますが、正面からの戦いなら圧倒的に零二くんの方が強いです。それでも烏間先生には劣りますが……
ですので岡野さんに関しても身体能力は高くてナイフ術や暗殺適正は高いが、正面からの戦いになると零二くんたちと比べて数段落ちるくらいの強さにしています。
ちなみに暗殺教室に出てくる殺し屋は「戦闘が専門ではない」人が多いですが、某漫画チャンネルのような戦闘に特化した殺し屋も何人か今作には登場させる予定です。
実はすでに1人登場しています
では長くなりましたが、次回で修学旅行編はラストになります。
次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
確かに私はあいつが大嫌いだった。昨日の夜にビッチ先生たちの前で「死ねばいいのに」と思いっきり言ったし、そう思ったことはこれまでも何度もある。
だけど、私のために身体を張って戦ってくれた人が私の目の前で死んでしまう。私のせいで死んでしまう。やっぱりそれは嫌だった。
次回 『修学旅行の時間 6時間目』