修学旅行3日目
俺は清水寺に隣接する墓地にて“清水の鬼”と呼ばれている半グレ集団の男2人と相対していた。その戦いは佳境を迎えている。
俺が2人を挑発すると、挑発に乗ったデカい方の男が俺に向かって一直線に飛び込んできた。その男にフェイントで隙を作り左の拳を顔面に思いっきり叩き込む。
《グシャ!》
鈍い音とともに男の顔面は陥没して一瞬にして動かなくなった。これで片方は無力化できた。
しかし……
「兄ちゃん、あかん、体勢悪いで」
その隙にもう1人の細身の男はもうすぐそばまで来ていた。男の手元にはナイフがしっかりと握られていてその刃は俺に向けられている。さらに俺は振り終わりで体勢が最悪だ。顔の前に刃が迫る。
「周防っ!!!」
岡野の悲鳴のような叫びが響き渡る。そしてその刃は俺の顔面を捉える。
限界まで引きつける……
——ここだ
***
岡野side
「周防っ!!!」
男の刃は周防の顔を捉えた。
「……シュッ」
……かのように思われた。
「……え?」
少なくとも私には捉えてしまったように見えた。
だけどその刃は周防に当たることはなく、まるで一瞬実体がなくなったかのように周防の身体を通り抜けた。それには相手の男の顔も焦っているみたいだった。
そして今は相手の振り終わりで隙だらけの状態。周防はその隙を見逃さなかった。
「……おいあんた、体勢悪いぞ」
隙だらけの男の鳩尾に周防は膝蹴りを入れる。
「ガハッ……!」
苦しそうな男の声が響く。
それで相手が悶絶して前のめりになったところに周防はそのまま相手の後頭部を目掛けて思いっきり肘打ちをした。
《ガツン!》
「……がっ!」
異様に大きく響いたこの音とともにもう1人の男も地面に崩れ落ちた。
***
零二side
細身の男の刃は虚空を切った。俺がギリギリで外したからだ。
状況は明らかにジリ貧だった。相手がチャカを隠し持っている可能性もある以上、下手に踏み込んだら岡野を狙われる可能性もあるから踏み込めない。だからこの状況を打開するには多少のリスクを取るしかなかった。ただし岡野はリスクには晒せない。ならば俺自身をリスクに晒せばいい。
脳筋男は怒りに飲まれると周りが見えなくなることはわかっていた。だから奴を挑発して標的を俺1人に絞った。そして怒りに任せて隙だらけで突っ込んだところを一気に叩き潰す。これで片方は処理できる。
しかし、当然ながら細身の男がそこを狙ってきた。そう、脳筋のことを完璧にカバーすることができる細身の男はこの状況なら必ず俺を狙ってくる。この場面では絶対に岡野を狙うことはない。それはわかっていた。そして俺にはその攻撃に対抗する手段を持っていた。
限界ギリギリでの見切り。相手の刃から目を離さず、音や空気の流れも感じながら集中して男の攻撃を皮一枚で外す。そこでこれまで冷静だった奴の顔色がはじめて変わったよ。まあ当然か。捉えたと思った攻撃がすり抜けたように空を切ったんだからな。
そして、捨て身の選択には成果が伴う。振り終わりの細身の男の体勢は最悪だ。脳筋男を倒した直後の俺と同じ状態。俺はその隙を突いてこの男の意識を刈り取った。
こうして半グレ男2人を倒して俺たちの脅威を無くすことができたのだった。
***
岡野side
私の視界の先には倒れた2人の男を見下ろす周防の姿があった。
周防は勝った。ナイフを持った2人の男を倒した。
2人の男を倒した周防は返り血のついた拳を拭きながら懐からロープを取り出して倒れた男の手足を馴れた手つきで結んでいる。
だけど、その姿はとても冷たくて怖かった……
周防は男の手足を結び終わると、後ろに振り返って私の方に向かって歩いてきた。私の前に立った周防はいつもよりも冷たい目つきで私のことを見下ろしている。
「……スマホを出せ」
「……え?」
「いいからスマホだ。烏間さんにつないで俺に渡せ。無理ならタコかビッチでもいい。早くしろ」
私は言われるがままビッチ先生に電話を繋いで震える手で周防にスマホを渡す。差し出されたスマホを受け取った周防は何も言わずに電話に出た。
「……俺だ。京都の半グレ2人とやりあった。後処理を頼みたい。一般人に見られたら面倒だ。早くしろ」
私の目の前で電話をする周防はビッチ先生と何かを言い合っているようだったけど、その会話は私の頭には入ってこなかった。
私はこの戦いの間何もできなかった。ただ怖くて震えていただけ。いや、今も私の足は震えていて言うことを聞かない。
運動神経には自信があった。
烏間先生の訓練もしていたからある程度戦えると思ってたし、逃げることくらいはできると思った。だけどあの2人には全く通用しなくて抵抗することもできなかった。私にとってあの2人は未知の化け物のように感じた。
「……の」
ナイフを突きつけられたのは生まれてはじめてだった。
これからどうなっちゃうんだろう。もしかしたら死んじゃうかもしれない。あの時はそんな思いが頭の中を駆け巡った。
……本当に怖かった。
「…かの」
細身の男が周防の顔にナイフを突き立てた時、頭の中が真っ白になった。
確かに私はあいつが大嫌いだった。昨日の夜にビッチ先生たちの前で「死ねばいいのに」と思いっきり言ったし、そう思ったことはこれまでも何度もある。
だけど、私のために身体を張って戦ってくれた人が私の目の前で死んでしまう。私のせいで死んでしまう。やっぱりそれは嫌だった。
そして、あの刃が周防に当たってしまった時の想像をしたら心がとても苦しくなった。
「岡野!!」
「——っ!」
突然名前を呼ばれてビクッと身体が跳ねた。恐る恐る顔を上げると、目の前には電話を終えた周防の姿があった。
周防は私の目線に合わせるかのようにしゃがんでくれていた。その目はさっきのような冷たさも怖さも消えている。いつものような見下す感じもなかった。むしろ周防が私に向けたその眼差しは今まで見たことがないようなとても優しく安心感のあるものだった。
「……怪我はないか?」
私にかける声にも優しさを感じる。その瞬間、私の頬には熱いものが伝わった。
すると周防は私の頭に右手を添えて口を開く。
「……怖かったよな。もう大丈夫だ」
周防に優しい表情でこう言われながら頭を優しく撫でられた時、私の中で張り詰めていたものが一気に崩れた。
「っ……こ、怖かった……っ」
声が震えてうまく息ができない。気づけば身体がふらついていてそのまま周防の方へ倒れ込む。
次の瞬間、私の身体が包まれたように感じた。私は逃げ場のように周防の大きな胸の中に引き寄せられていて、気づいたら私はそこに顔を埋めていた。
「ナイフ、突き立てられたとき……っ、わ、私……このまま死んじゃうって……思って……っ」
私の言葉が震える。もう涙が止まらなかった。
「それに……っ、あのとき……周防が……死んじゃうかもしれないって……っ」
喉の奥が詰まる。どうしてもあの考えが離れない。今の私の心の中には昨日のような「死ねばいいのに」という気持ちは完全になくなっていた。
「私のせいで……っ、死んじゃったらどうしようってぇ……っ」
言葉を絞り出しながら周防の身体に腕を回して抱きつき、周防の胸に自分の顔を押し付けると、胸に押し当てた顔に周防の温もりが伝わってきた。それが余計に全てを溢れさせた。
「うっ……ぐすっ……ひっ……」
嗚咽が漏れて自分でも抑えられない。周防の服を掴む指に力が入る。もう無理だった。
「……なにも、できなかった……っ」
震える声で絞り出すように言葉がこぼれる。
「私……ただ見てるだけで……っ、何もできなくて……っ」
周防の胸に顔を埋めたまま私はただ泣き続けた。
その時、頭を撫でていた手がゆっくりと動いた。その手は今度は背中に回されてそのまま、ぽん、ぽん、と私の背中を叩き始める。泣き続ける私のことをただ静かに受け止めながら優しくあやすように何度も叩き続けてくれていた。
「うわあああああん!!」
それがまた全てを溢れさせた。だけどちょっとだけ安心できたことで少し力が抜ける。
私を安心させてくれたその手はとても大きくて温かかった。
***
零二side
清水寺の喧騒が嘘のように静まり返った墓地に岡野の嗚咽が響く。
俺は胸で震える岡野の泣き声をただ黙って聞いていた。布越しに熱い涙がじわりと滲むのがわかる。右手で震える岡野の背中を落ち着かせるように叩きながら烏間さんたちがここにやってくるのを待っていた。
《ビュン!》
「周防くん!」
「周防!」
しばらく待っているとタコに連れられて烏間さんとビッチがやってきた。
「周防、何があったの!?」
俺たちに気づいたビッチが走りながらこちらに向かってくる。その顔には焦りの色が浮かんでいた。
「悪いビッチ。後で話すから今は岡野を任せていいか?」
最初は動揺していたビッチだったが俺の胸で泣いている岡野の姿を見るとすぐに冷静さを取り戻した。普段はガキみたいなところもあるがそういうところは流石大人だと少しだけ感心する。
「……わかったわ。こっちは私に任せて烏間のところ行ってきなさい」
俺たちの様子を見て事情を察したビッチが落ち着いた声でこう言った。
「……悪いな。あとは頼む。岡野、悪い。少し離れるけどいいか?」
岡野は何も言わずに頷いて俺の身体に回していた腕を解いた。俺はわずかに血で汚れた左手を触れさせないように岡野から離れた後、ビッチに岡野を任せて烏間さんとタコのところへ向かった。
「……全く、イリーナから『君が地元の半グレ2人と殺し合った』って聞いていたから何事かと思ったぞ」
「そうです。先生、君が殺人を犯したのかと思ってびっくりしました」
「……まあ十分“何事”の範囲ではあると思いますよ」
事情を説明すると2人とも安心したようにホッと息を吐いた。その様子を見て俺は少しだけため息を吐く。
殺し合ったってどういうことだ。烏間さんのはギリ間違ってはいないが、タコのは話が飛躍しすぎだ。ビッチの野郎どんな説明したんだよ……
すると、烏間さんの表情が引き締まって俺の方に向けられた。
「まずは謝らせて欲しい。本来ならば我々が君たちを守るべきだったにもかかわらず。2日連続で危険な目に合わせてしまった。ひとえに俺の力不足だ。申し訳ない」
「いえ、烏間先生。あなただけの責任ではありません。教師である私たち3人の責任です。私ももっと早くに気づけていればよかったと後悔しています」
俺に頭を下げる烏間さんにタコはなだめるように静かにこう言った。
「そして、周防くん。まずは君に感謝を伝えなければなりません。君がいなければ私は大切な生徒を失うところでした。彼らのことを守ってくれてありがとうございます」
タコもそう言って俺に向かって頭を下げた。そして小さな声で言葉を続ける。
「……周防くん。君は強い」
そう言いながら触手を返り血で少し汚れた俺の左手に触れさせた。
「今日君が1人でここにいた意味、先生はなんとなくわかります。そして君が苦しんでいることも」
まだわずかに残った赤い液体を拭き取りながら静かに声を響かせる。タコはそのままビッチに慰められている岡野を指差すように触手を向けた。
「ですが今回君は誰かのためにその力を使ってくれた。それで救われた人がいることは事実です。それは岡野さんだけではない。昨日の神崎さんや茅野さん、カルマくんや渚くんたちも君に救われました」
そして俺の左手を拭き終えるともう一度頭を下げて言葉を絞り出した。
「お願いです。彼らの声を聞いてあげてください。君に救われた彼らの姿を見てあげてください。彼らの“未来”を視てあげてください。それは、君がその力で“守ったもの”なのですから」
静かな墓地にタコのこの言葉が響き渡った。
なぜタコが今この話をしたのか俺にはわからない。
その意味を考えるかのように空を見上げるとその空はまるで何かを喜んでいるような美しい色をしていた。
***
岡野side
「ひなたちゃん!」
ビッチ先生のおかげで落ち着いた私はようやく1班のみんなと再会することができた。みんなの姿が視界に入ると私を呼ぶ声が大きく聞こえてきた。
「よかった……ひなたちゃんっ!」
「無事で……ほんとによかった……っ!」
私のことに気づいた矢田っちと倉橋さんの2人は私の方へ駆け寄ってきて、そのまま勢いよく私に抱きついた。2人の温かさが私の身体を包み込む。
「心配したんだよ……っ、ナイフを持った人に襲われたって聞いて……っ」
「もう……どうなったかと思って……っ」
2人とも涙をこぼしながら言葉を詰まらせていた。
私はその温もりに包まれて胸の奥がじんわりと熱くなった。
「岡野、すまなかった。俺たちがもっと気にかけていればこんなことにならなかったのに」
「もっと周りを見ておくべきだった。岡野、本当にごめん!」
磯貝くんと前原はこう言って私に向かって頭を下げた。メグも涙を溜めながら申し訳なさそうにしている。
「……うん、大丈夫」
私はみんなを心配させないように少しだけ笑って答える。そのまま私は静かな声で言葉を続けた。
「みんなは悪くないよ。私が不注意だったのも悪いし……」
今回のことは私が悪い。私がみんなのことをちゃんと見てはぐれたり、周りにしっかり気を配ってぶつかったりなんかしなければこんなことにはならなかった。みんなを心配させてしまって申し訳なさを感じる。
だけど、矢田っちたちが泣いている中で辛気臭く謝るのはなんか違うと思った。だから私はこう呟いた。
「ちゃんと戻ってこれたから」
私が静かにこう言うと磯貝くんと前原はホッとした表情で微笑みながら頷いて、女子3人は泣き笑いのような表情を私に向けてくれた。
これで空気が明るくなった感じがした。しばらくして矢田っちが目を拭ってからもう一度口を開いた。
「そういえば、周防くんは?一緒じゃないの?」
「先生たちと現場検証に行ったよ。本当は私も行ったほうがいいんだろうけど、周防とビッチ先生が気を遣ってくれて先に帰してくれたんだ」
矢田っちの言葉に私はそう返した。
私のことを助けてくれた周防は状況を説明するからと言って殺せんせーたちについて行った。本当は当事者である私もいるべきだと思って一緒に行こうとしたんだけど……
『あいつらはお前のことを待ってるだろ。お前はそっちに行ってやれ』
と、言われついてついていくことができなかった。きっと、あいつなりに配慮してくれたんだと思う。
「そっか。でも正直意外だったよ。あいつが岡野のために身体張って戦うなんてな」
「同感。あれだけ仲悪かったのにね」
「私、周防くんが助けたって聞いた時、何かの間違いかと思ったもん」
すると、みんなは少し微笑みながら周防のことについて話し始めた。
私も同じ意見だ。正直、今でもあいつのことは好きになれない。だって“あの日”のことは今も許していないから。
だけど今日のあいつは間違いなく私のために戦ってくれたし、そのおかげで命が助かったのも事実だ。その2つが心の中でぐちゃぐちゃに絡み合っていて、今の気持ちは正直わからない。
『ひなた。これだけは言っておくわ。あんたが周防を嫌っているのは知ってるし、それについて特に何も言うつもりはない。でも、今日のことは後でお礼を言っておきなさい。一応あいつが命の恩人なんだから』
さっきビッチ先生に言われた言葉が脳裏に残る。私はあいつのことは好きではない。でも、だからといって私を助けてくれた人にこのまま何も言わないで終わらすのは嫌だった。
「私、ちゃんと周防にお礼を言いたい。あいつがいなければ戻ってこれなかったと思うから」
「私も。普段は問題児だけど友達を助けてくれたことは感謝してるから」
「私も!みんなで行こうよ!」
「そうだな。帰ったらちゃんとあいつと話をしよう」
周防にお礼を伝えることを決意した私たちはみんなで微笑み合った。思えば、周防の名前が出て笑えたのはこれがはじめてだった。
***
「殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生。迷惑かけてしまってごめんなさい」
「謝るのは俺たちのほうだ。もっと君たちのことを見ておくべきだった。申し訳ない」
「申し訳ありませんでした岡野さん。お怪我はありませんか?」
「うん、大丈夫」
私は頭を下げながら先生たちに言葉を伝える。
旅館に帰ってきた私はまず最初に先生たちに謝った。今日は私のせいでいろいろと迷惑をかけてしまった。ただでさえ暗殺で忙しいのに余計な心配をかけさせてしまって申し訳ない。
「ひなた、周防は一足先にお風呂に入っているわ。もう少しで出てくるはずよ」
すると、私が周防のことを探しているのを察したのだろう。ビッチ先生が周防の居場所を教えてくれた。先生たちと一緒に旅館に戻ってきた周防は一足先にお風呂に入ったらしい。
「ありがとうビッチ先生、殺せんせー。それと、烏間先生もありがとうございました」
それを聞いた私は先生たちにお礼を言ってから磯貝くんたちのところへ向かった。
そして磯貝くんたちがいる場所に到着すると、磯貝くんたち1班以外の人の姿も目に入った。
「ひなたちゃん!襲われたって聞いたよ!大丈夫!?」
「ありがとう茅野っち。心配かけてごめんね。でもみんなどうしてここにいるの?」
そこにはなぜか茅野っちや神崎さん、杉野に奥田さんなど4班のメンバーもいた。だけどここには1班のみんなが集まっていたはずだ。どうして4班のみんながいるのだろう?
「俺たちも周防に話したいことがあってな。磯貝がここで周防と話すって言ってたから、一緒に混ぜてもらったんだ」
私がそう思っていると、杉野がそう答えた。4班のみんなも何か周防と話すことがあるらしい。
私がみんなのことを見ると神崎さんが少し申し訳なさそうな顔をしながら視線を下に向けていた。
(……何があったんだろう?)
すると、
「おーい、磯貝くーん」
この場にいなかった4班のメンバーである渚とカルマがここにやってきた。渚は頭の上に上げた手を振りながら歩いてきて隣ではカルマがいつものようなニヒルな笑みを浮かべている。
そしてその後ろには……
「岡野さん連れてきたよ♪」
黒いパーカーを着て気だるげな表情を浮かべた周防が白い長髪を靡かせながら渚たちについて来ていた。
どうやら渚とカルマが周防のことを呼びに行ってくれたらしい。
「……なんでお前らがここにいるんだ?」
2人に連れられてやって来た周防は気だるげな表情で私たちを見つめる。
その姿を見ると色々な気持ちが蘇ってきた。胸の奥で複雑に絡まり合う気持ちや恥ずかしさも相まって最初はなかなか言葉が出ない。
(……言わなきゃ)
それでも私は勇気を持って周防に向けて頭を下げた。
「……そ、その。今日はありがとう。周防のおかげで無事に帰ってくることができたから。……あの、助けてくれてありがとう……」
うまく言葉にできたかわからないけど正直な気持ちを周防に伝える。少しだけ顔が熱い。周防の前でたくさん泣いてしまったし、みんなの前でこういうことを言うことに対する恥ずかしさもある。だけど今は悪い気分ではなかった。
私の言葉が終わると磯貝くんたちも頭を下げた。
「俺たちからもお礼を言わせて欲しい。班のメンバーを、俺たちの仲間を助けてくれたことは本当に感謝してる。ありがとう」
「私たちからも言わせて。ひなたを、私たちの友達を助けてくれて本当にありがとう。周防くん」
「……別に気にするな。怪我がなさそうでなによりだ」
磯貝くんやメグの言葉に対して周防はさっきのような優しげな目でこう返した。私は思っていることを伝えられたことに安心して少しだけ肩の力を抜く。
すると、今度は神崎さんが周防の前に出て何か決意したような目で口を開いた。
「あ、あの。周防くん、カルマくんに聞きました。初日から高校生たちの違和感に気づいて気にかけてくれていたんですよね?それに仲間の増援も食い止めてくれたとか」
神崎さんの言葉が響く。そして、勢いよく頭を下げた。
「昨日はひどいことを言ってしまってごめんなさい!それと本当にありがとう!」
それを聞いた周防は驚いたような表情をするとすぐにカルマを睨みつけた。
「……赤羽?どういうことだ?」
「え?俺は周防くんが『気をつけろ』って言ったことしか言ってないよ?」
「じゃあなんで昨日のことが公になってるんだよ」
「あはは、ごめんね。僕が話したんだ」
カルマのことをめんどくさそうな顔をして睨む周防に向かって渚がそう言って申し訳なさそうに笑った。
「僕たちも昨日は助けられたしちゃんとお礼を言いたかったから、どうせならみんなで行こうってなったんだ。周防くん、昨日は僕たちを助けてくれてありがとう」
渚がそう言うと4班のみんなが彼に頭を下げた。
だけど、私は最初は渚や神崎さんの話していることが理解できなかった。昨日は助けられたってどういうことだろう……?
頭の中でそのことを考えていると、昨日勝手に抜け出して木刀を持って歩いていた周防の姿が頭の中に浮かんできた。
(……まさか!)
多分私と同じことを思っていたようで磯貝くんとメグもソワソワし始める。そのまま磯貝くんが恐る恐る口を開いた。
「なあ、渚。“昨日の”ってなんだ?」
「あー、昨日周防くんがお土産で買った木刀で俺らを襲った奴らの仲間をボコボコにしたんだよね〜」
磯貝くんの問いにはカルマが答えた。それを聞いた2人の顔はみるみるうちに青ざめていく。
確かに昨日の周防は勝手に班行動を抜け出して喧嘩をしていた。それは私たちが烏間先生に言いつけた通りで間違いない。だけど周防はただ周りを傷つけるために喧嘩をしていたわけではなかった。むしろ逆だ。傷つけられそうになっている神崎さんたちを守ろうとしていた。今日、私を救ってくれたみたいに。
「ごめんなさい!そうとは知らず色々言ってしまって」
「本当にごめん!てっきりお前が問題起こしてるんじゃないかと勘違いしてた」
昨日の真実を知った磯貝くんとメグは何度も頭を下げて謝った。私も胸の中に重いものが広がる。
(……知らなかった)
周防がこんなことまでやっていたとは全く気がつかなかった。勝手に決めつけて裏で色々悪く言ってしまったことをこのとき後悔した。
「あー、別に気にしてねえよ。怪我したやつもいないようだしよかっただろ」
周防は自分が悪く言われていたことなど本当にどうでも良さそうな顔をしながらこう言って頭の後ろを掻いていた。
「俺はボコボコにされたよ。周防くん」
「赤羽が怪我しても誰も気にしないから実質0だ」
カルマの軽口に周防が返すとみんなの雰囲気が少しだけ明るくなった。
私は周防のことが“苦手”だ。そして周防とE組のみんなの溝はとてつもなく大きかった。だけど、この修学旅行で少しだけその溝が埋まったような気がする。
みんなの輪の中心でカルマに絡まれて嫌そうな顔をしてため息を吐いている周防の姿を見てそう思った。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
本当に長かった修学旅行が終わりました。結局、片岡さんが旅行前に危惧していた通り零二くんは旅行先でも大暴れしていましたね。思えば零二くんの修学旅行は喧嘩しただけで終わっています。でもその拳の意味は片岡さんたちが危惧していたものとは全く異なったものだったと思います。
殺せんせーの台詞の通り、今回は零二くんの拳で多くの生徒が助けられました。中でも岡野さんは文字通り彼に命を救われました。今回岡野さんが流した涙は前にぶつかり合ったときのものとは全く別の意味を持つことでしょう。
いきなりちゃんとした仲直りはできているわけではないですが、無事神崎さんの件の誤解も解けましたし、少しずつですがこれから零二くんへの印象が変わっていくのかもしれません。
話は変わりますが、来週からは一度週1投稿に戻します。ちょっと9月は忙しいのでどの曜日に公開できるかなどは現時点では全くわからないのですが、週一回は更新するようにするのでお待ちいただければと思います。
さて、次回はいよいよあの転校生が登場します。次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
めちゃくちゃはしゃいでいる岡島くんを横目に僕の頭の中では転校生のことでいっぱいだった。殺し屋であろうとなかろうと転校生には期待と不安が入り混じる。
どんな人でどんな暗殺をするんだろう……
僕はすごく興味があった。
だけど、その考えは教室に入った瞬間に一瞬にして崩れ去る。
教室の窓側の一番後ろには大きくて不気味な黒い箱が佇んでいた。
次回 『転校生の時間』