暗殺教室 零の瞳に映るもの   作:ディーエー

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最初に投稿を開始してから丸5ヶ月経ちました。時が経つのは早いものですね。気づけばお気に入り数も増えていて多くの方に見ていただけて本当に感謝しています。

では、今週も本編行きます。




第27話 転校生の時間 2時間目

 

ロヴロ・ブロフスキとイリーナさんの暗殺対決が行われた日の翌日

 

まだ太陽が顔を出していないような時間に外に出ていた俺は裏路地の奥にある塀に寄りかかりながらとある人を待っていた。日の出はまだだが空はかすかに白み始めており、肌にまとわりつくような湿った空気とともに静寂が辺りを包んでいる。当然、こんな時間のこの場所に人の気配はほとんどない。

 

しばらく塀にもたれながら待っていると1つの足音が近づいてきた。

 

「おはようございます。風間さん。すみませんこんな時間に……」

 

「おはよう。周防くん。やっぱりこの時間を選ぶあたり君らしいよ」

 

俺が待っていたのは情報屋の風間さんだ。風間さんは俺の顔をじっと見てから口元をわずかに緩めた。

 

「……何か掴んだようだね」

 

その一言で余計な前置きは必要なくなった。俺は早速本題に入る。

 

「昨日、殺し屋ロヴロ・ブロフスキがうちの教室にやってきて俺にこんなことを教えてきました。どうやらうちに“あの組織”出身の暗殺者が来るらしいです。そしてその人物は何か“手術”のようなものを受けていると」

 

風間さんは俺の話を黙って聞いていた。

 

『近々、“君の組織出身の人間”がここに来る。そいつは何か手(・)術(・)の(・)よ(・)う(・)な(・)も(・)の(・)を受けているらしい。気をつけたほうがいい……』

 

俺はかつてとある暗殺組織に所属していた。そして昨日ロヴロから……いや、あの人の知り合いなら呼び捨てを続けるのは失礼か。ロヴロさんから“俺がいた組織”出身の人間が近々うちの教室にやってくるという情報を聞かされたのだ。

 

“あの組織”の人間とは関わりたくない俺にとってはこれだけでも大事件だが、どうやらロヴロさんによると、その人間は何か手術のようなものを受けているらしい。それは直近で目の前の男に聞かされた話とよく似ていた。俺はそれが“アダム”やあの超生物とは無関係ではないような気がしていた。

 

「俺はそいつを『アダム』である可能性を疑っています」

 

これを言葉にした瞬間、わずかに空気が重くなった気がした。風間さんは煙草に火をつけてからゆっくりと煙を吐く。

 

人間の細胞を強化する話を聞かされた直後に現れた手術を受けた人間。その人間がその強化をされた人間(アダム)である可能性を考えるのは普通のことだろう。

 

「なるほど……発想としては自然だ。『アダム』由来の細胞を持っている可能性はあるね」

 

風間さんの言葉とともに煙が白く空に溶けていく。

 

風間さんはそいつが『アダム』由来の細胞を持っている可能性を否定はしなかった。しかし、風間さんはタバコの煙を吐いてから俺に強い視線を向けてこう言い切った。

 

「ただし、君が探している『アダム』の実験の成功例である可能性は低いと思うよ」

 

「……理由を聞いてもいいですか?」

 

「その暗殺者は最(・)近(・)手術を受けたんだろう?だとすれば、その細胞を取り込んだのはあの超生物より“後”になる。つまり、君が探している超生物の起源にはなり得ない。少なくとも時間軸が合わないからね」

 

「……そうですか」

 

確かにこの理屈は通っている。

 

ロヴロさんによるとうちの教室にくる予定の暗殺者がその手術を受けたのはここ最近だそうだ。一方、これまでの調査であの超生物の研究は1年以上前から続けられていたことがわかっている。つまり、少なくとも“2年以上前に研究されていた存在”でないとあの超生物の起源となるサンプルにはなり得ない。

 

だが、“あの組織がしている手術”と聞いて俺が無関係だと思えない理由がもう1つあった。

 

「……それでも、引っかかります」

 

気づけば言葉が自然と漏れていた。それを聞いた風間さんがこちらを見ながら優しく口を開く。

 

「何か心当たりがあるのかい?」

 

『ほんと、“才能ゼロ”だな』

 

その言葉で少しだけ昔のことを思い出した。あの場所とあの時の空気を頭に思い浮かべながら俺は言葉を紡いだ。

 

「俺が組織にいた頃、組織では訓練の成績が芳しくない者に実験紛いのことを行っていました。目的は成績不良者(落ちこぼれ)の肉体を強化して兵器としての利用価値を高めることです」

 

俺がこう言った瞬間、風間さんの目がわずかに細まった。

 

かつて俺がいた組織では訓練の成績が悪かった不良品の利用価値を高めようと一定の成績を下回った者に対して肉体を強化して身体能力を向上させる実験を行なっていた。

 

「もちろん負担が大きくて実用的ではありませんでしたが、その実験を受けた者は例外なく身体能力が大きく向上していました」

 

あのときの光景が脳裏に浮かぶ。

何せ俺自身もあの実験を受けているのだから

あれは身体の負担が大きく、まさに地獄のような実験だ。あまりの負担の大きさに実験を受けたやつはみんな任務どころではないくらいのダメージを受けており、実用的とはとても言えなかった。だが、確かに一時的な身体能力なら全員の向上を認められたのは事実だ。

 

兵器として利用するために肉体を強化して身体能力を向上させる……。あの時は気づかなかったが、今冷静に考えればこのような仮説が俺の頭の中に浮かんでいた。

 

「……あれが、『プロジェクト・アダム』なのではないかと考えています」

 

数日前に噂になっていた話とあの組織で行われていた実験。この2つはその目的もそのための手段も非常に近い。俺にはそれを無関係と断ずる事はできなかった。

 

「いきなりそれが君の探してるものだとするのは早計かな。証拠もないしそもそもこの噂が本当かどうかもわからないんだ」

 

「確かにそうですね……」

 

「だけど僕も関係している可能性は高いと思う。たとえそこに例の“成功例”がいなかったとしてもそいつに関する研究データが残っている可能性は十分にある。調べてみる価値はありそうだ」

 

風間さんもいきなり決めつけるのは早計と言いつつも完全には否定せずにこう答えた。

 

「……何か情報はありませんか?」

 

あまりあの組織に関わりたくはないが、もし関係があるならそう言ってるわけにもいかない。この糸口からの情報がないか俺は確認する。

 

しかし、風間さんはわずかに首を振ってこう返した。

 

「残念ながらないね。今あの組織はごたついていてなかなか情報が取れないんだ」

 

「……それロヴロさんも言っていました。一体何が起きているんですか?」

 

残念ながら風間さんはこの実験の情報を現時点では持っていないようだった。ロヴロさんも言っていたが、どうやら組織は組織で何やら面倒なことが起こっているらしい。

 

思えば、あの組織出身の暗殺者が出張ってこないのはおかしいと思っていた。あの組織は国内では最大クラスの殺し屋組織だ。俺も前までいたからわかるが、あそこは幼少期から厳しい暗殺の訓練を課して優秀な暗殺者を育成している。そこの人間のレベルははっきり言ってE組の連中とは次元が違う。だから当然うちの超生物暗殺の依頼も真っ先に出ているはず。

 

普通ならもっと早い段階で組織最強格の人間が出てきてもおかしくないし、固定砲台みたいに“あいつら”のような連中を生徒として大量に送り込んできても不思議なことではないだろう。

 

俺としてはあそこの人間と関わると面倒なことになり得るため現在の状況は好都合ではあるが、2ヶ月ほどが経ってもやけに静観しているあの組織に俺は嫌な予感を感じていた。

 

その疑問の答えは風間さんが説明してくれた。

 

「かつての組織最強と言われていた下条龍馬(しもじょうたつま)が所属していた河田(かわだ)班が組織の本部と対立して内部分裂を起こした。現在は河田班と組織が実質的な戦争状態にある」

 

「……内戦ですか」

 

「そう。だから情報は厳しく規制されている」

 

風間さんは煙草を指で弾きながら静かに声を発したと同時に空気が一段階冷え他のを感じた。パラパラと雨も降りはじめ俺と風間さんを濡らす。

 

だが、そんな雨も気にする様子もなく風間さんは言葉を続けた

 

「相手には前組織最強の下条がいる。だから現組織最強の白石亮(しらいしりょう)も戦線に出ているらしくてね。超生物どころじゃないというわけだ」

 

あの組織がこれまで超生物暗殺にノータッチだった理由。それは組織の内部改革に反対したかつての組織最強率いる反対派と内戦をしているからだった。

 

本来はこのような反対派なんざ軽い圧力で簡単に屈する。だが、相手に組織の前最強がいるならそう簡単にはいかないということらしい。しかも前と言えど実力は現最強と肩を並べる実力。今の組織はその処理に追われていて超生物の相手なんざしてる暇がないということなのだろう。

 

そして、戦争中の組織において情報を取られるという事は致命的になりうる。相手に隙を晒すことになるからな。だから風間さんですら簡単に情報を取れないような厳戒態勢が敷かれているということだった。

 

「だけど国も緊急事態だ。何せ地球の危機なのだからね。当然組織に何かしらの対応は求めたのだろう。その状況で組織が外に出してきたのが例の暗殺者というわけさ」

 

この説明で頭の中で点と点がつながった。

 

組織の最強格は戦争で手を取られて送れない。だから、身体強化の実験をした暗殺者を代わりに送り込む。強化しているから実力は十分。しかも、その強化元は死んでも困らないような捨て駒。実にあの組織らしい考え方だ。

 

「……わかりました。俺の方でも探ってみます」

 

「すまないね、たいした情報が出せなくて」

 

俺がこう言うと、風間さんがそう返しながら懐から一枚の紙を取り出して差し出してきた。受け取るとその紙には日本各地の地図といくつか印がつけられていた。

 

「これは棄てられた研究施設のリストだ。ここに必ず何かあるとは限らない。でも、道標くらいにはなるんじゃないかな」

 

風間さんは紙を指で叩きながら言葉を響かせた。

 

渡されたのはこの日本各地に点在するかつて棄てられた研究施設の跡地が記載された地図だった。『プロジェクト・アダム』は表に出ていない研究。そして、すでに凍結したとされている。この地図の中からその答えが見つかるとは限らないが、闇雲に探すよりはずっといいだろう。

 

「……ありがとうございます。助かります」

 

やはりこの人は優秀だ。必要な情報が得られなかった時でもこの人は何かしらのヒントを必ずくれる。本当にありがたい。

 

「もちろん、君の話も踏まえた上で僕の方でも追ってみるよ」

 

「お願いします」

 

軽く笑いながら言った風間さんの言葉に俺はこう返しながら紙を折ってポケットにしまう。

 

「では、何かあればまた連絡します」

 

そして、最後に軽く挨拶をしてから背を向けた。気づけば空は少しだけ明るくなっていた。

もう夜が終わる。あっという間だった気がするが随分と長い間話し込んでいたようだ。

 

パラパラと降る雨の中、明るくなりつつある空を見上げながらさっきの話を整理する。

 

存在するかも怪しいと言われた『プロジェクト・アダム』とかつて俺がいた組織で行われていた実験。そして、うちの教室にやってくると言われている古巣(組織)出身の暗殺者。

 

俺の中では何かが確実に動き始めていた。

 

 

***

 

 

渚side

 

ホームルームが始まる頃には明朝から降り出したという雨が時間が経つごとに強さを増していた。窓の外は白く煙っていて山の景色もほとんど見えない。屋根を叩く雨音が絶え間なく響いて教室の中の会話すら少し遠く感じた。

 

そんな中、殺せんせーの言葉が教室に響く。

 

「さて、烏間先生から転校生が来ると聞いてますね?」

 

その一言で教室の空気が少しだけ引き締まった。

 

普通は転校生と聞いたらどこかワクワクするものだと思う。だけど、僕ら暗殺教室の転校生は普通じゃない。前にやってきた転校生は殺せんせーを殺すために作られた機械だった。今回の転校生も殺せんせーを殺すための刺客なのは確実だ。

 

「律さんの時は甘く見て痛い目に遭いましたからねぇ。先生も今回は油断しませんよ」

 

殺せんせーは軽く笑いながらもその目はどこか本気だった。その視線が自然と律へ向く。それに律は微笑んだ。

 

前にやってきた転校生の律も世界最新の機械の力を駆使して殺せんせーにダメージを与えた。僕らの授業のことを考えないような迷惑なやり方ではあったけれど殺せんせーを追い詰めたのは事実だ。殺せんせーが警戒するのも無理はないだろう。

 

「いずれにせよ皆さんに仲間が増えるのは嬉しいことです」

 

それでもいつもの笑顔で殺せんせーはこう続けた。

 

確かにこの転校生は殺せんせーを殺すための刺客かもしれない。もしかするとその正体は本物の殺し屋の可能性もある。それでもこの教室の生徒である以上、これからは僕らの仲間だ。せっかくなら仲良くしていきたいのは僕らも同じだった。

 

そう思っていると、律の前の席に座っていた原さんがくるりと振り返った。

 

「そういえば律、何か聞いてないの?同じ転校生暗殺者として」

 

「はい、少しだけ……」

 

原さんの言葉に対して律が答えようとすると、教室中の視線が律に集まった。

 

一瞬だけ教室が静寂に包まれる。その中心で律は静かに口を開いた。

 

「……初期命令では、私と彼の同時投入の予定でした。私が遠距離射撃、彼が肉薄攻撃。連携して殺せんせーを追い詰めると」

 

律の淡々とした説明に教室の空気がぴんと張り詰める。

 

元々律とその“転校生”は律と一緒にE組にやってくる予定だったようだ。律があの射撃で殺せんせーの逃げ道を塞いでその“転校生”が仕留める。それが元々の計画だったみたいだ。

 

だけど……

 

「ですが2つの理由でその命令はキャンセルされました」

 

「へえ、理由って」

 

「1つは彼の“調整”に予定より時間がかかったから」

 

結局のところ律は1人でこの教室に転校生としてやってきた。律によるとその転校生はどうやら何かしらの“調整”が施されているらしい。それだけでも普通じゃない響きだと思う。教室の空気もざわりと揺れていた。

 

「もう1つは私の性能では彼のサポートに力不足……私は彼より暗殺者として圧倒的に劣っていたから」

 

その言葉が落ちた瞬間、教室が完全に静まり返った。息が詰まるのを感じる。

 

(律が……劣っている?)

 

信じられなかった。だってあの律だ。世界最新のAIで殺せんせーの指を吹き飛ばした律がこの扱い……?

 

喉が乾くのを感じる。今日やってくるのは一体どんな怪物なんだろう……

 

すると、その重苦しい空気を破る声があった。

 

「なあ」

 

低く、静かな声が響く。その声はこの教室で未だに暗殺に深く関わっていない生徒、周防くんのものだった。

 

全員の視線が今度は一番後ろの席の周防くんの元へ集まる。彼に関しては珍しく朝から教室に来ているだけでも驚きなのにその表情はいつもと違っていた。張り詰めたような明らかな緊張感の中、周防くんが声を響かせる。

 

「そいつの“調整”ってやつについて詳しく教えてくれないか?」

 

「……情報の開示範囲を確認します」

 

「報告書でも研究資料でもなんでもいい。なんならそいつの名前だけでも構わない。お前が知ってる範囲でいいから何か知ってるなら聞かせて欲しい」

 

周防くんは間髪入れずに一歩身を乗り出しながら言葉を続けた。

 

その声は抑えられているけど、どこか焦っているようにも聞こえた。いつも冷静な周防くんがこんなふうな感情を見せるのははじめてだ。

 

律は少しだけ考えるように沈黙してから静かに答えた。

 

「……ごめんなさい。彼の情報は機密扱いとなっています。ですが、彼は私と違って“人間”です。殺せんせーに対抗できるような“調整”をされてはいますが……」

 

律の言葉に周防くんは黙り込んだ。

 

今度の転校生は律みたいな機械の転校生ではないようだ。不破さんとかは人造人間を思い浮かべていたようだったけど普通の人間らしい。

 

だけど周防くんは何かを考え込むように黙り込んだまま動かなかった。

 

「……わかった。時間を取らせて悪かった」

 

すぐに周防くんはこう返したけど、それでも周防くんの表情には何か釈然としないようなものを感じた。僕にはまるで何か心当たりがあるようにも見えた。

 

《ガラッ》

 

そのとき教室のドアが開いた。みんなの視線が一斉にそちらに向く。どうやら誰か入ってきたみたいだ。

 

開いた扉の先に立っていたのは白い和服に白頭巾で顔を隠した男だった。

 

「な、何あの格好……」

 

「……あれが転校生?」

 

みんなから少し引き気味の声が漏れる。するとその男はひょいと手を上げて白い鳩を手の中に出してみせた。

 

「あははは、ごめんごめん。驚かせたね。転校生は私じゃないよ。私は保護者。まあ白いし、『シロ』とでも呼んでくれ」

 

柔らかい声が響く。その雰囲気に少しだけ教室の緊張が少しだけ緩んだ。

 

入ってきたのは転校生の保護者を名乗る『シロ』という白頭巾に白装束を身に纏った男の人だった。さっきの律の話とその風貌でみんなは警戒していたけど、思った以上に優しそうな男の人で僕らの心の中に安堵が生まれる。

 

僕の隣の席の茅野も小声でこう言っていた。

 

「いきなり白装束できて手品なんかやったらビビるよね……」

 

「うん、殺せんせーでもなければ誰だって——」

 

殺せんせーでもなければ誰だってビビってるよ

 

茅野の言葉に僕はこう返そうとした。だけど言い終わる前に殺せんせーが液体化して全力でビビっている姿が目に入ってしまった……

 

「「「ビビってんじゃねえよ殺せんせー!?」」」

 

みんなのツッコミが飛ぶ。だけどはじめはビビっていた殺せんせーもすぐに落ち着きを取り戻して何事もなかったかのようにしていた。

 

「はじめましてシロさん。それで肝心の転校生は?」

 

「はじめまして殺せんせー。ちょっと性格とか色々特殊な子でね。私が直で紹介させてもらおうと思いまして」

 

殺せんせーの言葉にシロと名乗った男の人はこう返した。

 

この人の言ってることに違和感はない。話し方も穏やかだ。だけど、僕はこの喋り方や独特な雰囲気に掴みどころのない人だなという印象を抱いていた。

 

すると、シロの視線がこちらに……いや、正確にはその隣の茅野に向いた。殺せんせーはその様子を見て疑問符を浮かべたような表情になる。

 

「何か?」

 

「いや、皆いい子そうですなあ。これならあの子も馴染みやすそうだ。おーい、イトナ。入っておいで」

 

それでもシロは何事もなかったかのようにこう答えた。

 

そして転校生のものだと思われる名前を呼んだ瞬間……

 

《ドゴンッ!!》

 

教室の後ろの壁が粉々に砕けた。

 

「えっ!?」

 

「なに!?」

 

ざわめきが広がる中、僕と同じくらいの背の高さの小柄な男の子が何事もなかったかのように中へ入ってきた。その男の子はそのままカルマくんと寺坂くんの間の席に座る。

 

「俺は勝った。この教室の壁より強いことが証明された」

 

「「「いや、ドアから入れ!!」」」

 

壁をぶち壊しながら入ってきて何事もなかったかのようにこう言ったイトナと呼ばれた男子に向かって教室中から一斉にツッコミが飛ぶ。でも、彼はそれを無視して。「それだけでいい。それだけでいい……」と繰り返している。

 

「なんかまためんどくさいの来やがった……」

 

そんな様子の転校生を見て教室のみんなが引き気味の表情をしている。殺せんせーも笑顔でも真顔でもない中途半端な表情で固まっていた。

 

「堀部糸成だ。名前で呼んであげてください」

 

このなんとも言えない空気を無視するように白ずくめの保護者は彼のことをこう紹介した。白ずくめの保護者と話が読めない転校生……今まで以上に一波乱ありそうだ。

 

「ねえ、イトナくん。ちょっと気になったんだけどさ」

 

すると、カルマくんの声がこの教室に響いた。

 

「今、外から手ぶらで入ってきたよね?外土砂降りの雨なのになんでイトナくん一滴たりとも濡れてないの?」

 

その言葉で教室の空気がまた変わる。

 

確かにカルマくんの言う通りだ。さっき外から壁を壊して入ってきた転校生は一滴も身体や服を濡らしている様子はない。だけど外は土砂降りの大雨だ。傘をさしていても濡れてしまうような大雨なのにこの転校生は傘も持たずに入ってきた。それで濡れていないのはどういうことだろうか……

 

そんな中イトナくんはゆっくりと教室を見渡してからカルマくんに近づいた。

 

「お前は多分、こ(・)の(・)ク(・)ラ(・)ス(・)で(・)一(・)番(・)強(・)い(・)」

 

そのままイトナくんの手がカルマくんの頭に触れる。

 

「けど安心しろ。俺より弱いから俺はお前を殺さない」

 

そう言いながらイトナくんはカルマくんの頭を撫でた。

 

だけど僕はさっきの言葉に違和感を覚えた。

 

『お前は多分、こ(・)の(・)ク(・)ラ(・)ス(・)で(・)一(・)番(・)強(・)い(・)』

 

確かにカルマくんは強い。勉強ではこのクラスで1番だし、喧嘩も強くて殺せんせーの触手を破壊できるくらいの騙し討ちの技術もある。総合的に見たら下手したらビッチ先生よりも上かもしれない。

 

でも僕はそれ以上に強いかもしれない人を知っている。

 

そう、周防くんだ。確かに僕はまだ本気の彼の実力は見たことないけど喧嘩の実力なら彼もすごい。実際にあのビッチ先生も一瞬で無力化していたし、岡野さんの話では刃物を持った大人2人を相手に一度も攻撃を喰らわずに無傷で倒してしまったという話も聞く。

 

しかも勉強もカルマくんに次いでのクラス2位でテスト範囲が変わったのにもかかわらずトップ50位入りを果たした。さらに彼に関してはその点数は全て80点に揃えられていてその点数ですら本気だったとは僕には思えない。

 

もしかすると勉強も暗殺の実力もカルマくんを上回っていてもおかしくはないと思う。少なくとも少し見ただけでカルマくんを“1番強い”と断言することはできないと思った。

 

僕はそんなことを思いながら視線を自然とその彼へ向けようとしていた。

 

……え?

 

だけど、そこに視線を向けた僕は目を見開いた。

 

 

——だって周防くんの席に誰の姿もなかったから

 

 

自分の目を疑った。その席に誰もいない。さっきまで確かにそこにいたはずの周防くんの姿はなかった。今日は周防くんは遅刻やサボりはしていないはずだ。なんならさっきみんなの前で律と会話をしている。だから学校には来ているはずだ。しかも、あの会話の後すぐにシロが来たから教室から出ていったというのもおかしい。そもそも出て行ったなら殺せんせーが気づくはず……

 

見間違いだと思って一度目を擦ってからもう一度周防くんの席をよく確認した。

 

(……いた)

 

すると、教室の一番後ろのカルマくんの隣の席に確かに周防くんが座っているのが見えた。びっくりした。どうやらさっきのは見間違いだったらしい。

 

でも椅子に座る周防くんの姿に僕は違和感を覚えた。

 

(気配がほとんどない……?)

 

自分の席に座っている周防くんはまるで空気に溶け込むみたいに気配がなかった。少しでも目を離したら見失ってしまうかのようなそんな錯覚に陥る。その中で彼の視線はまっすぐとシロとイトナくんを捉えていた。

 

まるで何かを見極めるように……

 

新しくやってきた話が読めない転校生よりもそんな周防くん姿が妙に僕の心の中に残った。

 

 

***

 

 

零二side

 

例の転校生がやってきてから教室の空気はざわめきと違和感と得体の知れない緊張でざわりと揺れていた。

 

そんな中、その転校生は赤羽の頭を撫でながら、「俺より弱いから俺はお前を殺さない」と言っている。どうやら自分の力に相当の自信を持っているらしい。

 

俺は気配を極限まで殺しながらそれをただ黙って見ていた。呼吸も視線も存在そのものすらこの教室に溶け込ませる。あの得体の知れない転校生に俺の存在を気取られないように……

 

そして俺の存在に気づいているのかどうかは知らないが、あいつは俺には目もくれないまま教室の前の方へ歩き出した。

 

「俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれないやつだけだ」

 

その言葉を落としながらあいつが一直線に向かった先は羊羹を食べているあのタコのところだった。タコの前で立ち止まった転校生は指を差しながらこう続けた。

 

「この教室では殺せんせー。あんただけだ」

 

「強い弱いとは喧嘩のことですか?イトナくん。力比べでは先生と同じ次元には立てませんよ」

 

「立てるさ……」

 

堀部糸成という名の転校生の言葉にタコは一瞬きょとんとした後、いつもの調子でこう答える。

 

それを聞いた堀部はポケットから同じ羊羹を取り出してからさらに一歩踏み込んでこう言った。

 

「俺とお前は血を分けた兄(・)弟(・)なのだから……」

 

まるで尻尾が生えた宇宙人が主人公の兄を名乗り始めた時のような光景に教室が一瞬の静けさに包まれる。だが次の瞬間……

 

「「「えええええええええ!?」」」

 

教室の空気が爆発した。

 

「「「き、き、き、き、兄弟!?」」」

 

驚愕の声が一斉に広がる。だが、堀部は周りの連中に構わずようかんの包装紙を噛みちぎりってそのままタコに向けながら話を続けた。

 

「負けた方が死亡な、“兄さん”。兄弟同士小細工はいらない。兄さん、お前を殺して俺の強さを証明する。放課後この教室で勝負だ」

 

堀部はこの低く何か確信めいた声とともにこの言葉を残してシロと名乗った白ずくめの男と共に教室を出て行った。

 

「ちょっと殺せんせー!兄弟ってどういうこと!?」

 

その直後、クラスのほぼ全員が一斉にタコへ詰め寄りにかかる。その周りでは怒号にも似た声が飛び交い、質問の嵐で混乱に包まれていた。

 

その喧騒を見ながら俺は1人で静かに思考を回す。

 

(……固定砲台が近(・)接(・)が(・)得(・)意(・)な(・)男(・)の(・)暗(・)殺(・)者(・)が来ると言っていたから“あいつ”が来ると思っていたんだがな)

 

まず、堀部糸成。俺はこいつを知らない。ロヴロさんの話だとあいつは俺と同じ組織出身らしいが、堀部のことを組織の中や合同訓練でも見た記憶もない。まあ、俺があそこにいたのは2年以上も前のことだ。しかも、あの組織の全員と関わりがあったという訳でもないから不自然ではないか。

 

年齢的にも特徴的にも俺の顔見知りの奴(あの男)が来ると思っていたが、どうやらそういうわけではなかったようだ。だが、俺にとっては好都合だ。組織の奴とは関わりたくもないし、訳のわからない内戦とやらに巻き込まれることもごめんだ。

 

お互いに面識がないあの転校生なら少なくとも深く踏み込まない限りは俺の存在が漏れることはないだろう。あいつが俺の情報を持っている可能性もあるが、お互い面識がない以上向こうから深く踏み込むことはできないはずだ。

 

続いて、俺の目の前の騒ぎの原因となっている“兄弟”という言葉。

 

普通に考えてあの化け物と見た目は普通の少年である堀部が兄弟であるというのは考えにくい。だがあれは比喩ではなく、あいつは確信して“兄弟”だと言っていた。

 

そして俺はあの2人が“兄弟”であることを結びつける情報を持っている。

 

(仮に堀部に『アダム』由来の細胞が使われているとすれば……)

 

堀部の“血を分けた兄弟”という表現は成立する。

 

同一の起源から分かれた存在……少なくとも堀部にあのタコと同一の細胞が移植されている可能性は高い。おそらく例の“手術”とやらで何かしらの細胞が埋め込まれたのだろうな。その場合、あいつらはカインとアベルということになるか……

 

だが、問題はそこじゃない。

 

「……“兄さん”か」

 

あいつはタコのことををそう呼んだ。“兄さん”ということは堀(・)部(・)の(・)方(・)が(・)後(・)に(・)完(・)成(・)し(・)た(・)存(・)在(・)であるということになる。

 

『その暗殺者は“最近”手術を受けたんだろう?だとすれば、その細胞を取り込んだのはあの超生物より“後”になる』

 

風間さんの言葉が脳裏をよぎる。確かにさっきの固定砲台の最近まで“調整”していたという時間軸とも合っているか。

 

少なくともあいつは俺の探している『アダム』ではないようだ。

 

だが……

 

(……あいつは何か知っているな)

 

視線を堀部たちが出ていった扉の方へ向ける。

 

さっきシロと名乗った白ずくめの男。あいつは何かを知っているだろう。あの覆面の奥の目線とあの何かを含ませるような口ぶりははただの保護者のものじゃない。確実に“中”を知っている人間のものだ。

 

(……さて、どうするか)

 

「ねえ、周防くん」

 

(——っ!)

 

シロについて思考を回していたそのとき、ざわつく教室の中で不意に声をかけられた。視線を上げると俺の目の前には潮田が立っていた。

 

潮田は真剣な目線で俺に言葉をかけてくる。

 

「もしかしてイトナくんのこと何か知ってるの?あの……なんか朝も何か心当たりありそうだったし、兄弟って言われた時もあんまり驚いてなかったように見えたから……」

 

いきなり声をかけられて一気に警戒心を高めたが、すぐに心を落ち着かせて冷静になる。こいつは俺のことを本当によく見ているな……

 

「……もし、何か知ってることがあるなら教えてほしいな」

 

だが、堀部の話をこいつにするわけにはいかない。まだ『アダム』関係についても確信的なことはないもないし、俺の昔のことをこの教室の誰にも話すつもりはないからな。

 

「……いや、特に何も知らない」

 

だから俺は何事もないかのようにこう返した。そのまま立ち上がって潮田の耳元へ顔を寄せる。

 

「……これ以上は危険だ。お前らは踏み込むな」

 

それだけ伝えて身体を離す。潮田の顔を見ると表情が大きく変わっているのを感じた。

 

だが、こいつらを巻き込むわけにはいかない。俺の昔のことは誰にも話すつもりもないし、あの組織の戦争とやらにこいつらを巻き込むことなどあってはならない。

 

教室の騒ぎと目の前で固まっている潮田を無視して椅子に座ると俺は再び視線を扉へ向けた。

 

 





あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございます。

ようやく彼が登場するところまで書くことができました。堀部糸成、作者の推しの1人です。いやーやっとここまで書けましたよ。亀投稿だなとつくづく思います。まあ、2学期が始まるまでイトナくんの登場シーンはほとんどないので本格的な活躍はまだまだ先ということになりそうですが……

そんな推しのイトナくんですが、零二くんの組織にいた暗殺者という設定を引っ提げさせてもらいました。まあ、「ちょっと推しは強くしたいな〜」という感じです。まあ、今のイトナくんはあれがあるのであまり違いはないですが……

ちなみに察してる方もいらっしゃると思いますが零二くんがいた殺し屋組織の元ネタは某漫画チャンネルのあれです。今後もこの組織は大きく関わってきます。追々零二くんが戦争に巻き込まれたり、組織の刺客と対峙することもあるかもしれませんね……

また、渚くんがいないと錯覚したあの技術のような暗殺者としての技や技術も今後は少しずつ出して行きます。組織の元暗殺者でありながら今はE組の普通の生徒として溶け込んでいる零二くんの動向にも注目してください。

では、次回もよろしくお願いします。


【次回予告】

このまま2人を戦わせるのは危険だと判断した俺は正体を明かす覚悟で間に割って入ろうとした。

だが、俺が飛び込む前に……

「聞けないよ。死ぬからね」

シロの袖から眩い光が放たれた。その光は教室全体を一瞬だけ包み込む。

そして、光が教室を包み込んだその瞬間……

「——っ!!」

俺の全身に激痛が走った。



次回 『兄弟の時間』


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