暗殺教室 零の瞳に映るもの   作:ディーエー

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【悲報】また熱出して3連休潰れたんだが……
皆さんも風邪やインフルには本当に気をつけてください。特に来週は行かれる方も多いと思うので……

それでは本編行きます。



第28話 兄弟の時間

 

結局この日の収穫はほとんどなかった。得体の知れない転校生の詳細は何も分からず、むしろあのタコと自分は兄弟を自称しはじめて余計に謎が1つ増えただけだ。まあ、その言葉の意味に心当たりはあるが現時点では可能性があるというだけで証拠はないからなんとも言えない。

 

こうなった理由ははっきりしている。理由は2つ。

 

まず堀部糸成。あいつが俺のいた組織の人間であること、そしてもう1つの理由がシロとかいうあの得体の知れない保(・)護(・)者(・)がずっと教室を“監視”していたことだ。

 

俺は自分の過去や殺し屋組織の人間であったことを隠している。これは誰にも知られたくないし、カタギだらけのこの空間で俺の過去や正体がバレるのも好ましくない。だから組織とつながっているあの転校生と保護者には下手に踏み込むことができなかった。

 

(それにシロのあの目……)

 

今日、シロは俺たちのことをずっと見ていたがあれはただ見ていたわけじゃない。あの目はこちらの“内側”まで覗こうとしている目だ。俺たちの動きを監視しながら値踏みし、目立った動きを見せたやつには何かしらのアクションを起こそうとしている。

 

変に動けばあいつのセンサーに確実に引っかかってしまう。下手したらそこから俺の正体も過去も探られてしまうだろう。それだけは絶対に避けなければならない。

 

「……」

 

だから俺にできたのはこちらも気配を極限まで殺してあいつらを観察することだけだった。得られた情報といえば堀部とタコの食の好みと女の好みが一致しているということだけ……

 

「……くだらない」

 

こう言いながら思わずため息が漏れる。本当にクソみたいな情報だ。

 

だが、だからといってもそれを切り捨てたりはしない。どんな些細な情報でも思わぬ真相に繋がる可能性はあるのだから……

 

こんな1日を過ごしながら例の勝負とやらが行われる放課後を迎えた。

 

「教室の縁に沿うように並べてくれ。そう、四角になるように」

 

ホームルームが終わってピンと張り詰めた空気が張り詰める中、俺たちはシロの指示で机を動かさせられた。

 

「……机のリング」

 

机の配置は閉じた四角で逃げ場のない配置をしていた。まるで天下一を決めるの武道の大会のようなそんなリングが頭に浮かぶ。いや、地球を滅ぼす人造人間を倒すためのリングだからセ○ゲームのリングといったほうが正しいか。

 

その中心でタコと堀部が向き合っており、俺たちはそのリングの外側のから戦いの様子を見届ける観客だ。

 

戦いの前の静寂が教室を包み込む。堀部がブレザーを脱いで無造作に放り投げるとそれが床に落ちる音がやけに大きく響いた。

 

「ただの暗殺は飽きてるでしょう、殺せんせー。ここは1つルールを決めないかい?」

 

その静寂を破くようにシロが柔らかく言葉を響かせた。タコがしばらく答えずにいるとシロはその沈黙を肯定と捉えたらしく、柔らかくも奥には冷たいものを感じさせるような声でこの試合のルールを口にした。

 

「『リングの外へ足がついたらその場で死刑』。どうかな?」

 

(まじで○ルゲームじゃねえか……)

 

シロが告げたルールは某バトル漫画の天下一を決める武闘大会や某人造人間が地球の命運を決めるために開いた武闘大会と同じ場外に出たら負けというルールだった。

 

「なんだそりゃ!?負けたって誰が守るんだそんなルール!」

 

それに杉野が噛みついた。まあ、言いたいことはわかる。結局、某人造人間も「場外負けというのはルールからなくそう」とか言って自分からリングを壊していたし、あのタコも場外に出たのだから死刑だと言ってもマッハ20のスピードで逃げようと思えば逃れることは可能だ。

 

「いや、みんなの前で決めたルールを破れば先生としての信用は落ちる。殺せんせーには意外と効くんだ、あの手の縛り」

 

だがそれを否定するように赤羽がこう言った。

 

シロの提案は緻密に計算されたものだった。あのタコは先生として生徒との約束は守る。シロはそんなあいつならではの弱点を利用してこのルールを立てたのだ。

 

しかし、俺はそのルールは反対だった。そもそもタコは空を飛べるからそのルールはあまり意味をなさないし、タコを場外につけるために俺たちに攻撃が飛んでくる可能性も否定しきれないからだ。

 

「いいでしょう。そのルール受けますよ。ただしイトナくん。観客に危害を加えた場合も負けですよ」

 

だが、その考えはタコも同じだったようでタコを場外負けにする目的で俺たちに攻撃するのは禁止というルールを追加した。これならひとまずは安心して見ることができるだろう。

 

「いいよ。好きにしな。他に追加したいルールがないなら私の合図で始めようか」

 

タコが言ったルールにシロは手を上げながら同意した。これでルールも決まりタコと堀部がお互いに向かい合う。

 

「暗殺……」

 

全員の呼吸が止まり空気が凍る中、シロの合図が教室に響いた。

 

「開始!」

 

そして、勝負が始まった瞬間……

 

《バシュン!》

 

 

——タコの左腕の触手が切り落とされた

 

 

あまりの速さに音すら遅れて届いた。普通ならその事実自体に驚くべきなのだろう。あのタコが正面から一瞬で触手を切り落とされたのだから。本来ならばタコの切り落とされた触手に視線が集まるはずだ。

 

だが、誰も切り落とされたタコ触手を見ていなかった。それ以上に衝撃的なものが目の前に鎮座していたからだ。

 

「……やっぱりか」

 

それを見た俺は静かに呟く。この場にいる全員の視線はとある一点に集中していた。

 

注目の的になっていたのは堀部の頭上だ。そこには……

 

 

———禍々しい白い触手が蠢いていた

 

 

堀部の触手はそれだけで意志を持った生き物のように暴れ周りながらうねって空気を裂いている。その光景に教室の誰もが声も出せないまま固まっていた。

 

「……どこだ?」

 

そんな空気を置き去りにするようにタコの声が響く。

 

「……どこでそれを手に入れた!?その触手を!!」

 

その声は今まで聞いたことがないくらい低くて重い怒気を孕んだ声だった。その身体はどす黒く染まり目が赤く燃えている。

 

タコは本気でキレているのは誰が見ても明らかだった。

 

「君に言う義理はないね、殺せんせー。だがこれで納得したろ?両親も違う、育ちも違う……だけどこの子と君は兄弟だ」

 

「……」

 

しかしシロはキレるタコを意に介さないないようにこう言った。

 

確かにタコと同じ触手を持っている堀部は兄弟と言えるだろう。

 

まあ俺はこれに驚きはない。堀部がタコと同じ細胞を持っているのはわかっていたし、その中に触手を持っている可能性があることも予想はできた。

 

だが確信した。

 

(シロ……あいつは知っているな。あの超生物研究の核心を……)

 

シロが連れてきた人間が地球を破壊する暗殺対象の超生物と同じ触手を埋め込まれる“手術”を受けていた。この事実だけでほぼクロだろう。その触手を人間に埋め込んで運用する技術があるのは超生物研究に関わっていたからに他ならないはずだ。下手したらその根源に関わっていてもおかしくない。

 

そんなことを頭に思い浮かべると、警戒を高めながらシロに睨むような視線を送る。

 

「しかし、怖い顔をするねえ。何か嫌なことでも思い出したかい?」

 

「……っ」

 

するとシロはそんな俺の視線を察知したかのようにこう言い放った。

 

今のシロの言葉はタコに向かって言った言葉のはずだ。だが、その言葉は俺にも刺さった。

 

視界が歪み、俺の脳内に嫌な記憶が叩き込まれる。

 

崩れ落ちる屋敷と瓦礫の中に転がる血に濡れた身体、その中で力なく倒れる2人の男女、その2人の側で怒りと絶望を混ぜた目でこちらを睨みながら泣き叫んでいた少女。

 

そして、俺の目の前で崩れ落ちたあ(・)い(・)つ(・)……

 

「……っ」

 

ぐちゃぐちゃに思考が絡み合う。頭の中にありとあらゆる記憶が次々と浮かび上がってきた。

 

『研究は順調に進んでいたが、3月に細胞が暴(・)走(・)して反物質のエネルギーが放出。月の7割を消し飛ばした』

 

『1つは彼の“調整”に予定より時間がかかったから』

 

『そうだ、全部壊せばいいって話だよねえ!!』

 

そして、俺の脳内にとある2文字が浮かび上がった。

 

『暴走』

 

そのワードが頭に浮かぶと脳味噌に冷水を浴びせられたかのような感覚とともに思考が元に戻ってきた。

 

堀部の調整が予定より時間がかかったのも感情が不安定で暴走する危険が高かったからだろう。そして月の爆発はタコが持つ細胞の暴走により起こったものだ。今この場で暴走されたら、下手したら地球が終わる。

 

俺は視線をリングに戻して2人の様子に目を向ける。

 

まずは堀部だ。あいつは朝から様子がおかしかった。視線が定まらず感情の揺れが激しい。少し刺激を与えれば怒り狂って全てを破壊してしまうような危うさを感じる。そして、あいつはさっきから強さに固執している。いや、あれは執着ではなく怨念ともいうべきものだろう。

 

「……シロさん。どうやらあなたにも話を聞かないといけないようだ」

 

次にタコだ。シロに向けられたこれまで聞いたこともないような重い声と黒い身体。そして、隠しきれていない濁った殺気……

 

「……まずい」

 

シロの返答次第ではタコはその怒りを爆発させる可能性が高い。堀部に関してはあれだけ強さに固執してるんだ。仮にタコに負けようものならその結果を受け止められずに周りを破壊し始めてもおかしくない。

 

どちらも精神が不安定すぎる。このままでは確実に暴走する。

 

(止めなければ……!)

 

このまま2人を戦わせるのは危険だと判断した俺は正体を明かす覚悟で間に割って入ろうとした。

 

だが、俺が飛び込む前に……

 

「聞けないよ。死ぬからね」

 

シロの袖から眩い光が放たれた。その光は教室全体を一瞬だけ包み込む。

 

そして、光が教室を包み込んだその瞬間……

 

「——っ!!」

 

俺の全身に激痛が走った。

 

口から声にならなかった空気が静かに漏れる。

 

なんだこれは……?

 

熱い……

 

 

 

熱い!熱い!!熱いっ!!!

 

 

 

肩甲骨、背中、腰の奥……身体の内側から焼けるような、溶けるような、崩れるような痛みが身体中を這いずり回る。

 

苦しい……

 

左腕が燃えるような感覚がする。皮膚の下で何かが暴れている。肺が潰れて空気が入らず呼吸ができない……

 

「……っ、……っ……!」

 

視界が白く歪み、声を出そうとしても喉が動かない。あまりの苦しさに思わず右手で胸を押さえた。

 

鼓動が狂っている。速すぎて遅すぎる……いや、わからない。何も考えられないままただ壊れていく。地獄のような苦痛に膝が震えて、もう立っていることすら難しかった。

 

(ここで倒れるわけにはいかない……)

 

この痛みが何なのかはわからない。急な発作かもしれないし、何か持病があるのかもしれない。だがあいつらが何を考えているのかわからない以上、ここで俺が倒れてあの2人に隙を晒すわけにはいかない。

 

「……っ……」

 

痛みで思考が回らず視界の端でリングが揺れる中、俺は意識を必死に繋ぎ止めていた。

 

 

***

 

 

岡野side

 

「……やっぱりか」

 

イトナと殺せんせーの勝負が始まった直後、殺せんせーの触手が一瞬で切り落とされて私たちは言葉を失った。

 

誰かの小さく呟いた声が聞こえた気がしたけど今の私たちにはその声の意味を考える余裕すら無くなっていた。

 

だって、目の前にあるのはどう考えてもおかしいものだったから。

 

「……え?」

 

イトナの頭の上で白い触手が蠢いている。

 

でも、意味がわからない。殺せんせーみたいなものがなんでイトナの頭から出ているの?

 

イトナの触手は殺せんせーのものと同じようにぬるぬる動いて空気を叩き、まるで生き物みたいに暴れてる。さっきまで“癖のある転校生”くらいに思ってたのに急に現実感がなくなった。

 

「……どこだ?……どこでそれを手に入れた!?その触手を!!」

 

すると、殺せんせーの低い声が響いた。

 

その声の迫力に私たちはぞくっとする。その声には今まで聞いたことがないくらい怒りがこもっていた。殺せんせーの身体もどす黒く染まっていて目まで赤い。いつものふざけた感じは消えていて本気で起こっているのが嫌でもわかった。

 

いや、多分それ以上なんだと思う。なんかもっと嫌な感じがして触れたらやばい空気を感じる。

 

なのにシロはそんな殺せんせーを見ても全く動じていなかった。

 

「君に言う義理はないね、殺せんせー。だがこれで納得したろ?両親も違う、育ちも違う……だけどこの子と君は兄弟だ」

 

その言葉通り、私たちも朝イトナが言っていた兄弟の意味がようやくわかった。イトナは殺せんせーと同じ触手を持っていた。殺せんせーと同じステージに立てるというのもこういう意味だったのだろう。

 

殺せんせーは相変わらずどす黒い身体のままシロのことを睨み続けていた。

 

「しかし、怖い顔をするねえ。何か嫌なことでも思い出したかい?」

 

そんな殺せんせーに向かってシロはわざとらしく首を傾げながらこう言葉を投げかける。

 

「……シロさん。どうやらあなたにも話を聞かないといけないようだ」

 

「聞けないよ。死ぬからね」

 

そんなシロを睨みつけたままどす黒い声で殺せんせーは言い返すもその直後にシロが腕を殺せんせーの方に向けた。

 

次の瞬間、シロの袖から光が放たれて教室を眩しく照らした。

 

「うわっ!」

 

私は思わず目を細める。教室全体が蛍光灯を何十本も近くで焚いたみたいに一瞬で白い光に飲まれる。

 

でも、それだけだった。何かのレーザー攻撃かなとも思ったけど熱くもないし痛くもない。私にはただ眩しいだけの目眩しのようなものに感じた。

 

「……あれ?」

 

だけど光が晴れて視界が戻ったとき、今の光の意味を私たちは思い知らされる。

 

「……っ」

 

視界が戻った時、目の前で殺せんせーが固まっていた。殺せんせーは表情が引きつってまるで石になったみたいに苦しそうに動きを止めている。

 

あれだけ素早い殺せんせーが一切動けなくなっているのを見て私は何か嫌なものを感じていた。

 

「この光を君に当てると一瞬身体が硬直するんだよ。まあイトナはそうならないように調整してるんだけどね」

 

あの光は殺せんせーの動きを止めるためのものだった。だけど殺せんせーと同じ触手を持っているはずのイトナはあの光の影響を大きく受けていない。だから今この場で殺せんせーだけが動くことができないでいた。

 

すると、シロがそう言ったのとほぼ同時にイトナが殺せんせーへ突っ込んだ。

 

(速い!)

 

さっきまで少し離れた場所にいたと思ったのに次の瞬間にはもう殺せんせーの懐にいる。そのままイトナの触手が殺せんせーに襲い掛かった。

 

「殺ったか!?」

 

「いや上だ」

 

その声でみんな一斉に見上げる。

 

一瞬私も殺せんせーがやられてしまったと思ったけど殺せんせーは天井近くまで飛んでいてさっきまでいた場所には、薄い皮みたいなものが残っていた。

 

(脱皮だ!)

 

殺せんせーは脱皮で難を逃れたんだ。だけど、殺せんせーは肩で息をしているみたいに触手を揺らして息を上げていてとても余裕が残っているようには見えなかった。

 

「脱皮ね。そういえばそんな手もあったっけか」

 

シロの声は相変わらず楽しそうだった。

 

その間にもイトナの猛攻は止まらない。強烈な踏み込みとともに普通の人とは思えないような速さで飛びかかり、白い触手が鞭みたいにしなって殺せんせーを追い詰める。

 

「でもね、殺せんせー。その脱皮にも弱点があることを知っているよ」

 

シロはその戦いを解説するみたいによどみなく言葉を重ねた。

 

「脱皮は見た目よりもエネルギーを消費する。よって直後は自慢のスピードも低下する」

 

殺せんせーがイトナの一撃を避ける。でも余裕のある動きじゃなくてほんの少しだけ危うさを感じた。

 

「加えてイトナの最初の奇襲で腕を失って再生したね。それも結構体力を使うんだ」

 

その言葉みたいに殺せんせーの再生した腕が一瞬ぶれて見えた。さっきから息も上がってる。殺せんせーは見た目以上に体力を消耗しているんだと思う。

 

「私の計算では、この時点で身体的パフォーマンスはほぼ互角。また触手の扱いは精神状態に左右される。予想外の触手によるダメージでの動揺……今現在どちらが優勢か一目瞭然だろうね」

 

私は難しい話はよくわからない。でも、殺せんせーが押されているのはよくわかった。

 

いつもの殺せんせーならあんなふうに連続で追い込まれたりしない。カルマがはじめてE組にきた時に何回か触手を破壊されたことはあったけど、最終的にはそのカルマも手出しできなくさせてしまった。私たちもみんなで何度も暗殺を仕掛けているけどもちろん触手一本にすら届かない。そんな殺せんせーが今はなんとかイトナの攻撃を避けるのが精一杯といった感じに追い詰められていた。

 

クラスのみんなは息を飲みながらこの光景を見ていた。普段はお調子者の前原やカルマ、普段は不真面目な寺坂たちも誰も軽口を叩くことすらできず、声を出せないまま黙って見ている。

 

そんな沈黙が流れる中、シロはもう一度腕を殺せんせーに向けた。

 

「さらには献身的な保護者のサポート」

 

その言葉とともにもう一度あの光が教室を包み込む。その光の影響で殺せんせーの動きはまたしても止められてしまった。

 

「……うがぁっ!」

 

だけど今度はその中で微かに殺せんせーではない誰かの苦しそうな声が聞こえた。でも、それが誰だろうと思う暇もなかった。私たちは動けなくさせられて追い詰められている殺せんせーから目を離すことができなくなっていた。

 

「殺せんせー!」

 

そこにイトナの追撃が飛ぶ。白い触手が容赦なく振り下ろされて殺せんせーの触手が何本かまとめて一気に切り落とされた。

 

その一撃で殺せんせーが床に崩れ落ちる。落ちた触手が床に跳ねる音が妙に生々しかった。

 

「ハハハ。これで足も再生しなくてはならないね。なお一層体力が落ちてやりやすくなる」

 

「安心したよ。兄さん俺はお前より強い」

 

そんな殺せんせーを見てシロは笑い、イトナも殺せんせーを見下ろしながら言葉を続けた。

 

余裕そうなイトナとは対照的に殺せんせーは触手をすぐに再生させることができないくらい息が上がっていて見たことのないくらい消耗している。

 

(……もうこれだけ追い詰められてる。これで暗殺も終わりなんだ……)

 

私はそう思った。

 

殺せば世界が救われるんだ。それはわかっている。なのに気づいたら私の手は無意識のうちにナイフを握っていた。

 

思わず唇を強く噛む。

 

(……なんで?)

 

なんで私はこんなに悔しいんだろう。

 

あの2人が来てから後出しジャンケンみたいに次々出てきた殺せんせーの弱点。本当ならそれは私たちがみんなで見つけたかった。この教室で毎日少しずつ近づいて、みんなで色々考えて、みんなでたくさん暗殺を仕掛けて……そうやって見つけたかった……

 

『お前らの暗殺ごっこに付き合っている時間が無駄だと言っているんだ』

 

あの日のあいつの言葉を思い出す。

 

あいつは私たちじゃ殺せんせーは絶対に殺せないし、それは自分が入っても変わらないから暗殺には参加しないと言って、今日まで一度も暗殺に関わろうともしなかった。

 

あの時はその言葉を受け入れることはできなかったし、私たちで殺して見返してやりたいと思っていた。でも、私たちでは全く届かなかった殺せんせーを今は別の誰かが追い詰めている。

 

……結局、あいつの言う通りだったのだろう。

 

(……悔しい)

 

でも、悔しい気持ちが抑えきれない。殺せんせーは私たちが殺したかった。

 

私がそう思いながら拳を強く握っている間に殺せんせーは脚の再生を終わらせていた。

 

「脚の再生も終わったようだね。だが次のラッシュに耐えられるかな?」

 

シロがまた楽しそうに笑っている。

 

すぐにトドメを刺せばいいのにわざわざ脚の再生を待つ余裕を見せているのが余計に悔しい。

 

「ここまで追い込まれたのははじめてです。一見愚直な試合形式の暗殺ですが実に周到に計算されている。あなたたちに聞きたいことは多いですがまずは試合に勝たなければ喋りそうにないですね」

 

「まだ勝つ気かい?負けタコの遠吠えだね」

 

「シロさん1つ計算に入れ忘れていることがありますよ」

 

「ないね、私の計算方法は完璧だ」

 

殺せんせーはまだ諦めていないようだった。その目はまだ死んでおらずシロのことを強い眼差しで見据えている。

 

だけどこの状況では殺せんせーが逆転するのは難しいんじゃないかとどうしても思ってしまった。

 

「やれ」

 

次にシロの声が響いた瞬間、イトナが殺せんせー飛びかかった。そのままイトナの触手が殺せんせーのことを貫いたように見える。

 

「「「……っ!」」」

 

それを見て誰もが言葉を失った。

 

《バチュン!》

 

「……なっ!」

 

でも、弾け飛んだのはイトナの触手だった。

 

「えっ……!?」

 

私たちが状況を飲み込めていない中、殺せんせーの声が響く。

 

「おや?落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

殺せんせーが指を差した方向を見ると、そこには対せんせー用のナイフが転がっていた。

 

それに気づいた私はとっさに自分の手を見る。すると私が持っていたナイフが無くなっていた。

 

(いつの間に……)

 

自分の触手が破壊されると思っていなかったイトナは明らかに動揺している。

 

「同じ触手なら対せんせーナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺するのも同じです」

 

次の瞬間、動揺するイトナの隙を突いてさっきの脱皮の殻をイトナにかぶせた殺せんせーはそのままイトナを教室の外に放り投げた。

 

窓ガラスが派手に割れてイトナが地面を転がる。

 

「先生の抜け殻で包んだからダメージはないはずです。ですが君の足はリングの外についている。先生の勝ちですねぇ」

 

これでイトナはリングの外に出た。この勝負殺せんせーの勝ちだ。

 

「ルールに照らせば君は死刑もう2度と先生を殺れませんねぇ」

 

劇的な大逆転勝利を収めた殺せんせーは顔をシマシマにしてやけに生き生きとした声でイトナに言葉を投げかける。

 

「生き返りたいのならこのクラスで皆と一緒に学びなさい。性能計算では測れないもの、それは経験の差です。私は君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはねぇ。それを君達に伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ君は私には勝てませんよ」

 

殺せんせーは少しだけ真面目な声色で真面目なことを言いながらも最後の方はさらに煽るような口調になってこう言った。

 

確かに相手の計算はすごかった。殺せんせーの弱点を正確に突いて、殺せんせーを本当にあと一歩のところまで追い詰めた。だけど、結局その計算も殺せんせーには届かなかった。殺せんせーはこのやり方では殺せないとイトナとシロに伝えようとしているんだと思う。

 

「やめろ……これ以上煽るな。暴走するぞ……」

 

だけどその時、近くで誰かの苦しそうで切迫したような声が聞こえたような気がした。でもその声は周りにはほとんど聞こえないような弱々しい声で誰も反応しない。

 

そんな中、イトナがゆっくり顔を上げた。

 

「勝てない?俺が……弱い?」

 

こう呟いたイトナの目は赤く染まり触手が黒くなる。私たちはこの触手の色に見覚えがあった。この色は怒っている時の色だ。

 

「まずいな……イトナは大の勉強嫌いだ。勉強嫌いの子供に説教すればジェノサイドが吹き荒れるぞ」

 

シロのさっきまでとは違う重苦しい声が響く。

 

「……まずい」

 

シロの言葉通り、イトナの黒い触手が暴走しているような感じがして空気がびりびりしていた。

 

「俺は強い。この触手で誰よりも強くなった。誰よりも!」

 

イトナはそう言って私たちの方に向かって飛びかかってきた。

 

だけど、飛びかかったイトナが私たちに届くことはなかった。

 

《パシュッ》

 

「え……?」

 

殺せんせーに届くシロの袖から出た銃弾がイトナの額に当たった。そのままイトナはぐらしと崩れ落ちる。多分、麻酔銃か何かを撃ったんだと思う。

 

倒れて動かなくなったイトナはシロにまるで忘れ物でも持ち帰るみたいに担がれた。

 

「すいませんね殺せんせー。どうもこの子はまだ登校できる精神状態じゃなかったようだ。転校初日でなんですが、しばらく休学させてもらいます」

 

「待ちなさい!担任としてその生徒は放っておけません!卒業するまで面倒を見ます!それにシロさん、あなたには聞きたいことが山ほどある」

 

「いやだね。帰るよ。力づくで止めてみるかい?」

 

イトナを連れて帰ろうとするシロを殺せんせーは止めようとしていた。その声は怒りや焦り、それに担任としての責任感などが全部混ざっているみたいだった。

 

《ブシュ》

 

だけどそれでも帰ろうとするシロを止めようとして殺せんせーがシロに触れると殺せんせーの触手が弾けた。

 

「っ!」

 

「対せんせー繊維。君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐに復学させるよ。3月まで時間はないからね。責任持って私が家庭教師を務めた上でね」

 

結局、対せんせー繊維を身に纏ったシロを殺せんせーは止めることができず、シロはそう言ってイトナを担ぎながら教室から出て行ってしまった。

 

こうして触手を持った転校生と得体の知れない保護者は私たちの前から去った。でも、さっきから私たちの目の前で起こったあまりに情報量の大きな出来事の数々に私たちは言葉を発することも動くこともできなかった。しばらく教室がシーンと静かになる。

 

「とりあえず机を戻そう」

 

「そうね……まずそうしましょうか」

 

だけど、少し時間が経ってから磯貝くんとメグが教室を元に戻すように促したことでみんな少しずつ現実へと引き戻されていった。

 

私も少しずつ冷静さを取り戻して教室の隅に寄せられた机を元に戻そうと動き始めた。他のみんなも机を動かし始めている。でも、その中でただ1人、机を戻そうとも動こうともしない男がいるのに気がついた。

 

「ちょっと周防!あんたも机戻すの手伝——っ!」

 

みんな教室を元に戻そうと動いているのだから1人だけ何もしないのはよくないと思った私は1人何もしようとしていなかった周防を注意しよう思って、周防に近づいて声をかけようとした。

 

だけど、その言葉が最後まで出ることはなかった。

 

目の前の周防の様子がおかしかったからだ。周防は私が近くに来てもそれに気づいた様子はなかった。それどころか胸を抑えて呼吸は苦しそうに上がっている。顔には大量の汗を書いていて、目の焦点も合っていない。

 

「……え?」

 

しかも、制服のワイシャツは赤く染まっていて、なぜか左腕と背中から煙みたいなものまで出ていた。

 

「……す、周防?どうしたの?」

 

私は注意しようとしていたことを忘れて心配するように声をかけた。でも、私の声は届いていないみたいだった。周防は何も言わないままふらふらと歩き出して自分の荷物を掴むと、そのまま教室を出て行ってしまった。

 

「……な、なにあれ」

 

止める暇もなく出て行った周防が通った扉を見ながら私はただ立ち尽くすことしかできなかった。

 

さっきまでイトナと殺せんせーのことで頭がいっぱいだったのに今度は周防が明らかに普通じゃないことになっていた。今日一日だけで何回心臓がついていけなくなりそうになったかわからない。

 

でも、いくら苦手な相手とはいえクラスメイトがあんなことになっているのを見て何も思わないわけではない。胸の中に嫌な感じが広がってずっとざわついていた。

 

 

***

 

 

渚side

 

あの後、教室を元に戻した僕たちは殺せんせーに殺せんせーの正体を教えて欲しいと問い詰めた。

 

いつもはテキトーにはぐらかされるけどあんなのを見せられたら誰だって気になる。だけど殺せんせーは自分は人工的に作り出された生物という誰が見たってわかるようなことは認めたけど、肝心のどうして殺せんせーが作り出されたのかやなんでE組に来ることになったのかは教えてくれなかった。

 

それでもさっきの戦いを境に僕らの空気は少しだけ変わった。

 

イトナくんとシロ。あの2人に殺せんせーを追い詰められたことで僕らの胸の中では悔しさが芽生えていた。後から現れた誰かに殺せんせーの弱点を暴かれて計算され、追い込まれる。それを僕らは教室の端から見ていることしかできなかった。

 

だからこそ僕らはとある決意をした。

 

 

——他の誰でもない。僕たちの手で殺したい

 

 

今まではどこか他人事だった。僕らがだめでもビッチ先生みたいなプロの殺し屋が殺してくれる。あわよくばその殺し屋のお手伝いをしておこぼれで賞金がもらえればいいなくらいに思っていた人もいたと思う。

 

でも、今日他の誰かにはじめて殺せんせーを追い詰められてそれじゃ嫌だという思いが芽生えた。そしてその思いは自然と次の行動に変わっていった。

 

烏間先生にお願いして放課後にこれまで以上に厳しい追加訓練を受けることになった。烏間先生は厳しいぞと言っていたけど、僕たちはそれ以上にやる気に満ち溢れていた。

 

ただ1人を除いては……

 

僕らE組の生徒の中で殺せんせーの秘密を聞いた時も烏間先生に追加訓練をお願いしに行った時もいなかった生徒が1人だけいた。

 

その頃、その生徒はそのことを知る由もなく雨の山道をふらつきながら下っていた。

 

 

***

 

 

零二side

 

「……っ、が……は……」

 

こみ上げてきたものを堪えきれず俺は足を止めた。喉の奥からせり上がった赤く熱い液体が口元から溢れる。息が乱れてうまく立っていることすらできずに山道の脇に生えている木に手をついた。

 

「……くそ……っ」

 

俺は痛む身体に鞭を打ってなんとか教室を抜け出した。

 

全身の古い傷痕が開き、制服の下でじわじわと熱を持っている。ワイシャツは雨と汗と血で重く張りついて身体はもう感覚が鈍いのか鋭いのかすらわからない。右目と左のこめかみからも血を流してそれが顔を滴っていた。

 

一本一本の骨の芯が軋み、一つ一つの筋肉が悲鳴を上げていて呼吸をするだけで胸が痛い。

まるで身体が崩れていくような感覚だった。

 

「……っ、は……」

 

それでも足を前に出す。正直、身体は限界だが止まれば終わるという感覚だけで無理やり身体を動かしていた。

 

「……っ、ぶ……!」

 

だが、胸の奥から再び血が込み上げてきた。反射的に口元を押さえた掌が濡れる。口の中に鉄錆の味が広がってくらりと視界が揺れる。

 

……まずい。これは、まずい。明らかに血を流しすぎている……

 

「……早く……闇医者に……」

 

山道の石につまずいて木に肩をぶつけるが、なんとか踏みとどまる。それでも肩で息をしながらなんとか歩いていた。

 

朝から降っていた雨は止む気配がない。その雨水が旧校舎から俺が垂らしてきた血の跡を足跡ともに綺麗に洗い流していた。

 

気づけば山の下の方まで来ており、掠れた視界に薄暗い街明かりが目に入ってきた。俺は傘をさす余裕すらないままその薄暗い場所に向かって足を進めていった。

 

 





あとがき

ここまで読んでいただきありがとうございます。

というわけで殺せんせーvsイトナ回でした。この話を書くためにここの部分を見返して思ったのは「お前よくそんな偉そうにこんなこと言えたな」って感じですね。結末を知ってる身からすると、今地球の危機になってるのは自分のせいなのに意気揚々とやってきて地球の危機を救うヒーローになろうとしてるっていう……

しかも、イトナくんは触手を持っていましたが、地球の危機に直接関係のある危険なものを14歳の子供に植えつけてるのも倫理的にどうなの?って思います。後々イトナくんの苦しみは描かれますけどそんな自分も周りも傷つけるようなものを子供に植えつけたのを見たら殺せんせーがあそこまで怒るのも当然です。

ちなみに零二くんが暗殺に参加しない理由の1つにこのような殺せんせーを殺すためなら手段を選ばないという国に対する信用のなさがあります。もちろん烏間先生個人は信用していますが、防衛省の中には殺せんせーを殺せるなら他のどんな犠牲を払ってもいいと思っていたり、最悪E組の生徒が死んでもいいとまで思っている人間もいますからね。もしかすると、防衛省のそんな層との対立も起こりうるかもしれません。

それと触れないわけにはいかないですが、零二くん何やら大変なことになってますね。急に苦しみだしたと思ったら血だらけで山を降りて行きました。零二くんに何かしらの異変が襲いかかっているのは間違い無いのですが、これに関してはこの後の展開に大きく関わる内容となるのでノーコメントとさせてください。彼の身体に何が起こったのか、なぜ急に苦しみ出したのかは今後の展開をお待ちいただければと思います。

またこの後の話の予定ですが、零二くんはこの身体の異変の影響でしばらく学校に行くことができません。そのためこの後の球技大会や前原の瀬尾くんへの復讐回、菅谷の刺青アート回などは泣く泣くカットさせていただきます。(零二くんがいないというだけで他のみんなは原作通りに球技大会などは行っています)

杉野ごめん。またお前のメイン回カットすることになっちまったよ……

代わりに次回は零二くんの過去の話でも書こうと思います。周防零二という人間がどんな人生を送ってきたのか。どのような境遇だったのか見てあげてください。

では、次回もよろしくお願いします。


【次回予告】

僕には記憶がなかった。

気がついた時にはすでにそれまでの人生を覚えておらず、自分について聞かされていたのは“周防零二”という名前と歳は10だということだけだった。僕が誰の子供なのか、どこで生まれたのか、どうしてここへ来たのかも僕にはわからない。

暗殺組織『エリクシール』

記憶のない僕にとってそこが世界の全てだった。

「おい、“ゼロ”。前に出ろ」

教官の無機質な声が訓練場へ響く。

呼ばれた僕が指示通り前へ出ると周りにいる同年代の子供たちから無数の視線が突き刺さった。そこに尊敬や期待のようなものは一切なく、向けられているのは嘲りと軽蔑だけだ。

“ゼロ”

それが当時の僕に与えられていたコードネームだった。

だけど『世界を敵に回す反逆者』や『日本を守る公安警察』、『究極のサッカーチーム』のようなそんな大層な意味が込められていたわけではない。


——“才能ゼロ”


何をやらせても他の子供より劣り、暗殺者として使える才能が何一つない。そんな意味を込めて周りが揶揄うようにつけた僕にとっては忌み名のようなものだった。



次回 『追憶の時間 〜才能『ゼロ』の殺し屋〜』


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