同窓会の時間行ってきました。ボッチ参戦でしたがめちゃくちゃ楽しかったです。今までなかなか予定が合わず、こういったイベントになかなか参加できていなかったのですが本当に楽しくて暗殺モチベ爆上がりしました。
ただそのモチベとは裏腹に筆はなかなか進まなかったんですけどね……
今回割と難産だったんですよ……。文才がないのでどうしたら読者の皆さんに読みやすくなるかだいぶ苦戦しました。
先に言っておくとこの話は零二くんの記憶をそのまま再現して書いています。なので所々抜けている箇所や話が飛んでいて読みづらくなっている箇所があるかもしれません。最大限わかりやすくなるように努力しましたがあらかじめご理解いただけますと助かります。
では本編行きます。
あれから2年の月日が流れた。
この2年間で小さかった身長はこの2年で大きく伸びて同年代の人間はもちろん、大人の女くらいなら軽く見下ろせるくらいになっていた。以前まで戦闘で常について回っていた体格差というハンデもほとんどなくなり、実戦形式の訓練では負けることはほとんどなくなった。
さらにその間に暗殺術や潜入技術、別の国の言語やサバイバル術をはじめこの場所で生き残るために必要だと思ったものを片っ端から身につけた。
もちろんまだ自分が十分に強いとは思っていないが、かつて周りから“落ちこぼれ”と呼ばれていた俺はこの組織で生き残るための力を手に入れることができていた。
この組織では力が全てだ。強ければ価値があると判断され、価値があると判断されれば待遇も変わる。幼い頃から繰り返されていた拷問のような人体実験も結果を残すようになってからは身体の状態を確認するための簡単な検査が中心となり、今では実際の任務を遂行する部隊に所属することまで許されていた。
これは年齢を考えれば異例ともいえる出世らしい。もっとも俺にとってはそんな肩書きに大した意味はない。生き残るために必要だったから力を身につけ、その力が使えると判断されたから扱いが変わった。ただそれだけのことだ。
俺が配属された班の班長は葛城聖也さんという人だった。そして、この班のメンバーには俺の他に裕太や同年代では最強と言われていた霧ヶ谷という少年、そしてあの時俺がボコした各務もいた。
「零二」
「はい」
「動きが甘い。無駄を削げ」
「……はい」
葛城さんは厳しい人だった。僅かでも無駄な動きがあればその場で止められ、判断が遅れれば容赦なく指摘される。他の人間だったら合格扱いになるような動きでも俺がやればさらに上を要求されることも珍しくなかった。
だが、不思議と嫌ではなかった。
この人は俺のことを『ゼロ』というあの忌み名で呼ばない。それだけではなく俺が無茶をしていれば止めてくれるし、怪我をしていれば治療を受けるように言ってくれて、失敗した時には何が悪かったのかをきちんと説明した上で叱ってくれた。だから結果だけを見て使えるか使えないかを決める他の大人とは少し違うように思えたし、俺はそんな葛城さんを尊敬していた。
もっとも班そのものの空気が良かったわけではない。むしろ俺が配属されてからというもの、霧ヶ谷と各務との関係は最悪と言っていい状態だった。
「チッ……」
あの日訓練を終えて武器を片づけていた時、背後から露骨に嫌そうな舌打ちが聞こえてきた。振り返ると霧ヶ谷が不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。
「調子に乗るなよ、“才能ゼロ”」
「……別に乗ってねえよ」
「あんたには負けない」
「……知らねえよ」
霧ヶ谷に絡まれたと思ったらそれに続くように今度は各務までこちらへ鋭い視線を向けてきた。
以前まで下だと思っていた俺に自分たちの上に行かれるようになった。それがこいつらからすれば面白くないのだろう。訓練で顔を合わせる度に対抗心を向けられて何かにつけて俺へ勝負を仕掛けてくるようになっていた。
だが、そんなことは俺にとってどうでもいい。
向かってくるなら勝てばいいし、戦いを挑まれたなら二度と同じ方法では向かってこられないくらい完膚なきまでに叩き潰せばいい。相手が何を思っているのかを考える必要もなければ嫌われようが困ることもない。
ここでは力が全てなのだから……
***
「零二、裕太。ちょっと来い」
それから数日経った後のある日の訓練後、俺と裕太は葛城さんに呼び出された。
案内されたのは葛城さんが普段使っている班長室だ。必要最低限の家具しか置かれていない広い部屋へ入ると俺たちの背後で扉が閉まる音が耳に入る。その音と同時に普段の訓練とは違う緊張感が部屋の中へ漂った。
俺と裕太が机の前へ並ぶと葛城さんは用意していた資料をこちらへ滑らせた。
「……いよいよお前たちの初任務を手配した」
「……いよいよか」
ついに俺の初任務の話が出た。そんな独特な緊張感の中、俺は机の上へ置かれた資料へ目を落とす。
「だが今回は暗殺ではない。護衛任務だ。お前たちは強い。だが零二、お前は優しすぎる。そんなお前には護る方が向いていると思った。だからこの任務だ」
机に置かれた資料に視線を向けると、葛城さんの声が耳の中に入ってきた。
確かに俺はできることなら人を殺すのは避けたい。この組織にいる以上そんなわがままは許されないことはわかっているが、どうにも他人の命を奪うのが本当に正しいのかという疑問が俺の中にはもやもやとした蟠りとして残っていた。
以前から葛城さんにはその点については指摘されていたが、今回は俺の意思を汲み取ってくれた上で異常が起こらなければ人を殺すことがない護衛任務の方を選択してくれたようだった。
葛城さんはいつもの淡々とした口調のまま説明を続ける。
「内容はある名家の夫婦の護衛だ」
護衛任務。これまで人間を仕留めるための訓練は何度も受けてきたが今度は逆に人間を守る側へ回ることになる。とはいえ資料に書かれている警備状況や想定される襲撃者の規模を見る限りそれほど難しい任務には思えなかった。
少なくとも今の俺と裕太なら十分に対応できるはずだ。
「2人には娘がいる。だが最優先はご夫婦の2人だ。いいな?」
俺たちなら問題なく任務を終えられる。その時は誰もがそう考えていた。
***
それから数日後、俺たちは初任務へと足を踏み入れた。
もちろん要人護衛を当時12歳の子供が担うというのは側から見たら心許なかったのかもしれない。だが組織の中で年齢を理由に扱いを変えられることはほとんどない。力があり任務を遂行できると判断されたなら子供でも大人でも同じように仕事を与えられる。
俺たちは人の殺し方を習っていた。だから人体の急所も武器の使い方も効率よく相手を無力化する方法も知っているし、可能であれば殺しをしたくないと思っていても最悪の場合はそんなことも言ってられないと覚悟は決めていた。
「なあ」
任務先へ向かう途中、裕太が周囲へ聞こえない程度の小さな声で俺へ話しかけてきた。
「今回の任務、覚えてるよな」
「……ああ」
頭に入っている任務内容をもう一度確認するように俺は短く返した。
当たり前だ。俺が忘れるはずがない。
今回の任務はある名家の夫婦とその娘の護衛だ。
葛城さんにもらった資料や情報屋の風間さんによると1ヶ月ほど前からこの家や当主の旦那が経営する会社に嫌がらせが行われていた。それだけならただの悪戯で済んだのだが数日ほど前に依頼人の夫婦に襲撃があってSPの1人が負傷したとのことだった。そこで警備をさらに強めようということになり代々その家の護衛を担っているうちの組織に今回も白羽の矢が立ったらしい。
それでも内容はその嫌がらせの対策と万が一もう一度襲撃者が来た場合の対応だ。だが、所詮こんなしょーもないやり口をしてるやつなど大した連中ではないだろう。この任務は何事もなく終わらせることができるはずだと俺は考えていた。
「優先順位」
だが裕太は俺の方に鋭い視線を向けて一言だけこう言った。その目は俺に釘を刺しているように見える。俺は一瞬だけ言葉に詰まった後、葛城さんから繰り返し聞かされた内容を口にした。
「……万が一の時は依頼人の夫婦が最優先だ」
「そう。で、その次が娘」
裕太は俺の横顔を確認しながら念を押すように続ける。
「絶対に間違えるなよ」
分かっている。俺たちの任務は依頼人である夫婦を生存させることだ。何せこの家は古くからうちの組織が護衛を担っていることから重要な資金源でもあるため当主の護衛が最優先なのは当然なのだ。その娘まで守れるのが理想ではあっても依頼人の夫婦の安全と引き換えにしていい命ではない。
もちろん理屈としては理解していた。それでももし本当に夫婦と娘を同時に狙われてどちらかしか助けられない状況になったら、俺たちは娘を見捨てなければならないのだろうか。
(俺たち2人ならその娘だって……)
「……お前さ、顔に出てるぞ。『それでも娘も助けたい』って」
「……っ」
これは図星だった。何のために今まで力をつけたと思っているんだ。横を見ると裕太が僅かに口元を緩めていた。
裕太の言葉が静かに響く。
「それが悪いとは言わねぇよ。でもな……」
そこまで言うと、裕太の声から先ほどまでの軽さが消えた。
「それで全部失ったら、意味がねぇ」
俺は何も言い返せなかった。
裕太の言っていることは正しい。俺たちが感情だけで優先順位を変えてその結果として護衛対象を失えばそれこそ何も守れなかったことになる。それだけは絶対に避けなければいけなかった。
その後、依頼人の夫婦やともに警護を進めるSPの人たちとの顔合わせを済ませた俺たちに依頼人の娘が紹介された。
「よろしくね」
彼女はそう言って俺たちへ柔らかく微笑んだ。
娘は俺より4歳上の16歳の少女だった。背の高さは俺たちより少し低かったが、茶色い髪と落ち着いた目をした大人びた少女で俺たちが護衛として紹介された時にも自分より年下の子供が来たことを不安がる様子は見せなかった。むしろ自分より年下の従姉妹と同じくらいの歳の俺たちに守ってもらうのがなんか変な気分だと笑って空気を和ませていたのが印象的だった。
任務が始まってからもこの少女は何度も父親や母親のところへ顔を出していた。何か変わったことはないかと俺たちへ確認するより先に両親が疲れていないかを気にしていることの方が多かった。
「お父様もお母様もまた無茶して仕事してるんでしょう?」
そして夫婦のいる部屋から戻ってきた少女が困ったように笑いながらこんなことを口にした。
「せっかく私が休んでって言っても全然聞いてくれないの。特にお父様なんて私とお母様が何を言ってもお仕事ばっかり」
文句を言っているような言葉なのにその表情は嫌そうには見えなかった。
正直その感情は俺にはよく分からなかった。俺は親というものがどういう存在なのか知らないし、家族というものにどんな感情を持つものなのかもわからない。俺の記憶にあるのは組織のことだけで誰かを父親や母親と呼んだ記憶もなかったからな。
だが、次の言葉を言った時の少女の照れ臭そうな表情を俺は忘れることができなかった。
「でも、大切な人たちだから……ちゃんと元気でいてほしいんだ」
大切な人……
その言葉の意味も当時の俺はちゃんと理解していなかったし、何をすればその相手を“大切”だと思っていることになるのかも分からなかった。だが、自分より先にその人のことを気にしていなくなってほしくないと思う人間のことをそう呼ぶのならその人は守らなければいけないのだろう。
俺たちの任務がその“大切な人”を守ることなのだとしたらこれは絶対に失敗してはいけない。俺はそう思っていた。
俺はその笑顔を、そして彼女が大切だと言った人たちを……
……守れなかった。
***
その夜、建物の奥から悲鳴が響いた。
反射的に音のした方向へ走り扉を開けた先で目に入った光景に足が止まる。そこにいたのは全身を覆う黒いローブを纏いながら顔を仮面で隠した若めの人物だった。仮面で顔が隠れていて性別は不明だが、骨格や声色から男の可能性が高そうだ。
その腕の中にはあの娘が捕らわれている。その首元には刃が突きつけられ、逃げることも声を上げることもできないのか少女は身体を小さく震わせながら涙の滲んだ目でこちらを見ていた。
その姿を認識した瞬間、葛城さんや裕太から厳しく言われた優先順位より先に身体が動こうとした。
「待て、優先順位を思い出せ」
だが、すぐに裕太の声が俺を止めた。
「……分かってる」
「最優先は誰だ?」
「……親だ」
「そうだ。ここで離れたらあっちは無防備になる」
裕太の言っていることは正しい。俺たち2人がここで少女の救出へ向かえば最優先であるあの夫婦を守る人間がいなくなる。ここにいる男が囮で別の襲撃者が夫婦を狙っている可能性だってゼロではない。
この理屈は完全に正しい。間違っているのは俺の方だ。それでも今目の前では少女が涙を流して震えている。つい少し前まで両親のことを大切な人なのだと笑っていた少女が今は助けを求めるようにこちらを見ていた。
それを見た俺は考えるより先に言葉が漏れてしまった。
「……無理だ。見捨てられない」
「見捨てるんじゃねぇ!後回しにするだけだ!今は護衛先の依頼人のとこ行って体制を立て直す方が優先だろ!」
「それじゃ見捨ててるのと同じだ!今助けなきゃ、意味ないだろ!俺たち何のために強くなったと思ってるんだ!!」
裕太の言葉に俺は思わず声を荒らげる。
俺は助けを求める人を守るために力を身につけた。目の前で助けを求めている人間を何もできなかった頃の自分と同じように見捨てないためにここまで強くなった。
それなのにこの子をここで見捨てるなんてしたくなかった。
「落ち着け!」
「落ち着いてる!!」
いや嘘だ。全く落ち着いていない。
男の動きも周りの気配も夫婦がいる方向に誰か近づいていないかも……本来なら確認しなければならない情報がいくつもあったはずなのにその時の俺には目の前で捕らわれている少女しか見えていなかった。
「お前、優しすぎるんだよ」
「……っ」
「だけどそれで任務を失敗したら誰も救えねぇ」
それはわかっている。今も俺が間違える前に引き戻そうとしているのだろう。だが、それがわかっていても止まれなかった。
「それでも!俺は……目の前のやつを見捨てる方が嫌だ!」
俺は少女から目を逸らさないまま声を張り上げる。すると俺と裕太の間に短い沈黙が流れた。
「……わかった」
そう言って裕太は目を瞑る。
《バコン!》
その直後、頬へ衝撃が走った。裕太の拳が頬に飛んできたのだ。
「俺は絶対に行かせねぇ」
そう言った裕太の目は本気だった。俺を傷つけたいわけではないのはわかる。それでも力ずくでも止めなければならないと思ったのだろう。
だが俺も退かなかった。任務中、それも護衛対象が危険に晒されている状況で仲間同士が争うなど馬鹿げている。それを理解していながらも互いに譲ることはできず、はじめてこいつと本気で衝突した。
俺も裕太もまだまだ未熟なガキだった。だからこそどちらも自分が正しいと思った方法を譲ることができなかったのだ。
そして、最後には俺が裕太の制止を振り切った。
「——行くな!!」
背中から裕太の声が飛んでくる。それでも俺は止まらなかった。
そして……
——俺は取り返しのつかない間違いをした
***
その数分後、俺は何もできずに転がされていた。
目の前の相手は俺がそれまで戦ったどの人間とも違っていた。
黒いローブの裾が動いたと思った時には既に視界から姿が消え、気配を探った時には別の方向から攻撃が飛んでくる。自分では十分に速くなったつもりだった踏み込みも何度も繰り返して身につけた攻撃も目の前の男にはまるで届かなかった。
俺なら余裕で勝てると思っていた。それがどれだけ甘い考えだったのかをすぐに思い知らされた。
「遅い」
「がはっ……」
低い声を認識した時には身体へ衝撃が入り、次の瞬間には床へ叩きつけられていた。肺から空気が抜けすぐに立ち上がろうとしても身体が思うように動かない。
これまでの訓練とは違う。これは命のやりとりだ。相手は俺を痛めつけて笑うだけで終わらせるつもりではない。判断を間違えれば本当にここで終わる。
その事実を理解した瞬間、胸の奥からこれまで知らなかった感覚が込み上げてきた。
……怖い
今まで感じたことのない感情だった。今まではどんなに痛めつけられてもこんなことを思うことはなかった。力がないから当然だと思っていたし、なんだかんだ命までは奪われることはなかったから。だけど、本当に死ぬかもしれない、胸を貫かれてものすごい激痛と共に意識が闇に落ちるかもしれないと思うと自分の中の本能が底知れない恐怖を感じ取っていた。
「弱いな」
だけどその言葉が耳へ入った瞬間、別の記憶が頭の奥から引きずり出された。かつて何度も聞かされた自分には価値がないと告げる声だ。
「お前は弱い。だから何も守れない」
その言葉が頭の中で何度も反響する。
違う。俺は弱いままではなくなった。守るためにここまで来た。守るための力を手に入れたはずだった。
それなのに、目の前の相手には何一つ通用しない……
(……何もできない)
また、あの頃と同じだ。怖いという感覚とそれ以上の悔しさが胸の中で混ざり合い、冷静に考えなければならないはずの頭を少しずつ塗り潰していく。
……どうすればいい?
どうすればあの子を助けられる……?
そんなことを考えていた時、俺の頭の奥で何かが囁いた。
——壊せ
「……ぁ」
この声が聞こえた瞬間、俺の内側で何かが弾けた。
そうだ、全部壊せばいいって話だよねえ!!
別に何かを考える必要なんてないじゃないか。相手が速いならその速さで逃げられないくらい周りごと壊せばいい。攻撃が届かないなら相手が立っていられる場所そのものをなくしてしまえばいい。
そんな考えが当たり前のもののように頭の中へ広がった。
「……ぃ!……こい!」
それから先は周りの音が遠くなっていった。誰かが何かを叫んでいた気もするが、その言葉が何なのかを理解しようという考えすら浮かばない。
“壊す”
その衝動だけが俺の全てになっていた。
《バキッ》
大きく踏み込むたびに足元の床が砕け、男へ向けた攻撃が外れればその先にある壁や柱が巻き込まれる。それでも俺は止まらずに次の攻撃へ繋げるために身体を動かし続けた。
いつしか敵がどこにいるのかすら途中からどうでもよくなっていた。ただ目に入ったものを壊すことが妙に心地よかった。
力を出せば出すほど身体が軽くなるような感覚があって、もっと強く、もっと大きく壊したいという衝動だけが膨らんでいく……
どれだけの時間が経ったのかも分からない。そのまま全てを壊し続けようとしていた時だった。
「——戻れ!!」
遠くなっていた世界の中へ聞き慣れた声だけが強く入り込んできた。
「お前、それじゃダメだ!」
俺はその声を知っている。
「そんな力で守っても意味ねぇだろ!!」
話している内容はあまりよく聞こえない。だが、“守る”という言葉だけが不自然なくらいはっきりと胸の奥へ引っかかった。
俺は何のためにここへ来た?
何のために強くなった?
壊すためじゃない。
(……守るためだ)
「戻ってこい!!」
そしてその一声で意識が急速に引き戻された。
「……やめろ」
自分の口から零れた言葉と同時にぼやけていた世界が元の形を取り戻していく。
気づけば周りのものは荒れ果てて床は砕け散っており、壁もあちこちが壊れている。そして、いつの間にか裕太が自分の近くまで来ていた。自分が何をしていたのかはわからないがどうやら自分のことを見失っていたようだった。
俺は何をしていた?
どうしてこいつがここにいる?
「……隙ができたな」
だけどその答えへ辿り着くより先に相手が動いた。俺が止まった一瞬の隙を仮面の男は見逃さなかった。
《パンッ!》
「……え」
俺の目の前を赤いものが横切る。そして、俺のすぐ前にいた裕太の身体から力が抜けそのまま崩れ落ちた。
「……おい」
俺は考えるより先に駆け寄り倒れた裕太の身体を支える。
「……悪い……お前の甘さが移っちまった」
そう言った裕太の声は震えていた。
「……なあ」
消え入りそうな声が耳へ届く。それでも裕太は確かに俺の方を見ていた。
「……お前は、生きろ」
何、言ってんだ?
お前も一緒に戻ればいいだろ……?
「生きて……強くなれ。みんなを……守れるくらいに……」
その声は少しずつ弱くなっていく。あの日にした約束を裕太は最後まで覚えていた。
「……約束、しろ」
何かを言わなければならないと思った。だが喉が動かなかった。俺は声を出せないままただ黙って頷いた。
それを見た裕太はほんの少しだけ笑い……
——そのまま動かなくなった
「————ッ!!」
その時、自分の喉から出た叫びが部屋の中へ響いた。
組織では力のない人間が消えることは珍しくない。弱ければ死ぬことは当然のことだと思っていた。
だったら、裕太が今動かなくなったことも同じなのか?
そう考えればいいはずなのにどうしてか胸の奥が痛かった。呼吸をするたびに何かが引っかかるような感覚があり、今まで感じたことのない苦しさが消えてくれない。
俺が止まっていれば裕太はここへ来なかった。俺がちゃんと周りを見ていれば裕太が俺を元へ戻す必要もなかった。
こいつにはこの先の時間もあったはずだった。もっと強くなることも葛城さんから新しい仕事を任されることも霧ヶ谷や各務とくだらないことで言い合うこともできたはずだ。
その先に何があったのかは俺には分からない。
だが、その全てを俺がなくした。裕太のあるはずだった未来をたった今俺が奪った。そのことを考える度、罪悪感と一緒に正体の分からない痛みが胸の奥へ残り続けた。
***
その後のことはほとんど覚えていない。ただ、全てが終わった後に目へ入ってきた光景だけは今でもはっきりと刻まれている。
最優先で守るよう命じられていた夫婦は死んでいた。そして、俺たちが娘の方へ向かったことで手薄になっていたところを守ろうとしてくれたSPの人たちも全員死んだ。生き残ったのは娘だけだった。
少女はしばらく何も言わずにただ両親のいる方を見つめていた。何が起きたのか理解できていないのかそれとも理解したくないのか俺には分からなかった。
やがて少女はふらつくような足取りで歩き始める。
「……うそ」
その声は小さく震えていた。
「……うそ、でしょ……?」
最初に父親のそばへ行きその身体へ手を伸ばした。
「起きてよ……」
何度か身体を揺らす。だが当然返事はない。
「ねえ……起きてってば……!」
それでも少女は諦めず今度は母親の方へ向かう。
「やだ……やだやだやだ……!」
両手で必死に身体を揺らしながら声を上げる。
「起きてよ!!なんで動かないの!!」
もちろんこちらも反応はない。もうどちらも戻ってこないのは一目見ただけで明らかだった。
「返事してよ!!」
静寂な空間の中で少女の叫びだけが静かになったこの部屋に響いていく。目の前では俺よりも年上の人間が人目を気にする余裕もなく泣きながら両親へ縋っていた。
「ひとりにしないでよぉ……!」
その姿を見た時、任務が始まる前に聞いた言葉が頭へ浮かんだ。
『でも、大切な人たちだから……ちゃんと元気でいてほしいんだ』
あの時はその言葉がどれくらい重いものなのか理解できなかった。今だって本当の意味では分かっていない。家族が何なのかも父親や母親を大切に思うという気持ちがどんなものなのかも俺にははっきりとは分からない。
それでも、この少女にとってこの2人がいなくなってはいけない人だったことくらいは分かる。
俺はその“大切な人”を守るためにここへ来た。
そして、守れなかった。
少女はその場へ崩れ落ちた後、やがて俺の存在に気づいたように顔を上げた。その目に浮かんでいたものは最初に会った時の穏やかな色とは全く違っていた。
「なんであなただけ!!」
立ち上がった少女に胸ぐらを掴まれる。
「護衛でしょ!!守るのが仕事なんでしょ!!」
涙が溢れるその目には怒りとも恨みとも悲しみともいえるものがはっきりと浮かんでおり、その全て俺へ向けられていた。
そうだ。俺は2人を守れなかった。強くなったと思っていたのに結局何も守れなかった。俺がどうしようもないくらい弱かったからだ。
「なんでお父様とお母様なのよ!!」
任務前に少女が笑いながら話していた姿がまた頭の中へ浮かんだ。
大切な人たち。俺にはその意味がよく分からない。だが、大切な人なら守らなければならなかった。
……それを俺が奪った。
「なんで私なのよ!!」
《パンッ!!》
少女の手が頬へ当たり乾いた音が響く。
「どうしてまた私から家族を奪ったの!!」
家族。その言葉の意味もやはり俺には分からない。
だが、その言葉を叫びながら泣いている少女を見ていればそれが失ってはいけないものだったことくらいは嫌でも分かった。
残ったのはこの少女1人だけだった。年上と言っても俺より4歳上なだけの子供だ。その子から父親と母親を奪い、他にも関わっていた使用人やSPの人の命も奪ってこの子だけを残してしまった。
「いらない!!」
少女から怒号が浴びせられる。
「こんなのいらない!!」
俺は何も返せなかった。何を言えばいいのか分からなかったからではない。何かを言う資格がないと思った。
「こんな生き残り方いらないって言ってるでしょ!!」
俺が優先順位を守って夫婦の護衛に向かっていれば夫婦だけは守れたかもしれない。
裕太の言葉を冷静に聞いていれば2人で対策を考えることができたのかもしれない。
力を制御して周りをよく見ていれば少なくとも裕太が死ぬことはなかった。だったら2人でどうにかすることもできたのかもしれない。
違う結果になっていた可能性はいくらでもある。
それらを全部自分で捨てた結果が目の前にある。涙を流すことも言い訳を口にすることも許されない。少なくとも、その時の俺はそう思っていた。
これは俺の罪なのだから。
だから少女の手を振り払うこともせず、ただ黙ってその怒りを受け止め続けた。
「誰も救えてないじゃないかぁぁああああああ!!!」
そして残された者の絶叫が俺の耳へ焼き付いた。
***
任務の失敗によって生じた損害は俺が考えていた以上に大きかった。
最優先の護衛対象だった名家の当主とその妻が死亡したことで組織は重要な資金源を1つ失い、組織の信頼すら落とす結果となった。それだけでも重大な失態だったがそれに加えて俺は事前に定められていた優先順位を自分の独断で破っている。これを重く見られて俺をこの任務へ推薦した葛城さんにも処分が下された。
だがさらに問題視されたのはあの時に起きた暴走だった。
俺は余裕だと思っていた任務で想定外の苦戦を強いられて自分の感情を制御できなくなり敵味方の区別すらつかなくなったまま周りを無作為に破壊した。あの時自分が何をしていたのかをほとんど覚えていないことも含めて組織は俺を制御不能の危険な存在と判断した。
このような失敗した人間を残しておく理由はこの場所にはない。下された結論は1つだった。
——秘密裏での処刑
当然だと思った。
俺は葛城さんの顔に泥を塗った。それだけではなく守るべき人間を守れず、裕太の未来も1人の少女から大切な人たちも全て奪った。その上で自分でも扱えない力に溺れている……
俺のような人間を生かしておく理由なんてないだろう。
「……こいつはもう死んだことにする」
だが葛城さんのその一言で命までは奪われることはなかった。結果的には記録上は処刑された人間として扱われることになり、組織から追放されるという形になった。
どうして葛城さんがそこまでしたのか俺には分からない。任務を失敗し、自分まで処分へ巻き込んで班の仲間を1人失わせた人間だ。俺を恨んでもおかしくないはずなのに命だけは残してくれた。
「もう2度と関わるな」
そんな葛城さんから俺へ向けられた最後の言葉はこれだった。霧ヶ谷と各務も俺へ何か言うこともなく蔑むような目を向けた後に背を向ける。
「……あとは勝手に生きろ」
こうして最後に残ったその言葉を聞きながら俺は1人で組織を出た。これが彼らとの別れだった。
俺に残されたのは葛城さんが昔使っていた古びたアジトと当面生きていけるだけの最低限の金だけだった。関係者とは完全に絶縁。俺が力を得てようやく手に入れたと思っていた仲間も居場所も全て自分の失敗でなくなった。落ちこぼれだった人間が少しだけ力を手に入れ、それを自分の力だと勘違いして扱いを間違えて全てを失った。
これがそんなクソ野郎の末路だ。
***
昔のことを思い出しながら俺は闇医者のベッドに身体を預けていた。
正直、俺も全てを覚えているわけではない。戦いのことはほとんど覚えていないし、なぜ俺と娘だけが生き残ったのかもあの夫婦やSPの人たちがどんな最期を遂げたのかもしっかりとした記憶はない。
だが、俺の腕の中で力が抜けて冷たくなっていった
これが俺の罪に対する罰なのだと思う。
情に流されて守るべき優先順位を自分の判断で見誤った。あんな任務余裕だと思っていたが、それは守るために手に入れたはずの力に踊らされただけでそれを扱うこともできなかった。その結果周りを壊して俺を止めようとしたあいつを死なせてしまった。そして少女が大切だと言っていた父親と母親も守ることができなかった。
守るべきものも大切な友も1人の少女の大切な人たちも全て俺が奪った。
これが結果であり事実なのだろう。
俺は人を殺したくないといいながら結局多くの命を奪ってしまった。正直、任務で殺しをするよりも重い罪だったと思っている。
『誰も救えてないじゃないかぁぁああああああ!!!』
あの叫びは俺が忘れていい言葉ではない。おそらく、一生消えることはないだろう。だからもう何も俺の目の前で失わせない。もう二度と同じ過ちを繰り返さない。どんなやつであっても俺の目の前の人間は死んでも守る。そのために俺はこの力を
この罪を背負ったまま生きることが俺に対する罰なのだから……
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は零二くんが抱える過去の罪を懺悔する話でした。
零二くんが依頼されたのはとある名家の護衛任務でした。ですが護衛といってもそれまでの経緯や資料から組織でも難易度の高い任務だとは思われておらず、力をつけて這い上がって自信をつけていた零二くんもこんな任務余裕だろというふうに思っていました。
そして依頼人はその家の当主の夫婦とその娘でした。ですが、社会的立場や組織に対する金銭的な価値などから当然最優先は当主の夫婦ということになっていました。ですが零二くんは俺なら娘も一緒に守れると心の中ではその方針に反旗を翻していました。
そして、運命の夜の日に襲撃があり、娘が人質にとらわれてしまいます。裕太は冷静に夫婦の護衛に向かいながら対策を考えるべきと諫めますが零二くんはその制止をふり切って1人で娘の救出に向かってしまいます。
しかし、力をつけた俺ならこんな任務余裕だろと思っていた零二くんですが襲撃者に一切歯が立たず、そのまま冷静さを失って暴走してしまいます。そしてそれを止めようとして隙を見せてしまった裕太が命を落としてしまい、それで警護体制が崩れた隙に本来は一番最優先で守らなければならなかった依頼人の当主である夫婦も死なせてしまったという形になります。
もちろんこれは零二くんの記憶なので一部話が飛んでいる箇所や戦っている時の記憶やどうして夫婦が狙われたのかなど謎が残っているのですが、この話では『零二くんが過去の護衛任務の時に自分の未熟さのせいで唯一の仲間と若い少女の大切な人の命を奪ってしまった』という彼の十字架に目を向けてあげて欲しいなと思います。(私の文才のなさで見づらくなっていたらすみません)
そしてそんな零二くんだから力を制御することの話を殺せんせーや烏間先生に伝えたり、暴走や大切な人というワードに人一倍敏感になっていたのかもしれません。
さて次回以降の話ですが、次回は零二くんが入院している間のE組の様子や零二くんの療養生活の様子を書く予定です。その次の話から原作に合流するのですが、零二くんが復帰するのはあの防衛省の新任教師がやってきた頃にしようかなと思っています。
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
「おや?今日は周防くんの姿が見えませんねぇ」
しばらくして出席確認を終えた殺せんせーは一度裏山の様子を確認してからいつもの軽い調子より少しだけ声を落としてこう言った。
多分、殺せんせーは周防くんが遅れて学校に向かっていないか確認しに行ったんだと思う。だけど今日は周防くんの姿が見えなかったみたいだった。どうやら本当に来ていないらしい。
「えー、また?」
それを聞いたクラスの何人かが苦笑いを浮かべた。多分みんなもまたサボりかと思っていると思う。最近は学校には来ていたといっても周防くんはサボりと遅刻の常習だからこの時間にいないことも決して不思議なことじゃない。
だけど僕はなんとなくいつもとは何かが違うような気がした。
そう思っていると、教室の中にサボりの周防くんに呆れるみんなとは違った声が響いた。
「周防くんは体調不良で入院している。しばらく登校はできないそうだ」
次回 『入院の時間』