ですが、この半年で本編の中で流れた時間はわずか2ヶ月ちょっとです。さすがにゆっくりすぎたので今回は1ヶ月分一気に時を進めたいと思います。
では本編行きます。
渚side
「では次、渚くん」
「はい!」
朝のホームルームが始まる時間。教室に入ってきた殺せんせーは出席簿を開いていつものように銃弾を避けながら僕らの名前を呼びはじめた。
出席番号1番のカルマくんから順番に自分の名前が呼ばれると銃口を向けながら返事をしてその声を響かせていた。
「……周防くん」
だけど、僕の1つ後の番号の生徒の名前が呼ばれた時の返事はなかった。でもこの番号の生徒がこの時間にいないのは今日だけじゃない。彼は暗殺に参加してないから僕らに混じって銃を撃ちながら出欠をとることはないし、平気で遅刻してくることもよくある。
「全く、彼は……次、菅谷くん」
いつものことだから殺せんせーも気にすることはなく、呆れた感じにため息を吐いた後に出欠を再開した。
そんな様子を横目に見ながら僕は窓の外を覗いた。周防くんが遅刻して来る時に一番多いのが窓の外から僕らの出欠の様子を見ているパターンだからだ。それに遅刻が多いといっても最近の周防くんは外から見ているかホームルーム中に入ってくることがほとんどでなんだかんだ学校にはちゃんときていた。
「おや?今日は周防くんの姿が見えませんねぇ」
しばらくして出席確認を終えた殺せんせーは一度裏山の様子を確認してからいつもの軽い調子より少しだけ声を落としてこう言った。
多分、殺せんせーは周防くんが遅れて学校に向かっていないか確認しに行ったんだと思う。だけど今日は周防くんの姿が見えなかったみたいだった。どうやら本当に来ていないらしい。
「えー、また?」
それを聞いたクラスの何人かが苦笑いを浮かべた。多分みんなもまたサボりかと思っていると思う。最近は学校には来ていたといっても周防くんはサボりと遅刻の常習だからこの時間にいないことも決して不思議なことじゃない。
だけど僕はなんとなくいつもとは何かが違うような気がした。
そう思っていると、教室の中にサボりの周防くんに呆れるみんなとは違った声が響いた。
「周防くんは体調不良で入院している。しばらく登校はできないそうだ」
その声は教室の扉の前で低く響いたのは烏間先生の声だった。
(え?周防くんが入院?)
でもその言葉の内容は無視できないものだった。周防くんは昨日までいつも通りに学校に来ていた。岡野さんや前原くんのような活発さはないけどそれでも元気な様子を見せていたはずだ。それなのにいきなり体調を崩して入院することがあるのだろうか……
「なお、お見舞いは不要だ。本人から『来ないでほしい』と強く言われている。いいな?」
烏間先生はそう言って殺せんせーに鋭い視線を向ける。その言葉に殺せんせーの視線はわずかに下がった。
孤立しているとはいえ前と比べたら話せるようにはなってきたと思うし、孤立していてもクラスメイトなのだから周防くんのことは心配だ。急な持病で救急車で運ばれたのかもしれないと思うと少しだけ胸騒ぎがする。
だけど烏間先生の言葉は『それ以上踏み込むな』と僕らに釘を刺しているようにも聞こえた。
「えー、どうせサボりでしょ」
「周防だしなー」
「気にするだけ無駄じゃね?」
教室のあちこちから軽い笑い混じりの声が上がる。みんなは僕や先生たちの雰囲気とは対照的に周防くんのことをあまり気にしていない様子だった。
確かに周防くんはよくサボるし、そもそも彼のことをまだ良く思っていない人も多い。周防くんが学校をサボるために入院したと言って遊んでいる可能性も否定はできない。だからみんなの反応は自然だとは思う。
(……でも本当にそうなのかな?)
僕はなんとなく引っかかっていた。視線が自然と周防くんの席へ向く。
すると、カルマくんも同じように周防くんの席のことをじっと見つめていた。その顔には普段の軽い笑みはなく、ただ静かに何かを考えているような顔をしていた。
……珍しいな。カルマくんがあんな顔をするなんて
やっぱりカルマくんも周防くんのことで何か気になっていることがあるのかもしれない。そう思った僕はホームルームが終わると同時にカルマくんところへ向かった。
「どうしたんだ、カルマ。怖い顔して」
「いやちょっとね」
僕がカルマくんのところに近づくと、僕と同じことを思ったのかカルマくんの前の席の千葉くんもカルマくんに声をかけていた。
「カルマくん何かあったの?」
僕もカルマくんに声をかけると、近くにいた速水さんと奥田さんも僕らの様子を見て自然と集まってきた。そんな僕らのことを一度見たカルマくんは少しだけ息を吐いてから口を開いた。
「周防くん、何かデカいことに巻き込まれたね。巻き込まれたのか自分から飛び込んだのかはわかんないけど」
「そんなに大袈裟なこと?普通にいつもみたいなサボりじゃないの?」
カルマくんの言葉に速水さんが眉をひそめながらいつも通りの辛口で返す。それに千葉くんや奥田さんもうんうんと頷いていた。
だけどカルマくんはすぐに首を振ってこう返した
「サボりならさ、何も言わずにサボるでしょ。周防くんそういうタイプだし。それなのにわざわざ烏間先生に連絡してるのおかしくない?しかもさ、『俺たちとも連絡先も交換してない周防くんが』だよ」
「「「……あ」」」
その言葉に速水さんたちが何かに気づいたような感じで表情を変えた。
さっき僕が感じた違和感もこれだった。周防くんはサボる時は何も言わずにサボる。わざわざ連絡なんてしないし、そもそも僕らと連絡先すらも交換してない。
そんな周防くんがわざわざ烏間先生に連絡してるのはどうにも違和感があった。
「ねえ、律。周防くんのスマホにも入ってるでしょ?今どこにいるかわからない?」
僕はスマホの中の律にこう問いかけた。
律はクラスのみんなとの情報共有を円滑にするために全員のスマホに入り込んでいると言っていた。だったら周防くんのスマホにも入っているはずだ。周防くんはスマホの電源を切ってるかもしれないけど、律なら周防くんの安否くらいはわかるはずだ。
「すみません、みなさん。周防さんのスマートフォンのセキュリティだけどうしても突破することができないんです。ですのでみなさんのご期待には……」
「律でも突破出来ないセキュリティって……」
「どんなスマホ使ってるんだよ……」
「ごめん、律。ありがとう」
しかし、残念ながら律も手がかりを持っていなかった。世界最高峰のAIですら突破できないようなセキュリティのスマホを使ってる周防くんの規格外さにみんな呆れたような表情を浮かべているけど、周防くんの行方が一切わからないという事実に僕の中の胸騒ぎがまた一段と大きくなる。
すると、奥田さんが小さく手を上げてこう言った。
「そういえば昨日の周防くんやけに大人しかった気がします。なんか後ろにいたはずなのに気配が感じられなかったというか……」
「……あ、僕もそれ思った。なんかずっと気配を殺していた感じがしたよね」
昨日、イトナくんが来てから周防くんはずっと息を潜めておとなしくしていた。しかもただ息を潜めていたんじゃなくてまるで消えてしまったのかと思えるような感じで気配を殺しながら様子を窺っている感じがした。
僕だってあまりの気配のなさに一瞬本当にいないように思ってしまった。だけどあの時の周防くんがイトナくんやシロに向けていた視線はいつものやる気のない気だるげなものとは明らかに違っていた。
「そういや昨日の朝、やけにイトナの話に食いついてたな」
「それに昨日いつの間にかいなくなってたよね」
すると、千葉くんと速水さんも昨日の周防くんについて気になることを口にし始めた。
昨日の朝、イトナくんのことについて律に問いただしていた周防くんもいつもと明らかに違っていた。そしてイトナくんがやってきたら気配を消して、そのまま気づかないうちにいなくなった……
『……これ以上は危険だ。お前らは踏み込むな』
そういえば昨日イトナくんのことを聞いたら耳元でこう囁かれた。
僕には何があったのかはわからない。でも、僕らのことを何かから遠ざけようとしていることがだんだんと確信へと変わっていた。
烏間先生に連絡したのもそうだ。多分何も言わなかったら殺せんせーは放って置かない。絶対に地球の裏側まで探しにいくはず。それが周防くんに取っては都合が悪いから烏間先生を通じて遠ざけようとしていると考えたら妙に納得できた。
「……まだ何があったのかわからないけどさ、かなり面倒なことになってる可能性は高いと思うよ」
カルマくんのなんともいえない笑みと一緒に漏れた言葉が温度が下がったような僕らの周りに静かに響いた。
***
イリーナside
堀部糸成というが転校生がやってきたあの日から1週間後
窓の外ではグラウンドからボールを打つ音と生徒たちの声が響いていた。
私は詳しいことはわからないけどもうすぐ球技大会だそうだ。なんでもE組は本校舎の部活と戦わないといけないらしくそこに勝つために猛特訓しているみたいだった。
多分、タコが張り切って指導しているのでしょうね。
……でも、今の私にとってはその空気ですらやけに遠く感じた。
「ねえ、烏間。周防に何があったの?」
私は職員室の扉を閉めるとできるだけ落ち着いた声で烏間に問いかけた。けれど、その声の中にわずかな強さが混じるのを抑えきることはできなかった。
「……俺もよく知らん。ただ、彼はわざわざ防衛省を通して俺に電話してきた。俺は彼と直接話している」
「なら、その時何があったのか教えなさいよ」
「前に言った通りだ。……体調不良で入院してしばらくは学校に来れない。見舞いは不要。それ以上は言えないし、詮索もしないでほしい……そういう内容だ」
「……それだけ?」
周防は堀部糸成という転校生がやってきたあの日から学校には来ていない。烏間の話ではあの日の深夜に防衛省に直接電話をかけてきた周防がこう言ったみたいだった。
だけど、そんなの……
「そんなの、何も言ってないのと同じじゃない……!」
思わず声が荒くなる。私は言葉を止めることができずにいた。
「いきなり入院って言われてそれで終わり?原因も状況も何もわからないまま放っておけって言うの?」
その日まで普通に学校にいたはずなのにいきなり「入院します。お見舞いには来ないでください」と言われても納得できるはずがない。本当に入院してるなら身体の具合はどんな感じなのか、命の危険はないのか、いつまで入院するのかをちゃんと言って欲しいし、そもそも詮索するなと言われている以上、本当に入院してるのかも怪しい。
「お前がどんなに言おうとこれ以上は本当に知らん」
だけど烏間は変わらない声でこう言った。相変わらず落ち着いていたけどその様子を見る限り本当にこれ以上は聞かされていないみたいだった。
「……しかし意外だな。お前が彼のことをここまで気にするとはな」
「別に、そういうわけじゃないわよ。一応、私もあいつの教師だし……何も言わずに1週間以上もいなくなったら気になるくらい普通でしょ」
すると、烏間が少し空気を変えるようにこんなことを言ってきたので私は思わず腕を組んで視線を逸らしながらこう答えた。
正直直接口にするのは恥ずかしい。だけど心配なのは本当だ。周防に何かあったのは明白なのだから……
「……彼は強い。だから大丈夫だと信じたいが……」
「……それはわかってるわよ」
確かにあいつは強い。それはこの身をもってよく知っている。ちょっとやそっとのことならあいつは1人で解決してしまうと思う。
でも……
「強いのは知ってるわよ。でも、誰にも頼らずに勝手に動いて、勝手に片付けて……そのまま何事もなかったみたいに戻ってくるタイプでしょ、あいつ。そういうのって一番厄介なのよ。限界まで行っても表に出さないから気づいた時には手遅れになる」
周防が強いのはわかっている。だけどあいつは誰にも頼らずに1人で抱え込むタイプだ。自分が他のみんなから誤解されて嫌われても何も言わない。今回だって何か1人で抱え込んで私たちを遠ざけているとしか思えなかった。
だから余計に心配になる。
「とはいえ、現時点ではあまりに情報が少なすぎる……」
「……」
「俺たちが下手に関われば、かえって事態を悪化させる可能性もある」
「……わかってるわよ」
そんなの理屈ではわかっている。今の私たちはあいつに何があったのか知る術はないし、下手に動いたら周防や他の生徒たちのことを危険に晒す可能性がある。今の私たちにできるのはただあいつが無事にここに戻ってくることを祈ることしかなかった。
(でも……)
——本当はほんの少しでいいから私たちを頼ってほしかった
あいつが私より優秀なのはわかっている。あいつなら私たちに頼らなくても1人で解決して勝手に戻ってくると思う。
だけどあの子の教師として何かを抱えているのなら力になってあげたかった。せめてそれを知る立場でいたかった。せっかくあの子とも仲直りができたのだからこういう時には相談して欲しかった。
「……」
言葉にはしないけど心配と寂しさが少しだけこみ上げていた。
そのままほんの少しだけ視線を窓の外に向けると、窓の外では男子の野球や女子のバスケの特訓が繰り広げられていた。みんなの賑やかな声が響いてとても平和な光景に見える。
だけどその中にあの子はいない。
私はあの子が無事に帰ってくることを祈りながら静かに様子を見ることしかできなかった。
***
零二side
「……暇だ」
入院してから2週間、今頃球技大会で騒いでいるであろうあいつらとは対照的に暇を持て余していた俺は白い天井を見上げたまま静かに呟いた。
……部屋から出られないってのはここまで退屈なもんか
《ピッ、ピッ、ピッ》
人気が少ない郊外の廃ビル街にあるこの闇医者に外の音はほとんど届かない。この部屋に響いているのは機械の電子音と俺の呼吸だけ……
……やることがなさすぎてどうでもいいことばかり考えてるな
しかし3月までは時間がない。流石にこのまま何もせずに時間を浪費するわけにはいかないと身体を起こそうとする。
「ぐっ……」
だが身体を起こそうとすると胸に鈍い痛みが走り反射的に顔をしかめて再びベッドに沈み込んでしまった。
(くそ……)
やることがないがこの身体では動けない。ここまでの怪我ははじめてだ。これまでは多少怪我をしても1週間もあれば動けるようにはなっていたから2週間経っても一向に回復しないとなれば暇だし多少の焦りも出てくる。
《コンコン》
そんな時、ドアが軽くノックされて黒ずくめの男が気だるげな様子で俺の病室に入ってきた。
「聞いてはいたけど大変そうだね……」
「……風間さん」
入ってきたのは情報屋の風間さんだ。ご覧の通り俺は動けそうになかったからこの人に色々調査を依頼していた。この人がここにやってきたということは何かわかったということなのかもしれない。
風間さんはベッドの近くの椅子に腰をおろしながら静かに口を開いた。
「挨拶はいいとして早速本題に入ろうか。まず君の身体だけど正直に言うとはっきりしたことはわからない」
「……でしょうね」
しかし、残念ながら俺の身体のことは何もつかめなかったみたいだ。
だがこれはしょうがない部分もある。当事者である俺や闇医者の日川さんですらこれについて理解できていないんだ。医療の専門家ではない風間さんにわけのわからない症状で入院したからそれについて調べろと言ったところで答えを見つけてくるのは酷だろう。
風間さんは複雑そうな顔をしながら話を続ける。
「もちろん今回の怪我の原因も不明だ。まあこれは僕の考えだけど強いて説を挙げるとするなら“拒絶反応”かな」
「……拒絶反応?」
「そう。組織で人体実験を受けていた君は短期間で力をつけたよね。それがアダム由来の身体強化の類だったと仮定するなら一番筋が通る。無理な身体強化を無理やりしたことで君の身体には大きな負担がかかっている。多分身体がその力に耐えきれていないか実験に適応しきれていないから負荷がかかった瞬間に崩れたんじゃないかなって思ってるよ」
「……」
風間さんは俺のこの症状について組織の実験の拒絶反応が身体に起こったんじゃないかと言ってきた。確かにあの組織で落ちこぼれと言われていた俺も当然あの肉体を強化して身体能力を向上させる実験に使われていた。あの実験は能力は飛躍的に向上させられる反面負担がでかいことから実用性はなかったし、あまりに苦しさで完全には覚えていないが俺自身にとってもまさに地獄のような苦しみだった。
そして言われてみればその苦しみはあの日教室で俺を襲った苦しみに近い部分があった。特にあの内側から何かが壊れていくような感覚はあの実験の時の痛みに非常に似ていた。
以前俺が話した通り、もしそれがアダム由来の身体強化の類だったと仮定してその力に身体が耐えられなかったのならあの時の苦しみや今の俺に起こったことも筋は通るか……
「そして堀部糸成がその実験に“適合した側”だとしたらあの触手にも説明はつくだろう。もちろんなんで今更その拒絶反応が周防くんに襲い掛かったのかはわからないけどね」
「……なるほど」
「最も今のは全部僕の妄想に過ぎないよ。そもそも『アダム』が実在するかどうかすら確定していないんだからね」
風間さんはこう言っているがあの実験はアダムに何かしら関わっていた。それに適応した堀部が同じくアダムに関わっている触手を移植された。これも筋は通るな。
もちろんこれはあくまで仮説だ。確定した情報は何もない。だが、組織に関わっていた人間にあの触手が移植されていた以上、無関係と断じるわけにはいかないだろう。
「……やはり俺が組織に潜り込んで過去の研究データを引っ張り出すしかないか」
「やめておいた方がいい」
ここまで来たらあの実験を無視することはできない。俺の身体のことも含めて一度組織からデータをくすねてくるのがいちばん手っ取り早い。
そう思っていたが、風間さんはすぐに首を横に振ってそれを止めてきた。
「前にも言ったけど今の組織は内戦状態だ。その影響で過去に組織から抜けた人間への扱いは極端に厳しくなっている」
「……」
「当然、君も例外じゃない。それに君は処刑されたことになっている身だ。もし生きていると知られれば君は確実に狙われるよ。超生物じゃなくて“君をターゲットにした暗殺者”があの教室に送り込まれることになるだろうね」
クッソそういうことか……
確かにそれはめんどくさい。あの内戦は現体制に下条率いる1部隊が反乱を起こしたことによる内戦だ。当然組織からしたら過去に抜けた人間が反体制派に引き入れられるのは避けたいはず。そうなる前に不穏分子を消しにいくことは当然だろう。
そしてそれは俺にも当てはまる。俺も組織を抜けた人間だし、しかも組織の処刑の判断から逃げ仰せてここにいる。組織からしたら見逃せる存在じゃないはずだ。仮に俺の存在がバレれば確実に俺のことを殺しにくるだろう。
それだけならまだいいが、カタギの中学生が大量にいるあの教室に来られてあいつらが巻き込まれるのは避けなければならない……
「なら、堀部やシロに正体をバラすわけにもいかないか……」
「それもできれば避けるべきだね」
そして俺の存在が組織にバレてはいけないとなるとそこと繋がっている可能性のある堀部やシロに対しても目立った行動は避けないといけないということだった。
(動きづらいな……)
だったら葛城さんに取り次いで事情を説明して協力してもらうか?いや、あの人とは絶縁している。そもそも俺との連絡すら受け取ってもらえないだろう。
なら、霧ヶ谷や各務といったかつての葛城班の人間はどうだ?いや、それもだめだ。別に同じ班だったというだけであいつらとは仲は良くなかったし、あいつらのことなら組織の命令とか言ってノリノリで俺を狙いにくる。別にあいつらの相手ならまだマシだが、それを組織にチクられて白石亮あたりの最強格が出張ってきたら目にも当てられない。
それに俺が例の超生物に関わっている以上、その可能性は割と高い。あいつらならE組の連中を人質にして俺とタコのダブルキルを狙ってきてもおかしくないだろう。
「……まあ時間がなくて焦る気持ちはわかるけどそれでもできることはある。焦る必要はないよ」
それもそうだ。できないものを嘆いている時間はもったいない。だったら今の状況でできることをやるだけだ。
「次は堀部糸成についてだ」
すると風間さんは軽く息を吐いてから話題を切り替えた。この人に頼んでいた依頼は俺の身体のことだけじゃない。むしろここからの方が重要だろう。
「身元は比較的簡単に特定できた。彼の実家はかつてスマホ部品を製造する町工場だった。かなり規模は小さいながら優秀な企業で、海外とも渡り合えるレベルだったらしい」
堀部糸成
あいつは組織にいた人間だったらしいが、あいつはスマホ部品を製造する町工場の生まれだったそうだ。つまりはカタギの家系出身。俺の組織ではそういうやつは珍しい。大体は俺みたいな身元不明のやつか人身売買や孤児院出身のやつ。それか組織に人為的に造られたやつのいずれかがほとんどだ。そんなやつがなぜ組織に……?
「……そんな奴がどうしてあの組織に?もしかして潰れたとか?」
「その通り。従業員の買収で技術を盗まれて会社は倒産。両親は夜逃げしてその影響で彼はいじめを受けていた。そこから逃げ出した彼は身寄りを失い、君が組織を去った後に“エリクシール”に拾われた。そして訓練と実験を受けてその後シロに引き取られたという流れだ」
「……」
なるほどそういうことか。堀部は元は普通のカタギだったが会社が倒産したことで両親に夜逃げされて身寄りを失った。そしていじめからも逃れるためにあいつも1人で逃げ出したのだろう。そして行き着いた先があの組織だった。そんなワケアリの人間ならこれまでの行動にも理解できる部分はある。
「彼が力に固執する理由もその辺りにあるんだろうね」
「……ええ」
あいつは力に強い執着を抱いていた。だがその話を聞くと納得できる部分もある。なぜならかつての俺に似ている部分もあったからな。
「そしてシロだけど彼の身元は不明だ」
「……」
そしてシロについては残念ながら風間さんでも身元を特定することはできなかった。まあこいつは顔も隠して声も変声機を使って変えていたからな。あまりにも情報がなさすぎるから身元を特定するのは不可能に近い。
「でも、君の話を総合すると超生物の研究に関わっていた可能性は極めて高い。『アダム』にも関与しているかもしれない」
「やはり詳しい情報はありませんか……?」
だがあいつが『アダム』や超生物について何かを知っているのは確実だ。あいつのことを詳しく調べれば何か進展があるかもしれない。しかし、組織とのつながりを考えると直接顔を合わせにいくのはできれば避けたい。ここまでわかっているのにそれ以上のところに触れられないのはどうにももどかしい。
これまで得た情報を全て組み合わせれば考えられる仮説はいくつもある。だが、どれも決定打がない。やはりこれ以上は多少リスクを背負う必要があるのか……?
すると、風間さんがわずかに口角を上げてこう呟いた。
「……確かに
「……」
こう言った風間さんは何かを掴んでいるかのような自信に満ち溢れた表情をしていた。そしてその表情を見て俺もこの人が何を言いたいのか理解できた。
(……なるほどな)
「……そういえばいましたね。あいつの研究に関わっていて現在
***
岡野side
制服も夏服に変わってE組の教室には最初の頃はなかったような明るさが増えてきていた。この前の球技大会では女子は惜しくも負けてしまったけど男子は野球部に勝って本校舎のやつらに一矢報いることができた。
それに烏間先生にはすごい怒られたけど瀬尾と土屋にも前原の仕返しができたことで少しずつみんな自信を取り戻しているように見えた。
球技大会が終わったことで他のみんなは次のイベントの話で盛り上がっている。みんなの笑い声とバカみたいなやりとりがこの教室を包み込んでいた。
だけど私はその雰囲気にうまく混ざりきることができなかった。
「ひなた、次どうする?」
「……あー、うん」
メグに声をかけられたけど考え事をしていて話をちゃんと聞けてなかった私はついテキトーに返してしまう。
みんなは自信をつけて明るくなったけど私にはどうしても心にひっかかっていることがあった。
私の席の周りで女子のみんなが話している中、私はさりげなく視線を教室のいちばん後ろの空席に向ける。
(……まだ戻ってこない)
私の視線の先にはもう3週間も誰も座っていない周防の席があった。
周防はもう3週間も学校に来ていない。入院したと言っているけど他のみんなは「どうせサボりだ」「暗殺に協力しないし、いなくてもいい」と言ってほとんどのみんなは周防のことを心配することも気にする様子もなかった。
でも、あの日のことを思い出すと気にしないでいることなんてとてもできなかった。
(……あいつ、ボロボロだった)
イトナが来た日の放課後の時に見た周防は明らかにおかしかった。荒い呼吸のまま苦しそうに胸を押さえて、目の焦点も合ってなくて、左腕と背中からは煙みたいなのが出ていたし、シャツは赤く染まって血だらけで……
一目見ただけでヤバいってわかる状態だった。
そして次の日から周防は体調不良で入院したと言って学校には来なくなった。多分、いつもの私なら他のみんなと同じようにどうせサボりでしょって思っていたと思う。
でもあの姿を見ていたらとてもそんなことを思うことはできなかった。他のみんなは「えー、どうせサボりでしょ」「周防だしなー」「気にするだけ無駄じゃね?」と言っていたけど絶対に違う。あれはそんな軽いもんじゃない。
でもそれを口に出すことはできなかった。
私はあいつのことが苦手だ。言い方はキツいし、無駄に偉そうだし、4月の時のことだって全然納得してない。
それなのに修学旅行で助けられた恩もあるから余計にやりずらさも感じていた。
あいつのことが苦手で、だけどあいつには恩もあって、あいつに助けられたことやなんでもこなせるあいつに対する悔しさもあって……
どう思っているのか自分でもよくわからなくなって……
それで結局、何もできないまま3週間が経ってしまった。
殺せんせーは心配しているみたいだけど他のみんなはもうあいつのことなんて最初からいなかったみたいに気にしていない。私の周りでもいつも通りの笑い声が響いているのに最近はそれがやけに遠く感じる。
ねえ周防、あなたに何が起こっているの……?
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
今回は零二くんが入院している間の出来事の話でした。ちなみにこの話の間に瀬尾くんと土屋さんへの復讐や球技大会、菅谷くんのボディペイントやみんな大好き
ここバッサリカットするのも大分悩んだんですよ。
ただ零二くんがまだ孤立していることを考えるとここでみんなと仲良く絡むのは違うなと思って苦肉の策でカットしたって感じです。この辺のネタは余裕があったら番外編か今後の話で多少オマージュして入れれるやつは入れていきたいなと思っています。
そして零二くんの長期欠席に対してのE組のみんなの印象ですが
・殺せんせー、烏間先生、ビッチ先生、カルマ、渚→入院が本当かは知らないけど零二によっぽどのことがあったのは本当だろうから心配。
・岡野→あの身体の状態のことを考えるとサボりじゃなくて本当に入院してると思うしとても心配。それでも周りにそれを言い出すことはできずにいる。
・他のE組のみんな→えー、どうせサボりでしょ?
って感じです。
そんな零二くんですが、前回予告した通りあの体育教師の話からE組に合流させます。『才能ゼロ』の零二くんがあの才能を見たら何を思うんでしょうか?
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
「……俺のやり方が間違っていたのかもしれん。プロとして一線を引いて接するのではなく、あいつのように家族の如く接した方が……」
「……ふーん」
俺が悩むようにそう呟くとイリーナが少し寂しそうに口を開いた。
「……あいつがいたらあの男のことはどう見るのでしょうね」
あいつ。おそらく周防くんのことだろう。
「……彼のこと、随分と気に入っているな」
「“プロ”として正当に実力を評価したまでよ。あいつの“眼”は本物。それはあんたもよく知ってるでしょ」
次回 『距離感の時間』