では、本編行きます。
烏間side
月が爆発した頃の穏やかな春の陽気はすっかり消え灼熱の太陽が照りつけるようになった7月。今日も超生物の暗殺を目指すE組の生徒たちは俺の訓練に勤しんでいた。
「視線を切らすな!ターゲットの動きを予測しろ!全員が予測すればそれだけ奴の逃げ道を塞ぐことになる!」
訓練開始から4ヶ月目に入るにあたり可能性がありそうな生徒が増えてきた。
磯貝悠馬と前原陽斗。この2人は運動神経が良く2人がかりなら俺にナイフを当てられるケースが増えてきた。
赤羽業。彼は一見のらりくらりとしているがその目には強い悪戯心が宿っている。戦闘の心得も持ち合わせており、ルール無用の戦闘なら今E組にいる生徒の中では一番強いだろう。
女子は体操部出身で意表を突いた動きができる岡野ひなたと男子並みのリーチと運動量を持つ片岡メグ。このあたりが
この他には目立った生徒がいないものの全体を見れば生徒たちの暗殺能力は格段に向上している……
いや、目立つ生徒はもう1人いたな。もう1ヶ月近くもの間この教室に姿を見せていない男子生徒……周防零二。
彼は暗殺にはノータッチで訓練にも参加していないから俺も彼の本気を見たことはない。だが、優秀な大人たちを手玉に取れるという頭の回転の速さと生徒たち一人一人を細かく分析して的確な訓練内容を俺に掲示できるほどの分析力、少ない情報からわずか2ヶ月足らずという短期間でターゲットの核心に迫った情報収集能力、そして武器を持っている相手を複数人同時に相手しても無傷で圧倒できる程の戦闘能力……
まだ底を見せていないながら
(彼が戦力になれば可能性は飛躍的に高まるのだが……)
周防くんの真の実力は未知数だが、彼のことを見ていれば俺が生徒たちに身につけてほしい力をとうの昔に身につけていることはわかる。
しかし、彼の場合は“暗殺に対する意欲のなさ”が大きな問題だ。これは寺坂くんたちのグループにもいえることだが能力はあってもそれを現場で使えないのであれば戦力としては計算できない。それがやる気のなさから来るものなら論外だ。
だが周防くんの場合は暗殺に対して興味がないわけではない。むしろ情報収集や他の生徒たちの安全を守ることに関しては敏感すぎるくらい積極的に動いているように見える。それに俺が彼に意見を聞いたときは的確に答えてくれている。裏での貢献も加味すると貢献度はこのクラスでトップクラスだ。
本当に興味がないのであればそんなことにも関わろうとはしないはずだ。それでも暗殺という行為に対しては異常なほどの嫌悪感を示している……
(一体、何が彼をそうさせているのだろうか……)
殺気——!
突如、蛇に巻きつかれたかのような異様な殺気を感じた。
「——っ!」
「——カハッ!」
思わず俺は強めにガードをしてしまう。ガードした方向に目を向けるとそこには痛そうに頭を抑えている渚くんの姿があった。
「いった……」
「……っ!!すまん!ちょっと強く防ぎすぎた」
「あ、平気です……」
「バッカでーちゃんと見てないからだ」
「うぅ……」
杉野くんの言葉に他の生徒たちからは大爆笑が上がり、潮田くんもそれにいつも通りの苦笑いで応えている。何もおかしいことなどなかったはずだ。
(潮田渚……気のせいか?今感じた得体の知れない気配は……)
潮田くんはこれまで特段目立つところはなかった生徒だ。だが俺はさっき感じた異様な殺気を忘れることはできなかった。
***
岡野side
《キーンコーンカーンコーン》
「いやーしかし当たらん……」
「隙なさすぎだぜ、烏間先生」
就業のチャイムが鳴って今日の体育の授業が終わった。
結局今日も烏間先生にはナイフを当てることはできなかった。あの人の強さは規格外だと思う。私も身体を動かすことに関しては誰にも負けないと思っているし、ナイフも自信はあるけど烏間先生には複数人でかかっても当てられるイメージが湧かない。だからこそ2人がかりとはいえたまに当てている磯貝くんと前原やカルマは素直にすごいなと尊敬している。
そして、そんな磯貝くんやカルマをも余裕を持って相手をしている烏間先生は本当にすごい。烏間先生は顔もいいし、強いし、仕事にも真面目で私たちのことも大事にしてくれる人だ。特に本校舎の先生たちからは誰にも私たちの頑張りを見てもらえなかったからこそ、私たちのことをちゃんと見て評価してくれる烏間先生や殺せんせーのことを私たちは信頼している。
でも……
「先生、放課後みんなでお茶してこうよ」
「ああ、誘いは嬉しいがまだ仕事が残っていてな」
倉橋さんが烏間先生に声をかける。倉橋さんはよしよしされながらがんばったなって言われたいと言ってしまうくらい烏間先生に特に懐いている。だからよくこうやって放課後にみんなで遊びに行く誘いを烏間先生にもしている。
だけど烏間先生は倉橋さんの誘いを断った。烏間先生は学校以外で私たちと積極的に交流をしない。私たちとの間に壁というか距離を保っているかのような……そんな感じがして私も少しだけ寂しい気持ちになった。
「私たちのことを大切にしてくれているけど、でもそれってただ任務だからなのかな……?」
みんなが烏間先生との距離感の話題を話していると倉橋さんの少し寂しそうな声が一際大きく響いた気がした。そんな声が聞こえているのかいないのか、何も気にしないように階段を登っていく烏間先生の背中を見ているとそんな疑念が私たちの中に渦巻いてきた。
すると、烏間先生が向かった先から聞き覚えがない声が私たちの耳に届いた。
「よ、烏間!」
「……鷹岡」
声がした先に立っていたのは烏間先生よりも身体が大きくて大量の荷物を持った男の人だった。誰だろう。新しい先生……?
そう思っていると、その男の人が私たちの前に出てきて笑顔で挨拶をしてきた。
「やっ!今日から烏間の補佐としてここで働くことになった鷹岡明だ。よろしくな、E組の皆!」
いきなりの新しい先生の登場に最初はみんな戸惑った。だけど今回はビッチ先生の時とは違って鷹岡先生がE組に馴染むのに時間はかからなかった。
体育の授業が終わった後、鷹岡先生が私たちと親睦を深めたいと言ってそのまま親睦会が始まった。
「あ、ケーキ!」
「『ラ・ヘルメス』のエクレアまで!」
「……いいんですか!?こんな高そうなの?」
「おう、食え食え!俺の財布を食うつもりで遠慮なくな!」
目の前には大量の高そうなスイーツが並んでいてみんなの目が釘付けになっている。
「よくこんな甘い物ブランド知っていますね」
「まあ、ぶっちゃけラブなんだ。砂糖がよお」
「でかい図体してかわいいな!鷹岡先生!」
鷹岡先生の周りからみんなの笑い声が響く。鷹岡先生は陽気で話しかけやすい人でたった今来たばかりなのにすでにみんなの輪の中心にいる。私たちは鷹岡先生の差し入れと人柄に胃袋も心も一瞬で掴まれてしまった。
しかも何がすごいってケーキに釣られてきた殺せんせーとも一瞬で打ち解けてしまった。
「同僚なのに烏間先生とずいぶん違うっすね」
「なんか近所の父ちゃんみたいですよ」
鷹岡先生は烏間先生と違って距離が近くてフレンドリーだ。私たちとの壁も感じないし、仕事だからという理由で距離を保ったりもしない。烏間先生を悪く言うつもりはないけど壁を感じない鷹岡先生のほうが私の印象は良かった。
「ははは、いいじゃねーか。父ちゃんで。同じ教室にいるからには俺たち家族みたいなもんだろ?」
鷹岡先生は一瞬にしてみんなの心を掴んだ。しかも明日からの体育は鷹岡先生が担当らしい。この人はどんな授業をしてくれるのだろう。私はそれがとても楽しみだった。
だけどその期待は大きく裏切られることになる。
***
烏間side
鷹岡が来た翌日
今日からは鷹岡が生徒たちの訓練を担当することになり、あいつが体育の授業を受け持っている間、俺は職員室で他の仕事を進めていた。
あいつは生徒たちの信頼を一瞬にして勝ち取った。生徒たちからも鷹岡の訓練を楽しみにする声も挙がっており、少なくとも生徒たちのモチベーションを引き出すことについてはあいつの方が上手だろう。実際あいつはほんの一瞬で生徒たちの信頼を勝ち取ったのだから。
(……これで君の訓練メニューも必要なくなったかもな)
俺が一瞬だけそう思っているとそこにイリーナの声が響いた。
「あんたはいいのこれで?なんかわざとらしいのよあの男。カルマなんてとっととサボり決め込んでるし……」
イリーナはあいつのことを信用しきれていないようだった。普段なら国が決めたことだと無視をするがイリーナは人を見抜くプロだ。だからどうしても無視はできなかった。
だが、俺は自分に言い聞かせるようにイリーナに説明する。
「あいつは空挺部隊にいた頃の同期だ。教官としては俺よりはるかに優れていると聞いている」
俺たちの世界では結果が全てだ。どんなに実力があっても結果を示せない人間は評価されない。上から優れているという評価をもらった鷹岡の方が正義なのだ。それは“プロ”の殺し屋であるイリーナもよくわかっていることのはずだ。
「……見事に生徒たちの心を掴んでいる。あれなら訓練も捗るだろう」
生徒たちの鷹岡の訓練に対するモチベーションはこれまで以上のものだった。モチベーションが高いということはそれだけ成長も早いはずだ。あいつはこうやって教え子のモチベーションを高めることで他の場所でも教官として結果を残してきた。
そんなことを考えながら俺は国から送られてきた鷹岡の資料をパソコンに映し出す。最初に掲示された写真には鷹岡が前に教官を務めていた部隊の様子が写し出されていた。そこには真ん中で部隊の教え子と肩を組み満面の笑みを浮かべる鷹岡とその周りで笑みを浮かべている教え子の姿が写っている。
……あいつのような真似は俺にはできない。
「……俺のやり方が間違っていたのかもしれん。プロとして一線を引いて接するのではなく、あいつのように家族の如く接した方が……」
「……ふーん」
俺が悩むようにそう呟くとイリーナが少し寂しそうに口を開いた。
「……あいつがいたらあの男のことはどう見るのでしょうね」
あいつ。おそらく周防くんのことだろう。
「……彼のこと、随分と気に入っているな」
「“プロ”として正当に実力を評価したまでよ。あいつの“眼”は本物。それはあんたもよく知ってるでしょ」
実際に自らの強みと弱みを全て見抜かれて完封されたイリーナの言葉にはどこか重みが感じられた。
周防くんは未来予知のような読みや派手な戦闘力に目が行きがちだがその本質は彼の“観察眼”にある。周防くんは視野の広さと情報処理能力が群を抜いており、その“眼”で状況を先読みして相手の弱点を突くのが彼の戦い方だ。さらに彼は敵味方問わず優れた点は素直に認めて吸収していき、その力を自分の力へと昇華している。
人の良さと欠点を全て見透かすその力は味方にいれば心強くて敵に回せば非常に厄介な力だ。
「……確かに彼の意見も聞いてみたいものだ」
俺も彼の“眼”は信用している。周防くんは他の生徒たちとは距離はあるがそれでも他の生徒のこともよく見ている。俺の訓練メニューも彼の意見を取り入れながら組み立てたものだ。生徒たちの未熟なところは俺を通して厳しく指摘しているが、千葉くんや速水さんの射撃や岡野さんの身体の使い方のような長所は素直に認めてそれを活かす方向を考えてくれていた。
そしてそのメニューは他の生徒を3ヶ月にしては十分以上に成長させた。
(結果が全てというのなら、この結果を残した周防くんも優秀な教官なのかもしれないな……)
イリーナの言うとおり、周防くんなら鷹岡のことをどう評価するのだろうか……
「……ん?」
すると、国から送られてきたのファイルの中に気になる写真が目に入った。
「——なっ!?」
その写真を拡大するとそこには痛々しい傷が刻まれた鷹岡の教え子の背中が映っていた。
***
岡野side
翌日の体育の時間
「よーし、みんな集まったな?今日からはちょーっと厳しくなると思うが、終わったらまた美味いものを食わせてやるからなっ!」
「そんなこと言って自分が食いたいだけじゃないの?」
「まあな」
「「「あはははははは!」」」
グラウンドにはもうみんなが集まってきていて、昨日来たばかりの新任の鷹岡先生の周りには今日もみんなの笑い声が響いている。私も一緒になって笑いながら鷹岡先生の訓練を楽しみにしていた。
「さて、訓練内容の一新に伴って新たな時間割を組んだ。これまでは個別メニューもあったみたいだがこれからしばらくはみんな同じメニューをやってもらうぞ」
だけど鷹岡先生から新しい時間割を渡されるとその和やかな雰囲気は一瞬にしてなくなった。私もその紙を開いた瞬間に思わず息が止まってしまった。
「嘘……」
「10時間目……!?」
「夜9時まで訓練……!?」
そこに書かれていたのは明らかに異常な内容だった。朝から夜の9時までびっしりと詰め込まれた訓練という文字。休憩時間もほとんどなくて勉強の時間なんてほとんど削られている……
(これ、普通に無理でしょ……)
そう思ったのは私だけじゃなかったと思う。
「このくらいは当然さ。このカリキュラムに着いてこられればお前らの能力は飛躍的に上がる。では早速……」
「ちょっ、待ってくれよ!無理だぜこんなの!勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ。遊ぶ時間もねえしできるわけねえよこんなの!」
サラッと訓練を始めようとさせる鷹岡先生に前原が声を上げた。そのまま鷹岡先生に詰め寄りにいく。
だけど前原の言ってることはクラスみんなが思ってることだった。烏間先生は私たちとは距離を保っていたけど私たちの勉強には影響が出ないように考えていてくれていた。逆に私たちが暗殺に集中して勉強を疎かにしようとしているときは「暗殺に成功した後の未来を考えるなら勉強も大事だ」と言って私たちのことを止めてくれていた。
しかもそのメニューはみんなの得意なことや苦手なことに合わせて個別の内容も考えられていた。烏間先生は距離はあったけど私たちのことはちゃんと考えていてくれていた。
一方で鷹岡先生のメニューは私たちのことは考えていないように見える。考えているのは暗殺の結果だけ。なんだかそう思っている気がして私の中に不満が積もってくるのを感じた。
すると、前原に詰め寄られた鷹岡先生は一瞬だけやれやれといった顔をしてからその頭に手を置いた。
そして、次の瞬間……
「っ——!?」
鈍い音とともに前原の身体がくの字に折れた。突然のことで何が起こったのか理解できなかったけど気づいたら鷹岡先生が前原に思いっきり膝蹴りをしていた。
「がっ……!」
「できないじゃない。やるんだよ」
前原は息が詰まったような声を出してそのまま崩れ落ちる。それを見て誰もすぐには動けなかった。私も口元を押さえてそれを見ていることしかできない。まるで時間が止まったみたいだった。
「言っただろ、俺たちは家族で俺は父親だ。世の中に父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」
そんな私たちを気にせずにそう言った鷹岡先生の声はさっきと同じだった。でもその顔はぐにゃりと歪んでいて笑っているのに目は笑っていない。その顔を見て思わずゾッとしてしまう。
「抜けたいやつは抜けてもいいぞ。その時は俺の権限で新しい生徒を補充する。お前たちは知らないかもしれないがお前たちより幼い頃からこれより厳しい訓練をしているところもあるからな」
私は磯貝くんと一緒に苦しそうにお腹を抑える前原に寄り添う。そうしている間にも鷹岡先生の話は続いた。
「けどな、俺はそんなことをしたくないんだ。お前らは大事な家族なんだから父親として1人も欠けてほしくない」
すると、鷹岡先生の顔が優しげなものになった。その声もどこか優しい感じのものになる。
だけど、私にはそれがいいものとは思えなかった。
(……ずるい)
だってこれじゃ、抜けたら裏切り者みたいじゃん。
私は頭の中で暗殺から真っ先に抜けたあいつの姿を思い浮かべていた。あのときはあいつのことを裏切り者だとも思った。だけど今はあいつの「俺は暗殺に参加しない」という言葉がとても恋しく感じた。
あいつなら鷹岡先生相手でも逆らっていたのかな。「父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」という言葉に対して「ここにいるけどな」とか言って反抗していたのかな。あいつ、親の言うことも聞いてなさそうだし……。それにあいつの強さならそれもできていたのかもしれない。
だけど私には逆らう勇気は持てなかった。だって逆らったらどうなるかこの目で見させられたから……
「家族みんなで地球を救おうぜ、なっ」
「はっ…」
そのまま鷹岡先生はこう言って三村と神崎さんの肩に腕を回した。2人の顔がはっきりと恐怖に歪む。
「お前は父ちゃんに着いてきてくれるよな?」
そして、鷹岡先生は神崎さんの方を向いてこう言った。
ずるい。このやり方はずるい。怖がらせて言い返せなさそうな人にこんな聞き方をするなんて。こんなの着いていくって言うに決まってるじゃん……
「あの、私……私は嫌です。烏間先生の授業を希望します」
神崎さんが震えながらも笑顔で発した答えは拒絶だった。この一言でみんなの空気がさらに張り詰める。
だけどこれは神崎さんの勇気だったと思う。神崎さんは怖かったと思う。それでも神崎さんは勇気を出して自分の……いや、私たちの意思を伝えてくれた。
だけど、それを聞いてくれるほど鷹岡先生……いや鷹岡は優しい男ではなかった。
《バチンッ!!》
「神崎さん!」
直後、乾いた音とともに神崎さんの身体が横に吹き飛んだ。鷹岡が神崎さんの顔を思いっきり叩いたんだ。
酷い……こんなの、許されるわけない……
……でも、怖くて「何してるの!?」と怒ることができなかった。
「お前らまだ分かってないようだな……『はい』以外は無いんだよ。文句があるなら拳と拳で語り合おうか?そっちの方が父ちゃん得意だぞ〜」
鷹岡は拳をぐるぐる回す。きっと逆らおうとする人をみんな痛めつけて無理やり私たちを従わせようとしているんだと思う。それがわかるから余計に誰も逆らうことはできなかった。
すると、私たちにとって救いの声がグラウンドに大きく響いた。
「やめろ鷹岡!!」
「ん?」
その声の主は烏間先生だ。烏間先生は急いで駆け寄ってきて心配そうな顔で神崎さんを支える。
「大丈夫か?首の筋に痛みはないか?」
「だ、大丈夫です……」
「前原くんは?」
「へ、ヘーキっす……」
「ちゃんと手加減してるさ烏間。大事な俺の家族だ。当然だろ?」
「いや、あなたの家族じゃない。私の生徒です」
手加減している。そう言った鷹岡の肩に殺せんせーの触手が乗せられた。その触手も顔の色も真っ赤に染まっている。前原や神崎さんが傷つけられて殺せんせーも怒りに震えていた。
「私が目を離した隙に何をやっている?」
「文句があるのかモンスター?体育は教科担任の俺に一任されているはずだ。そして今の罰も立派に教育の範囲内だ。短期間でお前を殺す暗殺者を育てるんだぜ?厳しくなるのは当然さ」
あくまで“教育”。それがこの人の理屈だった。
確かに殺せんせーを殺す暗殺者を育てるためなら多少は厳しくやらないといけないのかもしれない。ビッチ先生から聞いた話だけど幼い頃から暗殺者になるための訓練をしているような殺し屋組織もあるみたいだし、さっき鷹岡も似たようなことを言っていた。私にはよくわからないけど、どこかではそれをやってきた子もいるのかもしれない。
不満しかないけどそう言われると何も反論できない。
「それとも何か?多少教育論が違うだけでお前に危害を加えてない男を攻撃するのか?」
その言葉に殺せんせーの顔がさらに歪んだ。結局何も言い返すことができず、私たちは鷹岡の訓練を受けることになった。
***
「はい、スクワット300回!」
「じょ、冗談じゃねえ、スクワット300回とか死んじまうよ……」
キツい。元運動部の私でもキツい。これ、普通に無理……
(こんなんじゃ、みんな潰れちゃうよ……)
そう思いながら隣を見ると、倉橋さんがふらついていた。
「……か、烏間先生」
倉橋さんは絞り出すように烏間先生の名前を口にした。多分、限界だったんだと思う。運動していた側の私ですらキツいんだから倉橋さんは本当によく頑張っていたはず……
だけど、鷹岡はそれすらも許さなかった。
「おい?」
「……え?」
「烏間は俺たちの家族じゃないぞ?お仕置きだな……」
倉橋さんの目の前に指をポキポキと鳴らしながら大きな影が近づいてきた。それを見た倉橋さんの顔は恐怖に染まっている。
「やめて!」
「……ひなたちゃん」
それを見たらもう我慢できなくて気づいたら身体が勝手に動いていた。私は倉橋さんを庇うようにその前に立って鷹岡を精一杯睨み付ける。
「なんだ?お前も父ちゃんに逆らうのか?じゃあまずはお前からお仕置きしてやろう」
だけど、私が睨んだところでこの男には何も響かなかった。そのまま拳が振り上げられる。
怖い。すごく怖い……
でも、ここで逃げたらダメだ。あのとき、私が怖くて何もできなかったときにあいつは私のことを守ってくれたんだ。嫌っていたはずなのに私のことを助けてくれた。
正直、感謝もあるけど何もできなかった悔しさもある。さっきも神崎さんの時に私は怖くて何もできなかった。
だけどこういう時、あいつなら絶対に逃げずに立ち向かっていくはずだ。神崎さんだってさっきは勇気を出した。だったら私も勇気出さないといけないと思う。
私は痛みに備えてぎゅっと目を閉じる。私も動ける方だけど今の私じゃこの男に正面から立ち向かっても勝てないと思う。それでも何もしないほうが嫌だった。
《パチン!》
……でも私に痛みや衝撃が来ることはなかった。
代わりに感じたのは私たちを包み込むような温もり。気づいたら力強い大きな手に私と倉橋さんは引き寄せられていた。
(……え?)
恐る恐る目を開けると視界に入ったのは……
「おい?何をやってる?大の大人が中坊のガキにやっていい範囲を超えてるだろ……?」
右目を覆った包帯をなびかせて制服からも包帯をはみ出させている痛々しい様子の周防が私たちを庇うように抱き寄せながら鷹岡の拳を受け止めていた姿だった。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございます。
出ました!暴力教師鷹岡!神崎さんにビンタするなんて許せんですな。なあ杉野、お前もっとキレたほうがいいぞ?
それはさておき、随分と飛びましたがようやく原作に合流できました。今回の話のキーワードはサブタイトルでもある『距離感』です。
烏間先生は生徒たちのことを考えて大切にしつつも外部の大人として一定の距離感を保つようにしていました。これは間違いではないと思います。烏間先生は真面目ですし、これも任務なのだからあまり仲良くするのは好ましくないと思っていたと思います。ですが、生徒たちは烏間先生のことは信頼しつつもその心にも距離が生まれてしまいました。
一方、鷹岡は最初はフレンドリーで親しみやすい人物でした。その心の内は良くないものではありましたが、その距離感の近さは生徒たちの心を一瞬にして掴んでしまいました。殺せんせーも同じタイプですね。こっちは生徒たちのことを本気で考えていますが、落ちこぼれとして煙たがられて距離を取られてきたE組の生徒たちにとって距離が近い人というのはそれだけでも大きな存在だということだと思います。
ですが、距離が近くてもみんなのことを考えていない鷹岡のような人もいれば距離は感じるけどみんなのことを大切にしてくれている烏間先生のような人もいます。そういう人はなかなかそれが伝わらなくて誤解されやすいんですよ。そういえば、そんな感じの人物が他にも1人いましたね。
そしてこの『距離感』というのは人間関係でも使われる言葉です。仲がいい人とは距離が近く、仲が悪い人とは距離が遠いみたいな感じで。ここで一番最初の頃を思い出してみてほしいです。随分と『距離感』が変わってきたと思いませんか?
では、次回もよろしくお願いします。
【次回予告】
だが、鷹岡がカバンから取り出したものを見てこいつの意図がようやくわかった。
(……なるほどな)
「殺す相手は俺なんだ、使う刃物も本物じゃなくちゃな……」
「……えっ」
「……まじかよ」
「本物のナイフだと?よせっ!彼らは人間を殺す訓練も用意もしていない!」
「安心しな、寸止めでも当たったことにしてやるよ。俺は素手だし、これ以上ないハンデだろ?」
鷹岡が取り出したのは本物の刃物だった。鷹岡は狂気に満ちた顔でこう語る。すると、他の生徒たちは明らかに動揺するような反応を見せ始めた。
一歩間違えれば自分が死ぬかもしれないのになぜわざわざ相手に凶器を持たせるのだろうと思うやつもいるかもしれない。だが、そこに落とし穴がある。
この男の意図。それは使い慣れていない本物のナイフで動揺を誘い、動きが鈍ったところを素手で圧倒することだ。
次回 『刃の重みの時間』