混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その1

 本日はリルにとっても待ちに待った、『精霊迎え』の日だ。

 まだ自力で一日中、マナに耐えるのはまだ難しいが、迎えている間だけなら問題ない。

 

 誰の力も借りず精霊に応対するのは、礼儀の上でも重要なことだ。

 特に精霊は、ただ姿を現すだけでも、周囲にマナを振りまく。

 

 マナに耐えられない事は、相手にそれすら許さないという事になるので、信頼関係を築く上でも重要な事だった。

 

「さて……、こちらの準備は終わったよ。リルも大丈夫そうだな?」

 

「うんっ!」

 

 二階から降りた私は、ソファーに座っていたリルに声を掛けた。

 

 そのすぐ傍にはアロガが寝そべっており、今日ばかりはリルもその上に跨ったりしていない。

 

 というのも、精霊を迎えるに当たって、特別な衣装でめかし込んでいたからだ。

 

 上下一揃いの袖付きワンピースで、春を思わせる淡いピンクと白の生地に、裾には花の意匠が縫い込まれていた。

 

 襟元はレースを使い涼し気に見せつつ、華やかさもある。

 

 袖部分は手首できゅっと絞りつつ、手の甲まで広がる様は、花弁に覆われているようにも見えた。

 

 本当はこの袖にもレースを使いたかったが、十分な量が用意できず、断念してしまった。

 

 完璧とは言えないが、他には頭にも使いたかったので仕方がない。

 

 そうして用意したレース製の帽子は、耳の間に乗る小さなものだが、それがあることで全体的に透き通った、軽やかな印象を抱かせている。

 

 妖精は特に花を好むから、こうしたデザインは彼らに合わせると共に、歓迎の意として伝わるだろう。

 

 いつもならソファーの上で寝転んだりするリルだが、今日ばかりは服がシワになったりしないよう、行儀よくお座りしていた。

 

 声を掛けて振り返ったリルは、私の姿を見て目を輝かせる。

 

「お母さん、きょう、とってもきれい!」

 

「ありがとう、リル」

 

 他意のない褒め言葉に、私はにっこりと笑って返した。

 私も普段はまず着る事のない身だが、今日ばかりは着飾ったドレスを着用している。

 

 肌の露出は極限まで失くしたマーメイドタイプで、膝から下へ僅かに外へ流れることで、花弁を思わせる造形だ。

 

 ただし、リルの様な色使いとは逆の、深い緑の色合いだった。

 

 髪は巻き上げ頭の高い部分で纏め、髪飾り、肩飾り、そして腰飾りに華の意匠が見られることから、何を意味しているのか相手に伝わり易いだろう。

 

 精霊や妖精を迎えるにあたり、相応しい格好となっているはずだ。

 私はリルの傍に近付いて、最後の仕上げに靴を履き替えさせた。

 

 ワンピースと一揃いになる、留め金に花の意匠を使った靴だ。

 それが終わると、リルの手を取って立ち上がらせた。

 

 準備の整ったリルに、アロガは擦り寄ろうとしたのだが、今日だけはそれを手で制して押し留める。

 

「悪いな、アロガ。服に毛がついたりすると、台無しになってしまうから。せめて、迎えの儀が終わるまで我慢しててくれ」

 

「クゥ〜ン……」

 

 寂しそうな声で――実際、寂しそうな表情も見せつつ、アロガは言う通りに距離を取った。

 

「……さ、行くよ。遅れるといけない」

 

「うぅ〜っ、キンチョーする!」

 

「大丈夫。練習した通りにすれば、きっと歓迎してくれるよ」

 

 精霊は基本、人間その他、どういった種族であろうとも、馴れ合う事を好まない。

 誇り高い存在なので、無礼な行いには、怒りで以って返すのも珍しくなかった。

 

 精霊の種類にも寄るが、干ばつや水難、火災や暴風など、人の手では抗えない被害を出す事も多い。

 

 決して非礼を働いてならない、と伝えてあるので、だからリルは珍しい態度を見せていた。

 

「怒ることがあると言っても、怒りっぽいって意味じゃないからね。ちゃんとしてれば、それだけで気分を害したりしないさ」

 

「んぅ……、でも……でも……。とちゅうで、たおれちゃったりするかも……」

 

 妖精ならば微々たるものだが、やはり精霊ともなると、その放出するマナも多い。

 強力な精霊ほど、そうした量も多くなるものだ。

 

 しかし、普段から我が家にやって来るのは小精霊が主だ。

 もしも、位の高い精霊が来るとしても、先触れがあるはずだ。

 

 その時は私がリルを守ってやれば良い。

 流石に幼子に対しても、自らの足で立っていないのを非礼、とは思わないだろう。

 

「リルがそこまで不安がる事ないよ。お母さんが付いてるから」

 

「……うん」

 

 リルの頬を包む様に撫でて宥めれば、ようやくリルは落ち着きを見せ始めた。

 そうして、表玄関から家を出て、ぐるりと回って畑に向かう。

 

 『精霊送り』をした時同様、そこには薄っすらとした揺らぎが生まれていて、それは私達が一歩進む毎に激しくなって行くようだ。

 

 そうして、揺らぎまで十分に距離を取った地点で足を止めると同時、その揺らぎが弾け、光となって溢れた。

 

「うわっぷ!」

 

 リルが顔を覆って光を遮る。

 

 しかし、その閃光にも似た激しい光は直ぐに収まり、その代わりに次々と妖精たちが溢れ出てきた。

 

 姿形は子供そのもの。

 背中に羽を生やし、それぞれの形が違い、種類も多様だ。

 

 蝶の形をしている者もいれば、トンボにも似た翅を持つ者もいて、実に多くバリエーションがある。

 

「外だ〜!」

 

「久々のシャバだぜ!」

 

「なぁんだ、まだけっこー寒いじゃん。これなら、二期組と一緒に来れば良かったなぁ〜」

 

「もう、姿を隠さなくていいんでしょ? ようやく伸び伸び出来るねぇ〜!」

 

 妖精たちは花弁を使ったスカートや、葉や茎を利用した服など、自然をそのまま利用した格好をしていた。

 

 私にとっては見慣れたものだが、リルにとっては衝撃だったようで、妖精一人一人を目で追って目を輝かせている。

 

 ほわぁ、と口にしたまま固まっており、縦横無尽に――礼儀など知らないと言わんばかりに、勝手をする妖精を目で追っては、その軌道ままに首を動かしていた。

 

 そして、揺らぎからまた一人の妖精がやって来て、リルの前に止まると優雅な一礼をしてから顔を上げる。

 

「やぁ、リル。今日という日を、私はずっと心待ちにしていたよ。ようやく会えたね」

 

「わ、わっ……! は、はじめまして! リルです! ろくさいです!」

 

 妖精はその全長が、リルの顔と同じくらいだ。

 

 その妖精が手で触れられる程の近くまで来たものだから、間近で姿を見たリルは、感動と緊張で顔が上気し強張っていた。

 

「やぁ、本当にこのマナの中で、一人立派に立っているじゃないか。大したものだ」

 

「えと……あの……、ありがとう!」

 

「どういたしまして」

 

 妖精が一礼したその瞬間、他の妖精もやって来て、わらわらと寄って来る。

 リルの頭を取り囲み、わいわいと唐突な賑わいを見せた。

 

「リル、あたしのこと分かる? いつも野菜を世話してるの」

 

「私はね、小麦やってんの、小麦。リル、あんたクッキー好きでしょ? いつも頑張ってるんだから」

 

「おっと、こっちはリンゴだ。リルはリンゴの方が好きだもんな? オレも好きだぜ、甘いのなら何でも好きだけど」

 

「わ、わぁ……っ! お、おかぁさぁ〜ん!」

 

 取り囲むだけでなく、猛烈なアピール合戦が始まって、リルはたじたじに助けを求めて来た。

 

 取り囲むだけでなく、リルの頭に乗ったり、肩に乗ったりと、リルの身体が妖精で埋め尽くされてしまっている。

 

 流石に可哀想になって、妖精をごく軽く手で払い、リルを救出して頭を撫でる。

 

「皆、今までリルとお話したくて、でも我慢してたんだ。やっとそれが出来て、興奮してしまっているんだよ」

 

「リルと……? いつも、いたの? 畑に?」

 

「畑だけじゃないよ。物が勝手に動いたりするのは、大体妖精の仕業だ」

 

「あっ! おかし、かってにういて、どっかにいってた!」

 

「そうそう!」

 

 妖精の一人が声を上げて、腕を組んでは懐かしむように顔を上げる。

 

「魔女の作るお菓子は美味いんだよな。それが食いたくて来てるもん、オレ」

 

「あら、お菓子だけじゃないわ。他のだって美味しいわよ!」

 

「いやぁ、ナッツの糖蜜漬けに勝てるものとかある? アタイはあれが、一番すき!」

 

「いやいや、分かってないな。生クリームをふんだんに使った……」

 

 始めの話題は何処かへ飛び去り、今度はめいめいに好みの菓子を上げ始めた。

 

 良く言えば自由奔放で、悪く言えば周囲を省みない行動は、実に妖精らしいと言えた。

 

 しかし、そうした行動も長くは続かない。

 揺らぎの奥から、また別の存在が現れたからだった。

 

 一足、こちらに踏み入れただけで、空気感が変わる。

 それだけ強大な存在がやってきた、という証左だった。

 

 私も思わず表情を固くしてしまい、緊張感を顕にした。

 そしてそこには、人と姿形の変わらない、立派な美丈夫が立っている。

 

「精霊王……」

 

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