全く予想外の登場に、私は虚を突かれて、呆然とした声を出した。
金とも白ともつかない、美しい髪色をした美丈夫は、癖のない髪が腰に届くまで伸びている。
顔付きは彫刻の様に整い、目元は実に涼やかだ。
薄い唇に細い顎先、尖った耳を持つが、エルフほどには長くない。
むしろ大きさとしては人間に近く、髪で隠してしまえば、耳の形の違いに気付かない程だ。
着ている服も絹を思わせる滑らかなローブで、繊細な刺繍が縫い込まれた上等なものだ。
他にも王族の威厳と、格を示すに相応しい装飾品を身につけ、手には大樹の枝から切り出したと思われる杖を持っていた。
「何で、また……」
思わず溢した言葉だったが、それよりも優先する事がある。
私はリルを庇って、即座にマナを遮断する膜を作った。
精霊はその在り方として、マナとは切っても切り離せない。
随分と控えめに抑えていて、こちらに配慮していると分かるものの、それでも妖精が撒き散らすマナとは比較にならなかった。
マナの本質とは循環で、生物が呼吸するのと同様、吸って吐いてを繰り返す。
精霊はその位が高まる程に、その呼吸量が大きくなってしまうので、吐き出すマナも膨大になるのだ。
とても、ようやく妖精と対面できるリルに、耐えられるものではない。
私が咄嗟にマナを遮断してリルを守ると同時、精霊王へと非難がましい視線を向けた。
「……不意打ちを食らった気分だ。こういうのは普通、先触れするものじゃないのか?」
「こちらも気が急いた。すまぬな……」
素直に謝罪を口にしたものの、その表情は動かず涼やかなままだ。
口元には仄かな笑みが浮かび、王族の威厳や余裕が崩れていない。
精霊王は私に向けていた視線をリルへと移し、小さく顎を上下させる。
「お前がリルか。……ふむ、話に聞いていた通りだ。闊達だな」
「……えっと……、リルです! げんきです……じゃなかった。おあい、できて……んと……」
「光栄です」
「こーえぃです!」
私が助け舟を出すと、俯きかけた顔を上げて元気よく言った。
ただし、空元気の虚勢であるのは間違いない。
今の口上は精霊に出会えた場合言うよう、予め教えていたものだった。
ただし、そこでまさか精霊が声を掛けるとは思っていなかったし、統率する王が来るなどと、予想だにしていない。
「咄嗟だったのに、よく言えたな。偉いぞ、リル」
「んへへ……」
リルにとっては精霊王も、一つの精霊と思っていたのが功を奏したのかもしれない。
過度な緊張もなく、練習通りに出来て、リルはご満悦だった。
「丁寧な礼を痛み入る。その衣装も実に見事だ。春を思わせるそれらは、来たる精霊と妖精を喜ばせるだろう」
「精霊王自らのお出ましと知っていたら、もっと違う出迎えも出来たのだが……」
「そこまでは望んでおらぬ。それに……」
「わーっ、王様だー!」
その時、互いの間に妖精たちが割って入って来た。
リルに纏わりついていた彼らは、今度は精霊王の周囲を飛び交う。
肩や頭に乗ったりと、その自由気質は変わらない。
精霊王もそれを良しとしていて、指の腹で頭を撫でたりしていた。
「ねぇねぇ、何しに来たの?」
「遊びに来たんじゃない?」
「お菓子が欲しいんだよ」
「一緒に遊びたいんだよ。ねぇ、王様!」
恐れ知らずと言うべきか、あるいは単に無垢なだけか……。
友人に話し掛ける様な気安さで、妖精たちは礼儀など知らぬ構えで話し掛けている。
もしもこれが人間の場合なら、自国の民から今の様に話し掛けられたら、間違いなく激昂する所だろう
しかし、精霊王は余裕の笑みで受け流している。
それはつまり、彼らにとっては今の光景が、日常茶飯事である事を意味していた。
「お前達、私は魔女殿と話がある。少し離れていておくれ」
「えぇ〜? きっと、自分だけお菓子もらうつもりだぜ!」
「バカ! 王様はきっと、大事な話があるんだよ! お前と一緒にするなぃ!」
「ほら、行った行った! 王様の仰せだよ! 今の内に畑の方、見ておきましょ!」
本邦気質の妖精にも、お堅い性格な者はいるらしい。
子供を引率するようにして、妖精たちを引き連れ、自分が行った通り畑の土質などを調べに降りていった。
「話が中断して済まなんだ。そなたには世話になっておる故、何か礼を、と常に考えて来た」
「それはまた……。嬉しい言葉だ。でも、こちらも助けて貰っているし、そこまで気に掛けて貰う必要もないぞ」
「そうは行かぬ。受けた恩がそれに見合わぬ故な。片方に傾き過ぎるのは、互いにとって良くはあるまい。それに……」
精霊王は言い差して、妖精たちへと意味ありげな視線を向けた。
「あれらを扱うのは苦労が大きかろう。彼らは純真無垢で、裏表もないが、それ故に時として我儘が大きくなり過ぎた時、大きな苦労が伴うものだ」
「実に含蓄あるお言葉だ。……心当たりが?」
「よくあるとも……」
ふふふ、と機嫌よく笑う。
口で言うほど苦労とは思っていない様子で、視線からも微笑ましいものが窺えた。
「我にとっては子も同然。だから苦労も可愛いものだが、そなたにとっては違かろうとな……。機嫌を取ろうと、こちらも必死よ」
「そういう割には、どこまでも余裕そうに見える」
「生来の気質故な、そういう風に出来ている。……ともあれ、何か礼を、と考えた時……。そなたの宝を
「それは、また……」
望外の申し出に、面を食らって言葉を失う。
胡乱な言い回しで非常に分かり辛いが、つまり彼はリルに精霊と契約させよう、と言っているのだ。
そして、精霊の側から契約を申し込んで来る事など、普通はない。
ましてや、精霊王の方から配下の精霊と契約を結ぶ許可を与えるなど、あり得る事ではなかった。
しかし、それを口にしたという事は、それだけ恩を大きく見ているという事だ。
とはいえ、本当にそれだけとは思えない。
これまでの礼以上に、何か願いたい事があるから、こうした申し出をして来たのではないか、と警戒心が擡げた。
謂わば、礼の先出しみたいなものだ。
何を申し渡されるか、戦々恐々とした思いがある。
「……もしや、私に頼みたい事でもあるのかな」
「察しが良くて助かる。……そう、嫌そうな顔をするな」
「
自分の頬を擦りながら言うと、忍び笑いと共に首肯が返った。
「まぁ、そう面倒な事を頼むつもりはない。只々、現状を維持して欲しい……と、それだけの事でな」
「……本当にそれだけの事だな。頼み事になっているのか、それで?」
「うむ。それこそが、今の精霊界にとって重要な事なのだ」
精霊王の顔に浮かぶ笑みは変わらないまま……だが、そこには深刻さという雰囲気が加わっていた。
そして、そんな事で冗談を言う相手でもないので、
「しかし……いや、そうか。人の世の栄えは、己の領分を簡単に踏み越えるからな……」
「如何にも」
「……お母さん」
その時、リルが不安そうな目付きで、ドレスの裾を軽く引いてきた。
長らく精霊王と話すばかりで、リル一人が置いてけぼりになり、不安にさせてしまっていた。
話している内容もリルには難しいし、雰囲気は言葉を交わす度に重くなる。
内容が分からずとも、怖がるのは当然だろう。
私は安心させるように、リルを慈しむ様に撫で、それから笑い掛けた。
「ごめん、ごめん。リルが不安がる事はないよ」
「なに、はなしてたの?」
「リルにはちょっと難しいんだけど……」
「――世の中が生きづらくなった、って話をしてたのさ!」
一匹の妖精が、いつ間にやらリルの肩から顔を覗かせていた。
得意気な顔をして、リルの頬をぺちぺちと叩く。
「ここほど行き来しやすいマナ溜まりなんて、他には早々ないぜ? ……厳密にはあるのかもしれないけど、知らなければ同じだし。他は大体、ニンゲンに取られてるもんなぁ」
「……よく、わかんないけど……。そうなの?」
「マナ溜まりは、皆ぃんな欲しい。そういうモンなの。……で、ニンゲンってのは、それを独占しちゃうんだよ。分け合うって事を考えないんだなぁ」
妖精の言うニンゲンとは、エルフや獣人も含め、人間界で暮らす人種全般を指す。
そしてこの場合、マナ溜まりを占有しようとするのはエルフだと、こちらでは良く知られている話だった。
「ここは楽園だよ。これまでリルから姿隠してたのは、そりゃ窮屈だったけどさ。それでも締め出されたりしないし、お菓子もいっぱい食べられるもんな。こっちに来られるのは役得だよ」
妖精は自明の理、みたいに口にしたが、リルにはやはり分からず首を傾げた。
リルの頬に体重を乗せていた妖精は、それでバランスを崩して倒れそうになり、それを見ていた精霊王は、小さく笑った。