混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その2

 全く予想外の登場に、私は虚を突かれて、呆然とした声を出した。

 

 金とも白ともつかない、美しい髪色をした美丈夫は、癖のない髪が腰に届くまで伸びている。

 

 顔付きは彫刻の様に整い、目元は実に涼やかだ。

 薄い唇に細い顎先、尖った耳を持つが、エルフほどには長くない。

 

 むしろ大きさとしては人間に近く、髪で隠してしまえば、耳の形の違いに気付かない程だ。

 

 着ている服も絹を思わせる滑らかなローブで、繊細な刺繍が縫い込まれた上等なものだ。

 

 他にも王族の威厳と、格を示すに相応しい装飾品を身につけ、手には大樹の枝から切り出したと思われる杖を持っていた。

 

「何で、また……」

 

 思わず溢した言葉だったが、それよりも優先する事がある。

 私はリルを庇って、即座にマナを遮断する膜を作った。

 

 精霊はその在り方として、マナとは切っても切り離せない。

 

 随分と控えめに抑えていて、こちらに配慮していると分かるものの、それでも妖精が撒き散らすマナとは比較にならなかった。

 

 マナの本質とは循環で、生物が呼吸するのと同様、吸って吐いてを繰り返す。

 

 精霊はその位が高まる程に、その呼吸量が大きくなってしまうので、吐き出すマナも膨大になるのだ。

 

 とても、ようやく妖精と対面できるリルに、耐えられるものではない。

 私が咄嗟にマナを遮断してリルを守ると同時、精霊王へと非難がましい視線を向けた。

 

「……不意打ちを食らった気分だ。こういうのは普通、先触れするものじゃないのか?」

 

「こちらも気が急いた。すまぬな……」

 

 素直に謝罪を口にしたものの、その表情は動かず涼やかなままだ。

 口元には仄かな笑みが浮かび、王族の威厳や余裕が崩れていない。

 

 精霊王は私に向けていた視線をリルへと移し、小さく顎を上下させる。

 

「お前がリルか。……ふむ、話に聞いていた通りだ。闊達だな」

 

「……えっと……、リルです! げんきです……じゃなかった。おあい、できて……んと……」

 

「光栄です」

 

「こーえぃです!」

 

 私が助け舟を出すと、俯きかけた顔を上げて元気よく言った。

 ただし、空元気の虚勢であるのは間違いない。

 

 今の口上は精霊に出会えた場合言うよう、予め教えていたものだった。

 

 ただし、そこでまさか精霊が声を掛けるとは思っていなかったし、統率する王が来るなどと、予想だにしていない。

 

「咄嗟だったのに、よく言えたな。偉いぞ、リル」

 

「んへへ……」

 

 リルにとっては精霊王も、一つの精霊と思っていたのが功を奏したのかもしれない。

 過度な緊張もなく、練習通りに出来て、リルはご満悦だった。

 

「丁寧な礼を痛み入る。その衣装も実に見事だ。春を思わせるそれらは、来たる精霊と妖精を喜ばせるだろう」

 

「精霊王自らのお出ましと知っていたら、もっと違う出迎えも出来たのだが……」

 

「そこまでは望んでおらぬ。それに……」

 

「わーっ、王様だー!」

 

 その時、互いの間に妖精たちが割って入って来た。

 リルに纏わりついていた彼らは、今度は精霊王の周囲を飛び交う。

 

 肩や頭に乗ったりと、その自由気質は変わらない。

 精霊王もそれを良しとしていて、指の腹で頭を撫でたりしていた。

 

「ねぇねぇ、何しに来たの?」

 

「遊びに来たんじゃない?」

 

「お菓子が欲しいんだよ」

 

「一緒に遊びたいんだよ。ねぇ、王様!」

 

 恐れ知らずと言うべきか、あるいは単に無垢なだけか……。

 

 友人に話し掛ける様な気安さで、妖精たちは礼儀など知らぬ構えで話し掛けている。

 

 もしもこれが人間の場合なら、自国の民から今の様に話し掛けられたら、間違いなく激昂する所だろう

 

 しかし、精霊王は余裕の笑みで受け流している。

 それはつまり、彼らにとっては今の光景が、日常茶飯事である事を意味していた。

 

「お前達、私は魔女殿と話がある。少し離れていておくれ」

 

「えぇ〜? きっと、自分だけお菓子もらうつもりだぜ!」

 

「バカ! 王様はきっと、大事な話があるんだよ! お前と一緒にするなぃ!」

 

「ほら、行った行った! 王様の仰せだよ! 今の内に畑の方、見ておきましょ!」

 

 本邦気質の妖精にも、お堅い性格な者はいるらしい。

 

 子供を引率するようにして、妖精たちを引き連れ、自分が行った通り畑の土質などを調べに降りていった。

 

「話が中断して済まなんだ。そなたには世話になっておる故、何か礼を、と常に考えて来た」

 

「それはまた……。嬉しい言葉だ。でも、こちらも助けて貰っているし、そこまで気に掛けて貰う必要もないぞ」

 

「そうは行かぬ。受けた恩がそれに見合わぬ故な。片方に傾き過ぎるのは、互いにとって良くはあるまい。それに……」

 

 精霊王は言い差して、妖精たちへと意味ありげな視線を向けた。

 

「あれらを扱うのは苦労が大きかろう。彼らは純真無垢で、裏表もないが、それ故に時として我儘が大きくなり過ぎた時、大きな苦労が伴うものだ」

 

「実に含蓄あるお言葉だ。……心当たりが?」

 

「よくあるとも……」

 

 ふふふ、と機嫌よく笑う。

 口で言うほど苦労とは思っていない様子で、視線からも微笑ましいものが窺えた。

 

「我にとっては子も同然。だから苦労も可愛いものだが、そなたにとっては違かろうとな……。機嫌を取ろうと、こちらも必死よ」

 

「そういう割には、どこまでも余裕そうに見える」

 

「生来の気質故な、そういう風に出来ている。……ともあれ、何か礼を、と考えた時……。そなたの宝を(ぎょく)で彩る事こそ、喜ばれるのではないかと思った」

 

「それは、また……」

 

 望外の申し出に、面を食らって言葉を失う。

 

 胡乱な言い回しで非常に分かり辛いが、つまり彼はリルに精霊と契約させよう、と言っているのだ。

 

 そして、精霊の側から契約を申し込んで来る事など、普通はない。

 

 ましてや、精霊王の方から配下の精霊と契約を結ぶ許可を与えるなど、あり得る事ではなかった。

 

 しかし、それを口にしたという事は、それだけ恩を大きく見ているという事だ。

 とはいえ、本当にそれだけとは思えない。

 

 これまでの礼以上に、何か願いたい事があるから、こうした申し出をして来たのではないか、と警戒心が擡げた。

 

 謂わば、礼の先出しみたいなものだ。

 何を申し渡されるか、戦々恐々とした思いがある。

 

「……もしや、私に頼みたい事でもあるのかな」

 

「察しが良くて助かる。……そう、嫌そうな顔をするな」

 

表情(かお)に出てたか……」

 

 自分の頬を擦りながら言うと、忍び笑いと共に首肯が返った。

 

「まぁ、そう面倒な事を頼むつもりはない。只々、現状を維持して欲しい……と、それだけの事でな」

 

「……本当にそれだけの事だな。頼み事になっているのか、それで?」

 

「うむ。それこそが、今の精霊界にとって重要な事なのだ」

 

 精霊王の顔に浮かぶ笑みは変わらないまま……だが、そこには深刻さという雰囲気が加わっていた。

 

 そして、そんな事で冗談を言う相手でもないので、()の王は本当にそれを願っていると考えていて良かった。

 

「しかし……いや、そうか。人の世の栄えは、己の領分を簡単に踏み越えるからな……」

 

「如何にも」

 

「……お母さん」

 

 その時、リルが不安そうな目付きで、ドレスの裾を軽く引いてきた。

 

 長らく精霊王と話すばかりで、リル一人が置いてけぼりになり、不安にさせてしまっていた。

 

 話している内容もリルには難しいし、雰囲気は言葉を交わす度に重くなる。

 

 内容が分からずとも、怖がるのは当然だろう。

 私は安心させるように、リルを慈しむ様に撫で、それから笑い掛けた。

 

「ごめん、ごめん。リルが不安がる事はないよ」

 

「なに、はなしてたの?」

 

「リルにはちょっと難しいんだけど……」

 

「――世の中が生きづらくなった、って話をしてたのさ!」

 

 一匹の妖精が、いつ間にやらリルの肩から顔を覗かせていた。

 得意気な顔をして、リルの頬をぺちぺちと叩く。

 

「ここほど行き来しやすいマナ溜まりなんて、他には早々ないぜ? ……厳密にはあるのかもしれないけど、知らなければ同じだし。他は大体、ニンゲンに取られてるもんなぁ」

 

「……よく、わかんないけど……。そうなの?」

 

「マナ溜まりは、皆ぃんな欲しい。そういうモンなの。……で、ニンゲンってのは、それを独占しちゃうんだよ。分け合うって事を考えないんだなぁ」

 

 妖精の言うニンゲンとは、エルフや獣人も含め、人間界で暮らす人種全般を指す。

 

 そしてこの場合、マナ溜まりを占有しようとするのはエルフだと、こちらでは良く知られている話だった。

 

「ここは楽園だよ。これまでリルから姿隠してたのは、そりゃ窮屈だったけどさ。それでも締め出されたりしないし、お菓子もいっぱい食べられるもんな。こっちに来られるのは役得だよ」

 

 妖精は自明の理、みたいに口にしたが、リルにはやはり分からず首を傾げた。

 

 リルの頬に体重を乗せていた妖精は、それでバランスを崩して倒れそうになり、それを見ていた精霊王は、小さく笑った。

 

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