「もう、殆ど言われてしまったが……。妖精や精霊達の事を思えば、ここほど魅力的な場所はない。不埒者は魔女殿が追い払ってくれるし、それが安全の担保となっている」
「いや、その妖精達を、警戒網として使っていたりするんだが……」
「それでも勝手に連れ去るのを許したりしない。……そうであろう? 勝手に捕らえられたり、奪われる事もない。仮に捕まろうとも、それを元に場所を割り出し、救出してくれる。何の問題もなかろう」
妖精は力ある存在ではないが、その使い道は多数ある。
単純に好事家へ売り飛ばせるのもあるし、マナの塊でもあるから触媒としても使える。
魔術実験一つに限っても、その用途は多岐に渡るのだ。
精霊もまた似たようなもので、力のない小精霊は触媒として重宝される。
これが力のある大精霊の場合、屈服させて無理やり契約を結ぼうとするだろう。
精霊を使役できるのは、力ある魔法使いの証左でもあるし、名誉として考えられている。
原初の魔法とは、この精霊に力を借りて行使したのが始まりで、今では契約を結んで、より大きな力を扱おうとするのが一般的な考えだ。
特にエルフは、精霊を使役する事に拘る節がある。
一度契約を結ぶと、長命故に他の種族と違って長く拘束されるので、精霊達も嫌がった。
精霊はマナ溜まりに住むので、マナそのものを確保して利用する意味でも、エルフは各地のマナ溜まりを襲ったのだ。
それがつまり、エルフが世界を征しかけた理由であり、各地からマナ溜まりが奪われた理由でもある。
「問題ないと、他ならぬ精霊王が言ってくれるなら良いが……」
「もりって、あぶないんだよ。ひとりじゃ、いっちゃダメって、リル……いつもいわれてるんだから」
子供らしい素朴な指摘に、精霊王の笑みが深まった。
「勿論だとも。だが、この森には魔女殿がいる。リルの母上殿は、とても頼りになるだろう?」
「はーうえ? お母さん?」
「うむ、それだ。リルがもし森で一人になったら、きっと母上殿が迎えに来よう。それを期待しておるのだ」
「うんっ、お母さんならきっと、リルをみつけてくれる!」
そう言って、全幅の信頼を預けた瞳を、私に向けた。
そうやって期待してくれるのは嬉しいが、とはいえ常に何があっても平気だと、胸を叩くことは出来ない。
先だって、気付かず侵入を許したばかりだ。
自信を持って頷くのは、今の心境では不可能だった。
「リルの事は、何としても守ってみせるが……。他の精霊達まで絶対に、とは約束できないぞ」
「可能な限りで良いのだ。実際、これまで良く守ってくれた。ここを楽園と言った妖精が、それをよく表しているだろう?」
「そうともっ!」
リルの肩に座り直して話を聞いていた妖精は、尊大に見える態度で腕を組む。
「何より、マナが沢山含んだお菓子もあるしさ。そんなの、他のマナ溜まりじゃ絶対ムリだもんな!」
「ほかのところって、そんなにヒドイの?」
リルが顔を向けて言うと、妖精は頬をぺしぺして叩いて頷く。
「これまでの甘味と言ったら、花の蜜くらいなもんだった。それだって、ケッコー場所に寄るしさ。何しろ、マナ溜まりなんてもう、ろくな場所残ってないからさ」
「ろくな……? どういうトコ?」
「極寒の地だったり、灼熱の地だったり、沼ばかりで花なんてろくになかったり……」
「ゴッカン? しゃつねつ?」
リルが分からない単語をオウム返しすると、妖精はリルの鼻を往復ビンタするように叩いた。
「すっごく寒くて、すっごく熱いとこさ。つまり、そういう所を心地よいって思う、精霊しか住めないトコだな」
「リル、さむいのけっこう、とくい!」
「いやいや、森とか山の寒さなんて目じゃねぇさ。まつ毛だって凍っちまうような所なんだ。ニンゲンだって近付けないから、そういうマナ溜まりは残ってるけど、俺達には行けないしな」
「リル、しってる。そういうの、せちがらいって、いうんだよ」
「何だよ、ムズカシー言葉、知ってんじゃん」
それは決して正解という訳ではなかったが、妖精にはお気に召した返答らしい。
機嫌よくハイタッチしようと手を上げ、リルが指を二本立てると、そこにぺちりと叩いて喜び合った。
「後はまぁ、そういう極端な所を除けば、竜が占拠してたりするしなぁ」
「あ、りゅう! リル、まえにお母さんといった。すごくこわかった……!」
「何だよ、リル。勇気あんじゃねぇか。あんなとこ、リルみたいなのが行くもんじゃねぇぜ? 竜に掛かれば、一口でペロリってなもんだ」
「でも、お母さんがベシッて、たたいてた。こわかったんだよぉ」
「それ、どっちの意味だ? 竜? 魔女?」
「お母さんは、こわくないっ!」
文脈的に私が怖いとしか聞こえなかったが、私を怖いと言われるのは、妖精と言えども気に食わないようだ。
私はリルの頭を撫でて、苦笑しながら精霊王へと顔を向けた。
「いかにも話が脱線してしまっているが……。リルにも妖精……というか、精霊界の事情が俄に理解できたようだ」
「土地は奪われ、切り拓かれ、そこにニンゲンは都市を建てた。国家の中枢には、マナ溜まりがある方が、何かと有用だと気付いたからだ。こうなっては、もはや取り戻すも何もない」
「そうして今や、安全に行き来できるのは、ここくらいか」
「ここのみ、という話でもないのだが……。いずれにしろ、ここは非常に魅力的に映る。冬の始まりに持ち帰る食料には、我も楽しませて貰っている」
「それは何より」
昨今のお国事情というものは、首都にマナ溜まりがあること、それが条件とされている。
周囲に広がらないよう、上手く封じ込め、その膨大なマナを国家運営に用いるのが、当然とされる風潮さえあった。
それは例えば国防であったり、魔術研究であったり、あるいは特産物の創造であったりと、使い道に事欠かない。
しかし、何処にでも都合よくマナ溜まりがあったりしないので、あくまで人が暮らすのに適した場所であれば、という条件が付くのだが……。
だが、多少の不便程度、そのマナを用いれば力付くで解決できてしまう。
今も西大陸で覇権を握っているエルフが、高度な文明を築いているのは、この利用に長けているからでもあった。
東大陸の人間国家も当然利用しているが、寿命の差で優秀な人材は消えていく。
無論、受け継がれる知識はあるが、一握りの天才が国を動かすのは珍しくない。
西大陸と東大陸、エルフ統一国家と、数多の国、数多の人種で占められる東大陸……。
両大陸の差は、そうした事情で表れる結果とも言えた。
「まぁ、この土地は私が管理しているから、仮に攻めて来ても所有権を奪わせやしないが……。自分達の為に使えないマナは、毒と同じだ」
それこそが、攻めても安易に攻め取られない、理由の一つになっている。
防衛側が著しく有利なので、エルフと言えども、人間国家をそう簡単に奪えない。
ただし、これが精霊側になると、途端に厄介な事になる。
エルフには、かつて『混沌の魔女』が開発した、強制契約の魔術を所持している。
精霊と共にあり、そして使役するイメージの強いエルフだが、その実態は強制労働にも近い支配が根底にあった。
精霊を敬うべきもの、と捕らえている人間や獣人には、想像だに出来ない不敬な術という事になる。
しかし、だからこそ精霊魔法と魔術の二大攻勢で、エルフは一度とはいえ、全ての人種を支配下に置けた。
今はそこから解き放たれ、人類種の歴史の一部となり、過去は教訓として語り継がれるのみだ。
精霊王は軽く手を広げ、いつも通り、あるかなしかの笑みを浮かべて言う。
「我々は助け合えると、妖精たちも理解するには十分の時間が経った。いずれはこれを足掛かりに、良き隣人を多く得たいとも思っているが……。ともかく、これからもこの友情を大事にしたいのだ」
「そうだな、私も大いに助けられている身だから、それについては同意見だ。……それで、より私に恩を与えられそうなのが、先ほど言った精霊契約になるんだな?」
「うむ、全幅の信頼を前提とした、等級契約だ。本来、契約者の力量に見合わせ、貸す力を考えるものだが……」
「この契約では、精霊が全力で力を貸す、そういう事か」
精霊王は言葉なく頷く。
――実際、これは破格の申し出だ。
これは人間でも同様だが、歴戦の戦士が、子供相手に好き勝手命じられてやる、などと言うことはまずない。
あるとすれば、相手が王族で自分が騎士といった、明らかな主従関係がある時など、その条件が限られる。
あるいは、隣に住んでいたりして、よく知る顔馴染み関係なら、それに見合った手助けぐらいするかもしれない。
危険な時には、関係性に則した手助けだってしてくれるだろう。
しかし、身を賭して手助けしたり、持てる力の全てを使い力を貸してやる、という事は、まずないものだ。
この等級契約は、互いの身が自分の身と同等、と見做す契約だ、
自分の身を守るのに、損得を考えて手を抜く者などいない。
つまりこれは、リルが精霊の加護を得るに等しい契約だ。
当然この申し出に対し、私が断るなどあり得なかった。