混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その4

「その精霊契約、ありがたく受けよう。我らの友好の架け橋として、長く結ばれる事を願う」

 

「それはこちらも同じこと」

 

 一般的な精霊契約と違うところは、その破棄を精霊の側から行える、という事だ。

 術者が契約を望み、それを術式という形で縛る形式と、そこからして違う。

 

 精霊は全霊を以て、リルを守ろうとするのは間違いないが、リルに愛想を尽かせば一方的に契約を破棄できる、という意味でもあった。

 

 但し基本、認められたから精霊の側から契約を申し込む訳で、よほど非道な扱いをしなければ、その破棄を申し渡されることはない。

 

 そして、私のリルならば、そうした不手際は起こさないだろう、という信頼もあった。

 

「では、どういった精霊と契約を? 余り扱いに困るような相手だと、こちらとしても遠慮したいのだが……」

 

 精霊は大別すると四大精霊の火、水、風、土に分類されるが、そのカテゴリ内でも序列はある。

 

 我が家にて精霊は常駐に近い形で存在していて、例えば竈で火を熾してくれる精霊などが、それに当たった。

 

 彼らは小精霊に分類されていて、力が弱い代わりに自我も弱い。

 

 だから素直に言うことを聞いてくれるのだが、リルを守らせようというのに、そうした小精霊では困る。

 

 かといって、力も強く、自我も強い精霊だと、リルは持て余して扱う所ではないだろう。

 

 丁度良い塩梅というのが、非常に難しい注文なのは分かるものの……、扱いきれない精霊を渡されても困るだけだ。

 

 これは駄目だと思ったら、こちらから契約破棄を望む。

 そうしたつもりで言ったのが、先の発言だった。

 

 しかし、精霊王の顔付きは自信に満ちたもので、小さく口の端で笑みを浮かべながら言った。

 

「こちらとしても、そのような迂闊な真似はせぬ。選定は難儀したし、非常に慎重かつ、厳選な選抜を行った。そこで順当と思える者に任せようと思ったのだが、一つ……非常に熱意ある者がいてな」

 

「へぇ……。それはつまり、リルと契約を結びたいと、自ら名乗り出たと?」

 

「そうだ。風の中位精霊になる」

 

「それは、また……」

 

 思わず片手で口元を覆い、驚きを無理に抑え込んだ。

 リルはそんな私の様子と、話の見えない展開に、やはり袖口を引っ張って尋ねてくる。

 

「お母さん、どういうこと? リル、なんかするの?」

 

「いや、そういう事じゃないよ」

 

 私は不安そうに見上げるリルを、安心させるように撫でてから笑う。

 

「予想より立派な精霊が来てくれそうだから、お母さんが驚いてしまっただけだ。嬉しい事だよ」

 

「そうなんだ」

 

 私の撫でる手から心情が伝わったようで、リルの不安げな顔も穏やかになっていく。

 

 しかし、驚いてしまったのは事実だ。

 

 中位精霊とは、一端の魔術士が十年、二十年と研鑽して身につけた技術で、ようやく契約に到れるランクだ。

 

 ようやくマナに触れた齢六つの幼子が、身近に置ける精霊ではない。

 

 私の気持ちを察した精霊王は、こちらを慮る表情で頷き、それから右手を掲げる様に持ち上げた。

 

「魔女殿の懸念も理解できる。幼子に見合わぬ相手であろう、とはな。しかし、この者の意も汲んでやって欲しいのだ」

 

 そう言い終わるのと同時、手の先へと導かれるように、一陣の風が吹いた。

 

 後方の揺らぎから吹いて来た風が、螺旋を描くように集まり、固まって球状を形作ると、一気に散らして別の何かが表れた。

 

 それこそが、風の中位精霊だった。

 

 十代前半を思わせる容姿に、夏の空を思わせる青色の長髪をした少女姿で、同色の瞳と小麦色の肌をしている。

 

 白いワンピースにも似た服を着ていて、靴は履いておらず、少し怯えた表情でこちらを見ていた。

 

 いや、それは怯えではない。……緊張だ。

 受け入れられないかもしれない、という不安が、彼女にそうした表情をさせていた。

 

「あの、その……はじめまして!」

 

「あぁ、何と言うか……予想していたのとは、随分違ったな」

 

 中位精霊とは、人間で言うところの成人かつ、一角の地位を預かる者を指す。

 冒険者に例えると、間違いなく高ランクのAか、それ以上だ。

 

 中位という名称から、実力的に精霊の中間辺りを想像してしまうが、ヒエラルキーの位置的にはもっと上だ。

 

 三角形型にして現した時、中段よりも一つか二つ上で、頂点の二つ下、と思って良い。

 決して侮れる存在ではなかった。

 

 だからてっきり、もっと成熟した容貌と威厳を持った精霊が来ると思っていた。

 それだけに、別の意味で予想を裏切られた気持ちになる。

 

「それにしても、どうして契約の希望を? ……こう言ってはなんだが、実入りは殆どないに等しいと思うぞ」

 

 精霊は生物とは違うが、生きる知性体には違いない。

 

 超自然的存在が形を成しているとも言えるが、その存在の維持には、マナが必要不可欠だ。

 

 大精霊などが人間にとって過酷な環境で暮らすのは、そこに手付かずのマナ溜まりがあるからこそだった。

 

 つまり、契約を結ぶとは、契約対象からマナを得られるという、対価を求めているとも取れるのだ。

 

 リルはまだ幼く、自ら分け与えられるマナなど殆どない。

 

 それどころか、この森――ボーダナン大森林というマナ溜まりに適応する為、自らに回すマナしかない状態だ。

 

 他に使える余裕などなく、全くのタダ働きを覚悟する事になる。

 そんな貧乏くじを、自ら引きに来ようとする――、その心境が気になった。

 

「いえ、それは良いんです。だって、ここで暮らしている分には、そうした事は気にしなくて済むでしょう? リルから分け与えられるものがなくとも、何の支障もなく傍にいれます」

 

「それはそうだが……。だったら、単にここを行き来するだけでも良かったんじゃ? 何もわざわざ、自分から枷を付けなくとも……」

 

「いいえ、それが不満なんです。以前から、ここへはずっと来て、そしてよく見ていました」

 

 そう言って、リルを眩しそうに見つめて笑う。

 

「リルが駆けるところ、遊ぶところ、アロガと一緒に寝転がるところ……。いつも見てた」

 

「んぅ……、ずっと? リルを?」

 

 リルが首を傾げると、精霊はこっくりと頷く。

 

「えぇ、ずっと」

 

「しかし、それはおかしい」

 

 疑問に思って、私は口を挟んだ。

 中位精霊ともなれば、流石にその場に及ぼす影響はゼロに出来ない。

 

 人間が空気を吸って吐くように、精霊もマナを吸って吐いているのだ。

 

 その呼吸を、ある程度隠せても消すことは出来ないし、そして頻繁に来ていたのなら、私が見逃したはずがない。

 

 しかし、リルの傍にそんな精霊が頻繁に近くを漂っていたなど、全く記憶になかった。

 

「いつもというが……、いつ? 実は凄く遠くから見つめていたとか?」

 

「いいえ、違うんです。私、去年までは低位精霊でした。この森と、この家の周囲に吹く、一陣の風に過ぎなかった……。でも、精霊王様が今回の話をお考えだと知って、努力しました」

 

「努力……。それはまた、精霊・妖精の口から、聞けるとは思えなかった台詞だ」

 

「とても居心地が良かったんです。この森と、この敷地で駆け回れることが。そして、その風を切って走るリルの姿が……。いつまでも目に見えない風じゃなくて、この子の傍にいたかった。だから……」

 

「リルと、おともだちになりたかったの? まえから、ずっと?」

 

 純粋さから来る正確な指摘に、精霊は大いに笑んで頷いた。

 

「そう、私はリルとお友だちになりたかったの。傍にいて、手を引いて一緒に駆けたかった。その為に……」

 

「なるほど、だから努力か……」

 

 私の納得と共に、精霊王もまた似た表情で、自らの細い顎を撫でた。

 

「余りない話だが、前代未聞という程ではない。過去千年を振り返っても、非常に稀有なことだが、精霊と人間が情を交わした事もある。そこで己の階位を上げてしまうような話は、我としても記憶にないが……」

 

「だって、小精霊のままでは、リルを守れないもの。今回の契約では、守ることが大前提。だから、その為の力を得て志願したの」

 

「……とまぁ、熱意だけはある者だ。王命により下された契約であろうとも、他の精霊は真面目に任を全うするだろうが……。やはり、己のやる気に満ちている方が、間違いはないと思うてな」

 

 なるほど確かに、それは間違いないだろう。

 契約という枷以上に、過保護な親同然の守りを期待できそうだ。

 

 それなら尚の事、私が断る理由がなかった。

 しかし、最も大事な部分が抜けている。

 

 今こうして見て、会って、実感して……そうしてリルが、この中位精霊を気に入るかどうか。 

 それが何より大事だった。

 

「リル、どうしたい? 精霊から力を借りられるのは、魔法を使うのと同じことだ。火の魔法や、水の方が良いと思うなら、素直にそう言いなさい」

 

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