混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その5

 私としては最大限、注意を促したつもりなのだが、リルの返答は実にあっさりとしたものだった。

 

「リル、このコでいい! おともだちになりたい!」

 

「もっとよく考えてからでも……」

 

「いいっ! リル、このコにするっ!」

 

「うぅん……」

 

 精霊との契約は、ただ一体のみ、などという事はない。

 望めば望むだけ結べる。

 

 所謂、精霊魔法の使い手というのは、この精霊とどれだけ多く契約を結ぶかに掛かっているから、制限を設けるはずもないのだ。

 

 ただし、術者の実力に比例した数にはなるし、リルがどれだけ成長するかも未知数だ。

 

 最初の一体をどの精霊にするか……。

 それは人生プランにおいても、重要な問題になり得る。

 

 平均的には二体の契約で止まる事が多いから、尚さら精霊選びは重要だった。

 しかし、いま説き伏せようとしても、リルの瞳からは強い決意を発している。

 

 私は小さく息を吐くと、その意志を尊重する事に決めた。

 

「……分かった。風の精霊は、どちらにしても、そう悪い選択ではないしな」

 

「ほんとっ!?」

 

「応用の幅が広いから、扱い難いという欠点があるけどね。だがそれも、精霊の側から強く協力してくれるなら、頼もしいと見ることも出来るし……」

 

「おぉ〜……! なにができるの?」

 

「それはもう、色々と……」

 

 ここで簡単に例を上げることが出来ないくらい、本当に多岐に渡る。

 攻撃に特化するなら炎が一番だし、回復や生存に特化するなら水が良い。

 

 風はどちらも出来るが、そのどちらにも及ばない、というイメージがある。

 特に水属性は生活に役立つという意味でも、汎用性が高かった。

 

 飲水を作り出すのは勿論、料理用の水や手洗い、風呂の水にも困らなくなる。

 旅をするとなった時、特に水の確保は重要な問題だ。

 

 持ち運ぼうとすると、大量の水は重くて嵩張るし、かといって少なく持つと行き倒れる可能性すら生まれる。

 

 常に水場を求めて移動しなくてはならず、消費量が多くなりがちな山間部などでは、都合よく飲水可能な川に行き当たるかも分からない。

 

 リルは将来、森を出ると思っている私としては、だから水精霊と契約して欲しい気持ちがあった。

 

 だがいずれにしろ、リルが成長し、新たに契約を得られる力を得た時、改めて助言してやれば良いことだ。

 

 精霊の側から強く望む契約など、この先、望むべくもないのだから。

 

「……お母さん?」

 

 思考が脱線してしまい、沈黙が長く続きすぎた。

 

 言葉を途中で止めた私を、リルが不思議そうに見上げ、私は笑顔で誤魔化して話を続ける。

 

「あぁ、つまり……。風の刃を作り出したり、風の障壁で身を守ったり、と言った感じか。これは別に他の精霊でも出来るけど、重要なのは威力だ」

 

「いりょく……」

 

「自らの力量が低い時、あるいはより強力な魔法を使う時、力の源になるものが近くにないと、威力不十分になる事がある」

 

「んぅ……、よくわかんない」

 

 未だ基礎の段階で、魔法のまの字も教わってないリルには、言葉だけで理解は難かしい。

 

 悲しげに耳を畳んだリルに、風の精霊自身がふわりと浮き、背後に回っては肩を抱くようにして説明した。

 

「火や水を一から作り出すより、その場にある物を操った方が、ずっと楽に出来るってことよ。水魔法なら、川とか湖が近くにあると、その水を使えばいいじゃない? 火も同じ。焚き火とか、燃え盛る山とか、そういうのが近くにあると、凄く強くなる」

 

「あぁ〜……、うんうん。リル、わかった!」

 

「でも、そういう水にしろ、火にしろ、必ず傍にあるとは限らないのよ。でも、風なら何処にでもあるし、吹いているわ。扱いやすさという意味では、ピカイチなのよ!」

 

 自慢げに胸を張って、精霊は言う。

 そして、それは事実だった。

 

 偏在こそが、風精霊の真骨頂だ。

 そしてだからこそ、周囲のマナを集めやすいという特徴もある。

 

 だから、それを利用して多様な魔法が使えるのだ。

 

「あぁ、そうそう。リルは動き回るのが得意だから、そういう移動を補助する魔法もあるわよ。転んで怪我しても、傷を癒やすことだって出来るんだから!」

 

「ほんとっ!? すごい!」

 

「ふっふ〜ん……。そうでしょ、すごいのよ!」

 

 お姉さん風を吹かせて、精霊は胸を張る。

 実際、これは誇るに十分な特性だ。

 

 本来は水魔法が得意とする治癒術も、強引にマナを掻き集め、一点に集約することで傷を癒やすことも可能にしている。

 

 攻撃にしても風の攻撃は目に見え難く、扱い切れるのならば、殺傷能力も十分だ。

 

 器用貧乏が目立つ属性だが、使いこなせれば、高いポテンシャルを発揮するのは事実だった。

 

 それに――。

 

「一番の利点は、空を飛べることだしな」

 

「わっ! リル、とんでみたい!」

 

「でもね、リル……。お母さんの目が届かない所で、勝手に使ってはいけないよ。……いや、これは精霊の方から止めに入るだろうから、そこまで心配してないが」

 

「どうして?」

 

「危険だからさ」

 

 飛行魔法が実用化していない点からして、その点は明らかだ。

 何よりマナの消費量が桁違いに多い。

 

 現状、長時間飛行が個人でさえ使われない理由は、まさにその点に尽きた。

 

 空中での姿勢制御も難しく、一口に飛ぶと言っても、非常に多くの行程が必要になり、その一つ一つに制御が絡まる。

 

 道具に頼らないと人がろくに飛べないのには、それなりに理由があるものだ。

 

 まだ幼いリルがそれをしようとしたら、跳ねて転んで頭を打つ光景が、簡単に目に見える。

 

 私は精霊に目を向けると、視線を強くさせ、言い含めるように言った。

 

「敢えて言うが、リルが飛びたいと言っても叶えてやるなよ」

 

「分かってます。リルを守る為の契約で、それを第一に考えることを、精霊王様にも厳命されています。それを違えることはありません」

 

「ならば、良し」

 

「むぅ〜……」

 

 その遣り取りに、リルは既に不満顔だ。

 しかし、これは飲み込んで貰わねばならない。

 

 というより、魔法という便利な力を、好きに使えると思っている所があるからこそ、そういう態度になるのかもしれなかった。

 

 これは私が自分の手足同様に、安易な使い方をしていたのが悪い。

 今更ながら過去の自分を省みて、その行いを反省した。

 

「リル、今から言うのは大事なことだから、きちんと聞かなければいけないよ」

 

 そう前置きして、私は指を一本立てながら言う。

 リルも私の声のトーンが変わったのに気づいて、素直に背筋を正した。

 

「魔法は便利……、それは確かだ。でも、扱い方を間違えると危険、って事も知っておかなくちゃいけない。リルは今も剣術を学んでいるけど、木の剣を使っているね? 本物の剣じゃないのは、何故だと思う?」

 

「うでをきったり……するかもしれないから」

 

「そう、十分に学んでからじゃないと、ただ素振りするだけでも、怪我をしてしまうからだ。魔法も全く同じ。使ってみたい、という気持ちだけで安易に使用すると、それが必ず自分を傷つける。よくよく、覚えておきなさい」

 

「……はいっ!」

 

「いい子だ」

 

 雰囲気を和らげて頭を撫でると、リルも強張らせていた表情を、ふにゃりと崩した。

 

 素直に私の手に甘えて来て、自分からもっと撫でて、と頭を差し出してくる。

 

 私はそうした甘えに十分に応じて撫で、手櫛で髪の毛を整えてから、精霊王へと向き直った。

 

「王を前にして、こちらの話を優先させて申し訳なかった。リルも私も、この風精霊を契約相手として、喜んで歓迎したいと思う」

 

「うむ、それを聞いて安心した。これからも互いに、良き隣人として付き合える事を願おう」

 

 精霊王はそう言って、仄かに笑む。

 

 彼は常に微笑を浮かべている美丈夫だが、しかし今度ばかりは、心からの笑みを見せているような気がした。

 

「では、契約を済ませてしまおう。手を出しなさい」

 

「んと……、こぅ?」

 

 言われるままに、リルは右手を前に出す。

 すると風精霊がリルの前へ、空中を滑る様に移動し、その手を握った。

 

 そして、もう一方の手でリルの左手も握ると、互いの両手首を握る様に誘導する。

 

 風精霊は少女の外見をしているが、そうした準備を整えた瞬間、そうとは見えない雰囲気を表出した。

 

 それまでは夏風を思わせる、爽やかで闊達な雰囲気があった。

 それが今では、一つの冗談さえ許さない、寒風を感じさせる厳粛なものへと変わっていた。

 

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