一度こちらに渡ってきた精霊と妖精達は、それからというものめいめいに過ごしていた。
既に何度も来ている者らは心得たもので、新米たちに指導している所も見受けられる。
何処にどういう物があり、何処までが魔女のテリトリーか。
そして、近付いたら危ない場所、食料庫の物は勝手に食べてはいけないなど、ここで生活する為のノウハウを伝えている。
また、既に畑の手入れに着手している妖精も見られ、仕事に対する意欲の大きさが良く分かった。
彼らのマナ不足は相当深刻らしく、マナが存分に含まれた作物を持ち帰るのは、重大な課題となっていた。
遊んでばかりの享楽的な側面が強い妖精だが、故郷を助けるとあっては、本腰を入れざるを得ないようだ。
精霊や妖精は、生きるのに飲食を必要としない。
しかし、その反面マナが必要となるのだが、これを得るのが難しかった。
何しろ、マナは霞よりも不確かなもので、手に持つ事ができない。
かつてのように、マナ溜まりと直接通行穴があった時ならば、そこから流れて来るマナで十分、事足りていた。
しかし、これは一方通行のものではなく、双方向に繋がる穴でもある。
現状多くのマナ溜まりをエルフに取られ、そしてニンゲンの多くにも奪われた結果、好きに精霊達を略取されかねない穴は封じるしかなかった。
次々と目減りしていく穴は、深刻なマナ不足を招き、そして外部から積極的に持ち帰る必要性に駆られた。
ただし、マナは手で掬って持ち帰れるようなものではない。
何かしらの容器に納めなければ回収もままならないのだが、各地に残された極端な環境では、適した物が見つからなかった。
自然エネルギーの塊である溶岩などには含有しているのだが、そう簡単に持ち運べるものでもなく、冷めると一気に霧散する。
燃えたぎる時は百あるものが、冷めると一になってしまうのだ。
かといって、燃えたぎる溶岩を持ち込めば、精霊界は滅茶苦茶になってしまう。
どうしたものかと困っている時に、私の育てた作物が目に留まった。
作物を育てる時、甘みのある野菜を作ろうと、魔術で操作したのが始まりで、実は作物にマナを封入できるという発見があり、加工する際に意図して凝縮してやれば、より多くのマナが含ませられるとも知れた。
以降、精霊達はこの加工品を持ち帰る事が使命となった。
何より邪魔になる物でなく、そのうえ美味しいのが大層ウケた。
彼らは今、故郷を救う想いと、ほんの少しの我欲と共に働いている。
私の負担はそれなりに大きいが、畑の面倒や竈の火、お風呂のお湯を用意してくれたりと、多く助けも得られている。
互いに益が大きいから、今ではこうした互助が形成されていた。
「さて……」
リルは今、アロガとナナを引き合わせ、互いに仲良くするよう言い聞かせている最中だ。
アロガは身体を低く構えて威嚇しているし、ナナも動じる事なく腕組みした体勢で迎え撃つ格好だった。
「まぁ、最初から即座に仲良く……とは、いかないかもな」
いがみ合い程度ならば、可愛いものだ。
それにケンカ一つで仲良くなるのも、よくある話だろう。
それより今は、今日の夕食をどうするか、それを考える方が重要だった。
※※※
その日のリルは、一日中外で遊んでいた。
とはいっても、いつもの様に駆け回っていた訳ではなく、ナナからしっかりとマナの扱いについて学んでいたようだ。
ただし、リルと精霊とでは、その扱い方に大きな差異がある。
物事を教わるには苦労するだろうが、いずれにしても精霊と多く理解を共有するのは大事なことだ。
外から帰って来た二人と一匹は、扉を閉めて中に入っても尚、お喋りを続けてこちらに歩いてくる。
「リルはマナへの対応力……というか、適応力が高いのね。やっぱり、普段から食べてる物が違うから……かもね?」
「そうなの?」
「あなたのお母さんが、なるべくマナに触れさせないようにしていたみたいだけど、どっちにせよ、食物に含有されるマナが濃いんだもの。内側から順応したんじゃないかと思うのよね」
「じゅんのー……?」
「……うぅん、まぁ、良かったわよねって話よ」
「うんっ、よかった!」
リルは良く分かっていないまま、とりあえず褒められているとだけ理解して笑った。
そして、俄に理解する。
私はリルを濃すぎるマナから守っていたつもりで、実は全く真逆の事をしていたのかもしれない。
そして迂闊にも、マナを少量ずつ吸収させた事で、身体の内側から作り変えてしまっていた可能性がある。
しかし、そう考えると納得いく部分もあるのだ。
単に才能に恵まれた、と考えるには大き過ぎる才覚だった。
「なるほどな……」
妙にしんみりと呟いてしまい、それをナナが耳聡く拾った。
「あら、計算外とでも言いたげな台詞ね、魔女さん? 我が子を強く育てる一貫だと思ってたわ」
「そんな一か八かの賭けはしないさ。リルが原因も分からず、ぐったりと倒れて動かなくなっていたらと思うと……、今更ながらに肝が冷える」
そう言って、私はリルの頭を両手で覆い、お腹の辺りで抱き込んだ。
リルは素直に甘えて顔を擦り付けて来たが、興味は即座に料理へと移った。
「お母さん、いい匂い!」
「あぁ、今日はご馳走だ。記念日だからね」
「あらぁ〜、気を利かせてしまって申し訳ないわね」
「それもあるが、それだけじゃないんだ」
頬に手を当てて困り顔を浮かべるナナだが、その口の端は嬉しさで上がっている。
ただし、未だにアロガとの関係は良好でないらしい。
歓迎の意があると分かって、アロガは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「椅子は……うぅん、今まで二人分で困ったことがなかったから……。どうしたものかな」
「構わないわ。浮いていれば良いだけですもの」
風精霊の本領発揮というべきか、ふわりと浮き上がって、滑るように移動してくる。
「どこに座ったら良いかしら?」
「リルのとなり! となりでいいよ!」
「そういう事らしい。どうぞ、そちらへ」
手で指し示すと、ナナは嬉しそうに笑って着席めいた格好を取る。
「今度、椅子を作っておくよ」
「別にいいのに。椅子のあるなしって、私にとってはそんなに困らないの」
「見ているこっちが落ち着かないんだよ。……まぁ、家族の一員となるんだ、席の一つも用意しないとな」
「うれしい……、ありがとう」
表情を見れば、本心からの言葉だと分かる。
私はナナに微笑み、それからアロガの頭を乱暴に撫でた。
「そう不貞腐れるな。誰もお前を蔑ろになんかしてないだろう? リルの
「そうよ、アロガ。あなたがリルにとって特別なんて、私も十分承知しているわ。その席を奪えるとも思ってない。私は二番手、それをよく分かってるの」
ナナがそう言うと、アロガは本当か、と問い掛けるようにリルを見上げた。
するとリルも、同意するように大きく頷く。
「あたりまえでしょ、アロガ。アロガがだいじよ、ほんとうよ」
「ウォウッ!」
アロガはたちまち機嫌を直して、リルに飛び掛かって顔を舐めた。
両肩に前足を乗せての事だったが、その体重を支え切れず、床に倒れ込んでしまう。
しかし、それでもアロガの猛攻は終わらず、顔中がデロデロになるまで止まらなかった。
「もぅ、アロガ〜……。かおじゅう、も〜……」
「リル、先にお風呂入ろうか?」
「でも、ご飯……」
「まだ、全部は出来てないからね。後は仕上げだけの物が残ってるし、そう拙くはないさ。それに少しのことなら、温め直せば良いんだし」
「じゃあ、はいる!」
リルが首を大きく上下させながら言うと、ナナは俄然やる気を出した。
「知ってるわ! 身体を洗ったりするんでしょう? 手伝ってあげる」
「精霊って洗う必要あるんだろうか……」
「そんなのいらないわ。汚れなんかとは無縁だもの」
それはそうだ。
実体があり、触れられる存在ではあるものの、同時に霞の様に消え失せる存在でもある。
ニンゲンの様に老廃物など出ないし、砂や埃も付かない身体なのだ。
「ともかく、手伝いたいというなら、好きにさせよう。そんな家政婦みたいな真似まで、契約内容にあるとは思えないが……」
「いいの、好きでやるんだから。さっさと入って、早くご飯が食べられれば、リルも喜ぶでしょう?」
「うん、よろこぶ!」
リルの笑顔に連れられて、私も笑みを深めて頷く。
そうして急ぎ着替えを揃え、手早く終えようと、風呂へと急いだ。