混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その7

 一度こちらに渡ってきた精霊と妖精達は、それからというものめいめいに過ごしていた。

 

 既に何度も来ている者らは心得たもので、新米たちに指導している所も見受けられる。

 

 何処にどういう物があり、何処までが魔女のテリトリーか。

 

 そして、近付いたら危ない場所、食料庫の物は勝手に食べてはいけないなど、ここで生活する為のノウハウを伝えている。

 

 また、既に畑の手入れに着手している妖精も見られ、仕事に対する意欲の大きさが良く分かった。

 

 彼らのマナ不足は相当深刻らしく、マナが存分に含まれた作物を持ち帰るのは、重大な課題となっていた。

 

 遊んでばかりの享楽的な側面が強い妖精だが、故郷を助けるとあっては、本腰を入れざるを得ないようだ。

 

 精霊や妖精は、生きるのに飲食を必要としない。 

 しかし、その反面マナが必要となるのだが、これを得るのが難しかった。

 

 何しろ、マナは霞よりも不確かなもので、手に持つ事ができない。

 

 かつてのように、マナ溜まりと直接通行穴があった時ならば、そこから流れて来るマナで十分、事足りていた。

 

 しかし、これは一方通行のものではなく、双方向に繋がる穴でもある。

 

 現状多くのマナ溜まりをエルフに取られ、そしてニンゲンの多くにも奪われた結果、好きに精霊達を略取されかねない穴は封じるしかなかった。

 

 次々と目減りしていく穴は、深刻なマナ不足を招き、そして外部から積極的に持ち帰る必要性に駆られた。

 

 ただし、マナは手で掬って持ち帰れるようなものではない。

 

 何かしらの容器に納めなければ回収もままならないのだが、各地に残された極端な環境では、適した物が見つからなかった。

 

 自然エネルギーの塊である溶岩などには含有しているのだが、そう簡単に持ち運べるものでもなく、冷めると一気に霧散する。

 

 燃えたぎる時は百あるものが、冷めると一になってしまうのだ。

 かといって、燃えたぎる溶岩を持ち込めば、精霊界は滅茶苦茶になってしまう。

 

 どうしたものかと困っている時に、私の育てた作物が目に留まった。

 

 作物を育てる時、甘みのある野菜を作ろうと、魔術で操作したのが始まりで、実は作物にマナを封入できるという発見があり、加工する際に意図して凝縮してやれば、より多くのマナが含ませられるとも知れた。

 

 以降、精霊達はこの加工品を持ち帰る事が使命となった。

 何より邪魔になる物でなく、そのうえ美味しいのが大層ウケた。

 

 彼らは今、故郷を救う想いと、ほんの少しの我欲と共に働いている。

 

 私の負担はそれなりに大きいが、畑の面倒や竈の火、お風呂のお湯を用意してくれたりと、多く助けも得られている。

 

 互いに益が大きいから、今ではこうした互助が形成されていた。

 

「さて……」

 

 リルは今、アロガとナナを引き合わせ、互いに仲良くするよう言い聞かせている最中だ。

 

 アロガは身体を低く構えて威嚇しているし、ナナも動じる事なく腕組みした体勢で迎え撃つ格好だった。

 

「まぁ、最初から即座に仲良く……とは、いかないかもな」

 

 いがみ合い程度ならば、可愛いものだ。

 それにケンカ一つで仲良くなるのも、よくある話だろう。

 

 それより今は、今日の夕食をどうするか、それを考える方が重要だった。

 

 

  ※※※

 

 

 その日のリルは、一日中外で遊んでいた。

 

 とはいっても、いつもの様に駆け回っていた訳ではなく、ナナからしっかりとマナの扱いについて学んでいたようだ。

 

 ただし、リルと精霊とでは、その扱い方に大きな差異がある。

 

 物事を教わるには苦労するだろうが、いずれにしても精霊と多く理解を共有するのは大事なことだ。

 

 外から帰って来た二人と一匹は、扉を閉めて中に入っても尚、お喋りを続けてこちらに歩いてくる。

 

「リルはマナへの対応力……というか、適応力が高いのね。やっぱり、普段から食べてる物が違うから……かもね?」

 

「そうなの?」

 

「あなたのお母さんが、なるべくマナに触れさせないようにしていたみたいだけど、どっちにせよ、食物に含有されるマナが濃いんだもの。内側から順応したんじゃないかと思うのよね」

 

「じゅんのー……?」

 

「……うぅん、まぁ、良かったわよねって話よ」

 

「うんっ、よかった!」

 

 リルは良く分かっていないまま、とりあえず褒められているとだけ理解して笑った。

 

 そして、俄に理解する。

 

 私はリルを濃すぎるマナから守っていたつもりで、実は全く真逆の事をしていたのかもしれない。

 

 そして迂闊にも、マナを少量ずつ吸収させた事で、身体の内側から作り変えてしまっていた可能性がある。

 

 しかし、そう考えると納得いく部分もあるのだ。

 単に才能に恵まれた、と考えるには大き過ぎる才覚だった。

 

「なるほどな……」

 

 妙にしんみりと呟いてしまい、それをナナが耳聡く拾った。

 

「あら、計算外とでも言いたげな台詞ね、魔女さん? 我が子を強く育てる一貫だと思ってたわ」

 

「そんな一か八かの賭けはしないさ。リルが原因も分からず、ぐったりと倒れて動かなくなっていたらと思うと……、今更ながらに肝が冷える」

 

 そう言って、私はリルの頭を両手で覆い、お腹の辺りで抱き込んだ。

 リルは素直に甘えて顔を擦り付けて来たが、興味は即座に料理へと移った。

 

「お母さん、いい匂い!」

 

「あぁ、今日はご馳走だ。記念日だからね」

 

「あらぁ〜、気を利かせてしまって申し訳ないわね」

 

「それもあるが、それだけじゃないんだ」

 

 頬に手を当てて困り顔を浮かべるナナだが、その口の端は嬉しさで上がっている。

 

 ただし、未だにアロガとの関係は良好でないらしい。

 歓迎の意があると分かって、アロガは不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「椅子は……うぅん、今まで二人分で困ったことがなかったから……。どうしたものかな」

 

「構わないわ。浮いていれば良いだけですもの」

 

 風精霊の本領発揮というべきか、ふわりと浮き上がって、滑るように移動してくる。

 

「どこに座ったら良いかしら?」

 

「リルのとなり! となりでいいよ!」

 

「そういう事らしい。どうぞ、そちらへ」

 

 手で指し示すと、ナナは嬉しそうに笑って着席めいた格好を取る。

 

「今度、椅子を作っておくよ」

 

「別にいいのに。椅子のあるなしって、私にとってはそんなに困らないの」

 

「見ているこっちが落ち着かないんだよ。……まぁ、家族の一員となるんだ、席の一つも用意しないとな」

 

「うれしい……、ありがとう」

 

 表情を見れば、本心からの言葉だと分かる。

 私はナナに微笑み、それからアロガの頭を乱暴に撫でた。

 

「そう不貞腐れるな。誰もお前を蔑ろになんかしてないだろう? リルの姉弟(きょうだい)はお前だけの特権なんだから」

 

「そうよ、アロガ。あなたがリルにとって特別なんて、私も十分承知しているわ。その席を奪えるとも思ってない。私は二番手、それをよく分かってるの」

 

 ナナがそう言うと、アロガは本当か、と問い掛けるようにリルを見上げた。

 するとリルも、同意するように大きく頷く。

 

「あたりまえでしょ、アロガ。アロガがだいじよ、ほんとうよ」

 

「ウォウッ!」

 

 アロガはたちまち機嫌を直して、リルに飛び掛かって顔を舐めた。

 両肩に前足を乗せての事だったが、その体重を支え切れず、床に倒れ込んでしまう。

 

 しかし、それでもアロガの猛攻は終わらず、顔中がデロデロになるまで止まらなかった。

 

「もぅ、アロガ〜……。かおじゅう、も〜……」

 

「リル、先にお風呂入ろうか?」

 

「でも、ご飯……」

 

「まだ、全部は出来てないからね。後は仕上げだけの物が残ってるし、そう拙くはないさ。それに少しのことなら、温め直せば良いんだし」

 

「じゃあ、はいる!」

 

 リルが首を大きく上下させながら言うと、ナナは俄然やる気を出した。

 

「知ってるわ! 身体を洗ったりするんでしょう? 手伝ってあげる」

 

「精霊って洗う必要あるんだろうか……」

 

「そんなのいらないわ。汚れなんかとは無縁だもの」

 

 それはそうだ。

 実体があり、触れられる存在ではあるものの、同時に霞の様に消え失せる存在でもある。

 

 ニンゲンの様に老廃物など出ないし、砂や埃も付かない身体なのだ。

 

「ともかく、手伝いたいというなら、好きにさせよう。そんな家政婦みたいな真似まで、契約内容にあるとは思えないが……」

 

「いいの、好きでやるんだから。さっさと入って、早くご飯が食べられれば、リルも喜ぶでしょう?」

 

「うん、よろこぶ!」

 

 リルの笑顔に連れられて、私も笑みを深めて頷く。

 そうして急ぎ着替えを揃え、手早く終えようと、風呂へと急いだ。

 

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