混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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精霊迎えの儀 その8

 私はお風呂から手早く上がり、一足先に戻ると料理の準備を再開した。

 

 リルは今ようやく浴槽から出たばかりで、身体を拭いている段階なのだが、ナナが見ていてくれると言うので、後を任せて先に戻ったのだ。

 

「もう……っ、じぶんでやれるよ」

 

「リルは背中を濡らしたままにするから駄目よ」

 

 普段であれば、私が言ってそうな遣り取りだ。

 

 それを再現したという訳でもないだろうが、よく見ていたというのは、あながち間違いでもないらしい。

 

 そんな二人の遣り取りを耳の端で聞きながら、料理の仕上げを済ませていく。

 

 とはいえ、直前まで完成させてくれていた、頼もしいパートナーがいたお陰で、本当に最後の部分だけだ。

 

 今日は彼女も俄然やる気を見せており、普段よりも力の入れようも大きい。

 だが、本日における主役の一人でもある。

 

 主賓に多くをやらせる訳にもいかず、だから私が料理を手伝っているのだった。

 全て賄う事をしないのは、やはり料理は彼女の領分だからだ。

 

 存在意義そのものでもあるので、それを取り上げてしまうと彼女が悲しむ。

 特別な料理であるからこそ、その料理を手伝いたい――。

 

 その意志を汲んだのだった。

 そうこうしている内に、温まった身体から湯気を立ち昇らせるリルが帰って来た。

 

「わぁ、すごい……っ!」

 

 テーブルの上に広げられた料理に、リルは目を輝かせる。

 しかし、それら全てに目を通した後、へにょりと尻尾と耳が垂れた。

 

「また、おいも……?」

 

「予想よりも余ってしまったからね。古くなってしまう前に、そろそろ消費してしまわないと。それに、リルがそう言うと思って、色々工夫したんだぞ」

 

 デカデカと皿に映えるジャガイモの姿焼きは、2㎜程度の間隔で細かく切り込みを入れ、こんがりと焼いたとてもシンプルな料理だ。

 

 しかし、表面はパリパリ、中はホクホクと、二つの食感を同時に楽しめる。

 

 また、単なる丸焼きではなく、ローレル、ベーコン、チーズや刻みニンニクが挟んでいるので、食べ進める毎に違う味が出て来るのが特徴だった。

 

 その上にチーズをトロリと垂らし、バジルを振りかけてやれば、正に絶品と言って良い仕上がりだ。

 

「きっと気に入るから。……ほら、食べてごらん」

 

「うん、いただきますっ!」

 

 そう言ってフォークを突き刺し、一口頬張る。

 すると、リルの目が見開かれ、嬉しそうに咀嚼を始めた。

 

 ゆっくりと噛んで、ごくりと飲み込むと、笑顔いっぱいに声を張る。

 

「おいしいっ!」

 

「そうだろう? お母さんが嘘を言った事があったかい?」

 

「ううん、ない!」

 

 リルは屈託ない笑顔で頷き、別のジャガイモも頬張っていく。

 

 それを見て微笑んでいた私だが、いつまでもフォークを手に取らないナナを見て、首を傾げる。

 

「どうした、食べて良いぞ? 別に食べられない、って訳じゃないだろう?」

 

「えぇ……、生物と違って、生存に必要ないってだけだけど……。でも……、本当に? 図々しくない?」

 

「言ったろう? これから家族として仲良くするんだ。食事の時だけどっか行け、なんて言ったら、そんなの家族と言えないじゃないか。食卓を、一緒に囲んでこその家族だ。――ほら、遠慮するな」

 

 テーブルの下、リルの足元ではアロガも機嫌良さそうに、骨付き肉へと齧り付いている。

 

 ナナが遠慮がちに目を向ければ、好きにしろ、とでも言いたげに鼻を鳴らし、そのまま肉に喰らいついた。

 

 それでナナの意も決まったようで、フォークを手に取り、ジャガイモを食べる。

 緊張した顔付きだったナナは、一口咀嚼しただけで表情が変わる。

 

 それを見ていたリルは、我が事の様に喜んだ。

 

「ねっ、おいしいねっ!」

 

「えぇ、とても……!」

 

 ナナも微笑み返して、口元に手を当てながら頷く。

 

「持ち帰られていたのは、いつもお菓子の類いだったし、それに保存食みたいのが多かったから……。ちゃんと調理した料理は、また少し違うのね」

 

「良くて瓶詰めのピクルスとかだものな。マナを封入するのに、そちらの方がより適しているからだが……。確かに、こういう料理は食べないかもな」

 

「皆にも食べさせてみたいけど……。でも、やっぱりお菓子の方を好む方が多そう」

 

「精霊、妖精にはどうせ、嗜好品にしかならないものな。甘味に飛び付く気持ちは分かる」

 

 特に子供の感性が強い妖精は、どうせ食べるのなら甘いものだけで良い、と言い張るだろう。

 

 ナナは精霊だから、それとは少し感性は違うものの、こうした料理を受け入れられたのは、丁度好みが合致したからだろう。

 

 ナナが気に入ったからと言って、全ての精霊がこうはならない。

 

「メインの肉料理、今日はミートボールだ。リルの大好きな料理だぞ」

 

「あら、楽しみ」

 

「お母さんのミートボール、リル、すきー!」

 

 そう言って、早速フォークを突き刺し、口に頬張る。

 まだ熱いお肉だから、口の中でほふほふと転がす姿が微笑ましい。

 

 ナナもそれを真似してはふはふと口で転がし、そして美味しいとひと目で分かる表情で飲み込んだ。

 

 我が家のミートボールは、クリーミーなソースで煮込む。

 

 必ずしも丸い形だけの物ばかりでなく、少し押しつぶした平べったい形をした物や、三角形にしたものなど、バリエーションも持たせてある。

 

 皿の端にはベリージャムやマッシュポテトを添えており、食べ合わせとして、また味に変化を持たせる意味も兼ねて置いてあった。

 

「味に変化が起きて面白いわね。これならお芋も、飽きることなく食べられそう」

 

「正にそれが狙いだ。パンも自由に取ってくれ」

 

 テーブル中央には食べ合わせのパンとして、オープンサンドイッチを用意してある。

 

 ライ麦パンの薄切りにたっぷりとバターを塗って、その上にハムやチーズ、野菜などが乗っていた。

 

 彩りが綺麗で栄養バランスもよく、リルはその中でも、茹で卵とマヨネーズが入っている物が好みだった。

 

 ミートボールを食べる傍ら、サンドイッチを摘んで、リルはとってもご満悦だ。

 

 ナナは自分の好みをまだ理解していないので、私がお勧めと思える物を取ってやり、そして食べてみると、やはりそれにも満足していた。

 

「どれも美味しいのね。甘味さえあれば十分と思っていたけれど、考えが変わるわ」

 

「この畑と森で作られた物ばかりだから、だろう。街の食事はもっと粗野だし、味付けが大雑把な物も多いぞ。……勿論、そういう店ばかりでもないが」

 

「味の違いを楽しむのも、一つの醍醐味なのかしら?」

 

「あぁ、そういう部分は確かにある」

 

 食事が進めば会話も弾む。

 内容は取り留めもないものだったが、互いを知れる良いキッカケになったと思う。

 

 食事が粗方済めば、後はデザートだ。

 今日はパンケーキだが、以前作った物とは趣が違う。

 

 砂糖を使わずに焼いた薄焼きで、四角い形が特徴だ。

 生地も薄いしオーブンで焼いたので、ビスケットに近い食感だった。

 

 それに苺ジャムを塗るのが基本形だが、他のジャムでも構わないし、そこへドライフルーツなどを自分の好みでトッピングする。

 

 リルはジャムもフルーツも盛々に載せて食べて、口の端をベタベタに汚していた。

 

 普段はそうした汚れを拭うのは私の役目だが、今日だけは、すぐ隣のナナが拭き取る。

 

「もう、こんなに汚しちゃって……」

 

「でも、おいしいよっ!」

 

「おいしいのは分かってるわ。私だって、ここのジャムが大好きだもの」

 

 精霊界で最も喜ばれる物の一つがジャムだ。

 妖精女王が最も好むのは、苺のジャムだと聞く。

 

 普段は自分の口に入らないからか、恐れ多い様な態度で食べ、そして目尻をとろんと垂れ下げた。

 

「苺の甘みと酸味と、この果肉がまた良い食感ね……。高貴なジャムと言われるだけあるわ」

 

「そんな風に言われているのか。ウチじゃ単に、リルが好きってだけだが」

 

 含み笑いに言っても、言葉の裏を読み取れないリルは、単に大きく頷くだけだ。

 

「うん、リル、イチゴのやつすき!」

 

「いつでも食べられる贅沢を、リルはもう少し知るべきだわ」

 

 憤慨とも、嫉妬とも違う。

 

 しかし、明らかな羨望を持って言われた言葉だが、今のリルには理解できないだろう。

 

 そうして、夕食もとうとう終わりを迎え、食後のお茶の時間がやって来た。

 

「ふぃ〜っ……、ごちそうさまでした」

 

「大変、美味しい食事だったわ。素敵なもてなしをありがとう」

 

 ナナは私の後ろへ視線を送って頭を下げ、そしてリルは満足そうにお腹を擦り、ちびちびとハーブティのカップに口を付け始めた。

 

 口に残った甘みを名残惜しく思っているようでもあり、あれだけ食べたのに、まだ食べたりないと言っているようにも見える。

 

 ともあれ、食後の長閑な空気が流れ始めたところで、今日のメインのもう一つを紹介する準備が整った。

 

 今更ながらに恥ずかしがっている彼女をこちらに呼び付け、私の隣に立たせる。

 

「お母さん、なにしてるの?」

 

 まだこの時、リルにはその姿が見えていない。

 

 精霊、妖精たちが姿を現せるようになったと同じく、この家に住む妖精もまた、姿を見せられる時期がやって来たのだ。

 

 私もようやく紹介できると思って、今日という日を待ち望んでいた。

 

「リルには、いつも調理器具が浮いていたり、勝手に料理が進んでいたりするのを見えていただろう? ごちそうさまでした、って口にしたり、感謝を言ったりした」

 

「うん、した。さっきもした」

 

「いつも不思議そうにしていたけど、ようやくリルにも紹介できる」

 

 そう言うと、私は手の平を上に向けて、隣りに立つ古くからのパートーナーを紹介し始めた。

 

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