混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その1

 翌日、朝の鍛錬と勉強時間を経て、午後になってからも、リルの表情は芳しくなかった。

 

 どうやら昨日の出来事が尾を引いているらしく、未だにシルケに対して納得していないらしい。

 

 今も畑の方では妖精が姿を見せて働き、リルは朝の挨拶の時も実際に触れて、その親交を深めていた。

 

 当然、ナナにも触れられるし、ナナから触れても来る。

 頭の上に妖精が座ることもあり、そのどれもが虚構ではなく、現実そのものだった。

 

 だから、尚の事シルケだけ駄目、というのが納得できていないようだ。

 しかし、納得できずとも受け入れて貰うしかなかった。

 

 シルケだけが駄目なのではなく、他全てが特別だと知るには、リルは世界を知らなすぎる。

 

 というより、街の人間でも知らない人の方が多いだろう。

 

 妖精は精霊は、人の居ない秘境に住むものと信じられていて、そのあまりの希少性から、実在しないと思っている者さえいる。

 

 それだけ人間社会と離れた存在だが、同時に別の国では信仰の対象として、尊ばれる存在でもあった。

 

 見て触れて、話せる妖精や精霊を、目に出来るなど、普通は有り得ないことなのだ。

 

「……そうだっ!」

 

 マナ訓練を始めよう、という頃になって、リルは唐突に声を上げた。

 

 それまでの鬱屈とした、どこか憮然とした態度が消え、晴れやかなものとなっている。

 

「どうした、リル?」

 

「リルがどうにかする!」

 

「……何の話?」

 

 私が首を傾げて見せると、リルは意気揚々と言った。

 

「リル、がんばってさがすよ! シルケとはなせるように、てをにぎれるように」

 

「それはまた……、途方も無いことを思い付いたね」

 

「ねっ! すごいでしょ!」

 

「確かに凄い」

 

 私は素直に褒めて、その頭を優しく撫でた。

 

 これまで私が世の理と理不尽に向き合っていた事を思えば、素直に応援してやりたいのが本音だ。

 

 しかしそれが、どれほど途方もないことか、今のリルに知る由もない。

 私でさえ不可能と思う事に、無知ながらリルは挑戦したいと言う――。

 

 それを今の今まで考えていて、そして導き出した、その心意気こそ褒めたかった。

 

「偉いぞ、リル。立ち向かうのは難しいことだ。そして、立ち向かい続けるのは尚、難しい。苦労や困難を前に膝を付けないよう、リルの出来る範囲で頑張ってみなさい」

 

「うんっ!」

 

「でもそれには、まずしっかりと、リル自身が力を身に付けないとね。自分が望む未来を得るのは、とっても難しい。勉強も大事だぞ」

 

「えぇ〜……」

 

 初めのやる気はどこへやら……。

 リルはすぐにげんなりとした顔で、不平を漏らした。

 

「べんきょーしなくても、ほかをいっぱいガンバれば……んと、たぶんできるよ!」

 

「嫌がる気持ちは分かるけど……」

 

 苦笑しながら、リルの頭を両手で抑えるように撫でる。

 それぞれの手で耳を畳んでやると、撫でる度にぴょこん、と耳が跳ねた。

 

 それが楽しくて、何度も撫で続けていたら、リルの方が痺れを切らして跳ね除ける。

 

「もぉ〜……! お母さん、わらってる! リル、ほんきだからね!」

 

「その本気が本当なら、尚さら勉強も頑張らないと。知は力なり、とも言う。色々な力を付けておくとね、選べる手段が増えるんだ。魔法だけが、便利で凄い力じゃないんだよ」

 

 しかし、こう言ってもリルには理解しづらいだろう。

 

 手で触れずとも何かを持ち上げる力、遠く離れた相手を吹き飛ばす力、何かを燃やしたり、水を作り出したり……。

 

 そうした力が強力で、魅力的に映るのは当然だ。

 

 しかし、計算力とは、何も数を足したり引いたりするだけに、使うものではない。

 そこから損得を学んだり、合理的な考え方が出来る土壌作りにもなる。

 

 単語を知ること、文章を読み解くことは、物事の機微を察する力や、言葉の裏に隠された意図を知る力になったりするのだ。

 

 ただ物事の表面を学んでいる内は、そういった事に気付けない。

 そして今のリルは、まだそれを知れる段階にいないのだ。

 

 私に出来るのは、その平坦でない道を、少しでも歩き易くしてやる事だけだ。

 

 なるべく回り道しなくて良いよう、そして正しく導けるよう、私自身も努力が必要だった。

 

 ――だが大抵の場合、こういう助言や思い遣る気持ちは、子どもには理解されない、とも自覚しておかねばならない。

 

「親の心、子知らず……か」

 

「んぅ……? なぁに?」

 

「いいや、何でもないよ。リルがやる気なら、お母さんも精一杯、そのやる気を手助けしてあげようと思っただけさ。何を学んで貰おうか、今から色々考えないと……」

 

「えぇ〜……っ」

 

 リルの嘆きが口から漏れ、眉は八の字に垂れてしまって、ショボショボとなっている。

 

 それを少し離れた所で、ナナがくすくすと控えめに笑いを漏らした。

 

 木陰で寝そべるアロガの横で、同じく木を背中にしてゆったりと座り、実に呑気なものだ。

 

「リルも大変な目標を掲げたものね。前途多難でしょうけど……、それにはまず、マナの制御が全然足りてないのではない?」

 

「……そうなの? でも、お母さん、リルはよくできてるって、いった」

 

「それはね、確かにそうね。でも正確に言うと、六歳にしては凄い、って意味よ。マナのまの字も知らないはずの内から、そこまでしっかり出来ているのは、実際大したものなんだけど……」

 

 苦言の様に受け取ったリルは、唇を尖らせてから私を見てくる。

 嘘だと言って欲しいのだろうが、事実は事実として教えておかないと歪んでしまう。

 

「リルは凄いよ。お母さんが六歳の時だって、リル程には上等じゃなかったもの」

 

「お母さんにも、ろくさいのとき、あったの?」

 

「勿論、あったとも」

 

 不思議そうに見上げて来て、私は苦笑交じりに頷く。

 

 リルにとって、お母さんはお母さんでしかないらしい。

 

 それ以外の何かであることも、人として成長したこともなく、最初からお母さんという存在でしかないのだ。

 

「これだけマナ濃度が濃い所で、自分の足で立てるようになっているのは、素直に称賛するところだ。でも、リルに出来ているのは、今のところそれだけでしかないんだよ」

 

「どういうイミ?」

 

「精霊と契約を交わしたリルは一応、分類上魔法使いってことにはなる。でも、ナナが姿を現せられるようになって、初めて一人前ってことになるんだよ」

 

「……んぅ? ナナ、そこにいるよ?」

 

 リルが木陰で座るリルを指差して、私も頷く。

 

「ナナがそこにいられるのはね、この森が濃いマナで覆われているからだ。……つまり、リルが何もしなくても、勝手に姿を見せていられる」

 

「でもね、リル。森の外はそうじゃないの」

 

 ナナは指を一本立てて、親が子に物を教える仕草で言葉を続ける。

 

「私を森の外でも使いたかったら、リルがマナを上手く使えなきゃ。マナが希薄な外だと、私はリルの内側に入っているだけで精一杯になっちゃうわ」

 

「……そうなの?」

 

 またも見上げて問うてくるリルに、私はしっかりと頷く。

 

「マナは精霊にとって、飲み水と同じだ。暑い夏の日を思い出してごらん。ただ外に立っているだけで、どんどん汗を掻いて水が飲みたくなるだろう?」

 

「うん、なる」

 

「運動したら、もっと沢山汗を掻くし、もっと水が欲しくなる。その時、精霊は契約者のマナを使用することになるんだよ。つまり、リルが水を差し出してあげないといけない。それが、契約者として、リルがやってあげないといけない事だ」

 

「もし……、リルのおみずがたりなくなったら?」

 

「ずっとずっと小さくなって、リルの中の僅かな水で凌ごうとする。……大丈夫、そんな顔をしなくても、ナナは倒れたりしないよ」

 

 途端に不安そうな顔付きで、しゅんと耳を垂れ下げたリルを、力強く励ましなが撫でた。

 

 契約の内容次第では、このとき精霊は、精霊界にまで帰還する事もある。

 

 自分の存在が希薄になり過ぎると消滅の危機でもあるので、そうなることを回避する為の反射行動みたいなものだった。

 

 しかし、リルと交わした契約は、非常に特殊で半一心同体ともいうべきものだ。

 だからナナは、最後の瞬間までリルから離れない。

 

 自身の身を削って矮小化させてでも、リルの中に留まり続ける。

 

 赤子ほどの力しか出せないのだとしても、危機の際には、その程度の力が助けになるかもしれないからだ。

 

「だから、目に見えなくなったとしても、ナナはリルから離れてはいない。でも、森以外でだって、ナナと一緒に居たいだろう?」

 

「うんっ!」

 

 リルの返事は屈託なく、ナナも大変満足そうだ。

 アロガは反対につまらなそうで、尻尾を振って、ナナの腕をベチベチと叩いていた。

 

「リルはもう、基礎の基礎は脱したから、これから基礎の応用を頑張っていこう」

 

「はいっ!」

 

 私が表情を改めて言えば、気持ちの違いを敏感に感じ取ったリルは返事を改める。

 

 そこにはやる気だけでなく、将来への期待まで存分に含まれていた。

 

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