混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その2

 そうして、リルのマナ訓練は、一段階上がったものへと切り替わった訳だが、その上達は遅々として進まなかった。

 

 本来は、もっと身体的に出来上がってから行う訓練だから、リルが手こずるのは仕方がない。

 

 しかし、幾ら頑張っても上達せず、成長も見えない自分に焦っているのは、よく伝わってきた。

 

「もうっ! どうして、うまくいないの?」

 

「それだけ、リルがやろうとしているのは、難しいことだからだよ」

 

 単なる慰めではなく、純然たる事実として教える。

 

 そうでなくとも、リルは普段から濃すぎるマナから身を守るため、己のマナを制御しているという事実がある。

 

 右手で何かしながら、左手で全く別の動きをさせているようなものだ。

 

 それに、マナから身を守るのと、マナを利用するという相反する動きが、尚さら事態をややこしくせていた。

 

 リルは現在、殆ど本能的な勘で外周気のマナを遮断する、という方法で濃すぎるマナへ対応している。

 

 これは周囲にヴェールを覆う様な形で展開され、それでマナに触れずに済んでいた。

 

 勿論、これは十割全て防げるものではないので、幾らかは貫通してしまう。

 

 しかし、致死量からは十分離れているので、むしろ身体の調子は活発化している、という具合だった。

 

 その調子の良さがあるから、余計に齟齬が目立つのだ。

 リルを覆うヴェールがしっかりと機能している程、マナの扱いは上手くいかない。

 

 ――マナの本質は循環だ。

 

 呼吸と同じく外気を取り込み、吐き出して、そうしたサイクルが力を生み出す基本となる。

 

 それを自ら遮断している訳だから、上手く行かなくて当然だった。

 リルの上手くいかない理由と原因はそれだ。

 

 しかし、そのひどく感覚的な部分を、どうやって修正すれば良いか……それを説明するのは非常に難しかった。

 

「……リルは一端、マナの訓練から身を置いた方が良いかもね」

 

「えぇ〜……、なんで?」

 

「自分の身体の動かし方は、自分にしか理解出来ない。リルが優秀だから、色々と飛ばしてしまったけれど……。マナについてより、もっと基礎的な部分を考えるべきだったかもしれない」

 

「んぅ……、でも……」

 

「最も近いと選んだ道が、実は最も遠い回り道だった、という事もあるんだよ」

 

 リルは不服そうに頬を膨らませたが、反抗する程ではなかった。

 ナナに助けを求める視線を送っても、援護がなかったのも理由の一つかもしれない。

 

「……じゃあ、なにするの?」

 

「そうだな……、身体を動かす事かな」

 

「いつもやってるよ」

 

「うん、でも一口に身体を動かすと言っても、実は知らない事が多いだろう?」

 

 同意を求められて、リルは首を傾げた。

 だが、そんな事ない、と軽々しく否定しない辺り、成長した部分を感じられる。

 

「この前は、重心について教えたね」

 

「うん、マナをかんじるのにだいじって、お母さんいった」

 

「そう、そして言われるまで、リルは気付かなかった。そうやってね、言われないと気付けない事が、実はいっぱいあるんだよ」

 

「そうなの?」

 

 私は微苦笑を浮かべながら、大きく首を縦に振る。

 リルは私を疑っているのではない。

 

 単なる純真さから来る疑問で、そしてすぐに実感できないからこそ、浮かんだ疑問に違いなかった。

 

「普段は何気なく、当たり前に動かしているから気付けないけど、腕の上げ方一つ、足の上げ方一つ取っても、正しい動かし方というものがある」

 

「……そんなの、あるの?」

 

「普段、生活する上で、必要にならないから知らずにいるだけだよ。それに正しいというのも、ちょっと違って……。戦闘技術と似たようなものかな。効率よく相手に打撃を与えようとしたら、そこには必ず合理がある」

 

「ごーり……」

 

「マナの運用にもね、それと同じ事があるんだよ。でも、腕や足は目に見えて、動かした時に分かり易い。だから実感もし易いけど、マナは同じ様にはいかないからね」

 

 分かったような、分からないような……。

 リルは口に出していないものの、その表情は如実に心情を物語っていた。

 

「感覚的なものはね、言葉で聞いただけじゃ分かり難い。でも、それを掴むには実際、動かしてみるのが一番だ。そうして、身体の動き、筋肉の動きが自覚出来るようになると、もっと深い所まで理解できるようになるよ」

 

「よく、わかんない……」

 

 リルは悲しそうに目を伏せたが、それも一瞬の事だった。

 すぐに顔を上げて、目に力を入れる。

 

「でも、お母さんのいうとおりにすれば、だいじょぶだよね!」

 

「そうだな」

 

 私は薄く微笑んで頷いた。

 

「お母さんに任せなさい。その内にきっと、リルが上手く扱える様にしてあげる」

 

「うんっ!」

 

 リルの表情は屈託なく、心から信頼しているのが見て取れる。

 私もその信頼に応えるべく、リルに手取り足取り、身体の動かし方を教えていった。

 

 

   ※※※

 

 

 教えたのは良いものの、その日いち日だけで身に付くものではない。

 

 数日どころか、数カ月かけて学んで行くことであり、そして長時間かけて身体に染み込ませていくものでもあった。

 

 だから、翌日――。

 

 しばらくそうした訓練が続くと思っていたらしいリルは、本日の課題内容に不満タラタラだった。

 

「なんできょうは、おんべんきょうなの!?」

 

「何でも何も、今日はそういう日だからさ。勉強もね、訓練と同じだよ。続けないと意味がないんだ」

 

「でもリル、もじ、ちゃんとよめるよ!」

 

「書くのは?」

 

「それは……、ちょっとニガテだけど……。でも、けいさんだって、きちんとできるもん!」

 

「読むのも書くのも、計算するのも。全部きちんと出来ないと駄目なんだ。リルはやれば出来るんだから、しっかりモノにしようね」

 

「んぅ……!」

 

 身体を動かす方が好きなリルだから、勉強はストレスにしかならない。

 

 それは私も理解しているし、だから一日の大半は、そうした勉強以外のことに時間が使われていた。

 

 しかし、それだと私が付きっ切りで見てなければいけないし、我が家の家計の為にも、少しは別のことをする時間が欲しかった。

 

「文字は綺麗に書けてこそだ。しっかり反復して、読むだけでなく、書けるようになりなさい」

 

「はぁい……」

 

 親の説教など、子供にとってはつまらないだけだ。

 口では返事しつつ、やる気もなければ、乗り気でないのは見え見えだった。

 

「お母さんは、これから錬金薬液の調合に入るけど、その間……しっかり書き取りしておくように」

 

「うん、やる」

 

「後でチェックするからな」

 

 やり過ごせいと分かったリルは、唇をブルルルル、と鳴らして不満を吐露した。

 私は苦笑しながら、仕方ない、と呟く。

 

「リル、お母さんがこれから作るのは、お薬なんだ。作った物はどうすると思う?」

 

「んぅ……? ケガしたときにつかう?」

 

「そうだね。でも、うちじゃ早々、使わないだろう? お母さんは勿論だけど、ナナだって癒やしてくれるしな」

 

「そうかも……あっ!」

 

 私が言わんとしている事に気が付いて、リルは声を上げて目を輝かせる。

 

「まちにいくの? まえみたいに、うりにいくんだ!」

 

「リルがちゃんと書き取り出来ていたら、今度行くとき連れて行ってあげよう」

 

「ほんとに!?」

 

「ちゃんと出来ていたら、だからね。綺麗に書き取り出来ないと、この話は無しだ」

 

「わかった、がんばる!」

 

 勉強には飴も必要だ。

 

 ご褒美がないと勉強できない、と言われる様になっても困るが、今の時期ならば、むしろどんどん飴を使うべきだろう。

 

 それで多少の苦手を、外に追い遣れるのなら安いものだ。

 

「まちにはいつ? いつ、いくの? あした!?」

 

「明日は流石に無理だよ」

 

 私は苦笑を抑え切れずに応える。

 リルの中では、もう行くことは決定事項になっているようだ。

 

 綺麗に書き取り出来なければ、そもそも連れて行けない、という話をしていたのに、自分に都合よく受け取ってしまうのは……それが子供らしさというものか。

 

「とりあえず、お母さんは錬金小屋に居るからね。何かあったら呼びなさい。……あぁ、それと……」

 

 翻しかけた掛けた身体を止め、それまで黙って静観していたナナへ顔を向ける。

 

「リルがサボらないように、しっかり見張っておいてくれ」

 

「任せてちょうだい」

 

「んぅ……! ナナはリルの、みかたじゃないの……!?」

 

「味方だから、見張ってあげるの。書き取りやったはいいけど、それじゃ駄目って言われたくないでしょ? 綺麗に書けてるかどうか、しっかり監督してあげる。――あぁ、見本はこれね」

 

 滑るように近づき、見本を手に取って、しげしげと見つめた。

 

 リルは孤立無援が気に食わず、椅子の上で足をバタつかせていたが、次第に無意味と悟って書き取りを始めた。

 

 一文字書く度に、ナナから何か言われてリルは大層、つまらなそうだった。

 

「この分なら大丈夫そうだな」

 

 私は安心してリルにエールを送ると、薬の調合に取り掛かるべく、母屋を後にした。

 

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