「さて……。それじゃあリル、ちょっとコレを見てご覧」
そう言って、私は予め用意しておいた硬貨を、テーブルの上に広げた。
そもそも今回は、リルの計算能力を確認する為だけではなく、その活用方法を教える為の時間だった。
妖精のいたずらで、その話を言い出す前に色々と騒ぎになったが、おやつの時間を挟んで、最初からこれを教える予定だったのだ。
リルは計算問題を何の為にやっているか疑問視していて、だからやる気も積極性もないが、これを知れば変わるかも……と思って用意してみた。
……というより、その為でもある、と最初に教えていたはずだが、使う機会がないので、リルの頭からはサッパリと消えてしまっていたのだろう。
「これ、何か分かる?」
「わかる! まえにみた! おにくをかうやつ!」
「それだけに使う訳じゃないけどね。……うん、正解だ」
私は褒めながら頷き、一枚の硬貨を指に挟んで、リルの前で掲げる。
「これはお金だ。単位はリーベレット。呼ぶには少し長いので、大抵はリベと略される。何か物を買う時……例えば、商品の値札に百リベ、と書かれたりするのが普通だ」
「へぇ〜……」
リルは一つの雑学を聞いているような雰囲気で、緊張感が見られない。
未だにクッキーを食べているからなのかも知れず、私は一度クッキーを取り上げようか、一瞬迷った。
しかし、その時シルケがふわりとやって来て、私とリルの分のお茶を注いで行く。
我が家で好んで飲まれるハーブティーで、クッキーとも良く合う。
「ありがとう!」
リルが笑顔で礼を言うと、シルケは嬉しそうに笑みを浮かべて、来た時と同様、ふんわりと浮かんで去って行った。
「……まぁ、今更か……。いいかい、リル。飲みながらで良いから聞きなさい」
「んっ!」
言葉通り、カップに口を付けながら頷き、リルは続く言葉を待った。
私はテーブルの上に広げられた、数種類の硬貨の中から選んで、一枚ずつリルの前へ差し出す。
「これが銅貨で最小単位……つまり、一番安いお金だな。次に大銅貨、銅貨十枚分の価値がある。次に鉄貨、大銅貨十枚分の価値があり、そして銀貨、金貨……と同じ調子で続いていく」
「へぇ〜……」
リルは興味深そうに硬貨を眺めてこそいるが、まるで他人事といった調子だ。
だから何、とでも思っている雰囲気があり、少し危機意識を焚き付ける意味で言葉を放った。
「覚えておかないと、リルはとっても苦労するぞ」
「どぉして?」
「これが分からないと、買い物できないからさ。そして、分からないままだと、お母さんはリルを街に連れて行きません」
「えっ、なんで!?」
流石にそう言われたら、リルも気が気でないらしい。
理不尽な要求を突き付けられた様子で、子供ながらに憤慨している。
「何でも何も、街ではこれぐらいの計算が出来て、当然ぐらいなものだからだよ。お買い物も出来ないのに、街に行ってどうするの」
「んぅ……!」
リルはそれでもクッキーを頬張るのを止めない。
リスの様に膨らませて、感じたストレスごと飲み込もうとしているかのようだ。
「リルはもう計算が出来るんだから、難しく考えることないんだよ。今まで数字上でやってた事を、今度は硬貨で見立ててやるだけだ」
そうして、私はテーブルに広げた硬貨の中から複数選び、リルの前へパチリパチリと置いて行く。
分かり易い様に、硬貨の種類ごとに纏めた一塊にするサービス付きだ。
「さて、これは全部で幾らになるでしょう?」
「んぅ……、えと……。どうがみっつで、てつがふたつだから……」
「銅貨は大きいのと、小さいのとがある。大きさで分かり辛かったら、裏返して見るといい。人の顔が彫られていたら、大銅貨の証拠だ」
リルは実際に裏返して見て、それがどちらか確認してから、指折り数えながら計算する。
まだ暗算が得意でないのは、書くことに慣れたせいでもあるだろう。
視覚的に数字が見えないと、まだ上手く計算できないのだ。
それでも独力でどうにかしようとしている姿は好ましく、ややしばらくしてから、自信なさ気に答えを出した。
「えっと、二百……三十?」
「そうだね、二百三十リベだ。じゃあ、ここから五十リベの物を買おうとしたら、どれを出せばいい?」
「ん〜……」
リルは少し迷ったが、すぐに鉄貨一枚を手に取った。
「これ! これつかう!」
「おっ、いいな。正解だ。賢いね、リルは」
「んへへ……!」
素直に褒めて、リルの頭を優しく撫でる。
両手でぐりぐりと撫で回してから離れ、次の問題へと移った。
「ここに百八十リベの商品があるとします。こっちの……」
そう言い差して、予め
「このお金から払う時、何を選べば良いでしょう。また、その時のお釣りは幾らになる?」
用意しているのは、鉄貨、銀貨、金貨の三種類だ。
三種類には違いないが、少し引っ掛けを用意していた。
先程リルに使わせた銅貨は、良く磨いていた物にしていたので、黄金色に輝く硬貨だった。
銅貨とは言うが、正確には青銅製なので、錆を綺麗に落とせば綺麗に輝く。
今回の硬貨郡に青銅は含まれていないが、そこに気付けるかも一つの問題だった。
そして、鉄貨以下の硬貨は含まれていないので、どれを出しても買える、という少し嫌な問題でもある。
ただし、額面が大きい硬貨での買い物は推奨されない。
見抜いた上で間違ったなら、それを教えるつもりだった。
しばらくリルは考え込んでいたが、それから首を小さく傾けて、疑問を口にした。
「これ……、どれつかっても、かえる……よね?」
「お、気付いたな」
よく磨かれた青銅と、薄汚れた金貨を間違える商人などいない。
隣り合わせて見比べれば、一目瞭然でもあるのだが、リルは見慣れてもいないのに見事、見破った。
喜ばしい気持ちを抑えて、私は更に問い掛ける。
「じゃあ、どれを使う?」
「どれって……、んぅ……。どれでもいいなら、リル……まよっちゃうなぁ」
「リル、どれでも買えるのは正解だけど、お釣りの事も考えないといけないよ。大きい額面を使うと、それだけ差額も大きくなるんだから」
「さがく……?」
その説明も必要か、と何もかも、自分の常識に照らして教えていたのだと、改めて思う。
私は差額の説明を、実際の計算式を粘土板に書いて説明した。
「……つまり、こうだ。リルが普段からしてる計算で見れば、分かり易いね。この引き算が、お買い物する時の考え方だ。この上の数字を大きくすると……」
「こたえも、おっきぃ」
「つまり、お釣りが多い、って事になる。それでね、大きいお釣りというのは基本的に、どこのお店でも喜ばれないんだ」
「どうして?」
「お釣りには限りがあるし、そもそも金貨での支払いを最初から考えてないお店もあるからだ。リルが前に、串焼きを買った露店なんかもそうだ。金貨での支払いを、断って来る店だってあるよ」
釣り銭を切らしてしまえば、その後の商売に支障を来す。
その危険を敢えて飲み込んでまで商品を売るくらいならば、最初から拒否した方が利口だ。
買いたい客からしても不本意だろうが、非常識な事をしているのは客の方なので、店側が折れてやるかどうかは、その後の交渉に掛かってくる。
「それにね、お釣りを受け取るリルだって大変だ」
「どうして?」
「……実際に、試してみた方が早いか」
このテーブル上には、金貨で支払った場合のお釣りに相当する硬貨は、流石になかった。
しかし、それと近しい重さにはなる。
テーブル上全ての硬貨を袋の中に納めると、それをリルに手渡した。
「ほら、持ってご覧」
「んぅ……! おもっ……!」
両手で受け取ったリルは、テーブルの上に落としそうになる。
私が軽々と持っていたから勘違いした部分もあるだろうが、意外な重さに苛立ちみたいなものを見せていた。
「お釣りを沢山受け取ると、それだけ邪魔になるんだよ。だから、どこか一つの買い物でお釣りが沢山出てしまったとしても、他の買い物でしっかり小銭を使っていかないと……」
「どんどんおもくなって、ジャマになっちゃうんだ……」
そう、と頷いて、私は袋をリルから返して貰った。
そして改めて硬貨を取り出し、またテーブルに広げる。
「だから、しっかり計算できないと、お買い物は出来ないものなんだ。リルも街に行きたいのなら、計算が出来るだけじゃなくて、お釣りについても考えられるようにならないとね」
「うんっ!」
そう言うと、リルは目に見えて計算に掛かるやる気を増した。
最初からこうして積極性を養えば良かったか、と思うが、教育に近道ばかり求めても仕方がない。
基礎の計算能力を今持ち得ていたから、さっきの言葉の理解が深かった、と思うようにしよう。
だが一つ、私はリルに嘘をついている。
街の人間全てが計算能力を持っている訳でもなく、中には銅貨だけで生活している者もいる、ということだ。
そもそも普通に生活している分には、そう高い買い物をする事がない。
銅貨が最も利用される硬貨だし、だから銅鉱山を持つ国は強かったりするのだが……。
それは今、全く関係ない話である。