混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その4

「さて……。それじゃあリル、ちょっとコレを見てご覧」

 

 そう言って、私は予め用意しておいた硬貨を、テーブルの上に広げた。

 

 そもそも今回は、リルの計算能力を確認する為だけではなく、その活用方法を教える為の時間だった。

 

 妖精のいたずらで、その話を言い出す前に色々と騒ぎになったが、おやつの時間を挟んで、最初からこれを教える予定だったのだ。

 

 リルは計算問題を何の為にやっているか疑問視していて、だからやる気も積極性もないが、これを知れば変わるかも……と思って用意してみた。

 

 ……というより、その為でもある、と最初に教えていたはずだが、使う機会がないので、リルの頭からはサッパリと消えてしまっていたのだろう。

 

「これ、何か分かる?」

 

「わかる! まえにみた! おにくをかうやつ!」

 

「それだけに使う訳じゃないけどね。……うん、正解だ」

 

 私は褒めながら頷き、一枚の硬貨を指に挟んで、リルの前で掲げる。

 

「これはお金だ。単位はリーベレット。呼ぶには少し長いので、大抵はリベと略される。何か物を買う時……例えば、商品の値札に百リベ、と書かれたりするのが普通だ」

 

「へぇ〜……」

 

 リルは一つの雑学を聞いているような雰囲気で、緊張感が見られない。

 

 未だにクッキーを食べているからなのかも知れず、私は一度クッキーを取り上げようか、一瞬迷った。

 

 しかし、その時シルケがふわりとやって来て、私とリルの分のお茶を注いで行く。

 我が家で好んで飲まれるハーブティーで、クッキーとも良く合う。

 

「ありがとう!」

 

 リルが笑顔で礼を言うと、シルケは嬉しそうに笑みを浮かべて、来た時と同様、ふんわりと浮かんで去って行った。

 

「……まぁ、今更か……。いいかい、リル。飲みながらで良いから聞きなさい」

 

「んっ!」

 

 言葉通り、カップに口を付けながら頷き、リルは続く言葉を待った。

 

 私はテーブルの上に広げられた、数種類の硬貨の中から選んで、一枚ずつリルの前へ差し出す。

 

「これが銅貨で最小単位……つまり、一番安いお金だな。次に大銅貨、銅貨十枚分の価値がある。次に鉄貨、大銅貨十枚分の価値があり、そして銀貨、金貨……と同じ調子で続いていく」

 

「へぇ〜……」

 

 リルは興味深そうに硬貨を眺めてこそいるが、まるで他人事といった調子だ。

 

 だから何、とでも思っている雰囲気があり、少し危機意識を焚き付ける意味で言葉を放った。

 

「覚えておかないと、リルはとっても苦労するぞ」

 

「どぉして?」

 

「これが分からないと、買い物できないからさ。そして、分からないままだと、お母さんはリルを街に連れて行きません」

 

「えっ、なんで!?」

 

 流石にそう言われたら、リルも気が気でないらしい。

 理不尽な要求を突き付けられた様子で、子供ながらに憤慨している。

 

「何でも何も、街ではこれぐらいの計算が出来て、当然ぐらいなものだからだよ。お買い物も出来ないのに、街に行ってどうするの」

 

「んぅ……!」

 

 リルはそれでもクッキーを頬張るのを止めない。

 リスの様に膨らませて、感じたストレスごと飲み込もうとしているかのようだ。

 

「リルはもう計算が出来るんだから、難しく考えることないんだよ。今まで数字上でやってた事を、今度は硬貨で見立ててやるだけだ」

 

 そうして、私はテーブルに広げた硬貨の中から複数選び、リルの前へパチリパチリと置いて行く。

 

 分かり易い様に、硬貨の種類ごとに纏めた一塊にするサービス付きだ。

 

「さて、これは全部で幾らになるでしょう?」

 

「んぅ……、えと……。どうがみっつで、てつがふたつだから……」

 

「銅貨は大きいのと、小さいのとがある。大きさで分かり辛かったら、裏返して見るといい。人の顔が彫られていたら、大銅貨の証拠だ」

 

 リルは実際に裏返して見て、それがどちらか確認してから、指折り数えながら計算する。

 

 まだ暗算が得意でないのは、書くことに慣れたせいでもあるだろう。

 視覚的に数字が見えないと、まだ上手く計算できないのだ。

 

 それでも独力でどうにかしようとしている姿は好ましく、ややしばらくしてから、自信なさ気に答えを出した。

 

「えっと、二百……三十?」

 

「そうだね、二百三十リベだ。じゃあ、ここから五十リベの物を買おうとしたら、どれを出せばいい?」

 

「ん〜……」

 

 リルは少し迷ったが、すぐに鉄貨一枚を手に取った。

 

「これ! これつかう!」

 

「おっ、いいな。正解だ。賢いね、リルは」

 

「んへへ……!」

 

 素直に褒めて、リルの頭を優しく撫でる。

 両手でぐりぐりと撫で回してから離れ、次の問題へと移った。

 

「ここに百八十リベの商品があるとします。こっちの……」

 

 そう言い差して、予め()けてあった硬貨の群れを指差した。

 

「このお金から払う時、何を選べば良いでしょう。また、その時のお釣りは幾らになる?」

 

 用意しているのは、鉄貨、銀貨、金貨の三種類だ。

 三種類には違いないが、少し引っ掛けを用意していた。

 

 先程リルに使わせた銅貨は、良く磨いていた物にしていたので、黄金色に輝く硬貨だった。

 

 銅貨とは言うが、正確には青銅製なので、錆を綺麗に落とせば綺麗に輝く。

 今回の硬貨郡に青銅は含まれていないが、そこに気付けるかも一つの問題だった。

 

 そして、鉄貨以下の硬貨は含まれていないので、どれを出しても買える、という少し嫌な問題でもある。

 

 ただし、額面が大きい硬貨での買い物は推奨されない。

 見抜いた上で間違ったなら、それを教えるつもりだった。

 

 しばらくリルは考え込んでいたが、それから首を小さく傾けて、疑問を口にした。

 

「これ……、どれつかっても、かえる……よね?」

 

「お、気付いたな」

 

 よく磨かれた青銅と、薄汚れた金貨を間違える商人などいない。

 

 隣り合わせて見比べれば、一目瞭然でもあるのだが、リルは見慣れてもいないのに見事、見破った。

 

 喜ばしい気持ちを抑えて、私は更に問い掛ける。

 

「じゃあ、どれを使う?」

 

「どれって……、んぅ……。どれでもいいなら、リル……まよっちゃうなぁ」

 

「リル、どれでも買えるのは正解だけど、お釣りの事も考えないといけないよ。大きい額面を使うと、それだけ差額も大きくなるんだから」

 

「さがく……?」

 

 その説明も必要か、と何もかも、自分の常識に照らして教えていたのだと、改めて思う。

 

 私は差額の説明を、実際の計算式を粘土板に書いて説明した。

 

「……つまり、こうだ。リルが普段からしてる計算で見れば、分かり易いね。この引き算が、お買い物する時の考え方だ。この上の数字を大きくすると……」

 

「こたえも、おっきぃ」

 

「つまり、お釣りが多い、って事になる。それでね、大きいお釣りというのは基本的に、どこのお店でも喜ばれないんだ」

 

「どうして?」

 

「お釣りには限りがあるし、そもそも金貨での支払いを最初から考えてないお店もあるからだ。リルが前に、串焼きを買った露店なんかもそうだ。金貨での支払いを、断って来る店だってあるよ」

 

 釣り銭を切らしてしまえば、その後の商売に支障を来す。

 

 その危険を敢えて飲み込んでまで商品を売るくらいならば、最初から拒否した方が利口だ。

 

 買いたい客からしても不本意だろうが、非常識な事をしているのは客の方なので、店側が折れてやるかどうかは、その後の交渉に掛かってくる。

 

「それにね、お釣りを受け取るリルだって大変だ」

 

「どうして?」

 

「……実際に、試してみた方が早いか」

 

 このテーブル上には、金貨で支払った場合のお釣りに相当する硬貨は、流石になかった。

 

 しかし、それと近しい重さにはなる。

 テーブル上全ての硬貨を袋の中に納めると、それをリルに手渡した。

 

「ほら、持ってご覧」

 

「んぅ……! おもっ……!」

 

 両手で受け取ったリルは、テーブルの上に落としそうになる。

 

 私が軽々と持っていたから勘違いした部分もあるだろうが、意外な重さに苛立ちみたいなものを見せていた。

 

「お釣りを沢山受け取ると、それだけ邪魔になるんだよ。だから、どこか一つの買い物でお釣りが沢山出てしまったとしても、他の買い物でしっかり小銭を使っていかないと……」

 

「どんどんおもくなって、ジャマになっちゃうんだ……」

 

 そう、と頷いて、私は袋をリルから返して貰った。

 そして改めて硬貨を取り出し、またテーブルに広げる。

 

「だから、しっかり計算できないと、お買い物は出来ないものなんだ。リルも街に行きたいのなら、計算が出来るだけじゃなくて、お釣りについても考えられるようにならないとね」

 

「うんっ!」

 

 そう言うと、リルは目に見えて計算に掛かるやる気を増した。

 

 最初からこうして積極性を養えば良かったか、と思うが、教育に近道ばかり求めても仕方がない。

 

 基礎の計算能力を今持ち得ていたから、さっきの言葉の理解が深かった、と思うようにしよう。

 

 だが一つ、私はリルに嘘をついている。

 

 街の人間全てが計算能力を持っている訳でもなく、中には銅貨だけで生活している者もいる、ということだ。

 

 そもそも普通に生活している分には、そう高い買い物をする事がない。

 

 銅貨が最も利用される硬貨だし、だから銅鉱山を持つ国は強かったりするのだが……。

 

 それは今、全く関係ない話である。

 

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