混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その5

 翌日、朝からリルは機嫌が良かった。

 

 ここ数日曇りが続いていて、風は強めなものの、空に雲が少なく快晴。

 それに気分を良くした、というのが一つ。

 

 そして、朝の鍛練で動きが良くなった、と褒められたのが一つ。

 だが何より、今日は街にお出掛けする、と聞かされたのが、何より大きかった。

 

 朝食を済ませた後は、外行きのおめかしをして準備を整える。

 本日は走り回るのに難儀しないよう、リルも股引きの服装だ。

 

 前回の様な災難はもう起きないだろうと思う一方、どういったトラブルが起きるか分からない。

 

 森の中で暮らす分には、ただ穏やかでいられるものだが、街では向こうから騒動がやって来る。

 

 いざという時の備えは、しっかり用意しておくに越したことはないとして、こういう格好をさせた。

 私は本日も錬金薬を売り捌く予定なので、前回同様、商家風の格好だ。

 

 スカートを履かず、やはりパンツスタイルなのは変わらない。

 

 本来、女性でスカートを穿かないのは冒険者ぐらいで、だからこうした格好をすると、粗野な人物と見做される。

 

 色眼鏡とレッテル貼りでしかないし、評判が第一の商人にあるまじき格好なのだが、私にとっては今更だ。

 

 そうした色眼鏡で見ない商人とは強い繋がりを持ち、今やその高い水準の卸商品で、相手方も多大な利益を得るようになった。

 

 だから今となっては、この格好で会う事に文句を付ける者は誰もいない。

 

「はい、それじゃあ、そこで後ろ向いて」

 

 着替え終わったリルの襟を正し、袖の方も整え終わると、リルに背を向けさせて、そこでも形を整える。

 

 問題なく着こなしているのを確認し、そうしてふと髪の毛に目が行った。

 以前のリルは、首の後ろ側――襟足が見えるほど髪が短かったのだが……。

 

 それが今ではすっかり隠れてしまって、側頭部もかなり伸びてしまっている。

 

「そろそろ、髪の毛も切らないといけないかな」

 

「えぇ〜? リル、のばしたい!」

 

「前にもそんなこと言ってた気がするけど、リルには邪魔になると思う」

 

「リルも、お母さんみたいにしたい!」

 

「うぅん……」

 

 実際問題として、女の子は髪の毛を伸ばすものだ。

 

 髪型は己の身分や年齢、未婚か既婚か、そういったものを客観視できるよう、定められているものでもある。

 

 特に獣人社会では、髪型を厳格に定めているもので、それに倣わない者は爪弾き者と見做される場合が基本だった。

 

 ただし、それは獣人の単一国家にとっては、という話であって、いつも行く多人種国家の街では、そういった風潮は大分緩い。

 

 それでもやはり、女性は髪を伸ばすもの、という揺るぎない価値観は根強かった。

 五歳程度から伸ばし始め、将来に備える家は多い。

 

 そう言った意味では、リルは少し遅いぐらいではあった。

 

「まぁ、いいか。邪魔だと思ったら言いなさい。無理して伸ばさなくて良いからね」

 

「へーきだよ! リルもお母さんみたくなるの!」

 

 そう言って振り返り、首の横で髪を梳く真似をする。

 私が寝る前などに髪を梳かす仕草であり、そこに憧れを持っているようだ。

 

 子供は何かと親のマネをしたがるものだから、私からすると微笑ましい。

 ただし、長い髪は手入れが大変で、見た目ほど恵まれた髪型でもないのだ。

 

 特に剣などを振り回す時、ひたすら邪魔と感じることだろう。

 

「それも慣れ次第、技量次第、かな……」

 

「んぅ? ……なぁに?」

 

「いや、何でもないよ。リルの好きになさい」

 

「うんっ!」

 

 年頃ともなれば、自然と髪の長さや手入れなど、気に掛けたくなるものだろう。

 

 少し早いが、リルもまたそういう事が気になるお年頃、というものなのかもしれない。

 

「さて、準備も終わったことだし、そろそろ出発しようか。街の門は、もうすっかり開いている頃だろう」

 

「うん、いこいこ!」

 

 リルは私の手を取って、部屋から出て階段を降りていく。

 危ないよ、と声を掛けても、リルには関係無しだ。

 

 そのままドタドタと音を立てて降りると、そこにはアロガとナナが待ち構えていた。

 

 リルはアロガの頭に手を乗せて、ぐりぐりと撫で回しながら言う。

 

「アロガはつれていけないの。おとなしく、るすばんおねがいね」

 

「グルゥ……!」

 

 しかし、普段なら素直に暖炉前辺りに引き下がるアロガが、今回は譲らない。

 それどころか、大いに不満を表しながら、頭をぐいぐいとリルに押し付ける。

 

「ちょっと、アロガ……っ。いいコにしてて。……めっ! めっよ、アロガ!」

 

「アロガはね、私が一緒に行くのに、自分も行けないのが納得出来てないみたい」

 

 ナナが困った顔で言うと、リルは妙に納得して、今度はアロガを優しく撫でた。

 

「ごめんね、アロガ。でも、お母さんがダメって。アロガがまちにいくと、みんなビックリしちゃうんだって」

 

「それに、アロガは勘違いしてるのよ。私も一緒に、とは言うけど、隣を歩いて遊んだり出来るわけじゃないし……」

 

「そうなの……!?」

 

 今度はリル自身が驚いて、私に顔を向けて来る。

 視線を合わせて、その通りだと頷いた後、説明を始めた。

 

「前にも言ったろう? ナナが姿を見せられるのは、ここにある濃いマナのお陰なんだ。外に行ったら、リルがその代わりをしなくちゃいけない。でも、まだそんなの無理だろう?」

 

「うん、ムリ……」

 

 リルも訓練をしているが、これは魔力量とも密接に関わり、そして何より慣れが重要な部分だ。

 

 体力同様、才能があろうとも、未だ未成熟なリルでは、出来ない方が自然だった。

 だから、ナナは現界できないまま、リルの中に留まるだけになる。

 

 そもそも、精霊を共に連れ歩くなど、十分な訓練を積んだ魔法使いだってやらない。

 

 それは手首に傷を付け、血を垂らしながら歩くに等しい行為だ。

 

 必要な時、必要な場合でのみ、その力を借りるのが、正しい精霊との付き合い方でもある。

 

「でもとりあえず、リルの目と耳を通して、周囲に注意を払ってくれる。その状態でも、リルにはナナの声が聞こえるだろう。リルが見逃す危険も、ナナが気付いて注意してくれるかもしれない」

 

「私が付いていくのは、そういう防犯的な意味よ。一緒に遊ぶ為じゃないし、一緒に歩くことさえ出来ない。……どう? 分かった、アロガ?」

 

 ナナがそう言って諭すと、流石にアロガもそれ以上主張することなく、態度を改めた。

 

 ただし、リルと長く離れるのが寂しいのは間違いなく、甘えた仕草でリルの胸や腹に頭を擦り付ける。

 

 リルもアロガの頭や顎下をわしゃわしゃと撫で、慰める真似事をするものの、すぐに気持ちは街へ向かった。

 

「それじゃ、アロガ。おるすばん、しっかりね!」

 

「クゥン……」

 

「ほら、リル。シルケにも挨拶して」

 

「そうだった、シルケもいたんだった!」

 

 今日だけの話ではなく、ずっとシルケはいたのだし、長らく留守を守ってくれていた存在でもあった。

 

 実際に何が出来るでもないのだが、姿が見えずとも、リルを見守り……そして私が家に居ない時、リルの傍から離れなかったのも間違いない。

 

「じゃあ、シルケも。いってきます!」

 

 シルケは言葉を発せない。

 それでも笑顔で手を振り、気を付けて、というジェスチャーをする。

 

 リルが笑顔で手を振ると、私の手を握って、それでようやく出発になった。

 

 

  ※※※

 

 

 いつもの様に、家の領域と森の間に用意された魔法陣を使って、別の森へと転移した。

 

 街の程近くにある林とも呼べる小森へと降り立ち、そこから徒歩で進む。

 木々の間から姿を見せれば、徒歩で行くには十分な距離に、街の外壁が見えていた。

 

 そこへ続く一本道の両側には、柵が長らく続いており、その中で飼育されている家畜が草をのんびりと食んでいる。

 

 広大な草原は、どちらを見ても見渡す限りに広がり、左側の羊達の群れには牧童が付いて回っていた。

 

 まだ草は生え始めたばかりで、野放図に食べさせると草地が剥げてしまう。

 だから場所を巡っては変え、上手く分散させて土地を守っているのだ。

 

「へぇ〜……、たいへんなんだねぇ」

 

 一瞬、ぎょっとしてリルを見る。

 

 心の声でも漏れていたかと思えば、その視線は羊たちを追っており、こちらには向いていない。

 

 どうやら、ナナからの解説だか説明を聞いて、その感想を口にしたようだ。

 

「リル、あまり……ナナとの会話は、口にしない方がいいな。誰かが聞いてたら、変なコだと思われてしまうよ」

 

「んっ、わかった!」

 

 リルは頷いたものの、実にあっさりとしたものだった。

 あれは分かってない時の顔だな……。

 

 会話するのに声を出さない、というのは、リルにとっても不可解な状態だろう。

 

 これもいずれ慣れるだろうか、と思いながら、私はリルの手を取って街へと向かった。

 

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