混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その6

「いつ来ても賑やかだな、ここは……」

 

「ねっ、すごいねぇ〜っ! お母さん、ねっ!」

 

 リルも機嫌よく周囲を見回し、手を引っ張っては感動を顕にしている。

 はしゃぐ度に頭の耳が、ぴこぴこと弾んだ。

 

 足税を払って中に入った私達は、歩いてすぐ雑踏と活気が満ち溢れた光景を目にし、その光景に圧倒されていた。

 

 街で生きる人々は逞しい。

 日銭を稼ぐこと、商売で身を立てる者らが、そうした活気を生み出していた。

 

 私達にとっては縁遠い、人と人との間で生きる、彼らだからこそ生まれる活力だ。

 

 普段から静かな森の中に住んでいると、こうした賑やかさとはまったく縁遠い。

 

「リル、もっとこっちに寄りなさい」

 

 放っておけば、好奇心のまま走り出しそうなリルの手を引っ張り、道の端に誘導する。

 

 道には人が溢れているが、同時に馬車も多いのだ。

 

 荷台に商品を積んだ馬車が多く行き合い、少し目を移せば朝市の盛況さも見て取れた。

 

 朝市で並ぶ物は、料理など並ばない。

 果実や肉が収穫された状態が主であり、肉の場合はその場で解体することもある。

 

 今も鶏をシメている所が目に入り、肉厚の包丁を叩き付けて肉を寸断していた。

 

 少し奥には牛乳やチーズを扱っているのが見え、リルが指差して声を上げる。

 

「お母さん、チーズある!」

 

「あぁ、牛乳もあるな。帰りに買っていこう。明日はそれを使ったお菓子が作れるぞ。リルは何が食べたい?」

 

「パンケーキ!」

 

「リルは好きだなぁ。プリンはいいの?」

 

「じゃあ、それもっ!」

 

「おや、欲張りさんだ」

 

「んひひ……っ!」

 

 リルは私と握った手を、ぶんぶんと前後に振り回して屈託なく笑う。

 この笑顔を見られるなら、どんな我儘も許してしまいそうだ。

 

 しかし、締める所は締めねばならない。

 

「二つ同時はダメだよ、どっちか一つ。先にどっちが食べたいか、ゆっくり考えなさい」

 

「どっちかなぁ〜……。リル、こまっちゃなぁ……」

 

 真剣に悩み始めたリルを優しく見つめながら、雑踏を抜けて通りの奥までゆったりと歩くと、次第に人の流れも(まば)らになった。

 

 以前冬より前にやって来た時同様、商店通りを過ぎれば、屋敷の丘を正面に丁字路へと行き当たる。

 

 右方は職人通りや下流市民の住居へと続き、もう左方が貴族街や上流階級御用達の店舗などが並んでいた。

 

 ここで左の貴族街へと道を曲がれば、雑踏や闊達な雰囲気が鳴りを潜める。

 すると、リルの表情も自然と固くなった。

 

 ここでは自由や気ままな態度が許されないと、肌で感じ理解しているのだ。

 ――賢い子だ。

 

 あるいは、それこそ獣に宿る防衛本能が、顔を出した形なのかもしれない。

 噛み付くべき相手かどうか、獣ほど瞬時に理解出来る。

 

 世間知らずのリルであっても、そういう本能はどうやら健在らしい。

 しばらく歩けば、目的の店へと辿り着く。

 

「ここ……」

 

「うん、前にも来たね」

 

 白壁に黒の木材を用いたモダンな印象を受ける店舗、トードリリー良品店。

 私が錬金薬を卸すのは、この十年間、必ずここと決まっている。

 

 店内に足を踏み入れると、すぐ応接室に案内され、用意された一級品のソファーに座ってしばらく待つと、店主であるベントリーがやって来た。

 

 今回は周囲のインテリアを楽しむ余裕もない程、早く来てくれた。

 私は一応立ち上がり、友好の握手を交わす。

 

「お待たせして申し訳ありませんな。この度はお早い時期のご来店で、私としても嬉しく思いますぞ」

 

「歓迎どうも、ベントリー」

 

 手を離すと、恰幅の良い身体を揺らして、ベントリーは座る。

 そうして、隣にちょこんと座るリルに、愛想の良い笑顔を向けた。

 

「リルさんも、ご健勝で何よりでございます」

 

「ご、けんそー……ってなに?」

 

「おや、これは失礼を。お小さいお客様に、使う言葉ではありませんでしたな。お元気そうで何よりです」

 

「はい、げんきです!」

 

 リルが言葉通りに元気よく返事すると、ベントリーは相好を崩して頷く。

 

「いやはや、可愛い盛りで羨ましい。……うちの子と来たら、少し大きくなったかと思いきや、これがまた生意気なもので……」

 

「それもまた、子の成長というものかもしれないな。親に盾突きたくなる年頃というのは、誰にでもあるものなのかもな」

 

「それもまた、おっしゃる通りですな」

 

 はっは、と一頻り笑ってから商談を開始し、錬金薬を鞄から取り出す様に見せ掛けて、テーブルの上に並べていく。

 

 本来、錬金薬は外部から見ても、本当に効果があるか疑わしい物も多く、その品質が一定であるかも分からない。

 

 それを確かめる為に商人は目を鍛え、時に数滴舌で確かめて、その効果を調べる。

 

 だが私との長い付き合いで、そうした事は不要と考えているから、説明を受けただけでそれ以上の動きは何も見せなかった。

 

「……なるほど。しかし今回は、回復薬が少なめですな。筋力の増強、硬化といった水薬も、それなりに喜ばれるものですが、やはり命の分け目を担う回復が一番喜ばれますから」

 

 それを貴女が知らぬはずもないでしょう、とでも言いたげな視線だ。

 そしてこれまで、水薬を卸す時は回復薬を、多めに用意していたのも事実だった。

 

 需要がある物を多く用意するのは、商売をする上で常識以前の問題だ。

 だから、私もベントリーが喜ぶ商品として、比率を多めにしていたのだが……。

 

「これから回復薬は入り用の時期です。もう少し多くあれば、と思ってしまうのですが……」

 

 値段を釣り上げる為に、わざと小出しにしているのではないか。

 そう思っていそうな声音だ。

 

 そして、それならばそれで良いのだ。

 ベントリーは商人だから、値段交渉は挨拶の次に多く口から出る。

 

 だから、むしろ交渉で多く手に入るなら、是非そうさせてくれ、と言っている。

 だが、私は首を横に振った。

 

「これ以上は出ないぞ。春は出発や異動、新たな始まりの時期だ。冒険者を始めようとする輩は、うちみたいな外敵の弱い地域で旗揚げする事も多い。それに合わせて、多く在庫を持っておきたい所だろうな」

 

「えぇ、えぇ……! そうですとも! 今更、説明するのも(はばか)られますが、冒険者相手に商売している者にとって、今は稼ぎの時期です。ここで良品を掴ませておけば、他の店を頼ろうとは思いません。あればあるほど助かるのでございます」

 

 やって来るのは、何も新人ばかりではない。

 時に落伍者、時に装備の新調にと、この街を訪れる。

 

 王都では確かに仕事に困らないが、同時に旨味のある依頼は実力者との奪い合いだ。

 

 競争社会でもあるので、依頼の成否、信頼の有無などで、王都でやって行けなくなる者もいる。

 

 チャンスも多いが、失敗続きの冒険者に居場所は無いのだ。

 何しろ、新米冒険者は毎年幾らでも、一攫千金を求めてやってくる。

 

 代わりは幾らでもいる、の状態だから、やっていけなくなれば地方に映るしかなかった。

 

 そうした者は、大体春にホームを移す。

 

 始まりの季節とは言うものの、そもそも冬は移動に適さないし、秋まで進退を決められなかった者は、自動的に春まで待つという事情もある。

 

 だが、都落ちしたとはいえ、彼らの全てが能無しという訳ではない。

 むしろ、競争社会の最前線から身を引いた事で、逆に躍進するパターンもある。

 

 常に危険な相手、危険な魔物、危険な依頼を受けずとも、気ままに外敵となる魔獣を駆除方が性に合っていたりするのだ。

 

 この時、目の肥えてる冒険者が良い回復薬に出会ったなら、完全に商品の虜に出来る。

 

 リピーターとして長らく愛用されるのは、直接利益に直結するから、商人としても良い回復薬をこの時期に仕入れられるかは、大きな問題だった。

 

 私の用意する回復薬があれば、とベントリーは軽く考えていただろうに、そのアテが外れて焦りが見える。

 

 だが、今日訪れるあたり、私も肩透かしさせる為に来た訳ではなかった。

 

「そう焦らないで欲しいな。今回、用意した回復薬はたったの三本。でも、それら三本は百倍に濃縮されたものだ」

 

「そんな……、まさか……!」

 

 ベントリーは目を剥き、そして次いで詐欺師でも見るような視線を送る。

 

 回復薬は、その回復量に応じて作成されるものだ。

 つまり、この素材を使って癒せるのは切り傷まで、と明確に決まっている。

 

 作成した錬金術士の力量によって、その効果はある程度左右されるとはいえ、安い材料で作れる水薬で、腕をくっ付ける様な芸当は出来ない。

 

 では、腕さえくっ付ける回復薬を、単に薄めれば切り傷を癒やせる程度の薬になるかと言えば、答えは否だった。

 

 下手に希釈すると効果そのものを失う。

 

 錬金薬とは絶妙なバランスの上に成り立つものなので、少しでも手を加えると、それだけで無用の長物と化す。

 

 それがこの世の常識だった。

 だから、ベントリーが詐欺師を見る目付きをするのは、至極当然としか言えない。

 

 しかし、自ら悪評をばら撒く様な真似を、私がするはずもないのだった。

 

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