「いつ来ても賑やかだな、ここは……」
「ねっ、すごいねぇ〜っ! お母さん、ねっ!」
リルも機嫌よく周囲を見回し、手を引っ張っては感動を顕にしている。
はしゃぐ度に頭の耳が、ぴこぴこと弾んだ。
足税を払って中に入った私達は、歩いてすぐ雑踏と活気が満ち溢れた光景を目にし、その光景に圧倒されていた。
街で生きる人々は逞しい。
日銭を稼ぐこと、商売で身を立てる者らが、そうした活気を生み出していた。
私達にとっては縁遠い、人と人との間で生きる、彼らだからこそ生まれる活力だ。
普段から静かな森の中に住んでいると、こうした賑やかさとはまったく縁遠い。
「リル、もっとこっちに寄りなさい」
放っておけば、好奇心のまま走り出しそうなリルの手を引っ張り、道の端に誘導する。
道には人が溢れているが、同時に馬車も多いのだ。
荷台に商品を積んだ馬車が多く行き合い、少し目を移せば朝市の盛況さも見て取れた。
朝市で並ぶ物は、料理など並ばない。
果実や肉が収穫された状態が主であり、肉の場合はその場で解体することもある。
今も鶏をシメている所が目に入り、肉厚の包丁を叩き付けて肉を寸断していた。
少し奥には牛乳やチーズを扱っているのが見え、リルが指差して声を上げる。
「お母さん、チーズある!」
「あぁ、牛乳もあるな。帰りに買っていこう。明日はそれを使ったお菓子が作れるぞ。リルは何が食べたい?」
「パンケーキ!」
「リルは好きだなぁ。プリンはいいの?」
「じゃあ、それもっ!」
「おや、欲張りさんだ」
「んひひ……っ!」
リルは私と握った手を、ぶんぶんと前後に振り回して屈託なく笑う。
この笑顔を見られるなら、どんな我儘も許してしまいそうだ。
しかし、締める所は締めねばならない。
「二つ同時はダメだよ、どっちか一つ。先にどっちが食べたいか、ゆっくり考えなさい」
「どっちかなぁ〜……。リル、こまっちゃなぁ……」
真剣に悩み始めたリルを優しく見つめながら、雑踏を抜けて通りの奥までゆったりと歩くと、次第に人の流れも
以前冬より前にやって来た時同様、商店通りを過ぎれば、屋敷の丘を正面に丁字路へと行き当たる。
右方は職人通りや下流市民の住居へと続き、もう左方が貴族街や上流階級御用達の店舗などが並んでいた。
ここで左の貴族街へと道を曲がれば、雑踏や闊達な雰囲気が鳴りを潜める。
すると、リルの表情も自然と固くなった。
ここでは自由や気ままな態度が許されないと、肌で感じ理解しているのだ。
――賢い子だ。
あるいは、それこそ獣に宿る防衛本能が、顔を出した形なのかもしれない。
噛み付くべき相手かどうか、獣ほど瞬時に理解出来る。
世間知らずのリルであっても、そういう本能はどうやら健在らしい。
しばらく歩けば、目的の店へと辿り着く。
「ここ……」
「うん、前にも来たね」
白壁に黒の木材を用いたモダンな印象を受ける店舗、トードリリー良品店。
私が錬金薬を卸すのは、この十年間、必ずここと決まっている。
店内に足を踏み入れると、すぐ応接室に案内され、用意された一級品のソファーに座ってしばらく待つと、店主であるベントリーがやって来た。
今回は周囲のインテリアを楽しむ余裕もない程、早く来てくれた。
私は一応立ち上がり、友好の握手を交わす。
「お待たせして申し訳ありませんな。この度はお早い時期のご来店で、私としても嬉しく思いますぞ」
「歓迎どうも、ベントリー」
手を離すと、恰幅の良い身体を揺らして、ベントリーは座る。
そうして、隣にちょこんと座るリルに、愛想の良い笑顔を向けた。
「リルさんも、ご健勝で何よりでございます」
「ご、けんそー……ってなに?」
「おや、これは失礼を。お小さいお客様に、使う言葉ではありませんでしたな。お元気そうで何よりです」
「はい、げんきです!」
リルが言葉通りに元気よく返事すると、ベントリーは相好を崩して頷く。
「いやはや、可愛い盛りで羨ましい。……うちの子と来たら、少し大きくなったかと思いきや、これがまた生意気なもので……」
「それもまた、子の成長というものかもしれないな。親に盾突きたくなる年頃というのは、誰にでもあるものなのかもな」
「それもまた、おっしゃる通りですな」
はっは、と一頻り笑ってから商談を開始し、錬金薬を鞄から取り出す様に見せ掛けて、テーブルの上に並べていく。
本来、錬金薬は外部から見ても、本当に効果があるか疑わしい物も多く、その品質が一定であるかも分からない。
それを確かめる為に商人は目を鍛え、時に数滴舌で確かめて、その効果を調べる。
だが私との長い付き合いで、そうした事は不要と考えているから、説明を受けただけでそれ以上の動きは何も見せなかった。
「……なるほど。しかし今回は、回復薬が少なめですな。筋力の増強、硬化といった水薬も、それなりに喜ばれるものですが、やはり命の分け目を担う回復が一番喜ばれますから」
それを貴女が知らぬはずもないでしょう、とでも言いたげな視線だ。
そしてこれまで、水薬を卸す時は回復薬を、多めに用意していたのも事実だった。
需要がある物を多く用意するのは、商売をする上で常識以前の問題だ。
だから、私もベントリーが喜ぶ商品として、比率を多めにしていたのだが……。
「これから回復薬は入り用の時期です。もう少し多くあれば、と思ってしまうのですが……」
値段を釣り上げる為に、わざと小出しにしているのではないか。
そう思っていそうな声音だ。
そして、それならばそれで良いのだ。
ベントリーは商人だから、値段交渉は挨拶の次に多く口から出る。
だから、むしろ交渉で多く手に入るなら、是非そうさせてくれ、と言っている。
だが、私は首を横に振った。
「これ以上は出ないぞ。春は出発や異動、新たな始まりの時期だ。冒険者を始めようとする輩は、うちみたいな外敵の弱い地域で旗揚げする事も多い。それに合わせて、多く在庫を持っておきたい所だろうな」
「えぇ、えぇ……! そうですとも! 今更、説明するのも
やって来るのは、何も新人ばかりではない。
時に落伍者、時に装備の新調にと、この街を訪れる。
王都では確かに仕事に困らないが、同時に旨味のある依頼は実力者との奪い合いだ。
競争社会でもあるので、依頼の成否、信頼の有無などで、王都でやって行けなくなる者もいる。
チャンスも多いが、失敗続きの冒険者に居場所は無いのだ。
何しろ、新米冒険者は毎年幾らでも、一攫千金を求めてやってくる。
代わりは幾らでもいる、の状態だから、やっていけなくなれば地方に映るしかなかった。
そうした者は、大体春にホームを移す。
始まりの季節とは言うものの、そもそも冬は移動に適さないし、秋まで進退を決められなかった者は、自動的に春まで待つという事情もある。
だが、都落ちしたとはいえ、彼らの全てが能無しという訳ではない。
むしろ、競争社会の最前線から身を引いた事で、逆に躍進するパターンもある。
常に危険な相手、危険な魔物、危険な依頼を受けずとも、気ままに外敵となる魔獣を駆除方が性に合っていたりするのだ。
この時、目の肥えてる冒険者が良い回復薬に出会ったなら、完全に商品の虜に出来る。
リピーターとして長らく愛用されるのは、直接利益に直結するから、商人としても良い回復薬をこの時期に仕入れられるかは、大きな問題だった。
私の用意する回復薬があれば、とベントリーは軽く考えていただろうに、そのアテが外れて焦りが見える。
だが、今日訪れるあたり、私も肩透かしさせる為に来た訳ではなかった。
「そう焦らないで欲しいな。今回、用意した回復薬はたったの三本。でも、それら三本は百倍に濃縮されたものだ」
「そんな……、まさか……!」
ベントリーは目を剥き、そして次いで詐欺師でも見るような視線を送る。
回復薬は、その回復量に応じて作成されるものだ。
つまり、この素材を使って癒せるのは切り傷まで、と明確に決まっている。
作成した錬金術士の力量によって、その効果はある程度左右されるとはいえ、安い材料で作れる水薬で、腕をくっ付ける様な芸当は出来ない。
では、腕さえくっ付ける回復薬を、単に薄めれば切り傷を癒やせる程度の薬になるかと言えば、答えは否だった。
下手に希釈すると効果そのものを失う。
錬金薬とは絶妙なバランスの上に成り立つものなので、少しでも手を加えると、それだけで無用の長物と化す。
それがこの世の常識だった。
だから、ベントリーが詐欺師を見る目付きをするのは、至極当然としか言えない。
しかし、自ら悪評をばら撒く様な真似を、私がするはずもないのだった。