混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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お出掛けは学びと共に その7

「希釈に使用して良いのは蒸留水だけだ。間違っても井戸水をそのまま使う、なんて真似はさせるなよ。効果が不安定になる」

 

「しかし、本当に……?」

 

 ベントリーは恐る恐る、三本の内の一つを手に取る。

 赤よりもなお紅いそのポーションを、穴が開く程に見つめた。

 

「そんなに美味い話があるのですか? 希釈するだけで効果を調整できる……とはつまり、既存の規格以外の回復薬が作れる、という意味でもあるのでしょう?」

 

「その既存の規格とやらも、随分上下あるはずだが……」

 

 水薬はどれも、大きく分けて三種類に大別される。

 

 上中下と、それぞれ名前の付く水薬だが、腕の良い錬金術士が作った下級水薬と、見習いが作った中級では、その効果に殆ど隔たりがなかった。

 

 それこそが、腕の良い錬金術士が引く手数多の理由だ。

 そうして、腕の良し悪しがあるからこそ、その価値も左右される。

 

 だがそこにも問題があって、一見しただけではその回復量を測れない、という部分だった。

 

 購入には良い物、悪い物、その品質を見抜く『目利き』は重要な要素だ。

 

 だからこそ、商店は良い水薬を仕入れるのに余念がないし、錬金術士も己の水薬をより高く買ってくれる所を贔屓する。

 

 しかし、どこにも落とし穴の様なものはあって、詐欺的手法で販売する水薬も、市場にはまた多いのだった。

 

「濃度……その効果で価格も決められる。いや、顧客が提示する額によって、見合う効果を提供するでも良い! これまでの常識が覆りますよ! 販売形態その物が変わる!」

 

「だが、問題もある」

 

「そう、そうです! どうやって、その効果を保証するのか。下手をすると、今までの詐欺紛いの商品以上に、信頼が置けないという話にもなってしまう……!」

 

 ベントリーは実に悩ましい表情で、眉間にシワを寄せて唸った。

 水薬は冒険者にとっての命綱だ。

 

 ここを疎かにする者は大成出来ないし、そもそも軽く考えている奴は早々に命を落とす。

 

 下手な物を流通させると、商店の名に傷が付くだけでなく、冗談ではなく破滅してしまう危険すらあった。

 

 下手なものを流通させれば、冒険者ギルドを敵に回すし、ギルド経由で悪評が大陸全土に及べば、最早どこへ行こうと商売出来なくさせられるだろう。

 

 だから、ベントリーにしても、安易に飛び付きたく気持ちを必死に抑えていた。

 

 私が持ち込んだ商品は、信用が置けるとは考えているだろう。

 だが、そういう物が流通した結果、真似を始める業者は必ず出て来る。

 

 そして、私の水薬と、その効果は本物なのだから、現実に実現できる水薬だと知れ渡った時――。

 

 誰も他もと後を追い、既存の製品より粗悪な物ばかりが流通する、最悪の事態にもなりかねなかった。

 

 ベントリーがその最悪を想定し、悩ましげに唸るのは当然としか言えなかった。

 

「そこでもう一つ、こういう物を作ってみた」

 

 私は鞄から一枚の紙を取り出す。

 

 正方形の紙には、円が何重にも広がる線が引かれており、中心には少し大きめの丸がある。

 

 そこだけが黒く塗りつぶされ、他の円はそこから正確に一センチ幅で拡大していた。

 

「これは……? 的あての様にも見えますが……」

 

「試験紙と言う。どういう物かは、今から実践して見せよう」

 

 そう言って、再び鞄に手を突っ込み、蒸留水とスポイトを取り出す。

 それから濃縮水薬のコルクを抜き、一滴分だけ抽出した。

 

「まず、これを一の割合として……。蒸留水は十で行ってみよう」

 

 ベントリーにも見易いよう、手元とスポイトの吸い取る量が分かるよう気を配りながら抽出した。

 

「これを、先程の試験紙の中心。この黒丸に……」

 

 説明と同時に、一滴落とす。

 すると、紙の色が黒円を中心として、一気に広がった。

 

 僅か三秒で外周の円に辿り着き、紙を薄赤色に染めてしまう。

 凝視していたベントリーは、これが何を意味するか、即座に理解した。

 

「つまり……、つまりこれは! 水薬の回復量を測れると、そういう事なのですな!?」

 

「そう、次は蒸留水の量を倍にしてみよう」

 

 一度スポイトの中身を空にして、言葉通りに濃縮水薬と蒸留水を吸引する。

 

 そうして、新たに取り出した試験紙の上に一滴落とせば、今度は先の半分程……試験紙の中心まで色が広がって止まった。

 

「正確だ……。希釈した量によって、広がりも変わる。……これは、これは大変な事ですよ!」

 

「更に一つ説明しておくと、広がる速度は回復速度を測る物差しにもなっている。既存の水薬は、回復量もまちまち、回復速度にも違いがあった。これがあれば、その両方を測定できる」

 

「凄い……! 何が凄いって、濃縮水薬よりも、遥かに価値があるのは、試験紙の方って事ですよ! こんな物があれば、と思っていたものですが、まさか現実に存在するとは!」

 

 ベントリーは大袈裟に感動して天井を仰げ見、それから狂気すら感じさせる瞳で顔を近付けて来た。

 

「これを何処で!? 私にも一枚、噛ませて下さい! これは革命だ!」

 

「何処とは詳しく言えないが、西の大陸だ。そこの錬金術士に伝手がある」

 

「うぅむ……、なるほど。しかし……」

 

 西大陸はエルフが支配する覇権国家で、高い文明と高度な知識を保有する国だ。

 

 私達が住む東大陸は、残念ながら魔術的にも、そして文明的にも後進国で、我が国で見られない物の出が西大陸だと分かれば、大抵は納得してしまう。

 

「それに、その錬金術士は個人でやってる者だからな。どちらにしろ、大量生産は無理だ」

 

「しかし、しかし、それでは如何にも惜しい……!」

 

 そう言って、ベントリーは臍を噛む表情で顔を歪める。

 

「この試験紙……、一度(ひとたび)世に出回れば、画期的だと誰もが認めるでしょう。この効果が正確であればある程、信頼出来る物である程、複製品が出回る!」

 

「複製できる技量があるなら、それでも良い。問題なのは、粗悪な品で溢れることだな」

 

「悪貨は良貨を駆逐する、その通り! これを防ぐには、こちらで独占した上で、大量に用意するしかない! そのうえ低価格で、粗悪な品が入り込む余地がない程、市場を席巻せねばならない!」

 

 ベントリーはそこまで熱弁してから、力を抜いてソファーに座り直した。

 

「どちらも非常に魅力的! ……なのですが、市場に出すのは危険過ぎます。大量に用意できる前提でなければ、そもそも無い方がマシでしょう」

 

「そうか、たとえ良い品であっても、それを元に粗悪品ばかりが溢れてしまうなら、害悪でしかないか……」

 

「金のなる木なのは間違いありません。たんまりと儲けさせてくれるでしょうが、私も市場を愛する一人の商人でございますれば……」

 

「そうだな」

 

 自らの屋台骨を、自ら折ってしまえば、回り回って損するのは自分だ。

 それがよく分かるから、目先の利益に飛びつかない。

 

 ベントリーは正しく、生粋の商人だった。

 

「私が浅慮だった。ただ良い品であれば売れる、と思ったのは間違いだったな」

 

 頷く様に小さく頭を下げたタイミングで、隣に座るリルの姿が目に入る。

 

 ベントリーが熱中したお陰で少し会話の応酬が続いていたが、リルは非常に暇そうだ。

 

 今もソファーから投げ出された足が、所在なさげに揺れていた。

 もう少しの我慢、という意味を込めて、私はリルの足を撫でる。

 

 すると、リルは嬉しそうに顔を向けてから、今度は澄まして座り直した。

 リルなりに、今は大事な話をしていると、よく理解しているのだ。

 

 それを微笑ましく見ていたベントリーは、更に話を続ける。

 

「西ではどうなのです? やはり、その程度の商品は溢れているのでしょうか」

 

 東と西の行き来は非常に難しい。

 

 内陸にあるこの街からだと、高い輸送費を払って輸入する旨味もないので、互いに交易などなかった。

 

 だから、ベントリー程の商人でも西大陸は未知の世界で、伝聞でしか耳に入らない。

 

「そうだな……、ここより法整備も行き届いていると思う。というか、粗悪品の水薬など販売は許されてないはずだ。錬金術士がそもそも公認性で、免許がないと作れない仕組みだしな」

 

「ははぁ……」

 

 西大陸から仕入れているなど、当然私のついた嘘だが、西大陸についは色々と詳しい。

 

 最新の情報までは知らないが、五年か十年ほど前の事なら詳しく話せた。

 

「というか、何でこっちは免許性にしないんだ。一定水準を満たしていない水薬があること自体、大きな問題だろう」

 

「それは勿論、おっしゃる通りなのですが、真贋を見抜けぬ方が悪い、という風潮が根強いものでして……。それに、公認ばかりになると、錬金術士達の力が強くなり過ぎます」

 

「商業ギルドの面子の問題か。くだらない……」

 

「頭を押さえ付けていられるなら、押さえ付けたいのがギルドというものですよ。公平性を維持するのも、ギルドの仕事ですから」

 

「公平性、ねぇ……」

 

 自らの口から頭を押さえ付ける、と言いながら公平性を謳うのは、如何なものだろう。

 

 だが、売らないと言われるのも、商人は困るのだ。

 値の釣り上げだって、容易に認める訳にはいかない。

 

 今が美味しい状態なら、それを維持したいのは当然というものかもしれなかった。

 

「いや、待てよ……。そうすると、試験紙なんて採用されたら、粗悪品を売る錬金術士は職を失うのか」

 

()()()はそうでしょうな。通常通りの効果がある、と嘘をついて売っている訳で、買う商人も理解して買ってます。だから、頭を押さえ付けて、安く買い叩く者も後を絶たないのです」

 

「錬金術士は自分で販売出来ないものな……」

 

「そこは領分ですから。錬金術士は商人じゃありませんし、商人を通さない商品は販売物と認められない。勝手な販売はギルドが見逃しませんよ」

 

 ギルドは本来、互助会として発足したものだが、所属している人員の利益を守る組織でもある。

 

 だから、商業ギルドの本分である領域を侵す者を、決して許しはしない。

 既得権益の守護、と言っても良いだろう。

 

「まぁ、色々と……、ままならないな……」

 

「まことに……」

 

 予想していた収入を得られなかった事も含めて、私は溜め息をついた。

 卸す商品を精算し終え、世間話もそこそこに、商会を後にしようと立ち上がった。

 

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