「今回はとんだ勇み足で、申し訳なかった。この埋め合わせは必ずしよう」
「有り難いお言葉です。……とはいえ、今回見せて貰った濃縮水薬、試験紙共に大変魅力的な商品でした。場合が場合なら、一もなく二もなく、飛び付いていたに違いありませんのに……」
ベントリーの惜しむ言葉は本物で、それらを鞄に仕舞い込む際にも、物欲しそうな視線を隠し切れていなかった。
「因みに、広める為には何が必要だと思う?」
「左様ですな……」
ベントリーはしばし考える素振りを見せて、席に座り直す。
話が長くなると思っての事だろう。
私もそれに倣って座り直すと、ベントリーは悩んだ末に口を開いた。
「まず、大量に在庫を用意すること、それは最低限の前提でしょう。試験紙は使い捨ての様ですから、粗悪品が入り込めない薄利多売が理想です。濃縮水薬については、うぅん……どうでしょうな」
難しく頭を捻り、眉間にシワを寄せながら、苦しげに息を吐く。
「作成手順やその難易度が私には分かりませんから、上手いことは言えませんが……。不可能と思われた濃縮技術があると知れれば、模倣しようと出るのは必然でしょう。試験紙を独占することで、その粗悪品を駆逐する手段が得られますので、やはりそれ次第、となりますか……」
「そもそも、試験紙の独占は本当に可能なのか? こちらだって模倣品の発売を、止める事は出来ないんじゃ?」
「水薬の成分に反応させる感応紙、これを詐欺で作る事は可能でしょうが、コストに見合うか……という問題がありますからな。反応をより大きく見せるには、相応の材料と手間も必要になりますし、あからさまに過大反応させればリピーターなんて付きません」
「確かに、冒険者はその辺シビアだよな。自分の命が掛かってるんだから、当然でしかないが」
だから、粗悪品が現実に出回る、といっても限度がある。
命を助ける物に値段を付けるのだから、本当の粗悪品を掴まされたと分かれば、二度とその店を使用しない。
それどころか、どの錬金術士が作り、どの店に卸され、どういう手順で販売されたのか……そういった情報が迅速に出回る事になるだろう。
冒険者とギルドが連携して本気で捜査すれば、それが分からないはずもなかった。
だから、粗悪品といっても通常より悪い性能、しかしその安さに納得して買う――。
それが現状、市場で生き残るやり方だった。
ベントリーも私の言に首肯し、自らの推測を語る。
「粗悪品が出回るにしろ、それは次第に収まるでしょう。しかし、初期の混乱は相当な物になるでしょうな。何を信ずるべきか分からない、というのが何より恐ろしい。そして、我が商会が唯一信じられる、と思われるなら良いのですが……」
「恨みというのは、どういう風に転ぶか分からないからな……」
「まことに……」
ベントリーは苦渋に顔を歪めて、額に浮かんだ汗をハンカチで拭いた。
「締め上げ、吊し上げ……、市場に悪魔を放った大罪人。そんな風に言われる可能性すらあります。特に割りを食いやすい錬金術士からは、報復を受けそうですな。商人ギルド、冒険者ギルドの連携は必要でしょう。他にもまぁ、色々と考える事が多くなりそうです」
「前途多難もそこまで行くと、これらに手を出す理由がないか……?」
「私が先程、革命とも言いましたように、実際素晴らしい品ではあるのです。しかし、革命には多大な労力と解決も必要なものでして……」
正しく、彼の言う通りだった。
ただ便利だから、有力だからと、無思慮に投げ入れて良いものではない。
これが単に、今までと同じ性能で、しかし安価な材料で作れる水薬、ぐらいなら『便利』の範疇で済む話だった。
新薬の発見などそう珍しい話ではないし、それは武具の世界でも同様だ。
より安価に、しかし同性能と言った製品開発は良くあるし、顧客が移るのは当然のことなのだ。
「しかし、そうか……。より簡単に作れるレシピ……その程度なら、市場も喜んで受け入れる所か……」
「いやいや、レシピを販売するなど聞いた事がありません。錬金術士にとっては秘中の秘、飯の種でもありますからな。既に広く知られているものはまだしも、新発見のとなれば、誰も手放したがりません。……しかし、どうしてそういう発想に?」
「……いや、そうか。市場に出るのは製品のみか。そういえば、そうだったな」
「西の大陸では、また違うものなので?」
ベントリーからの素朴な疑問に、一瞬言葉が詰まる。
私が色々と珍しい商品を持ち込んだり、高価なジャムなどを卸せるのは、そちらに伝手があるとベントリーは思っている。
それが今回、改めて明らかになった様なものだが、これは勿論、口からの出任せに過ぎなかった。
だから、西大陸の市場や体制など、詳しく知らない。
無知ではないが、制度の話などすれば必ずボロを出す。
下手な嘘をつき続ければ、必ず自分に返ってくるので、発言には注意しなければならなかった。
「いや、何と言うか……。あちらとは文明レベルからして、大きく違うのは知っているだろう。だから合理性というか、保護制度などもあって、それで上手く回っているんじゃないのか、と思う」
「ほぅ、具体的には……?」
……煩いな、しつこく訊いてくるな。
自分の口が災いしての質問なので、そうは思っていても口には出せない。
「……お母さん?」
私の内心は顔に出てない筈だが、感情の変化をリルは機敏に察知したらしい。
不安そうな顔で見上げて来て、私はリルの頭に手を乗せて、ゆっくりと前後させる。
「何でもないよ」
そう言って安心させて、リルの頭から手を離した。
ベントリーはそうした二人のやりとりを不思議そうに見ていて、どうやら煙に巻くにも説得力のある何かが必要そうだった。
そこで一つ、思い出したことを口に出す。
「そうだな、著作権……いや、この場合は特許かな。そもそも、国がレシピを保護してる筈だ。これを使う際には、一定の使用料が発生して、考案者へ常に金が入る仕組みだ。だから、特別隠し立てせず、むしろ特許を申請して儲けようとする」
「ほぅ……! それは良いですな。大きく広まり、多く使用される方が、むしろ得になるという体制ですか。……なるほど、それなら確かに隠し立てする利は薄い。それを元にした、新薬の発見なども表れる土台となりそうですな」
「……そうだな」
そして、それこそが西大陸が躍進している理由、とも言えるだろう。
それは冒険者の気質など、他にも多く表れている。
例えばこちらの冒険者は、独立独歩が前提で、全てが自己責任だ。
新人冒険者は周りから話を聞き、あるいは先輩冒険者から薫陶などを受けて、少しずつ実力を磨いていく。
どういった魔物が分布していて、どの地帯まで安全に狩れるか。
それは自らの情報収集と、実際に歩いて見て感じ、学んでいかなければならない。
しかし、西大陸では違う。
そもそも、学業として成立しており、
ノウハウを得て世に送り出されるから、彼らは卒業した時点でこちらで言う、AランクやSランク相当として扱われるのだ。
その効率性が如何なるものか、最早口で説明するまでもない。
命を当たら無駄に散らす若者も減るのに、では何故それをこちらでもしないのか……。
それは先程ベントリーが言った通り、革命に近い事が起きるからだ。
これまでの制度を壊し、新たなものを取り入れるには、莫大な労力が掛かる。
当然、そこにある既得権益の戦いと、新たな設備に対する投資も必要になるだろう。
喫緊の状態で追い込まれている訳でもあるまいし、そこまでする必要はない、というのが大勢の理屈だ。
実際、現状の冒険者ギルドを始め、多くは初めに学業から入る事を必要としていない。
出来る奴は出来る――。
それをこれまで、証明しているのも事実だからだ。
危険だと警笛を鳴らした者は、おそらくこれまでも多くいただろう。
西大陸のエルフが、いつまでも覇権の夢を眠らせておくわけがないからだ。
今度は暴力ではなく制度で、経済で、あるいは他の何かで、その夢を成就させようとしているに違いないのに――。
「まぁ、今更だな……」
「は……、何ですかな?」
「いや、便利だからと真似できれば、こうはなってないな、と思っただけだ。国力の差は広がるばかりだが、国はやる気があるのかね……」
「その特許というものだけでも、採用されれば話は変わりましょうに」
ふと思い付いて、私は期待を込めた視線を送る。
「それ、ギルド主導でどうにか出来ないか? せめて、この街だけでも」
「領主様を巻き込む必要はありましょうし、技術が流出した時、何も出来ないのが厄介です。広まっても問題ない……というか、推進するからには、その気がある者には筒抜けになってしまいます」
「領内だけでも、と思うべきだろうか……」
「おや、政に興味がおありで?」
まさか、と私は笑い飛ばす。
「そんなつもりは更々ないよ。やるとしたら、私ではなく……」
そう言って、悪戯っぽい視線をベントリーに向けた。
「私ですか。しかし、商売のタネとするには、些か大掛かり過ぎますな。ですが、成功すればギルドの議会でも、大きな発言権が得られそうです。影で忙しく奔走しなくてはならないでしょうし、死ぬ思いもしそうですが……」
「やる気になれないか?」
「市場の大きな転換を作ったと、歴史に名が残りそうですし、苦労するかいもありそうですが……。いやはや……」
ベントリーもまさか、私が本気で言っているとは思ってないだろう。
そして、私も本気半分で言ったものに過ぎなかった。
今回の話は、これ以上進展する事はないだろう。
私は改めて席を立ち、握手を躱して退出しようとする。
ベントリーも立ち上がり、わざわざ見送りに出てくれた時、ふと視線を外に向けて声音を落として言ってきた。
「あぁ、そうそう……。一つお耳に入れなければならない事が……」