混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街の子供達 その2

 バルミーロの工房を手早く後にした事で、リルの機嫌も少し上がった。

 私の手を握って、前後に大きく手を振りながら、にこやかに顔を向けて来る。

 

「お母さん、おしごともう、おわりだよねっ?」

 

「そうだな、終わりだ。これから市場の方にでも行って、何かリルが気に入りそうな物があれば買っていこうか」

 

 懐具合は上々で、塩を始めとした調味料や、牛乳やチーズ、バターなど、森では手に入れられない物を購入して、なお余裕がある。

 

 リルの勉学費用を考えると満足できるものではないが、それはまた別途資金の調達を考えれば良いことだ。

 

 錬金薬は金になるものの、自分の時間を大きく消費しなければならないのが面倒な所で、鉱石ならばそれに比べると手早いものの、採掘は無尽蔵に掘り尽くして良いものではなかった。

 

 何か新たに商売のタネを考えねばならないだろう。

 だが、その第一矢として番えたものが、いきなり不発に終わってしまった。

 

 ただ便利なだけでは、商品としては失格らしい。

 市場の事が全く視野に入ってなかったのは、やはり私が商人ではなかったからだろう。

 

 そんな事を考え、自省しつつ次の商機へ思考を流s始めた時、リルから声が掛かって我に返る。

 

「ねっ、お母さん! リル、なんかおいしいモノたべたい!」

 

「――ん? あぁ、そうだな……。どういうのがいい?」

 

「んとね……、あまいやつ! おかし!」

 

「甘味か……」

 

 砂糖が希少で輸入に頼る国にとって、甘味は庶民にとって身近なものではない。

 

 他に得る手段は蜂蜜くらいなもので、採取できる量もごく僅かである事から、どちらにしても、やはり高価だ。

 

 基本的に王侯貴族の口の入るものだし、薬としての価値もあるので、市場で売買されるものではない。

 

 だから、庶民にとっての甘味とは、基本的に果物になるのだ。

 

 そうでなければ、ぶどう汁を鉛の鍋で煮詰めたシロップになる。

 だが、これを毒と思っていない者は非常に多い。

 

 名前の通り、『甘い毒』に他ならないのだが、それと知ってか知らぬ振りを続けて、口にする者が後を絶たない。

 

 それほど純粋な甘味に飢えている、という事でもあるのだが、そんなものをリルの口に入れる訳にはいかなかった。

 

「ここではあまり、良いお菓子は見つからないな……。果物にしても、時期にはまだ早いし、前みたいにお肉で探す方が良いだろうね。それに、チーズの種類も豊富だぞ。そっちの方向で探してみたら?」

 

「んぅ〜……」

 

 リルは即座に頷かず、唇を突き出して考える素振りを見せた。

 そこで一つ、鞄から袋を取り出して、リルの小さな手の平に載せる。

 

「これ、なぁに?」

 

「おサイフだよ。今日、リルが自由に出来るお金だ」

 

「おかね……」

 

「つまり、その金額の中で収まるなら、リルの好きに物を買って良いって意味だ」

 

「ほんとっ!?」

 

 中に入っている金額は大したものではない。

 大小様々な硬貨を入れて、全部で五百リベが入っている。

 

 今日一日、飲み食いするには十分な金額だが、その前に注意しておく事があった。

 

「いいかい、リル。これはお金を使う練習でもあるからね。この前、言ったことを覚えているかい?」

 

「……なんだっけ?」

 

「お金の使い方の一つに、大きな硬貨ばかり使っちゃいけない、というのがあったろう?」

 

「うん、あった! すぐ、おもくなっちゃうから。ちゃんとけいさんして、おつりもかんがえて、おかいものするの!」

 

 リルの返答に満足し、私はにっこりと笑って頷く。

 

「今なら軽いものだろうけど、計算を面倒がっていると、すぐに重くなるからね。それを持って、一日動くことを考えてごらん。あちこち回る気持ちが失せてしまうよ」

 

「……そうかも!」

 

「でも、手で持ってるのは危ないからね。こうして……」

 

 一度リルからサイフを受け取り、それを腰帯と直接結び付ける。

 取り出す時は袋の口を開けるだけでよく、歩行の邪魔にもならない位置だ。

 

 リルはまるでアクセサリーを身に着けたみたいに、喜んでくるりと回る。

 

「わぁっ、カッコイイ〜! ねぇねぇ、お母さんっ! にあう?」

 

「うん、どこの商家のお嬢さんかと思う。よく似合っているよ」

 

 実際、腰にサイフを身に着けている子どもなど、庶民の中ではそういない。

 自分のサイフは勿論、普段からお金を持つ習慣すらないだろう。

 

 あるとすれば、お使いを頼まれた時くらいなもので、自分のお金を持つのはもっとずっと先の話だ。

 

 リルぐらいの年頃の子が、大人の真似事みたいにサイフを身に付けているのは、滅多にある事ではなかった。

 

「でもね、リル。気を付けなければならないよ。少しの事じゃ外れない様に結んだけど、中にはそれを奪おうとする人がいるからね」

 

「……どうして? これ、リルのだよ?」

 

「そう、リルのだと知っていて、それを取ろうとする奴が、世の中にはいるんだ。……前にも言ったね。街にいるのは、良い人ばかりじゃないんだ」

 

「……うん、わるいひともいる……」

 

 リルは暴漢に襲われた時の事を思い出したのか、暗い顔で俯いた。

 だが私は、そんな顔をさせたくて言ったつもりではなかった。

 

 悪意というのは、常に善意を食い物にして襲ってくるのだと教えたかった。

 

 そこに付け込ませない為には、自衛も必ず必要になるのだ。

 見る者が見れば、リルは良いカモと見られるに違いない。

 

「気付かれずに盗み取ろうとする者はまだいい。中には、相手が弱いから……弱そうだから、と難癖付けて奪い取ろうとする者もいる。そういう時は、すぐに逃げなさい」

 

「……あぁいうひと、みたいなの?」

 

 そう言ってリルが指差した先には、前回リルのポンチョを奪ってふんぞり返っていた、エルトークスの下っ端達が立っていた。

 

 前回同様、リーダーを中心とした五人体制で、状況からするとこちらを捜していたらしい。

 

 リルに指差されたのと同じくして、こちらに気付いて顔を強張らせると、低姿勢になって近付いて来た。

 

「いやぁ……、捜しちゃいましたよぉ〜……」

 

「何だ、一体……。誰もお前らなんて呼んでない。リルが怯える、さっさと消えろ」

 

「いや、それですよ」

 

 そう言って、リーダーの男は一歩前に出て、地面に膝をついた。

 そして制止の声を出すより前に、手を付いて深々と頭を下げる。

 

「その節は、大変申し訳ございませんでした! お嬢様、どうか哀れなオレを許してやってください!」

 

「ん、んぅ……。えぇ……?」

 

 リルが困惑するのも無理はない。

 体格が縦にも横にも二倍以上ある男が、突然許しを請うてきたのだ。

 

 リーダー格の男が頭を下げれば、後ろの男達もそれに倣って頭を下げる。

 話が見えないのは私も同じで、だからどういう事か問い質した。

 

「何だ、突然。挨拶の前に……いや、して欲しいとも思ってないが。とにかく、何でいきなり、そんな真似し始めるんだ?」

 

 何より天下の往来の只中である。

 衆目もあり、何事かと興味深く視線を送ってくる輩もいる。

 

 そんな事はこの男だって、百も承知のはずだ。

 しかし、男は待ってましたとばかりに、熱のこもった視線と共に言葉を返した。

 

「いえ、以前の時は、お嬢さんの捜索に、力を貸す事が出来ませんでしたから。お呼び掛けいただいた時、同時に謝罪も……と若頭が考えてらしたんですが、そんな機会もなく、街から出て行かれたんで……」

 

「あぁ……」

 

 もしもリルがバルミーロの工房に帰って来ていなかったら、手伝わせる予定ではあった。

 

 しかし、徒弟のグルダーニはしっかりリルを守って帰っていたので、何か伝言を残すことすらせず、そのまま帰宅したのだった。

 

「紫銀の方がこの街にいらしてると、小耳に挟みまして……。出遅れる前に捜し出して、頭下げてこい、と若頭に。許して貰えなかったら、オレぁ……オレ達ぁ……、エルトークスで居場所なくしちまいます!」

 

「そんなこと、私達には知ったことじゃない。それに、謝れと言われたから来た、なんて言われてもな……。ガキの使いじゃないんだから」

 

「いえ! それは言葉の綾で! 教えられたからこそ、謝りに行こうと思ったのは間違いないんです! ここはどうか……!」

 

 そう言って、再び頭を下げて首筋を晒した。

 この謝罪の格好は、生殺与奪を相手に譲る、という表明が元になっている。

 

 そして実際、いま生殺与奪の権を握っているのは私だろう。

 この街で居場所を失くしたら、もはや外に出るしかない。

 

 しかし、アテもなく、伝手もなく、外に飛び出すのは緩やかな自殺と変わらない。

 彼らとしても本気だし、そして必死なのは間違いだろう。

 

 それについては、私もよく分かっていた。

 

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