混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街の子供達 その3

 彼らの顔は伏せた状態なので分からない。

 しかし、そこにある必死さはよく伝わっていた。

 

 他の場所や手段で生きて行く術がなければ、往来だろうと頭を下げたくなるだろう。

 

 それは分かる。

 とはいえ――。

 

「ゆるしてもらえないと、こまるの?」

 

「困ります! でも、オレ達にゃ何もない! 頭を下げるしかないんです! どうか……!」

 

「リル、べつにいいよ。ポンチョとられたときは……、とっても、かなしかったけど。それもお母さんが、とりかえしてくれたもん」

 

「お嬢さん……!」

 

 男たちは頭を上げると、感極まって瞳を濡らした。

 

「ねぇ、お母さん。ゆるしてあげて」

 

「リルがそう言うなら、お母さんは構わないよ。――そら、聞いたな。許してくれるそうだから、お前らもう立て」

 

「はいっ、ありがとうございます!」

 

 男たちはその場に立ち上がると、ぴしゃりと背筋を伸ばした。

 私はそれらを煩そうに見やり、ハエを払う様に手を振る。

 

「いつまでも、お前達みたいなのが傍にいられると、むさ苦しくて堪らない。さっさと散れ」

 

「はいっ! では、失礼しまして……」

 

「あぁ、ちょっと待て」

 

 踵を返し掛けた男達の動きが、一斉に止まる。

 そうして、歓喜の表情から一転、絶望する顔に変わった。

 

 前言撤回されるか、あるいは何か、無茶な事を要求されるか……。

 そう思ったのは、その表情からも察せられる。

 

 だが、私から言いたいのは、そういうものではなかった。

 

「私を捜してた、と言ったな。……どうやって知った?」

 

「……へ? いや、そりゃ……目立つ髪ですし、街の出入りを見張ってた一人が、教えてくれたんで……」

 

 リーダーの後ろの一人が、俺です、と自分に指を差しながら手を挙げている。

 

「見張ってたのか、これまでの間、ずっと……?」

 

「いえ、春にまた来る、という話を何処ぞから仕入れましたので……。ここ十日ほどからのことですが、開門の時間から張り付かせてました。――いや、オレがその場に居なかったのは偶々で! いつもはいるんですよ!? 今日はちょっとハラの具合が……!」

 

 途中で言い訳がましくなり、途端に嘘くさくなる。

 

 どうせ若頭に命じられて、最初の数日こそ真面目に行っていたものの、中々姿が見えないので、ここのところはサボっていたとか、そういう理由だろう。

 

 現れるのが遅れたのも、どうせ見張りは一人で良いとかで、尾行と連絡を同時に出来なかったせいではあるまいか。

 

「でも、そうか……。街に住んでないなら、いつか来る事を見越して見張るか……。非効率だが、ある意味確実だ」

 

 そして、本気で捜すのなら、それぐらいして当然、という意味でもある。

 

「捜しているのは、お前たちだけか?」

 

「へ? ……あぁ、そういや……」

 

 虚を突かれた顔で目を点にすると、ふと考え込んで腕を組んだ。

 肩を竦めて、視線を斜め上へと向けながら、絞り出すように答える。

 

「少し前に、どっか別の奴が、姐さんを捜してるとか聞いたっけな……。おい、何か覚えてないか?」

 

 リーダーが別の男へ顔を向けると、その男も似たような格好で考え始めた。

 

「あぁ、いましたね。上の方じゃ、きな臭いから少し探れ、って話になってたみたいスよ」

 

「上……? オレぁ何も聞いてねぇぞ。上ってのはつまり……若頭とか、その辺の幹部の話だろ?」

 

「そうス。……っていうか、兄貴が知らなくて当然スよ。こうのは、もっとデキる奴に任せる案件でしょ」

 

「うるせぇな!」

 

 リーダーは一喝して黙らせたが、まぁ……納得できる話だ。

 この男に通して、任せる話ではないだろう。

 

 詫びが先だと思われている輩だから、そういう話から爪弾きにされていたとしてもおかしくない。

 

「……もしかして、その捜している輩……ギルド員とか聞いてないか?」

 

「おや、ご存知だったんで? 俺も詳しくないんスけど、そういう噂は聞いてます。相手が相手だから、ことを荒立てず、静観するって決めたそうな」

 

「ふぅん……」

 

 では、方々で聞いた話に、また一つ信憑性が増した、という訳だ。

 

 何を理由に捜しているか知りたいところだが、この様子では彼らもどうせ知らないだろう。

 

「ソイツ、まだこの街にいるのか?」

 

「さて……、詳しい事はとんと……。ただ、見張りを付けろ、という話もすぐに立ち消えたんで、もう街には居ないんじゃないスかね?」

 

 私が街に住んでおらず、そして長らく街に立ち寄っていないのは、少し探れば分かったはずだ。

 

 ならば既に、この街から飛び出して、別の何処かへ足取りを追って去った、と考える方が自然だった。

 

 私も私で、街から出る時はボーダナン大森林とは真逆の方向へ進み、転移陣を張った小さな森へと姿を隠すのが通例だ。

 

 森まで追う事は可能でも、そこからの足取りは掴めないのは間違いない。

 

 転移陣とて、分かり易く無造作に敷いている訳ではなく、しっかり隠蔽も施しているから、そちらの線で後を追うのも不可能だ。

 

 ――本当にそうか?

 ふと、思い当たって眉根に力が入った。

 

 ある日突然、森の感知をすり抜け、何者かが侵入した事があった。

 

 それ以降、一切姿を見掛けないのを不審に思っていたが、そもそもどう侵入したのかずっと疑問だった。

 

 もしも、その小森から転移陣を探り当てていたとしたら……。

 これは決して、荒唐無稽な妄想とは言えなかった。

 

「可能性としては、ある……」

 

 結論を急ぐものではないが、ボーダナン全ての罠に加え、魔獣たちに気付かせずに我が家まで浸透する事よりも、余程あり得る展開だ。

 

 例の森の転移陣は撤去して、全く別の場所に張り直さなければならないだろう。 

 

「あの……、どうかしたんで?」

 

 恐る恐る問い掛けてくるリーダーに、私は首を横に振る。

 不安げな顔で見上げてくるリルには、笑顔を向けて頷いた。

 

「いいや、何でもない。ともかくも、謝罪は受け取ったし、有益な情報には感謝しておこう。……私たちは、もう行く」

 

「え、えぇ……。そりゃあ、もう……! ありがとやした!」

 

 リーダーが頭を下げた事で、後ろの男たちも揃って頭を下げる。

 

 彼らは何を言っても大袈裟な態度を改めようとしないので、逃げるように背を向けた。

 

 これから親子の時間だというタイミングで、妙なケチは付いてしまった。

 だがそれも、これでようやく再開できる。

 

「行くよ、リル」

 

「うんっ!」

 

 握っていたままのリルの手を、小さく揺すれば嬉しそうに頷いた。

 

 しゅんと垂れていた尻尾も、いつもみたく上向きに巻かれ、ぴこぴこと上下に揺れる。

 

「面倒な話ばかり聞かせて、リルもつまらなかったろう。市場に行って、何か美味しそうなもの探そうか」

 

「おかしね、おかし!」

 

「うぅーん、それは難しいなぁ」

 

 リルの手を揺すりながら、市場へ続く道を歩く。

 

 家では強請(ねだ)れば出て来るお菓子だから、リルにとっては身近でも、世間にとってはそうではない。

 

 そうは教えても、リルにとって世界とは森の中が全てだった。

 

 それが当たり前だと思っているから、森より凄く見える街で、お菓子が食べられないなど考えられないらしい。

 

「じゃあね、まえにたべたやつ! なかから、つぶつぶであかくて……!」

 

「あれは秋の果物だから、まだ買えないよ。冬が明けたばかりの春っていうのは、早々良い物が並んでいないんだ」

 

「むぅ〜っ……!」

 

 あれも駄目、これも駄目と言われ、リルは大層ご立腹だ。

 華やいでいた表情も、今ではムッツリと不機嫌顔で、口数も少なくなった。

 

 リルの中では、既に甘い物を食べる予定で埋まっていたらしい。

 

 どうやって機嫌を取ろうか困っていると、リルがある一点に視線を向けているのに気付いた。

 

 買い与えれば少しはマシになるか、と私も見てみると、そこは商店や露店の類いではなかった。

 

 商店同士を遮る小さな道、馬車の通れない薄暗い道幅で、子どもたちが四人、集まって何かをしている。

 

 年頃は、リルとそう変わらなそうに見えた。

 兄弟姉妹なのか、あるいは幼馴染の間柄なのか……。

 

 仲良さそうに手を取り合って遊んでいた。

 リルがそれを、羨ましそうに見つめている。

 

「リル……」

 

 名前を呼ばれて、子供達から目を逸らした。

 リルにも姉弟同然のアロガがいるが、やはり姿形が違えば種族までが違う。

 

 つい最近、そこにナナも加わったが、初めから精霊と紹介されていただけあって、やはり勝手が違うだろう。

 

 同じ様な人間で、同じ様な年頃の友達は、リルの周囲にはないものだった。

 

「リル、友達が欲しいか?」

 

「……よく、わかんない」

 

 ナナは家族と友達の中間くらいの存在で、そして本来、敬うべき存在だ。

 何の垣根もなく、単なる友達と呼ぶのは難しい。

 

 そして、私としてもリルの情緒を育む為にも、同じ年頃の友達を得て欲しいと思っていた。

 

 学校に通わせようと考えていたのも、(ひとえ)にそうした部分が大きい。

 私は足を止め、リルの手を小さく揺すって尋ねてみた。

 

「リルに友達がいると、街に来るにも、また別の意味が出来るんだが……」

 

「ともだちって、どういうの?」

 

「さっき見ていた子達みたいに、遠慮なく一緒に遊び合える関係のことさ」

 

「んぅ……」

 

 リルは素直に返事をしない。

 しかし、即座に否定もしなかった。

 

 その様子は、躊躇いながら口にしても良いか、悩んでいる風に見え、言葉を探しているようでもある。

 

 私はリルが発する言葉を、辛抱強く待った。

 

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