彼らの顔は伏せた状態なので分からない。
しかし、そこにある必死さはよく伝わっていた。
他の場所や手段で生きて行く術がなければ、往来だろうと頭を下げたくなるだろう。
それは分かる。
とはいえ――。
「ゆるしてもらえないと、こまるの?」
「困ります! でも、オレ達にゃ何もない! 頭を下げるしかないんです! どうか……!」
「リル、べつにいいよ。ポンチョとられたときは……、とっても、かなしかったけど。それもお母さんが、とりかえしてくれたもん」
「お嬢さん……!」
男たちは頭を上げると、感極まって瞳を濡らした。
「ねぇ、お母さん。ゆるしてあげて」
「リルがそう言うなら、お母さんは構わないよ。――そら、聞いたな。許してくれるそうだから、お前らもう立て」
「はいっ、ありがとうございます!」
男たちはその場に立ち上がると、ぴしゃりと背筋を伸ばした。
私はそれらを煩そうに見やり、ハエを払う様に手を振る。
「いつまでも、お前達みたいなのが傍にいられると、むさ苦しくて堪らない。さっさと散れ」
「はいっ! では、失礼しまして……」
「あぁ、ちょっと待て」
踵を返し掛けた男達の動きが、一斉に止まる。
そうして、歓喜の表情から一転、絶望する顔に変わった。
前言撤回されるか、あるいは何か、無茶な事を要求されるか……。
そう思ったのは、その表情からも察せられる。
だが、私から言いたいのは、そういうものではなかった。
「私を捜してた、と言ったな。……どうやって知った?」
「……へ? いや、そりゃ……目立つ髪ですし、街の出入りを見張ってた一人が、教えてくれたんで……」
リーダーの後ろの一人が、俺です、と自分に指を差しながら手を挙げている。
「見張ってたのか、これまでの間、ずっと……?」
「いえ、春にまた来る、という話を何処ぞから仕入れましたので……。ここ十日ほどからのことですが、開門の時間から張り付かせてました。――いや、オレがその場に居なかったのは偶々で! いつもはいるんですよ!? 今日はちょっとハラの具合が……!」
途中で言い訳がましくなり、途端に嘘くさくなる。
どうせ若頭に命じられて、最初の数日こそ真面目に行っていたものの、中々姿が見えないので、ここのところはサボっていたとか、そういう理由だろう。
現れるのが遅れたのも、どうせ見張りは一人で良いとかで、尾行と連絡を同時に出来なかったせいではあるまいか。
「でも、そうか……。街に住んでないなら、いつか来る事を見越して見張るか……。非効率だが、ある意味確実だ」
そして、本気で捜すのなら、それぐらいして当然、という意味でもある。
「捜しているのは、お前たちだけか?」
「へ? ……あぁ、そういや……」
虚を突かれた顔で目を点にすると、ふと考え込んで腕を組んだ。
肩を竦めて、視線を斜め上へと向けながら、絞り出すように答える。
「少し前に、どっか別の奴が、姐さんを捜してるとか聞いたっけな……。おい、何か覚えてないか?」
リーダーが別の男へ顔を向けると、その男も似たような格好で考え始めた。
「あぁ、いましたね。上の方じゃ、きな臭いから少し探れ、って話になってたみたいスよ」
「上……? オレぁ何も聞いてねぇぞ。上ってのはつまり……若頭とか、その辺の幹部の話だろ?」
「そうス。……っていうか、兄貴が知らなくて当然スよ。こうのは、もっとデキる奴に任せる案件でしょ」
「うるせぇな!」
リーダーは一喝して黙らせたが、まぁ……納得できる話だ。
この男に通して、任せる話ではないだろう。
詫びが先だと思われている輩だから、そういう話から爪弾きにされていたとしてもおかしくない。
「……もしかして、その捜している輩……ギルド員とか聞いてないか?」
「おや、ご存知だったんで? 俺も詳しくないんスけど、そういう噂は聞いてます。相手が相手だから、ことを荒立てず、静観するって決めたそうな」
「ふぅん……」
では、方々で聞いた話に、また一つ信憑性が増した、という訳だ。
何を理由に捜しているか知りたいところだが、この様子では彼らもどうせ知らないだろう。
「ソイツ、まだこの街にいるのか?」
「さて……、詳しい事はとんと……。ただ、見張りを付けろ、という話もすぐに立ち消えたんで、もう街には居ないんじゃないスかね?」
私が街に住んでおらず、そして長らく街に立ち寄っていないのは、少し探れば分かったはずだ。
ならば既に、この街から飛び出して、別の何処かへ足取りを追って去った、と考える方が自然だった。
私も私で、街から出る時はボーダナン大森林とは真逆の方向へ進み、転移陣を張った小さな森へと姿を隠すのが通例だ。
森まで追う事は可能でも、そこからの足取りは掴めないのは間違いない。
転移陣とて、分かり易く無造作に敷いている訳ではなく、しっかり隠蔽も施しているから、そちらの線で後を追うのも不可能だ。
――本当にそうか?
ふと、思い当たって眉根に力が入った。
ある日突然、森の感知をすり抜け、何者かが侵入した事があった。
それ以降、一切姿を見掛けないのを不審に思っていたが、そもそもどう侵入したのかずっと疑問だった。
もしも、その小森から転移陣を探り当てていたとしたら……。
これは決して、荒唐無稽な妄想とは言えなかった。
「可能性としては、ある……」
結論を急ぐものではないが、ボーダナン全ての罠に加え、魔獣たちに気付かせずに我が家まで浸透する事よりも、余程あり得る展開だ。
例の森の転移陣は撤去して、全く別の場所に張り直さなければならないだろう。
「あの……、どうかしたんで?」
恐る恐る問い掛けてくるリーダーに、私は首を横に振る。
不安げな顔で見上げてくるリルには、笑顔を向けて頷いた。
「いいや、何でもない。ともかくも、謝罪は受け取ったし、有益な情報には感謝しておこう。……私たちは、もう行く」
「え、えぇ……。そりゃあ、もう……! ありがとやした!」
リーダーが頭を下げた事で、後ろの男たちも揃って頭を下げる。
彼らは何を言っても大袈裟な態度を改めようとしないので、逃げるように背を向けた。
これから親子の時間だというタイミングで、妙なケチは付いてしまった。
だがそれも、これでようやく再開できる。
「行くよ、リル」
「うんっ!」
握っていたままのリルの手を、小さく揺すれば嬉しそうに頷いた。
しゅんと垂れていた尻尾も、いつもみたく上向きに巻かれ、ぴこぴこと上下に揺れる。
「面倒な話ばかり聞かせて、リルもつまらなかったろう。市場に行って、何か美味しそうなもの探そうか」
「おかしね、おかし!」
「うぅーん、それは難しいなぁ」
リルの手を揺すりながら、市場へ続く道を歩く。
家では
そうは教えても、リルにとって世界とは森の中が全てだった。
それが当たり前だと思っているから、森より凄く見える街で、お菓子が食べられないなど考えられないらしい。
「じゃあね、まえにたべたやつ! なかから、つぶつぶであかくて……!」
「あれは秋の果物だから、まだ買えないよ。冬が明けたばかりの春っていうのは、早々良い物が並んでいないんだ」
「むぅ〜っ……!」
あれも駄目、これも駄目と言われ、リルは大層ご立腹だ。
華やいでいた表情も、今ではムッツリと不機嫌顔で、口数も少なくなった。
リルの中では、既に甘い物を食べる予定で埋まっていたらしい。
どうやって機嫌を取ろうか困っていると、リルがある一点に視線を向けているのに気付いた。
買い与えれば少しはマシになるか、と私も見てみると、そこは商店や露店の類いではなかった。
商店同士を遮る小さな道、馬車の通れない薄暗い道幅で、子どもたちが四人、集まって何かをしている。
年頃は、リルとそう変わらなそうに見えた。
兄弟姉妹なのか、あるいは幼馴染の間柄なのか……。
仲良さそうに手を取り合って遊んでいた。
リルがそれを、羨ましそうに見つめている。
「リル……」
名前を呼ばれて、子供達から目を逸らした。
リルにも姉弟同然のアロガがいるが、やはり姿形が違えば種族までが違う。
つい最近、そこにナナも加わったが、初めから精霊と紹介されていただけあって、やはり勝手が違うだろう。
同じ様な人間で、同じ様な年頃の友達は、リルの周囲にはないものだった。
「リル、友達が欲しいか?」
「……よく、わかんない」
ナナは家族と友達の中間くらいの存在で、そして本来、敬うべき存在だ。
何の垣根もなく、単なる友達と呼ぶのは難しい。
そして、私としてもリルの情緒を育む為にも、同じ年頃の友達を得て欲しいと思っていた。
学校に通わせようと考えていたのも、
私は足を止め、リルの手を小さく揺すって尋ねてみた。
「リルに友達がいると、街に来るにも、また別の意味が出来るんだが……」
「ともだちって、どういうの?」
「さっき見ていた子達みたいに、遠慮なく一緒に遊び合える関係のことさ」
「んぅ……」
リルは素直に返事をしない。
しかし、即座に否定もしなかった。
その様子は、躊躇いながら口にしても良いか、悩んでいる風に見え、言葉を探しているようでもある。
私はリルが発する言葉を、辛抱強く待った。