混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街の子供達 その4

 リルはしばらく、もじもじと落ち着きなく身体を揺らしていたかと思うと、こちらをチラチラと見上げながら言った。

 

「あのね……。リルとね、なかよくしてくれるとおもう?」

 

「勿論だとも。リルが一緒に遊びたいと言ったら、きっと歓迎してくれるよ」

 

 まだ朝市が盛んな時間帯、子供が遊んでいられるのなら、実家は子供の労働力を必要としない、裕福な家ということだ。

 

 商家の間にある路地で遊んでいる所からしても、家はやはりその付近にあるのだろう。

 

 子供だけで遊ばせるにしろ、そう遠くまで行くのを許可するとは思えない。

 

 着ている服は上等そうではなかったが、普段使いとしてなら、商家としてもおかしくない部類だ。

 

 それならば、世知であったり、付き合い方だったりを、親から学んでいるだろう。

 

「気を悪くするかどうか、リルは不安なんだね。分かるとも……」

 

 私はリルの頭を、そっと撫でる。

 

「初めての事は緊張するものだ。でもね、いざ飛び込んでみれば、案外大したことない、って事も多いんだよ」

 

「でも……」

 

「大丈夫、リルはこんなに可愛いんだから」

 

 そう言って膝を曲げて視線を合わせ、リルの顔に両手を添える。

 

「一緒に遊ぼうと言われて、気を悪くする子がいるものか」

 

「ほんと……?」

 

「勿論。誰だって、一緒に遊びたいって思うよ」

 

 私が断言すると、リルはホッと息を吐いた。

 

「それじゃ……、それじゃあ……。どうしたらいいとおもう?」

 

 子供達は、私とリルの存在に気付いていない。

 互いに遊びに集中していて、道の外に気を配ってすらいなかった。

 

 私はリルの目を見つめて、敢えて軽い口調で言う。

 

「一緒に遊ぼうって、ただそれだけ言えば良いんだよ」

 

「そうなの? えっと……、はじめましてとか、リルです、とかは?」

 

「子ども同士に、そういうのはいらないよ。向こうがいいよ、って言ってきたら、そのとき名前を言えばいい」

 

「そうなんだ」

 

 リルはきゅっと唇を結んで、両手を胸の前で握った。

 

「いっしょに、あそぼ……。いっしょに……」

 

 ブツブツと口にして、予行演習にも余念がない。

 それからふと不安気な顔になって、怯えるような目を向けた。

 

「お母さんは? お母さんもいっしょに、くるよね?」

 

「そういうところに、親は普通いかないものなんだ。大丈夫、リルならきっと上手くいくよ。お母さんが言うんだから、間違いない」

 

 その言葉で、リルの表情から僅かに力が抜けた。

 緊張全てがなくなった訳ではないが、後押しにはなったようだ。

 

「ここで待っているから、声掛けて来てごらん」

 

「ん、んぅ! いってくる!」

 

「大丈夫だよ、気楽にね」

 

 そう言って身体の向きを子ども達へと変えさせ、その背中をごく軽く押す。

 そうすると緊張した足取りで、小さく歩を進め出した。

 

 途中、不安そうに振り返ったものの、小さく手を振って応援するに留める。

 それで覚悟が決まったのか、リルは前を向いて、再び歩き出した。

 

 大丈夫なのは本当だ。

 うちの可愛いリルを袖にしようものなら、その場で私が子ども達に分からせてやる。

 

 是非一緒に遊ばせて下さいと、自ら懇願する様にしてくれる。

 ……なに、軽いものだ。

 

 子供の精神は特に操作し易い。

 少しの恐怖と安心を植え付けてやれば、望む言葉をコロリと――。

 

「ね……、ねぇっ! いっしょに、あそぼ……!」

 

 思考を昏い方向へ傾き掛けたその途中、リルの緊張に弾んだ声が聞こえてきた。

 子供達は一瞬、呆気に取られた顔をして、それから四人で顔を見合わせる。

 

 そして数秒、静止した後……恐らく一番年長の子が、小馬鹿にした様に言った。

 

「へっ、なんだぃ、いきなり! やなこった!」

 

「え……」

 

 私からはリルの背中しか見えない。

 しかし、緊張でピンと立っていた尻尾が、一瞬にして萎れてしまった。

 

 それだけで、リルがどういう表情をしているか、見るまでもなく分かってしまう。

 

 私はその場からのっそりと立ち上がり、片手を鉤の手の形で強く力を込めた。

 力を込め過ぎて、ゴキゴキ、と関節の音が鳴る。

 

「おまえ、ヨソモンだろ! このへんじゃ、みないかおだもんな! いっしょにあそんでなんか、やらねぇーよ!」

 

「う……、んぅ……」

 

「みんなはどうする? イヤだよな?」

 

「えー……、ふくもきれーだし、どっかいいトコの子じゃない? いっしょにあそんで、おこられないかな」

 

「アタシはべつに、どっちでもいいケド……」

 

「ボク、おこられるの、イヤだな……」

 

「んぅ……あの……、ゴメンね……」

 

 リルは耳は既にペタンと閉じた。

 

 肩を落として踵を返そうとしたその時、子ども達を挟んだ路地の奥から、罵声を響かせ何かがやって来た。

 

「クゥルァァ……! お前らぁぁぁッ!」

 

「ひぃぃ!」

 

「なになに!?」

 

 やって来たのは、さっき別れたばかりの、ならず者たちのリーダーだった。

 その男が、肩を怒らせズンズンと歩幅も大きく迫って来る。

 

 蜘蛛の子を散らして逃げそうなものだが、子ども達は誰一人として怯えず、それどころかリーダーに駆け寄る始末だ。

 

「ボレホだ!」

 

「あっ、ボレホー! どうしたの? なに、おこってんの?」

 

「てか、バカみてぇ。おおごえだしちゃってさ」

 

 あの男、ボレホという名前だったのか……。

 

 興味もなかったし、知りたくもなかったが、ボレホという男は、子ども達と旧知の間柄らしい。

 

 近所付き合いがあるのかもしれない。

 子ども達は突然の闖入者にもかかわらず、親戚に会ったみたいな態度で迎えていた。

 

「テメェら、黙って見てればヒデェ事しやがって! 一緒に遊びたいって言われてんだぞ、快く迎えてやらねぇんか!」

 

「えぇ〜、でもなぁ……!」

 

「お嬢さんを傷付けたら、マジ酷い事になるんだぞ! テメェらの為に言ってやってるんだ!」

 

「なにそれ、イミわかんね」

 

 怒りに任せて歩み出した私の足が、そのとき止まった。

 

 ボレホは我が身に起こった不幸を、他の誰かにも降り掛かって欲しくなくて、諭しているだけらしいが……。

 

 しかし、今はその成り行きに任せた方が、上手くいきそうな感じだった。

 

「だいたい、おじょうさんって、コイツ? たしかに、いいふく着てるもんなぁ」

 

「テメェら、ホンット馬鹿! 子どもはなぁ、子どもらしく遊んでりゃいいんだ。余計な知恵なんざ付けんな!」

 

「ボレホ、エルトークスでバカやったからって、アタシたちまでいっしょにしないでよ〜」

 

「いや、まぁ……何だ。……オレの事はいいんだよ! いや、よくはねぇが……。でも、お嬢さんをアレしたらオメェ……、オレがどういう目に遭うか……」

 

「どうなんの〜?」

 

「そりゃアレだ。若頭にしこたま……って、そんなのはいいんだよ! ガキはガキらしく遊べ!」

 

 どうやら、子どもがどうというより、ボレホ自身の保身もあったらしい。

 

 前回、私が商会に殴り込んだ事もあって、今度こそはしっかり私の周囲を見張ることになったのではないか。

 

 余計な虫が寄って来ないよう、そして不興を買わないよう、同じ轍を踏まないよう、注意を払っていたという訳だ。

 

 そこでリルが、子どもに素気なく追い払われようとした。

 リルが泣いたりでもしたら、私がまた殴り込みに来る、とでも思ったのだろう。

 

「酷いものだ……。そこまで短慮じゃないのにな」

 

 リルは既に手持ち無沙汰で、置かれた状況に戸惑っている。

 

 去った方が良いのか、それとも待てば遊べるのか、どうしようかとまごついている時に、年長の子が頬を掻いてリルに手を伸ばした。

 

「なんか分かんないけど……、あそこまで言われちゃ、このままかえすのもな……。あそんでみる?」

 

「……いいの?」

 

「いいけど」

 

 年長の子は目を合わせない。

 それでも、他の子から異論が出ない辺り、とりあえず受け入れられた、と見て良いだろう。

 

 リルの耳と尻尾がピンと伸びて、声も弾む。

 

「あそぶっ!」

 

「よし、おまえをオレのこぶんにしてやる!」

 

「……こぶん、ってなに?」

 

 リルが首を傾げた時、男の子にゲンコツが振り下ろされた。

 

「いっでぇ!」

 

「なに言ってやがるんだ! そんな事しやがったら、しやがったらなぁ……! おぉ、こわっ!」

 

「いてぇな、ボレホ! これはオレたちのもんだいだぜ! オレに負けたら子分になるんだよ!」

 

「まだ何の勝負もしてねぇじゃねぇか!」

 

「へんっ! どうせ負けるさ! これはナカマに入るためのギシキなんだぜ! やらないと入れてやんない!」

 

「はぁん……、生意気に入団テストってかい。んで、負けたら子分として仲間入りか。だがよ、それも時と場合を選んでだな……。せめて最初は対等に……」

 

 ボレホが説き伏せようと言っている間にも、当の本人達で話を進めてしまう。

 

「どうする、やるか?」

 

「なにするの?」

 

「かけっこさ!」

 

「かけっこ? やりたい!」

 

 あっさりとリルが承諾したことで、ボレホの努力も虚しく散った。

 そして、今から子分にされた時の事を考えて、顔を青くさせている。

 

 口に手を当てて、あわあわと動揺しては、子ども達から視線を飛び越え私を発見し、顔面を更に白くさせた。

 

 どうしましょう、とジェスチャーを送ってきたが、私は手で払って無視した。

 むしろ、そうした勝負事で格付けしようというなら、願ってもない話だ。

 

 私は、今にも飛び出して行きそうなリルの背中を見ながら、余裕の姿勢で腕を組み、事態を静観することした。

 

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