地理的有利はあった筈なのに、あっさり見つかってしまい、少年は羞恥で顔を赤くしていた。
自分が負けたことを悔しがるというより、見つけたリルが悪いと言わんばかりの表情で、きつく睨みつけてさえいる。
これ以上の静観は危ういか――。
そう思った矢先、リルは迎え入れた少年少女達に囲まれ、矢継ぎ早に質問攻めにされた。
「どうやって、そんな早くみつけたんだ?」
「どこにかくれてたの?」
「おれ、だいたい分かる。たぶん、かいだんうらのトコだよ。はじめてのとき、おれもやられたもん」
「あぁ、あそこかぁ……。ねね、ホントにそこ?」
「うん! かいだんのうしろのね、くらいトコロにいた! さいしょはわかんなかったけどね、あそこにいるってね……、んと……わかったの!」
どうやら、ナナも協力して捜していたらしい。
人より遥かにマナに敏感な精霊だから、リルの嗅覚とその感応力の合せ技で見つけ出したのだろう。
少年は最初から、勝ち目など万に一つもなかったのだ。
悔しさと羞恥心からか、少年はリル達の輪に入っていけない。
しかし、そうした様子に気付きもせず、リルはにこわやかに笑って言った。
「ねぇねぇ、リルのかち! かちだから、なまえおしえて!」
「だれが……、だれがおまえなんかに……!」
「おいおい、そりゃあナシだ。負けは負けだと、男らしく認めるって言ったばかりだろうが? それにな、その方がカッコイイぜ?」
ボレホからも苦言が飛んだが、少年は更に機嫌を悪くさせ、口をへの字に曲げるだけだ。
しかし、それとは他所に、他の少年少女たちはリルに好意的だった。
惜しげもない称賛と共に、自己紹介を始める。
「あたしミーナっていうの! 六歳よ! あなたみたいな子と、お友だちになれてうれしい!」
「ほんと? おともだち?」
「もちろんよ! としのちかい女の子って、このへんにゼンゼンいないの! なかよくしてね!」
「うんっ!」
ミーナは赤毛の三つ編みをお下げにした、ソバカスの目立つ少女で、背中から小さな翼が生えていた。
飛翼族としては珍しく闊達な雰囲気があり、今も互いに手を取り合って、きゃっきゃと笑い合っていた。
「リルも六歳! このまえ、なったばっかり! うわぁ〜、リルのおともだちだ!」
「おれらだっているぜ」
そう言って、待機していた一人の子が、その後ろで名乗りを挙げた。
こちらは街の分布でも特に数の多い猫人族で、栗色髪の上から猫耳を生やしている。
その少年が自分の顎先へと、どこか自慢気に親指を向けた。
「カイラだ。いっとくけど、にげるのもかくれるのも、おれだって大したもんだぜ! としはいっこだけした……だけど。でも、だからってナメんなよ。すぐにおいつくさ」
「よろしくね、リルのおやぶん。おいら、ヘント……。たたかないでね」
カイラに続いて名乗った少年は、この中でも特に小柄で、そして臆病に見えた。
今もカイラの後ろに身体半分隠して、顔だけ伺うようにリルを見ている。
その頭を見れば鼠人族と分かり、双方の種族を考えれば大変、珍しい組み合わせだ。
しかし、こういう人種の坩堝となる街特有の不文律から、わだかまりなどもなく仲良く出来ている。
そうして、最後に残ったのは、リルに敗北を喫した少年だけだ。
最早引っ込みがつかなくなったのか、自分から言い出せなくなっているらしい。
ボレホが小さく小突いて名乗るよう促しても、自分から動く気配はない。
リルの方から歩み寄っても、それは同様だった。
「ねぇねぇ、おなまえは? リルとおともだちになってよ!」
「……う、うぅ……! うるさい、うるさい! 何なんだよ、お前! お前らもお前らだ! そんなカンタンに……!」
少年は癇癪を起こし掛けていた。
リルが至極あっさりと、仲間の輪に入ったのが許せなかったのだろう。
それは少年が勝負を仕掛けたところに原因があり、そして複数の勝利を重ねたからこそ、ミーナを始めとして一気に心を掴んだと思うのだが……。
少年にはそんなことは理解できず、むしろ裏切り者の様に見えてしまったようだ。
リルが差し伸べかけた手を、振り払おうとしたのが目に入る。
これ以上は駄目だと思って、一瞬の間に距離を縮めると、私はリルの横に立ってその肩に手を置いた。
「あぁ……、うちの子と遊んでくれてありがとう。仲良くなったようで、私も嬉しい」
「お母さんっ!」
リルは破顔して私の腕に抱きつき、それから自慢の宝物を見せびらかすように、少年たちを指さした。
「おともだち、いっぱいできた! それでね、いっぱいあそんだ!」
「そうか、良かったね」
頭を撫でると、嬉しそうに身体を擦り寄せてくる。
いつもの甘える仕草より、一層熱が入っているようだ。
嬉しくて堪らないと、全身でアピールしている。
そうして、子ども達の方はというと、突然表れた私に驚き、目を点にして凝視していた。
特に、今まさに癇癪を爆発させようとしていた少年は、動きを止めて一層大きく驚いている。
全身をワナワナと震わせ、右手を持ち上げ、リルに向けた指先も震えていた。
「え……、母ちゃん? お前の?」
「そうだよっ! リルのお母さん! きょうもいっしょに、おでかけなの!」
リルの抱き締める力が、一層強まる。
いつもの抱っこして、の声なき要求なのだが、この場でしても良いものか迷った。
せっかく仲間入りを果たしたのに、親に甘えたがりの奴、というレッテルを貼られてしまわないだろうか。
特にまだ名乗りもしない少年は、リルを攻撃できる材料があると、嬉々としてそこを突いてきそうだ。
ワナワナと震えていた少年は、くわっと目を見開くと、私を一点に見つめながら叫ぶように言った。
「お前の母ちゃん、……すげぇ美人!」
「……は?」
素っ頓狂な発言に、思わず声が漏れる。
「いいなぁ、美人で……! 優しそーだし……、うちの母ちゃんなんて、太ってるし大きいし、すぐ叩くぜ」
「ホントだぁ……! カッコイイなぁ」
「カッコイイ? ミーナ、カッコイイとは違うでしょお。キレイでしょお」
「カッコよくて、キレイだよっ! ね、ヘント。だよね!」
「ん……、どっちかな。どっちもかな? わかんないや……」
そう言って、ヘントは顔を赤くさせて、カイラの陰へ完全に隠れてしまった。
ミーナは私に近寄って、キラキラとした目を向ける。
「髪もすっごくキレイ! さわってみても、いいですかっ?」
「ふふっ……、どうぞ」
腰を屈めて髪を纏め、肩越しに前へと流せば、恐る恐る触ってくる。
一房手に持ち、指先で梳いたり、サラサラと流してみたりで、その感触をしばしの間、楽しんだ。
「すっごい……! こんな髪、はじめてみた……!」
「やっぱ、カッコイイかも」
「でしょっ!? すごいのよ、これ! お金もちだって、こんな風には……。もしかして、リルのお母さんって、お貴族様?」
「違うよ。そんな良い生まれじゃないな」
これには笑って答えて、ミーナの頭を撫でてやる。
すると、すぐに恥ずかしがって、顔を赤くさせてはおっかなびっくり髪から手を離した。
「でも、ホントにすごくキレイで……。びっくりしちゃうくらい……!」
「んへへぇ〜!」
リルがだらしない顔で照れながら、頭と耳を擦るように抱きつく。
嬉しさと感情が爆発して、その矛先を持て余しているようにも見えた。
「何だって、お前がテレてんだよ!」
少年がつまらなそうに言うが、その口調には、多少の僻みが存分に含まれていた。
しかし、リルはそれに気にせず、照れ笑いする。
「だって、うれしいんだもん! リルのお母さんを、みぃんなすっごい、きれい、カッコイイってほめてくれてる!」
「べつに……!」
何かを言い掛けようとしたが、詰まらない発言をしそうと察し、私の方から機先を制して言葉を投げる。
「うちの子に、こんなに一度に沢山、お友達が出来て嬉しい。これからも仲良くしてやってね」
既に名前を交わした三人は素直なもので、満面の笑みと共に頷いた。
「うん、なかよくしたい!」
「リルちゃん、こっちに住んでるの? アタシのいえ、すぐちかくよ」
「きんじょ? さいきん、こして来たのか?」
わいわいと騒ぐ中、名乗り遅れた少年は、前に出る機会を逸した。
だが、私はそちらにも水を向け、リルの対面へと招き入れた。
「……それで、君のお名前は?」
「モンティだ、……です」
「そうか。リルと遊んでくれてありがとう。……これからも、よろしくね」
「よろしくーっ!」
リルが抱き着いて離れないまま、顔だけ向けてそう言った。
モンティは顔を赤らめ、口をへの字に曲げたまま、返事をせずに数度頷く。
「さて……、それじゃあ、リル。そろそろお暇しようか」
「もういくの?」
えぇー、とモンティを除く子ども達から、嘆きの大合唱が起こる。
せっかく知り合えたのだし、遊ぶ時間もまだ僅か。
私として、もっと遊ばせてあげたい気持ちはあるのだが……。
それでも、本日は大幅な予定変更があって、小さな森の転移陣を潰したり、その代わりにボーダナンを踏破せねばならなかったりと、色々忙しいのだ。
今からお昼を取って、それが終わればすぐに経たねばならない。
残念ながら、心ゆくまで遊ばせてやることは出来なかった。
「ごめんね、またすぐ連れて来るから」
「ほんとっ? すぐっていつ?」
リルは即座に食い付いて、また明日すぐ来たいとでも、言い出しそうな気配だ。
しかし、次にいつ来られるかは、まだ未定だ。
「さぁ、いつかな……。早くても来週になるだろうかね」
そう言って、私はリルを持ち上げる。
そうしてリルと顔の高さが同じくらいして抱くと、尻尾がブンブンと揺れていた。
「さぁ、お別れの挨拶して」
「またねっ! みんな、またあそぼうね!」
「うん、またねー!」
「こんどは、アタシとあそんでね!」
「またねー!」
私が背を向けて歩き出すと、リルは私の肩に手を置いて、手を左右に振る。
尻尾と同じ勢いで振られる手は、子ども達の声が聞こえなくなるまで、長らく続いていた。