混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

125 / 326
街の子供達 その6

 地理的有利はあった筈なのに、あっさり見つかってしまい、少年は羞恥で顔を赤くしていた。

 

 自分が負けたことを悔しがるというより、見つけたリルが悪いと言わんばかりの表情で、きつく睨みつけてさえいる。

 

 これ以上の静観は危ういか――。

 

 そう思った矢先、リルは迎え入れた少年少女達に囲まれ、矢継ぎ早に質問攻めにされた。

 

「どうやって、そんな早くみつけたんだ?」

 

「どこにかくれてたの?」

 

「おれ、だいたい分かる。たぶん、かいだんうらのトコだよ。はじめてのとき、おれもやられたもん」

 

「あぁ、あそこかぁ……。ねね、ホントにそこ?」

 

「うん! かいだんのうしろのね、くらいトコロにいた! さいしょはわかんなかったけどね、あそこにいるってね……、んと……わかったの!」

 

 どうやら、ナナも協力して捜していたらしい。

 

 人より遥かにマナに敏感な精霊だから、リルの嗅覚とその感応力の合せ技で見つけ出したのだろう。

 

 少年は最初から、勝ち目など万に一つもなかったのだ。

 悔しさと羞恥心からか、少年はリル達の輪に入っていけない。

 

 しかし、そうした様子に気付きもせず、リルはにこわやかに笑って言った。

 

「ねぇねぇ、リルのかち! かちだから、なまえおしえて!」

 

「だれが……、だれがおまえなんかに……!」

 

「おいおい、そりゃあナシだ。負けは負けだと、男らしく認めるって言ったばかりだろうが? それにな、その方がカッコイイぜ?」

 

 ボレホからも苦言が飛んだが、少年は更に機嫌を悪くさせ、口をへの字に曲げるだけだ。

 

 しかし、それとは他所に、他の少年少女たちはリルに好意的だった。

 惜しげもない称賛と共に、自己紹介を始める。

 

「あたしミーナっていうの! 六歳よ! あなたみたいな子と、お友だちになれてうれしい!」

 

「ほんと? おともだち?」

 

「もちろんよ! としのちかい女の子って、このへんにゼンゼンいないの! なかよくしてね!」

 

「うんっ!」

 

 ミーナは赤毛の三つ編みをお下げにした、ソバカスの目立つ少女で、背中から小さな翼が生えていた。

 

 飛翼族としては珍しく闊達な雰囲気があり、今も互いに手を取り合って、きゃっきゃと笑い合っていた。

 

「リルも六歳! このまえ、なったばっかり! うわぁ〜、リルのおともだちだ!」

 

「おれらだっているぜ」

 

 そう言って、待機していた一人の子が、その後ろで名乗りを挙げた。

 こちらは街の分布でも特に数の多い猫人族で、栗色髪の上から猫耳を生やしている。

 

 その少年が自分の顎先へと、どこか自慢気に親指を向けた。

 

「カイラだ。いっとくけど、にげるのもかくれるのも、おれだって大したもんだぜ! としはいっこだけした……だけど。でも、だからってナメんなよ。すぐにおいつくさ」

 

「よろしくね、リルのおやぶん。おいら、ヘント……。たたかないでね」

 

 カイラに続いて名乗った少年は、この中でも特に小柄で、そして臆病に見えた。

 今もカイラの後ろに身体半分隠して、顔だけ伺うようにリルを見ている。

 

 その頭を見れば鼠人族と分かり、双方の種族を考えれば大変、珍しい組み合わせだ。

 

 しかし、こういう人種の坩堝となる街特有の不文律から、わだかまりなどもなく仲良く出来ている。

 

 そうして、最後に残ったのは、リルに敗北を喫した少年だけだ。

 最早引っ込みがつかなくなったのか、自分から言い出せなくなっているらしい。

 

 ボレホが小さく小突いて名乗るよう促しても、自分から動く気配はない。

 リルの方から歩み寄っても、それは同様だった。

 

「ねぇねぇ、おなまえは? リルとおともだちになってよ!」

 

「……う、うぅ……! うるさい、うるさい! 何なんだよ、お前! お前らもお前らだ! そんなカンタンに……!」

 

 少年は癇癪を起こし掛けていた。

 リルが至極あっさりと、仲間の輪に入ったのが許せなかったのだろう。

 

 それは少年が勝負を仕掛けたところに原因があり、そして複数の勝利を重ねたからこそ、ミーナを始めとして一気に心を掴んだと思うのだが……。

 

 少年にはそんなことは理解できず、むしろ裏切り者の様に見えてしまったようだ。

 リルが差し伸べかけた手を、振り払おうとしたのが目に入る。

 

 これ以上は駄目だと思って、一瞬の間に距離を縮めると、私はリルの横に立ってその肩に手を置いた。

 

「あぁ……、うちの子と遊んでくれてありがとう。仲良くなったようで、私も嬉しい」

 

「お母さんっ!」

 

 リルは破顔して私の腕に抱きつき、それから自慢の宝物を見せびらかすように、少年たちを指さした。

 

「おともだち、いっぱいできた! それでね、いっぱいあそんだ!」

 

「そうか、良かったね」

 

 頭を撫でると、嬉しそうに身体を擦り寄せてくる。

 いつもの甘える仕草より、一層熱が入っているようだ。

 

 嬉しくて堪らないと、全身でアピールしている。

 

 そうして、子ども達の方はというと、突然表れた私に驚き、目を点にして凝視していた。

 

 特に、今まさに癇癪を爆発させようとしていた少年は、動きを止めて一層大きく驚いている。

 

 全身をワナワナと震わせ、右手を持ち上げ、リルに向けた指先も震えていた。

 

「え……、母ちゃん? お前の?」

 

「そうだよっ! リルのお母さん! きょうもいっしょに、おでかけなの!」

 

 リルの抱き締める力が、一層強まる。

 いつもの抱っこして、の声なき要求なのだが、この場でしても良いものか迷った。

 

 せっかく仲間入りを果たしたのに、親に甘えたがりの奴、というレッテルを貼られてしまわないだろうか。

 

 特にまだ名乗りもしない少年は、リルを攻撃できる材料があると、嬉々としてそこを突いてきそうだ。

 

 ワナワナと震えていた少年は、くわっと目を見開くと、私を一点に見つめながら叫ぶように言った。

 

「お前の母ちゃん、……すげぇ美人!」

 

「……は?」

 

 素っ頓狂な発言に、思わず声が漏れる。

 

「いいなぁ、美人で……! 優しそーだし……、うちの母ちゃんなんて、太ってるし大きいし、すぐ叩くぜ」

 

「ホントだぁ……! カッコイイなぁ」

 

「カッコイイ? ミーナ、カッコイイとは違うでしょお。キレイでしょお」

 

「カッコよくて、キレイだよっ! ね、ヘント。だよね!」

 

「ん……、どっちかな。どっちもかな? わかんないや……」

 

 そう言って、ヘントは顔を赤くさせて、カイラの陰へ完全に隠れてしまった。

 ミーナは私に近寄って、キラキラとした目を向ける。

 

「髪もすっごくキレイ! さわってみても、いいですかっ?」

 

「ふふっ……、どうぞ」

 

 腰を屈めて髪を纏め、肩越しに前へと流せば、恐る恐る触ってくる。

 

 一房手に持ち、指先で梳いたり、サラサラと流してみたりで、その感触をしばしの間、楽しんだ。

 

「すっごい……! こんな髪、はじめてみた……!」

 

「やっぱ、カッコイイかも」

 

「でしょっ!? すごいのよ、これ! お金もちだって、こんな風には……。もしかして、リルのお母さんって、お貴族様?」

 

「違うよ。そんな良い生まれじゃないな」

 

 これには笑って答えて、ミーナの頭を撫でてやる。

 

 すると、すぐに恥ずかしがって、顔を赤くさせてはおっかなびっくり髪から手を離した。

 

「でも、ホントにすごくキレイで……。びっくりしちゃうくらい……!」

 

「んへへぇ〜!」

 

 リルがだらしない顔で照れながら、頭と耳を擦るように抱きつく。

 嬉しさと感情が爆発して、その矛先を持て余しているようにも見えた。

 

「何だって、お前がテレてんだよ!」

 

 少年がつまらなそうに言うが、その口調には、多少の僻みが存分に含まれていた。

 しかし、リルはそれに気にせず、照れ笑いする。

 

「だって、うれしいんだもん! リルのお母さんを、みぃんなすっごい、きれい、カッコイイってほめてくれてる!」

 

「べつに……!」

 

 何かを言い掛けようとしたが、詰まらない発言をしそうと察し、私の方から機先を制して言葉を投げる。

 

「うちの子に、こんなに一度に沢山、お友達が出来て嬉しい。これからも仲良くしてやってね」

 

 既に名前を交わした三人は素直なもので、満面の笑みと共に頷いた。

 

「うん、なかよくしたい!」

 

「リルちゃん、こっちに住んでるの? アタシのいえ、すぐちかくよ」

 

「きんじょ? さいきん、こして来たのか?」

 

 わいわいと騒ぐ中、名乗り遅れた少年は、前に出る機会を逸した。

 だが、私はそちらにも水を向け、リルの対面へと招き入れた。

 

「……それで、君のお名前は?」

 

「モンティだ、……です」

 

「そうか。リルと遊んでくれてありがとう。……これからも、よろしくね」

 

「よろしくーっ!」

 

 リルが抱き着いて離れないまま、顔だけ向けてそう言った。

 モンティは顔を赤らめ、口をへの字に曲げたまま、返事をせずに数度頷く。

 

「さて……、それじゃあ、リル。そろそろお暇しようか」

 

「もういくの?」

 

 えぇー、とモンティを除く子ども達から、嘆きの大合唱が起こる。

 

 せっかく知り合えたのだし、遊ぶ時間もまだ僅か。

 私として、もっと遊ばせてあげたい気持ちはあるのだが……。

 

 それでも、本日は大幅な予定変更があって、小さな森の転移陣を潰したり、その代わりにボーダナンを踏破せねばならなかったりと、色々忙しいのだ。

 

 今からお昼を取って、それが終わればすぐに経たねばならない。

 残念ながら、心ゆくまで遊ばせてやることは出来なかった。

 

「ごめんね、またすぐ連れて来るから」

 

「ほんとっ? すぐっていつ?」

 

 リルは即座に食い付いて、また明日すぐ来たいとでも、言い出しそうな気配だ。

 

 しかし、次にいつ来られるかは、まだ未定だ。

 

「さぁ、いつかな……。早くても来週になるだろうかね」

 

 そう言って、私はリルを持ち上げる。

 そうしてリルと顔の高さが同じくらいして抱くと、尻尾がブンブンと揺れていた。

 

「さぁ、お別れの挨拶して」

 

「またねっ! みんな、またあそぼうね!」

 

「うん、またねー!」

 

「こんどは、アタシとあそんでね!」

 

「またねー!」

 

 私が背を向けて歩き出すと、リルは私の肩に手を置いて、手を左右に振る。

 

 尻尾と同じ勢いで振られる手は、子ども達の声が聞こえなくなるまで、長らく続いていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。