混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街の子供達 その7

 リルのはしゃぎようは、相当なものだった。

 

 喜びをからだ全体で表現したぐらいでは発散できず、私の腕の中から零れ落ちてしまうかと、危ぶまれるほどだ。

 

 私がリルを落とさないと信頼しているからか、無茶な体勢も平気で取る。

 まるでベッドの上で寝転ぶ程の自由さが、そこにあった。

 

「こらこら、危ないから止めなさい」

 

「でもね! でも……!」

 

「嬉しいのは分かったから」

 

 丁度、肩へ腹這いになる体勢だったリルの、小さなお尻をペンペンと叩く。

 

 強く叩いた訳でないものの、予想以上に良い音がなって、リルは大袈裟に悲鳴を上げた。

 

「いたぁい! んひひ!」

 

「ほらほら、ちゃんとしないと、どんどん痛くなってくぞ。可愛いお尻が、真っ赤になっちゃうぞ」

 

「んヤ〜……っ!」

 

「ほら、危ないから」

 

 尚も暴れようとするリルの腰から尻尾に掛けて、優しく撫でる。

 それで一時大人しくなり、遂には腕の中へストンと収まった。

 

「きょうは、もうかえるの?」

 

「お昼を取ってからね。今日はちょっと急ぎだ」

 

「なんできょうなの? まえはもっと、ゆうがたまでいたのに……」

 

 本当なら、その時間まで遊べる、と思っていたのだろう。

 久しぶりの街だし、実際に私も、最初はそのつもりでいた。

 

 だが、再三警告を受けた、私を追う影を思えば、用心し過ぎるくらいで丁度良い。

 

 ギルドへ立ち寄り、事の真相を確認せねばならないし、その内容次第ではもっと大きな対策が必要になる。

 

 私が背負うものを考えると、慎重過ぎて、し過ぎるという事はない。

 

「……ごめんな。次はもっと長く居られるように……うん、出来たらいいが……」

 

「つぎ? つぎって、いつ?」

 

 私はこれに曖昧な笑みを浮かべ、顎を動かし立ち並ぶ露店を指す。

 

「ほら、ここでご飯を好きに選ぼう。何が食べたい?」

 

 食事に水を向けてやれば、リルの興味はすぐに移った。

 様々な商品に目移りして、顔を左右に動かしていた。

 

「なにがいいかなぁ〜?」

 

「おっと、そうだ。早速、リルのお小遣いを使う機会だぞ。ちゃんとお金が使えるかどうか、お母さんに見せておくれ」

 

「んぅ! がんばる!」

 

 腰に巻き付けてあった布袋を、お腹の上で大事そうに抱える。

 

 そうして前回も食べて美味しかった串焼きや、パンを薄く伸ばして肉と野菜を挟んだ包み焼きなど、幾つかの種類を注文した。

 

「おっ、嬢ちゃん凄いね! ちゃんと買い物できるのかい」

 

「んひひ! おっきいどーか三まいと、ちいさいどうか一まい、これでちょうど!」

 

「はい、確かに! まいどあり! またどうぞ!」

 

「ありがとー!」

 

 お金と引き換えに商品を受け取り、リルは二つを手に取り駆け寄ってくる。

 そして、リルは戦利品を掲げるように、自慢気な顔で笑った。

 

「ちゃんとかえた!」

 

「偉いぞ、リル。よく細かいところまで計算できたね。お母さんも嬉しい」

 

「んひひ! でもね、けっこーあまっちゃった。ほかにどうしようかなぁ〜?」

 

「何も全部、使う必要はないんだよ。また今度来る時、同じ金額をお小遣いにあげよう。すると、今日より沢山、お金が使えることになるね?」

 

「うん、なる」

 

「その分、何か多く買ってもいいし、ちょっと値段が張るものを買っても良い。一日で全部使う必要はないんだ」

 

 そっかぁ、と呟いて、悩ましげに眉間にシワを寄せる。

 

「おかねって、ムズカシイね!」

 

「そうとも。どう使うかは、とっても大事なことだよ。それを分かってくれただけでも、リルは今日一日で大きな学びを得たね」

 

 リルの頭を撫でて、露店通りに併設されたテーブルを指さした。

 

「……さ、あっちで食べよう。混んでくる時間だからね、座れる内に座らないと」

 

 今はお昼のピーク時より少し早い程度で、席数の七割は既に座られていた。

 

 露店に並ぶ人々の数は多いものの、それと同時に持ち帰ったり食べながら去って行く者もまた多い。

 

 だから利用客の多さ程に、座っている人は少ないのだが、二人とも座れるテーブルとなると、少し難儀しそうだった。

 

 しかし、丁度テーブル一つ丸まる空いている席を発見し、素早くそこに腰を落ち着けた。

 

 私もリルと同じ物を購入していて、一緒に頬張って微笑み合う。

 そうしている間にも、リルのお友達自慢は留まるところを知らなかった。

 

「それでね、ミーナちゃんが、てをにぎってね……!」

 

 リルにとって、今日の出来事は相当に嬉しかったらしい。

 やはり、同年齢で同性の友達は、リルに大きな感動を与えてくれたようだ。

 

 情緒を育む意味でも、そして街暮らしでの常識を学ぶ為にも、リルの入学を真剣に考えて良いかもしれない。

 

「リルは、また皆んなと遊びたいだろうけど、学校に行くことについてはどう思う?」

 

「がっこ〜?」

 

「あそこにいた子ども達と、一緒にお勉強する場所があるんだ。そういう所に通いたいかどうか、って話だな」

 

「いっしょに、おべんきょう!」

 

 リルは想像しただけで、目を輝かせて頷いた。

 

「いきたいっ! いつ、いくの!?」

 

「まだ決まってないよ」

 

 顔を近付けながらも、口に食べ物を運ぶのは止めておらず、口の端にソースがたっぷりと付いていた。

 

 私はハンカチを取り出して、リルの口元を拭ってやりながら続ける。

 

「週に一度ね、午前中だけ通うのが、ここの小児勉学の基本みたいだ。教育を放棄しないだけマシだけど、実態としてはまだまだ問題が多いな」

 

「よく、わかんない。じゃあ、おんべんきょうは、それだけでいいの?」

 

「この街で暮らす人にとってはね。簡単な読み書きと計算、それだけ出来れば良いって考えだから。子どもは基本的に、労働力だしね。それ以上を学びたかったら、沢山のお金を出して、ちゃんとした学校に行くんだよ」

 

 勿論それは子どもが自分で稼いで、という意味ではなく、親の稼ぎで入れてやる、という意味だ。

 

 しかし、日曜学校以外に学べる場所は、この街にはないはずで、本格的にとなればこの街から出て寮生活するしかない。

 

 勉学は多くの者にとって、贅沢なものなのだ。

 

「リルもおべんきょう、しゅうにいちどだけ? だけでいい?」

 

「だぁ〜め。ちゃんと毎日やるの」

 

 実際はちゃんと、週に一度、休みの日はある。

 しかし、リルは唇をブルルル、と鳴らして不機嫌さを全開にした。

 

 私はその頭を撫でて、何とか宥めようとした時、横合いから遠慮がちに話し掛けて来る声がある。

 

「こちら、座らせていただいても?」

 

 露店で買った商品を手に持った、旅人風の男だった。

 

 周囲に空いている席はあるし、わざわざここでなくとも、とは思えども拒む程ではない。

 

 しかし、どうぞと声を掛ける前に、男の風体が気になって動きを止める。

 

 その男は、肩に掛からない程度まで伸ばした金髪の持ち主で、しかも目が糸の様に細かった。

 

 その特徴に合致している人物が、私を探っているのだと、ベントリーとバルローニから聞いたばかりだ。

 

 ただし、ボレホからはとうに姿を見せなくなった、とも聞いていた。

 断るべきか、判断に迷う。

 

 しかし、そうして返答しないままでいると、男は勝手に座り込んでしまった。

 そして、こちらから意図的に視線を切り、身体を横に向けた形で食べ始める。

 

 気にし過ぎても仕方ない……。

 

 こちらも、リルのお友達談義を聞きながら食べ直したのだが、幾らもせずに、また男から声が掛かった。

 

「すみません、ちょっとお訊きしても?」

 

「今は家族の団らん中だ。……見て分からないか?」

 

「お時間は取らせませんよ」

 

「そう言った奴が、長話にならなかった例を知らない」

 

「おや、これは一本取られた」

 

 男は悪びれなく笑ったが、私の機嫌は急転直下に悪くなった。

 

「つまりお前は、自分は嘘つきだけど話に付き合え、って言ってるんだな。尚更、お前に付き合ってやる理由がなくなったな」

 

「話に聞く通りの手厳しさだ」

 

 この台詞で、実は想像とは別人だった、という線はなくなった。

 つい最近まで、こちらを嗅ぎ回っていた相手だと、確信した瞬間だった。

 

 私が向ける視線も、自然厳しくなる。

 すると男は慌てて手を挙げ、降参とでも言いたげな顔で言葉を続けた。

 

「いえ、怪しい者ではありません。ナンパでもありませんよ、念の為に言うと」

 

「子連れを狙うほど、女に飢えていないだろう。不思議なことに、こういう輩は何故かモテる傾向がある」

 

「そうなの?」

 

 リルから純然たる疑問が投げ掛けられ、うん、と頷きながらリルに顔を戻した。

 

「でも、勘違いしてはいけないよ。モテる事と、愛し愛されることは別ものだ。リルも誰かに多く好かれるより、お互いに好き合える相手を探しなさい」

 

「お母さんみたいな?」

 

「ふふっ、そうだね。お母さんみたいな」

 

 そう言って、リルを抱き寄せて頬ずりする。

 子ども特有の温かな体温を感じていると、再び男から声が掛かった。

 

「ひどい物言いですし、ひどい誤解です。それよりも、こちらを無視しないで貰えますか」

 

「何だ、また居たのか。こっちはお前に用はない。消えろ」

 

「いえ、そういう訳にはいかないんですよ」

 

 男はそう言って、食いかけた串肉を一気に頬張り、嚥下する。

 

「私は冒険者ギルド、内部監査の者です。こちらのギルド支部を任される、ラーシュについて二、三お話を訊かせていただきたい。よろしいですね?」

 

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