混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街の子供達 その8

「――よろしい訳があるか」

 

 自信満々……というより、特権を振り翳す者特有の自尊心が、一瞬で固まる。

 

 その不意の一撃を受けている間に、私は更に言葉をぶつけた。

 

「ギルドの特務に、私の何に関係がある? お前達みたいなのが強権を行使できるのは、同じギルド員に対してのみだぞ」

 

「いえ……、それも場合によりけりです」

 

 一撃の衝撃から立ち直った男が、細い目を小さく見開いて続ける。

 

「ギルドの汚職に関与していると認められた場合、我々は一般市民にも協力を要請する権利があります」

 

「そう、あくまで要請な。強制ではない。ギルド員を捜査、場合によっては更迭する権限を持つお前らだが、一般市民に対しての捜査は領主の承諾が必要だ。その場合は更に、憲兵の同席も必要になる」

 

 そう言って、私はわざとらしく周囲を見渡した。

 

「……おかしいな。私の目には、どうにも同席している誰かの姿が見えない」

 

「随分と、お詳しいのですね……」

 

 最初にあった威勢や見栄はどこへやら……。

 今では頬に一筋の汗が流れている。

 

「それはどういう意味だ? 無知な相手に対してなら、越権行為も許されると? 少し脅し立ててやれば、簡単に口を開くと思った訳だ」

 

 私はリルを腕の中に抱いて、優しく肩を撫でる。

 しかし、男を見る目はそれとは正反対で、果断に睨みつける。

 

「どうやら、内部監査員に対する監査が必要なようだな。いつもそんな杜撰な捜査やってるとは思わなかった。領主と法を公然と無視するなど、これは報告が必要だな」

 

「いえ、ちょっと待って下さいよ……」

 

「お前、自分の話は聞いて当然、と思ってたろう? 尋問するのも、それに応えるのも当然の義務、と思ってたか? 学のない相手なら、その程度の安い脅しで十分だものな?」

 

「誤解ですよ、私は……!」

 

 男は目に見えて焦りを見せ、どうにか誤解を解こうと必死になった。

 しかし、私にとっては誤解でも何でもない。

 

 ちょっとした聞き込み目的で、善意の協力を申し出たのならば、まだ考えないでもなかった。

 

 だが、最初の交渉術からして、この男は対処方法を間違えた。

 

 頭を押さえ付け、訊きたいことだけ訊くつもりだったのだろうが、それで上手く行くのは浅学な者だけだ。

 

 ギルドはある種の自治権を持っているし、身内の犯罪者を取り締まるには初動が大事だから、それがなくては話にならないのも分かる。

 

 しかし、領主の権利である犯罪者の捜査権や逮捕権まで侵害されて、心穏やかでいる者など多くないのだ。

 

 だから、その必要性を認めつつ、ギルド員ではない相手に対し、領主にはその申請を申しでなくてはならない。

 

 どうせ許可を与えるのは変わらないのだが、自分の頭を飛び越えて勝手するなど、認めるはずがないのだった。

 

「話を訊きたいというなら、今から一緒に、兵の詰め所にでも行くか?」

 

「いや、それは……」

 

「そうか、困るか。越権行為が知られると、お前は当然として、ギルド本部にも問題が波及する。そうなると、もう一人の問題じゃなく、内部監査全体……組織単位の問題にもなりそうだ」

 

 男は糸目を歪めて、忌々しそうにこちらを睨んで来た。

 

「脅すつもりですか……」

 

「して来たのは、お前が先だろう? やってやり返されたからと、泣き言を垂れるのは情けないぞ。言っておくが、私はお前がこれ以上続けるなら、本気で申し立てるからな」

 

 男は喉の奥で、唸るような声を鳴らした。

 

「強権を簡単に振りかざすとな、そういうしっぺ返しを食らう。良い勉強になったな」

 

「どうやら、その様ですね……」

 

 男は素直に認めて、悔しげな息を吐いて立ち上がった。

 

「今日は退散します。ですが、そこまで明確に拒否されたのです。その事実を以って、何か後ろ暗いものがあると、そう判断されるとは思われませんでしたか。次はしっかりと、正規の手順で尋問させて貰いますよ」

 

「おやおや、それは怖い。正規の手順、ね……。取れるといいな」

 

 話は終わりだ、と手を振って、手を付けていなかった食事を再開する。

 

 リルも手を止めてこちらを伺っていたが、私が再開したことで、自分も手を付けることにしたようだ。

 

 男は最後、悔しげに一瞥したが、何を言うでもなくその場から立ち去って行った。

 

 私はそれを目の端で確認し、完全に人混みの中へ姿が消えたのを確認して、大きく息を吐く。

 

「やれやれ……」

 

「お母さん、なんかちょっと、こわかった……」

 

「あぁ、ごめんよ、リル!」

 

 大袈裟に詫びて、小さな身体をぎゅっと抱き締める。

 リルは頬張っていた肉を飲み込むと、口元を大雑把に拭って笑った。

 

「でもね、お母さんカッコよかった! ……ムズカシくて、よくわからなかったけど……」

 

「知は力なり、と言うけどね。知っていると、それだけで相手を退散させることも出来るんだよ。でも、これは暴力と同じで、無闇に振りかざすのもいけない」

 

 実際、それならば、とあの男は更なるやる気を見せた。

 今回は逃げられたが、今度こそは逃がすまい、と策を講じて来るだろう。

 

 一つの問題を退けられたのは確かだが、より大きな面倒を引き起こした、とも言えた。

 

「でも、知らないと、ただ搾取され利用されることにもなる。力は使い方次第、タイミング次第、きちんと見極めて使えるようにならないといけないよ」

 

「んぅ……」

 

 リルは分かったような、分からないような、曖昧な態度で頷いた。

 それも仕方ない。

 

 リルが理解するには、まだ難しい問題だ。

 

 私が撫で心地の良い髪を梳く様に撫でていると、そこに慌ただしく何者かが走り込んできた。

 

 今度は何だ、と目を向けると、そこには息を切らしたラーシュが立っている。

 

「……何だ、どうした?」

 

「いや、あれだよ……! お前を捜しててよ……! ぜぇ……っ! ちょっと拙いことに……!」

 

「監査員の話か?」

 

「何で知って……ぁっ、もう来てたのか!?」

 

 やはりそれか、とうんざりしながら、対面の席を勧める。

 

 本当なら追い返したいくらいだが、ここは詳しく話を聞いておいて貰った方が良いだろう。

 

 私はラーシュが座るを待って、それから詳しく説明した。

 

「……そういう訳で、何か聞き取りをされる前に追い返した。……何やったんだ、お前」

 

「いや、別に何もしちゃいねぇよ……! いや、やったというか、やらざるを得なかった、というか……! 何もかも不可抗力というか……!」

 

「何だよ……。やっぱり、あるんじゃないか」

 

 うんざりして息を吐くと、ラーシュは強硬に熱弁して否定する。

 

「そうじゃないんだって! これはお前にも……いや、俺が招いた問題ではあるんだが……、ともかくだ」

 

 悩ましげに息を吐き、改めて呼吸を整え、ラーシュは詳しく説明を始めた。

 

「つまりな、昇給のチャンスがあって、それが適切かどうかの確認があったわけだ。それで、色々と問題を解決したその手腕を買われた訳だが、どうにもそこが怪しい、と目を付けられて……」

 

「あぁ……」

 

 それらの殆ど――あるいは全て、私が解決したようなものだ。

 中には明らかに、ラーシュに解決できるか、疑問に思われる案件があった。

 

 内部監査は、そこに不正の臭いを感じ取った、という事なのだろう。

 

 そして、調べる内にその協力者として、私の存在が明るみに出て、その確認の為に、今日あぁして接触を計ったのかもしれない。

 

「なるほどね……。しかし、その辺は上手く改ざんしたんじゃなかったのか? 報告書に私の名前は勿論、その存在を仄めかしたりもしてないんだろう?」

 

「勿論だが、例の監査員……やり手で有名なんだよ。現役時代の実力だって知られてる。それなのに、一線を退いた今でも果たして可能か、と思われて……。そこから……」

 

 疑いの種があれば、それを根掘り葉掘り、ほじくり出すのが内部監査というものだ。

 

 そして、ギルドに外部協力者がいるという話は、特別なことでもなかった。

 

 それが荒事に特化しているのは珍しいが、たとえば魔物の目撃、薬草の採取場所、そうした情報の遣り取りは外部から得られる事のほうが多いものだ。

 

「私の所に来たヤツも、今日は追い返せたが……。今度は真正面から尋問してやる、と挑戦状を突き付けられたな」

 

「大丈夫なのか、それ……」

 

「大丈夫だろう。ベントリーにも話を通しておく。私はな、これでも貴族連中に嗅がせる鼻薬を沢山持ってるんだ」

 

 たとえば、嗜好品や特別な水薬などは、全て貴族に卸される。

 彼らもそれらの入荷を、常に待ちわびている状態なのだ。

 

 ギルドは時に領主の領分を、その武力で押し通ろうとするきらいがあるので、当然仲が悪い。

 

 少し話を通すだけで、監査員は協力を取り付けられず、途方に暮れてしまう事だろう。

 

「……ま、そうだった。お前の機嫌を損ねたくないのは、何も俺だけじゃなかったな」

 

「そういう事だ。……それにしても、まったく……。街に来ると、いつも何かしら面倒がやって来る。どうにかならないものかね」

 

「それを俺に言われてもな……」

 

「持ち込んでくる筆頭だろう、お前は」

 

 そうだっけ、と薄らとぼけて、顔を背けたラーシュは笑う。

 

「ケチも付いたし、今日はもう帰る。これ以上、面倒に巻き込まれる前にな」

 

「何だよ、もう少しゆっくり……」

 

 ラーシュの声は無視して、綺麗に食べ終わったリルの口元を、ハンカチで丁寧に拭う。

 

 そうして、椅子からも立ち上がると、呼び止めようとするラーシュを無視して、リルの手を引き、その場から立ち去ったのだった。

 

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