混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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幕間

 すっかり日も落ちた、とある宿屋の一室で、一人の男が窓際に立っていた。

 春になったとはいえ、夜風は未だに肌寒く、好んで傍に寄る者は少ない。

 

 だというのに、男は窓を全開にして、窓辺から外を見つめていた。

 

 換気の為ではない。

 酒で火照った身体を、冷ます為でもなかった。

 

 男はあるものを待っているから、こうしているのだ。

 しばらくすると、一羽の梟が翼をはためかせ、室内に入ってくる。

 

 手近な椅子の背もたれに着地すると、首を右へ左へ、九十度近く傾けてから、男の方へと向き直った。

 

 その間にも、男は念の為にと、窓の戸を閉めている。

 

 男が向き直ると同時に、梟は知性ある瞳で男を見つめ、そうしてそこから人の声が発せられた。

 

「首尾はどうだ?」

 

 年嵩の……五十代を思わせる男の声だった。

 慎重さと威厳を感じさせる声が、梟の開っ放しの口から発せられている。

 

 この梟は、森に住む普通の鳥とは違う。

 遠隔地で会話出来るよう、付与魔術によって調整された、特別な梟だった。

 

 男は梟に向き直ると、小さく会釈してから返事をする。

 

「予定より遅れましたが、無事、接触出来ました。特徴的にも一致する女でしたが、上手く煙に巻かれて、尋問までは……」

 

「煙に巻かれ……? のらりくらりと躱されたのか?」

 

「いえ、というより、はっきりと拒絶されました。少し脅しを掛けて訊き出そうとしたところ、逆に脅しを掛けられる始末です」

 

「何をやっているんだ……」

 

 梟とその奥にいる話者は、その感情まで繋がっていない。

 

 しかし、タイミングよく瞳を閉じられた事で、辟易とした気持ちまでが如実に伝わる。

 

 男は言葉を選びながら、慎重に声を発した。

 

「油断……というのとは、また違いますが……。法を持ち出されると、こちらも弱く……。あくまでギルドの特務で動いている、という事になっていますから……。制度を持ち出されると、どうにも……」

 

「……フン。それで? どうだったんだ? 最も重要なのは、そこだ」

 

 接触を図るに辺り、ギルドの内部監査という名目で近づいたが、本気で裏取調査をしたい訳ではなかった。

 

 今回、このカーライルが本当に調査すべき事は、あの女が『魔女』であるかどうか、その真偽を確かめる点にあった。

 

「銀と紫とも取れる髪色、その点だけ見れば『特徴』に一致します。ただ、感じ取れた魔力は良くてBランク相当……その中でも下位と言える程です。その点を鑑みても、単なる勇み足だったと思えます……」

 

「表面的な部分だけを見ても分からん。短い時間の接触だけで判断できるものか。それが偽装であるかどうか、見極めるにはもっと接触回数を増やすしかない」

 

「それなのですが……」

 

 カーライルは細い目を歪ませて、忌々しそうに息を吐く。

 

「尋問の許可が下りません」

 

「何だと?」

 

「正規の手順を踏まねば、あの女はこちらに応じる事はないのは明らかでした。かといって、偶然を装っての接触も、苛烈な性格を思えば逆効果……。だから仕方なく、と思ったのですが……」

 

 しかし、申請を出すまでは良かったが、返事は考慮するとだけあって、許可するものではなかった。

 

 ギルドからの正式な申請だから、これを正面から却下する事は出来ないし、そもそもする理由もない。

 

 そう思って再度、詳しく話を聞いてみたところ、どうやらあの女は貴族受けが良いらしいと分かった。

 

 彼女が不快な思いをしている、という話が通っただけで、申請の許可を出来る限り、先延ばしにする方針となったようだ。

 

 領主にとって、処理されるべきは、より重要度の高い書類から……。

 そういう建前で、こちらからの申請を先延ばしにするつもりらしい。

 

 そして実際、あの女に対して行うのは、犯罪の取り調べですらない。

 立場的にもギルドと正式に契約を交わした協力員ではなく、全くの部外者だ。

 

 だから、ギルドからの強制力も行使できず、手をこまねく破目になっている。

 これらが全て想定通りだとするなら、非常に厄介な相手というしかなかった。

 

 梟は閉じていた目を明け、カーライルを無視して、くりくりと首を動かす。

 

「正規の手段が無理であるなら、せめて遠方から監視するしかあるまい。自宅を押さえ、近くの物件でも借りて……」

 

「いえ、それが……」

 

 カーライルからしても、これを報告するのは苦痛でしかなかった。

 己の無能を晒す事になるのだが、報告しない訳にもいかない。

 

「接触した初日に、後を尾行()けてみました。しかし、途中で見失い……」

 

「何をやってるんだ……。お前の得意分野だろう? 何の為に、お前をこうした特務に付けていると思ってる?」

 

「お怒りはご尤もです……。不甲斐ない報告になってしまい、申し訳ありません」

 

 カーライルは腰を折り曲げ、頭を下げる。

 

 この梟は音声を伝達するだけの能力しかないので、そうして頭を下げたところで見えはしないのだが、それでもやる意義はある。

 

 相手は僅かな物音からも、人間の機微を見抜く天才だ。

 

 僅かな衣擦れ、聞こて来る音の方向が変わっただけで、カーライルの動作を理解しただろう。

 

「言い訳になりますが、決して素人に勘付かれる様な、甘い尾行をしていた訳ではありません。索敵を得意とする冒険者にも、気付かれない自信があります。それでも……」

 

「お前の実力については信頼している。だからこそ、お前は特務を任されているのだ。……だが、そうだな。お前を撒いたという一点で、『魔女』の可能性は増した、と考えて良いか……」

 

「魔女の根城はボーダナンと呼ばれる森林の奥地、と目されておりますが……」

 

「目と鼻の先だ。たまには市井と交わることもあるのだろうさ。人里から遠く離れて、隠れ住むものだと思っていたが、案外そうではないのかもしれん……」

 

 魔女を捜し出し、魔女の遺産を手にするのが、彼ら――聖鷹の塔に住まう全エルフ悲願だ。

 

 その手掛かりを入手したかもしれない、と分かれば、俄然やる気にもなる。

 

「何処に居るか分からない。しかし、こちらの行動に対し、必ず後背を突いてくる。所在不明、予測不可能、しかし必ず邪魔をする――というのが、魔女の嫌らしい所だった……」

 

「神出鬼没、それ故の不意打ち……ですね」

 

 世界で最も偉大であり、最も価値があり、故に世界の盟主に相応しいのは、エルフしかない。

 

 ――長命種が短命種を支配する。

 それこそが、世界の正しい姿、と疑っていなかった。

 

 僅か百年に満たない寿命では、その王権を数十年しか存続させられない。

 王権の交代は、必ず天秤を揺り動かす。

 

 暗君もいれば、名君もいるだろう。

 しかし、その度に国は必ず揺れるのだ。

 

 その不安定さと言ったら、長命種から見ると危うく見えて仕方がない。

 天秤が揺れ動くのは、短命種故の必然で、摂理ですらあった。

 

 それを支え、安定させられるのは長命種しかいない。

 長命種が支配する方が、短命種にとっても幸福だ――。

 

 それこそが、エルフが世界に覇を唱える理由である。

 

 エルフから見れば、短命種の国家など子どものごっこ遊びにしか見えず、分かっててやっている火遊びも同然の扱いだった。

 

 我欲や私欲、征服欲によって覇を唱えんとしているのではない。

 誰もがより良い幸福を享受する為に、最も優れた主の支配を与えたい。

 

 その一心での、長命単種支配構造だ。

 しかし、それを真っ向から否定したのが、『混沌の魔女』だった。

 

「あれの裏切りがなければ、世界はとうにエルフ支配下の元、大いなる幸福を享受出来ていたことだろう。東大陸からの撤退、西大陸での足踏み……。全ては『混沌』が、そこに在るからこそよ……。奴一人に振り回されるのは、もう終わりにせねばならない」

 

「は……」

 

「見つけ出せ、狩り立てろ。後背を突き、首を切るのだ。怯え続けるのは、もう真っ平だ」

 

「分かっております」

 

 カーライルは曲げていた腰を戻し、背筋を伸ばして梟に力を込めて言う。

 

「あの女については、継続して調査して行きます。ボーダナンの森についても、同様に調査したいのですが……」

 

「今年の『五鷹』は潰れてしまったからな……。別の『五鷹』を用意するなり、別の手立てを考えよう。……こういう時の為に用意したギルドだ。そちらの線でも、上手く使わねばな……」

 

「は、その様に」

 

 カーライルが一礼すると、梟は嘴を閉じて翼をはためかせた。

 

 退出する合図だと分かり、窓を大きく開けて、飛び立てる隙間を作る。

 

 風が室内に入り込むと同時に梟も飛び立ち、夜空を背景に消えていくその姿を見送った。

 

 男の目には確固たる、この作戦を成功させる意志が込められていた。

 

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