混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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第四章
兆し その1


 春になり、日を重ねる度に、天気の良い日が続くようになった。

 冬にありがちな曇り空は鳴りを潜め、温かな陽光が森に降り注ぐ。

 

 冬であろうと、お構い無しに外で遊んでいたリルだが、天気が良いと駆け回る元気にも違いが出る。

 

 アロガとナナを引き連れたリルは、目一杯、春の木漏れ日を楽しんでいた。

 私はそんなリルを尻目に、畑作業をしている。

 

 広い範囲の畑は、一家族を養うには大き過ぎるぐらいだが、妖精達への献上品を前提とすれば、適正ではあった。

 

 だが、土を耕すにしろ、種を植えるにしろ、それらは妖精自ら手伝いしてくれるので、そこまで重労働という訳でもない。

 

 加えて、労働の多くは魔力頼りだ。

 鍬などを使わない訳でもないが、作業効率は段違いだった。

 

 そして、こういうやり方を、リルもそろそろ覚えていかねばならない。

 私は声に魔力を乗せて、遠くで遊ぶリルを呼ぶ。

 

 こうした使い方を出来るようになったのも、リルがマナ慣れするようになってからだ。

 

 幼い身体には毒だったものが、今となっては逆に鍛える元となる。

 何かと触れる機会を増やす方が、まず有益だった。

 

 私の声を聞き届けたリルは、アロガと競争しながらやって来る。

 

 本気で走る剣虎狼(ウルガー)には到底勝てないが、アロガは突き放すというより、並走したくて走っている様だ。

 

 だから、私の元には姉弟同時にゴールした。

 ナナは空中を飛んで追従していて、どうやら競争には参加していない。

 

 リルは辿り着くなり私にダイブして来て、受け止めるまま、横に回転する動きで勢いを削いで抱き留めた。

 

 きゃっきゃと喜ぶリルは、私の胸の中で呼吸を整えながら顔を上げる。

 

「お母さん、よんだ?」

 

「うん、呼んだけど……。危ないから、勢いのままに抱き着くのは止しなさいね」

 

「えぇ〜……っ!」

 

 リルは嫌そうな声を上げ、渋い顔で不満を表す。

 私だっていつでもリルを抱き留めてやりたいが、それにも限界というものがある。

 

 成長するごとに、体格と脚力を順当に伸ばして来たリルだから、そろそろ幼い頃同様には受け止め切れなくなってきたのだ。

 

 特に最近はマナの扱いを学んでお陰で、ダイブする威力に拍車が掛かっている。

 

 母を信頼してくれるのは嬉しいが、そろそろ力をセーブする事も覚えて貰わないと、私の身が保ちそうになかった。

 

 ――いや、と少し思い直す。

 マナを使って良くなったのだから、むしろこれまでより簡単に受け止められるかも……。

 

 そう考えて、やはりまた思い直す。

 何も危険な遊びを冗長させる必要はない。

 

 素直に、あくまで標準的な体当たりをして貰えば、それで済む話なのだ。

 

「あー……、それでね、リル。今日から少しずつ、畑の作業に参加しなさい」

 

「するの? リルも?」

 

 ぱちくり、と目をまん丸に見開き、それから嬉しそうに頷く。

 

「ホントに!? なにしたらいいの!?」

 

 畑仕事は、我が家にとっては、マナを用いて行う作業だ。

 だから、幼いリルに影響を与えまいと、参加させる事を許さなかった。

 

 それがとうとう解禁されたのだと知り、リルは私の腕の中で手を振り回して喜んだ。

 

「こらこら、暴れるんじゃありません。説明するから……ほら、見てなさい」

 

 片腕でリル支えながら、もう片方の腕を見せ付けるように掲げる。

 そうして、周囲に満たされているマナを収束し、手の平に集めた。

 

「分かるかい、リル? 普段、剣術なんかでやっている、身体強化とは違う使い方だ。取り込むのではなく、腕に絡めるイメージ。普段、口酸っぱく言っている、循環とは真逆の使い方だ」

 

「ムズカシそう……。でも、やってみる!」

 

 そう言って、とりあえず見様見真似でやって見せるが、やはり最初からそう上手くはいかない。

 

 眉間にシワを作り、身体を捻じるようにして再現しようとしたが、一向に上手くいく気配がなかった。

 

「んぅ……! ムリ! できないよ! どうしたらいいの?」

 

「以前通りのやり方に、慣れてしまっているせいだな……。慣れない内は、その切替が如何にも難しい。お母さんのやり方を、よぉく見ててごらん」

 

 手の平に集めていたマナを、一度霧散させて、再度同じ工程をやり直す。

 

 今度はよりゆっくりと、リルの目にも分かり易く映るよう、注意深くマナを操ってく。

 

 一部始終を瞬きする事なく見つめていたリルは、私がやってみるよう促すと、辿々しい手付きながら、先程の動きを真似る。

 

「んぅ……! んん……。んんん、んんぅ……!」

 

 身体を右へ左へと、蛇のように捻っては、何とか形にしようと奮闘した。

 しかし、染み付いたマナの制御は、そう簡単に別系統の動きをさせてくれない。

 

「こうだよ、こうするんだ……」

 

 私はリルの肘あたりを摘むようにして持ち、制御方法を矯正してやる。

 

 少し指向性を与えただけで、先程よりもずっとマナの流れが良くなり、手の平近くへ周囲のマナが近寄った。

 

「なんか、ちょっとわかったみたい……! そっか、ハチミツなんだ! べっとり、くっつくみたいな……、なんかそんなかんじ!」

 

「その表現は面白いな。お母さんの感覚とは違うけど、自分のやり易いイメージが一番だ。同じようにやってみなさい」

 

 促してやれば、まるで瓶の中からハチミツを掬い取る様な動きをして、周囲のマナをごっそりと奪っていく。

 

 本来、空気の様に霧散して、掴む事の出来ないマナが、それでリルの手の平に集まった。

 

「できたっ! できたよ、お母さん!」

 

「上手いぞ、リル。よく出来ました」

 

 随分と力業でのやり方だが、成功は成功だ。

 素直に褒めて、リルをより強く抱き締めて頬ずりする。

 

 近くで見守っていたアロガまで嬉しそうに吠え、どこかハラハラして見ていたナナも、素直に褒め言葉を送ってきた。

 

「何か、トンデモない方法、見せられた気がするけど……。でも、何はともあれ、一歩前進かしらね。偉い、偉い」

 

「んひひ! すごいでしょ〜!」

 

 リルも自慢気に笑い、それからふと首を傾げて、集めたマナを見る。

 

「それで……、お母さん? これ、どうしたらいいの?」

 

「こうするんだよ」

 

 私自身で集めていたマナを、耕された地面へ、ふわりとヴェールを敷くように放った。

 

 薄く均等に撒かれたマナは、土壌と堆肥に結び付いて、土中の栄養を活発化させる。

 

 この森はマナに溢れているから、何をせずとも、外の大地より作物の実りは豊かだ。

 

 しかし、こうしてやる事で作物の実りが良くなるだけでなく、採取した作物自体がより良い栄養価を持つ様になるのだ。

 

 それに、野菜はえぐみや苦みが消え、甘味を感じるようにもなる。

 

 ただし、そうした特徴は元々の野菜に大きく左様され、特にリルの好きな人参などは甘味が強くなる傾向が強い。

 

 美味しい野菜を食べたいなら、こうした地味な土作りが大事なのだった。

 

「ほら、リルもやってごらん。お野菜が、これでぐっと美味しくなるよ」

 

「ほんとっ!?」

 

 リルは期待に目を輝かせて、手の平に集ったマナを落とそうとする。

 

 しかし、私の真似をして軽く振ってもマナはそのままで、ぴくりとも動こうとしない。

 

 リルは不思議そうに首を傾けてから、再度手を振る。

 

 今度はボールを投げる様な仕草でやってみるのだが、やはりマナはリルの手の平にくっ付いたまま、離れようとしなかった。

 

「もうっ、なんで!? んぅ! んん、んぅ!」

 

 業を煮やして、ぶんぶんと上下に振るのだが、それでも一向に離れる気配がない。

 

 バタバタと手を降る音ばかりが聞こえ、離れていかない様は、まるで糊でくっ付いているかのようだ。

 

「あー……、これって……」

 

 様子を見ていたナナが、思わずと言った仕草で言葉を漏らす。

 

「ハチミツをイメージしてたから? だから、くっ付いてしまっているのかしらね?」

 

「……そうなの?」

 

 リルの問いにナナが頷き、そして私も頷いた。

 

「元々、べったりとくっ付くイメージで、マナを収束させたからだろうな。性質が粘着性に傾いてしまっているんだ。今度は逆に、するりと離れるイメージをしてごらん」

 

 そう言って促してやると、変化は劇的だった。

 

 振り回していた手の平からマナが外れ、放物線を描いては、べしゃりと畑の上に落ちる。

 

 丁度その場で作業していた妖精が、そのマナ塊に直撃し、目を白黒させていた。

 

「何だ、何だ!?」

 

「あっちから飛んできたぞ!」

 

「リルだ、リルがやった!」

 

「リルが!? それ、やり返せー!」

 

 攻撃された、というほど物騒なものではない。

 彼らからすれば、マナを頭から被った程度、水遊びみたいなものだ。

 

 しかし、だからこそ、リルと遊ぶ機会を得られたと思って、畑作業の手を止めて飛び掛かった。

 

「わ、わぁ〜っ……!」

 

 リルは悲鳴を上げて私から飛び降り、一目散に駆けていく。

 しかし、その程度で妖精が諦めるはずもない。

 

 むしろ良い遊びだと目を輝かせ、熾烈な追いかけっこが始まった。

 私はそれを微笑んで見送る。

 

「た、たすけて〜っ!」

 

「程々にして、帰ってきなさい」

 

「あぁ〜ん……っ!」

 

 妖精達としても、リルを本気で害そうとはしていない。

 何しろ、リルが好きで堪らなく、単に遊びたいだけの者たちだ。

 

 指先から豆にも似た魔力弾を飛ばしているが、当たってもチクリとするぐらいだし、これで問題など起きようはずもなかった。

 

 アロガもその遊びに参加して、リルを攻撃から守ったり、逆に反撃に回ろうとしたら翻弄されたりと忙しい。

 

 そうして……。

 

 最終的に妖精たちが満足するまで追いかけっこが続き、優に一時間の長丁場の末、ようやく終息したのだった。

 

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