混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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狩りとおでかけ その1

 小麦畑の収穫が終わって数日後、私は自宅内のリビングで、次の保存食作りに手を付けようと考え込んでいた。

 

 保存食と言えば、干し肉が欠かせない。

 冬の間はどうしても獲物が狩り辛くなるし、魔獣であっても冬眠するものはいる。

 

 肉の確保が難しいとなれば、予め用意しておくのは基本だろう。

 

 他の季節であれば、森の助けもあって獲物を探すのに苦労はないが、沈静化してしまう冬ではそれも難しい。

 

 いよいよ足りないとなれば森に入るしかないのだが、そうならないよう準備するのも必要だった。

 

「しかし……」

 

 今もリビングで、リルに抱き着いては甘えているアロガを見る。

 

 リルの体格に対してアロガは大き過ぎ、抱き着くと体重で押し潰しそうになっていた。

 

「もぉ〜……、やぁぁ……! アロガ、おもい!」

 

 殆ど乗っかる様な形で、頭や耳を舐めていた。

 アロガとしては、毛繕いしているつもりなのだろうし、そういえばそろそろ換毛期の頃合いだ。

 

 アロガの背中辺りは、既に生え変わりの兆候が見え始めている。

 そして、獣人であるリルにも同じく、換毛期が存在していた。

 

 獣みたいに毛皮を持たず、耳と尻尾がある以外、殆ど人と変わらないのだが、そうした機能はしっかりあるのだから不思議なものだ。

 

 櫛で髪を梳いてやると、ぼろぼろと抜け落ちるので、やっていて癖になる。

 

「ほら、リルおいで。換毛期なんだ、ちゃんと梳いてやらないと」

 

「うん、やって!」

 

 アロガの毛繕いは更に熱烈なものとなっており、背中に負ぶさる捕食めいた様相だった。

 

 私に声を掛けられたリルは、アロガを押し退けて立ち上がり、私の元までやって来る。

 

 そして、リルに逃げられたアロガは、悲しそうな声を出した。

 

「そんな顔するな。お前にもやってやるやから」

 

「アロガにも?」

 

「自然に抜け落ちるのを待ってたら、部屋中、毛だらけになってしまうよ。外でやれ、なんて命令、聞いてくれないし」

 

「ふぅん……」

 

 リルは今一、アロガの事になると関心が薄い。

 薄いというより、身近にあり過ぎて、自分の手足みたいに思っている節がある。

 

 既に自分より身長が大きいのに、未だにアロガを『小さな弟分』として扱っているのは、そのせいなのかもしれない。

 

 私が手元に櫛を引き寄せると、リルが膝の上に乗ってくる。

 小さな頭に乗る、これまた小さな耳を顎下に見ながら、丁寧に髪を梳いた。

 

 上から下へ、一度櫛を通しただけなのに、ごっそりと髪が抜ける。

 

「うゎ……、凄いな……」

 

「すごい……? リル、えらい?」

 

「偉いのとは、ちょっと違うな。でも、良いことだよ」

 

「んひひ……!」

 

 リルが嬉しそうに笑った。

 

 顔を上げてこちらを向いていた頭を正面に戻し、櫛に溜まった毛髪を一箇所に集めつつ、何度も繰り返し行う。

 

 そうして、時間にして十分ほど……。

 最終的には、どこから出て来たんだ、という量が手元近くに、こんもりと出来上がった。

 

 それを見たリルも驚いて目を丸くしている。

 

「これ、ぜんぶリルの?」

 

「そうだよ、沢山抜けたね」

 

「ほぇ〜……」

 

 その髪は後で焼却炉にでも持っていくとして、次はアロガの番だった。

 リルの櫛を仕舞って、代わりにアロガ用の櫛を取り出すと、それをリルに手渡す。

 

「さ、今度はアロガの番だ。リルの毛繕いをしてたのも、次は自分にもして欲しいっていう、アロガなりのアピールなんだ」

 

「そっかぁ……。アロガもすっきりしたいんだ」

 

 リルは自分の頭を触って髪を払うと、私から櫛を受け取った。

 

 そのまま膝から降りて、伏せをしていたアロガの元へ行くと、少々乱暴な手付きで背中を擦る。

 

「うわぁ……、すごいとれる! クシがもう、毛でいっぱい……!」

 

 アロガに馬乗りになって、上下に櫛を動かすものだから、自慢の毛並みも酷いものだ。

 

 見兼ねた私はリルの横へ膝を付いて座り、やんわりとその手から櫛を受け取る。

 

 そして、目詰まりした櫛から毛を抜けとると、上から下へと優しく梳く動きを見せた。

 

「分かるか? 毛並みを意識して、逆らわない様に……。必ず一定方向に向けて、櫛を動かすんだ」

 

 そうして、手本を見せた後は、すぐに櫛を返す。

 受け取ったリルは、見様見真似で櫛を動かした。

 

「……こう?」

 

「いいぞ、上手だね」

 

「んふ〜……っ!」

 

 褒めてやれば、どこまでも嬉しそうに笑う。

 先程までの乱暴な手付きではなく、今度は一定速度で上から下へ。

 

 そしてまた、場所を変えて上から下へ、を繰り返す。

 優しい手付きにアロガも大層満足気で、リラックスした様子を見せた。

 

 頭や尻尾まで丁寧に梳けば、大きな身体に見合っただけの時間も掛かる。

 

「ふぃ〜……っ!」

 

 リルが額の汗を腕で拭って息を吐いた。

 

 まるで一端の職人みたいな貫禄を見せているが、見ているこちらとしては、微笑ましいばかりだ。

 

 外が終われば、次は内側だ。

 リルをアロガの上から退くように指示すると、アロガにもまた引っくり返るよう指示した。

 

「そら、アロガ。腹を見せろ、ごろんと横になれ」

 

「ほら、アロガ。ごろんよ、ごろ〜ん」

 

 ブラッシングが相当気持ち良かったようで、アロガは抵抗らしい抵抗を見せないまま腹を見せた。

 

 これでも一応、森の狩人として恐れられる剣虎狼(ウルガー)なのだが、そうした貫禄は微塵もない。

 

 というより、赤子の頃からここにいるから、そうした野生は育ち用がなかったのだろう。

 

 アロガもアロガで、リルを血の繋がった兄弟と思っているかもしれず、もしかすると自分もリルと似た姿だと、誤認しているかもしれない。

 

「狩りなどした事ないだろうしな……」

 

「ん……、なぁに、お母さん?」

 

「いいや、アロガの事だよ。そろそろ、アロガも狩りを覚えなきゃいけない頃じゃないか、と思って……」

 

「へぇ〜……っ!」

 

 狩りと聞いて、リルの瞳が爛々と輝く。

 そして、リルが何かを発する前に、私は手を『待て』のポーズを出して止めた。

 

「リルも――」

 

「駄目だ。リルに森はまだ早い」

 

「アロガは良いのに?」

 

「アロガはもう大人だ。牙があるだろう?」

 

 指で差した口元には、まだ短いながらも、しっかりと牙が生えていた。

 更に成長すれば、この牙は最終的に三倍程の長さになり、また太くもなる。

 

 まだまだ未熟の部類だが、それでも口元からハッキリと牙が確認されるようになれば、成獣したと見做される。

 

 まだ牙が生え揃わない時でさえ、彼ら剣虎狼(ウルガー)は狩りの真似事を、兄弟相手にするものなのだ。

 

 親の後を付いて行って、実際の狩りを見物して学ぶことさえある。

 

 ここではじゃれ合い程度の事しか行わないので、当然狩りのイロハなど覚えている筈もなかった。

 

「アロガはまだ大人に成りきった訳じゃないが、狩りが出来ないと恥ずかしい年頃だ。狩りが出来ないと、一人前とは認められないって事でもあるから」

 

「アロガはリルといっしょに、オトナになるの! アロガだけ先なんてズルい!」

 

「ズルい……、って言われてもな……」

 

 ここで順序立てて説明しても、リルは納得しないだろう。

 アロガとは一心同体で、手足みたいなものなのだ。

 

 手足だけ先に大人扱い、というのは心情的にも理解し辛い。

 

 しかし、大人になるまで狩りをしないのでは、大人になっても狩りが出来ない魔獣になる可能性がある。

 

 流石に成獣を満足させるだけの肉を賄うとなれば、毎日の様に狩りへ出なければならなくなるだろう。

 

 食い扶持ぐらい、魔獣ならば自分でやれ、と言いたいくらいだ。

 しかし、アロガもまた家族だから、そこまで酷な事を言うつもりはない。

 

 ただし、全くやらないと、という選択を与えるつもりはなかった。

 その為には、アロガを狩りに連れて行くのが一番なのだが……。

 

 私の返答を予想したリルは、今にも泣き出しそうだ。

 

 アロガの腹に身体を埋めて、リルとアロガは一心同体、とアピールしている様でもある。

 

 ほとほと困って、返事に窮していると、リルはイヤイヤとアロガの腹の上でグズり出した。

 

「アロガが行くなら、リルも行くぅぅぅっ!」

 

「リルが行くのはなぁ……。そうは言っても、三年後くらいが妥当だろう」

 

「そんなに、まてないぃぃ……っ!」

 

 まぁ、そうだろうな、と他人事みたいに頷く。

 

 それも三年後だと確約している訳ではなく、その間にきちんと森の歩き方や観察眼、注意力に体力と、必要条件を満たした上での話だ。

 

 遊び回って色々サボれば、やはり森に入るのは、そこから更に遅れる。

 しかし、ここでそれを馬鹿正直に言っても、機嫌が尚さら悪くなるだけだ。

 

「困ったな……」

 

 実のところ、森に入ってもリル一人くらいなら、問題なく守り通せる。

 しかし、それで守られて歩くのが当然、と認識して欲しくなかった。

 

 森が危険なのは、純然たる事実で、そこを甘く見て欲しくない。

 『ボーダナンの森』は危険な森で、もしも迷う様なことがあれば、確実に命はない。

 

 本来は八歳からでも早いくらいなのだ。 

 

 しかし、獣人という生まれながらのポテンシャルが、それを可能にしてくれると思うから、甘めの採点を付けているに過ぎない。

 

「リル、聞きなさい」

 

「……やっ!」

 

「森には連れてけない」

 

「やぁぁぁっ!」

 

 あくまで反発の姿勢を見せるリルに、私は仕方なく切り札を出す事にした。

 

「じゃあ、森の代わりに、街に行こう」

 

「……街っ!?」

 

 この話には予想以上の反応があって、リルはガバリと顔を上げた。

 

「アロガは街に入れられない。魔獣だからね。でも、逆にリルなら入れる。……分かるか? そういう交換条件だ。アロガは森、リルは街。そういう事でどうだ?」

 

「いくっ! 街にいくっ!」

 

「よし、決まりだ。森はもっと大きくなってから。それまでは我慢しような」

 

 頭を優しく撫でてやれば、リルもようやく納得して頷いた。

 

 アロガは未だにお腹を見せた状態で放置されており、前足と後ろ足も開きっ放しの格好だった。

 

 リルの笑顔も戻ったことで、まだやり掛けのブラッシングを、ここでようやく再開された。

 

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