「あぁ〜んっ! お母さぁぁん、たすけてぇ〜っ!」
リルは畑の周辺を走り回りながら逃げていたが、そうやって動く度に、騒動を聞きつけた他の妖精達まで参戦してしまった。
本来、楽しいこと、遊ぶことが大好きな妖精からすると、こうしたイベントに参加しない理由こそない。
大勢を引き連れ、逃げ惑うリルは、見ていて可愛らしいぐらいだが……。
とはいえ、そろそろ可哀想になってきた。
妖精たちも最早、攻撃するというより、単に追い掛け回す方がメインとなっている。
しかし、追い付かれたらまたあの攻撃が来る、と思っているリルは必死の様子だ。
「仕方ないな……」
まだもう少し見ていたかったが、リルに泣きが入り始めている。
だが、私がいつまでも助けないものだから、リルは次に別の名前を呼んだ。
すぐ後ろに追い縋り、リルを守っていたアロガだ。
「アロガ〜っ!」
名を呼ばれたアロガは、防御一辺倒から一転、攻勢に移って妖精達を蹴散らして追い付く。
「うわぁ〜っ!」
「やったなぁ〜っ!」
「えぇい、おのれ〜っ!」
「皆の者〜っ! 掛かれ、掛かれ〜!」
やったことは撥ね飛ばした程度のものだが、アロガも本気で攻撃した訳ではないし、実際妖精に怪我らしきものは見えない。
それでも、新たな敵の登場に、妖精達は俄然やる気を出していた。
一度は止まっていた豆粒が如き魔力の射出も、再び再開される。
雨あられと降り注ぎ、流れ弾がリルにも当たってしまい、またも半泣き状態だ。
「あぁ~ん! やっ……、やっ! たすけて〜っ!」
痛みは然程でもないとはいえ、逃げ切れる訳でもなく、また何処までも追われ続けるのは恐怖だろう。
リルはアロガの背中に乗って逃げ切ろうと試みたが、アロガの健脚をもってしても、空を飛ぶ妖精を振り切るのは難しかった。
その間にも、豆粒魔力弾は降り注ぐ。
しかし、そこへ唐突に一陣の風が通り、彼らの攻撃を完全に遮断した。
「まったくもう……! あなた達、ちょっとやり過ぎよ。少しは加減なさい」
妖精達の攻撃を防いだのは、風精霊のナナだった。
そして、空を飛ぶ妖精だからこそ、風の精霊たる彼女に対しては滅法弱い。
「わっ、ナナだ!」
「卑怯者〜っ!」
「勝負、勝負〜っ!」
しかし、彼らの一度付いた遊び心は、そう簡単に鎮火しないらしい。
リルには逃げられても、勇ましくナナへ突撃を敢行する。
だが、妖精と中位精霊とでは、力の差は余り大きかった。
風であっさりと流され、川に流される葉っぱが如く、抗う術なく遠くへ運ばれていく。
私がそれを目で追っていると、リルを乗せたアロガがすぐ傍までやって来た。
背中の上で立ち上がり、その背を踏み台にして跳ぶと、リルは私に抱き着いて、涙目のまま可愛らしい怒りをぶつけた。
「どうして、たすけてくれないのっ!」
「いや、助けようとはしたんだよ、お母さんも。でも、その前にリルの方が遠くに逃げちゃったから……」
「うそっ! お母さん、ゼンゼンたすけてくれなかったもん!」
リルは私に抱き着いたまま、胸の辺りに顔を擦り付けて、ぐしぐしと泣く。
妖精がする悪戯など、彼らにとっては娯楽の一つだ。
止めるよりも、少しは自由にさせてやらないと、彼らの方がヘソを曲げる。
かといって、放置が続けば、リルの方が妖精に苦手意識を持ち兼ねなかった。
私はとりあえず、リルを撫でながら謝罪して、涙と鼻水を拭ってやる。
「ごめん、ごめん。リルもいつまでも泣かないの。……ほら、チーン」
小さな鼻をハンカチで摘んでやれば、リルはとりあえず素直に鼻を出した。
ブビビィィ、と盛大に鼻を噛んでスッキリしたリルだが、その表情は未だに不満顔だ。
「よーせーなんて、キライ!」
「おやおや……。でもね、リル。妖精達はリルのことが嫌いだから、追い回したじゃないんだよ。その逆だ」
「でも、リルはキライだもん!」
そう言って、ぷいっと顔を背けてしまう。
妖精達は純粋に遊んでいるつもりでも、それで恐怖を植え付けられてしまえば、そういう反応になるのも仕方ない。
「リルが嫌うと、お母さんは悲しいな。仲良くして欲しいんだが……」
「だったら、むこうが、なかよくしてくれたらいいんだよっ!」
その反応も尤もなので、私は曖昧に笑って頷く。
「そうだな……。リルが反撃しないから、あちらも勢いを増すだけなんだろう。自分で追い返せるようになれば、また違ってくるんじゃないかな」
「でも……、どうやって?」
リルは唇を尖らせて、横目でチラリと、こちらを見てきた。
確かに妖精は素早い。
また、手の届かない位置に逃げられたら手の出しようがないのに、妖精からは一方的に攻撃できる。
それがリルの恐怖や、苦手意識の根底になっているのは間違いなかった。
「だからね、マナの扱い方を覚えると良いんだ」
「でも、またさっきみたいになったら……」
ハチミツをイメージした時の事を、言っているのだろう。
確かにあれでは攻撃も何もないが、最初の感触としては上手いところを行っていたのだ。
「練習すれば、大丈夫。あぁやってね、周囲のマナを扱える様になれば、出来る事も多くなる」
「たとえば?」
「リルの場合は、風の力を扱える様になるだろう。精霊から借りて使う力をね、精霊魔法って言う。さっきナナがやってたみたいに、遠くに押し流したり出来る」
「いいっ! カッコいいっ!」
リルは先程の光景を思い出して、天真爛漫に笑った。
ナナにとっては簡単にやってみせた先程の術は、実際にリルがやろうと思えば、もっと多くを学ばねばならない。
そして、その第一歩として、今回の農作業の手伝いがあった。
「いいかい、リル。この森はマナがとっても沢山ある。だから、マナを掻き集めたりするのは、とっても簡単だ。……でも、外はそうじゃない」
「んぅ……。そういえば、なんか……いきが、とってもラクだった」
「リルは普段から、自分の身を守る為に、常に膜の様なものを作っているからね。それが反発を生んで、マナの扱いを難しくしている」
「んんぅ……」
リルは難しそうに首を捻り、それから自分の両手を見つめた。
「なんか……とっても、ムズカシイ、よくわかんない」
「とっても感覚的なコトだから、そう思うのは仕方ない。それに、リルの場合は、ちょっと状況が特殊で、それがまた難しくさせている」
「そうなの?」
「そうだよ。リルが自分でマナから身を守って、ここに居ること自体、凄いことなんだ。普通の人はね、それすら簡単じゃないんだよ」
「へぇ〜……」
いまいち理解できず、リルは傾けていた首を更に傾けた。
そのまま私の首筋に頭を埋めて、ぐりぐりと擦り付けながら甘えて来る。
実際は、リル一人の力で全て賄っている訳ではない。
何より、ナナの存在が大きかった。
精霊との契約により、ナナがリルの一部に間借りしていることで、マナの脅威から守ってくれている状態だ。
そして、常にマナの負荷を受けている状態だから、十全に力を扱えないでいる。
だが同時に、それがリルの成長を大きく促していた。
「リルは街の男の子に、かけっこで勝ったろう?」
「うん、たのしかった!」
ガバリ、と顔を上げて、実に良い笑顔で笑う。
その笑顔に癒やされて、私まで顔に笑みを浮かべて、頭を撫でる。
「でもね、普通は三つも年上の男の子に、走って勝つのは凄いことなんだ」
「みんなも、すごいすごいって、ほめてくれた!」
「そうだね。男の子も負けず嫌いなだけじゃなくて、それが信じられなくて、あんなに頑なだったんだろう」
だから、と私はリルの額と自分の額を合わせ、至近距離で目を合わせながら言った。
「リルは凄く成長しているんだよ。自分じゃ分からないだろうけど、日々一歩一歩、着実にね。マナの扱いを覚えれば、妖精達にやられるだけじゃなくて、普通に遊べるようにもなれるさ」
「うんっ、がんばる!」
小さく手を握ってやる気を見せるリルを、一度腕から下ろして畑に向き合う。
「それじゃあ、改めてやってみよう。――いいかい、リル? 集中だ。マナを感じ取って、それを自分の思うがままに動かす」
「うんっ!」
「それが当然だと、思うことが大事だよ。自由に出来て当然、思うまま形を変えられて当然、と思い込むんだ」
そうして、リルの教育が再開される。
その日は畑の面倒を見ながら、ゆったりと一日が過ぎて行った。