混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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兆し その3

 それからまた、幾日か過ぎた。

 

 リルは妖精達に対抗すべく、今もやる気を継続中で、マナへの取り組みにも熱心だった。

 

 その際にもナナが面倒見てくれているので、私が付きっ切りで教えなくて良いのは、正直助かっていた。

 

 前回、ベントリーに新機軸の回復薬が売れなかったので、別の金策が必要となっている。

 

 今まで通りの水薬を量産する方が、今はお金になるというのは皮肉なものだ。

 

 あの回復薬が売れていれば、あの時だけではなく、これからもまた、水薬の錬金に掛ける時間が減ったというのに……。

 

 それはつまり、他に使える時間が増えるという意味でもあり、生活の質を向上させる一手になるはずだった。

 

「いつの時代も、ままならないし、上手くいかないものだ……」

 

 達観する事には慣れている。

 しかし、そこで腐って、停滞しない事にも慣れていた。

 

 私は今日の分のノルマを終わらせ、錬金小屋から出る。

 そろそろ、水薬を作るにも素材が心許なくなってきた。

 

 採取した素材は、そのまま使うのではなく、茹でたり乾燥させたりと、一工夫必要な物もある。

 

 完全に尽きてしまってから揃えるのでは遅いのだ。

 そういう訳で、本日は残りの時間、採取に充てる事にした。

 

 小屋から出て鍵を閉めると、リル達が居るであろう裏庭へと足を運ぶ。

 そこでは果たして、ナナが手取り足取り、リルの指導を行っていた。

 

 近くの木陰ではアロガもおり、緩やかに尻尾を振りながら、暇そうに身体を休めている。

 

 そこへ近付いて行くと、いち早くリルが私に気付き、走っては飛び込んで来る。

 

「お母さんっ!」

 

 遠慮のない全力のぶつかりを受け止め、反動を殺してふわりと持ち上げると、そのまま一回転して地面に下ろした。

 

「おぉっと……! いつも元気だな、リルは」

 

「うんっ! でも、どうしたの? おくすりは?」

 

「材料が足りなくなって来たから、今から森に行ってくる。夕方前には帰って来るから、それまでナナの言うことをしっかり聞いていなさい」

 

「リルもいくっ!」

 

「だぁめ」

 

 優しく言って、リルの頭を指先でチョン、と突付(つつ)いた。

 

「リルにはまだ早い」

 

「えぇ〜……っ!」

 

 リルは盛大にガッカリして、肩を落とす。

 

 いつもならこれで話は終わりなのだのが、それでもリルは諦めず、しがみつきながらせがんだ。

 

「ねぇ、いいでしょ? リル、いつもガンバってるよ!」

 

「そうだな、リルは頑張ってる」

 

「じゃあ……!」

 

「でも、自分の身を守れる程じゃないな。魔獣に襲われても、自分で撃退できるぐらいじゃないと」

 

「んぅ……! できるよ! リルにもできるもん!」

 

 リルは腕を振り回して主張したが、その実力の程は、私がよく分かっている。

 

 森の外――どこかの草原で遭遇するような魔獣ならともかく、ボーダナン大森林に棲まう魔獣は、その脅威の桁が違う。

 

 私が傍にいて守れない、などという事はないが、それでも安全な場所に居て欲しいというのが親心というものだ。

 

「やぁだ! いきたい、いきたい!」

 

 遂には地面に寝転んで、駄々をこね始めてしまった。

 私は頬に手を当てて、溜め息をつく。

 

「どうしてそう……、今日に限って我儘なのかね」

 

「理由は大体、分かるんじゃない?」

 

 そう言って、リルの頭をよしよし、とナナは撫でる。

 宙に浮いているナナは、横に寝転んだ姿勢で、犬でも撫でる仕草でリルをあやした。

 

「まぁ、そうだな……」

 

 リルは世界の広さとその一端を、僅かながらでも知ってしまった。

 今まで森の中で我慢していられたのも、それ以外を知らなかったからだ。

 

 そろそろ見聞を広めて欲しい、と最近は色々連れ回したが……。

 そこで外へ行く楽しみも知ってしまった、という所だろう。

 

 好奇心旺盛なリルが、最も身近な未知に対して、興味を抱かないはずがないのだ。

 

 とはいえ……、森が危険なのは本当のことだ。

 何もリルを除け者にしたいから、私一人で行くと言っている訳ではない。

 

「リル、ちゃんと分かってる? 森が危険というのはね、魔獣がいるのも勿論だけど、歩くだけでも大変だからだよ」

 

「……どういうふうに?」

 

 振り回していた腕をピタリと止めて、リルはこちらに顔を向けた。

 

「まず、均されていない道は、とても歩きづらい」

 

「まちにいくとき、もりのなか、あるくよ」

 

「ちょっとの間だけね。あぁいうのとは違う。それに罠もあるんだ」

 

「ワナ? どんなの?」

 

 森には自然が形成した、人に取っては害にしかならない物が多数ある。

 

 それは例えば、無造作に生えた毒草であったり、樹肌に生えた棘であったりした。

 そして、時には私自身が設置した、侵入者除けの罠まである。

 

 目で見て分かる罠以外に、私が設置した分からない罠まであるので、単純に歩く事だけでも相当危険な場所となっているのだ。

 

 特に、我が家へ向かおうとする程、そうした罠が増える傾向にある。

 それらを知らない人間にとっては、剣山の上を歩くに等しかった。

 

「一口ではとても言えないよ。それに目で見て危険と判断できる物は、森の中ではむしろ安全な部類なんだ。それでも、リルがちょっと油断しただけで、そういう罠に引っ掛かる危険があるんだよ」

 

「そんなの、どうしたらいいの……?」

 

「リルが今、学んでいるマナの制御はね、分かる程に応用が利かせられるんだ。ちゃあんと好きに扱える様になったら、お母さんが見分けるコツを教えてあげよう」

 

 これは単に、索敵の魔法が扱えれば見抜ける、というものではない。

 

 罠となるものの中には、その魔術を暗号化することで、その全容を隠すことさえ出来る。

 

 特に陣を使った魔術は暗号化と非常に相性が良く、発動するまで見抜けない。

 しかし、それも解明キーを知っていれば、むしろ目立つ存在になる。

 

 リルがそれらを習得できるようになれば、私も安心して連れ出せるというものなのだが……。

 

 今のリルには、まだ早い内容だ。

 普通なら基礎だけでなく、応用課程まで修了してから、学ぶべき段階だ。

 

「だからリル、今はまだ、お家でお留守番してなさい」

 

「んやぁだぁ……っ! いっしょに、いてぇ〜……!」

 

 それが本音か、と分かって、唇を硬く結ぶ。

 寂しい思いをさせてしまっているのは、私自身よく分かっている。

 

 しかし、リルとばかり一緒に居ても、生活は成り立たないのだ。

 それをリルも、よく理解してくれている、と思っていたが……。

 

「お願いだから、我儘言わないでおくれ。すぐに帰って来るから。それにナナもいるから、寂しくないだろう?」

 

「だからだもん!」

 

「……うん?」

 

「さいきん、ナナばっかりで……。お母さん、リルとゼンゼンいない!」

 

「あぁ……」

 

 マナの教練などは、特にナナ任せの状況が続いていた。

 何しろ精霊以上に詳しい存在などいないし、リルとの契約も非常に特殊だ。

 

 互いのマナを同調させる仕組み上、私が教えるよりも的確なのは間違いなかった。

 

 だから、これまで以上にナナ任せとなり、リルとの時間が減ってて、これ幸いと、その時間を利用して、工房に籠もっていたのも事実だ。

 

「お母さん、リルのことキライになっちゃったんだぁぁ〜……っ! あぁ〜んっ……!」

 

 遂には大声を出して泣きいてしまい、私は困って息を吐く。

 

 ナナからは刺すような視線が向けられ、アロガはリルの傍にやって来ては、その顔をベロベロと舐め始めた。

 

 そんなアロガの気遣いも突っぱねて、リルはぎゃんぎゃんと泣く。

 私はリルに近付いて、手首を返して触れることなく持ち上げると、胸の中に抱いた。

 

「リルを嫌うなんて、ある訳ないだろう? リルが大切だからナナに任せるんだし、リルに苦労させたくないから、水薬を作っているんだよ」

 

「でも……、でもぉ〜……!」

 

「連れってあげたら?」

 

 ナナはふわりと宙を滑って、肘を付いた腹這いの格好でリルを見下ろし、それから私へ顔を向けた。

 

「森の様子は知ってるけど、注意してれば大丈夫だと思うの」

 

「リルの好奇心を甘く見るなよ。そうでなくとも、小さな子は、知らない物についつい手を伸ばしてしまいがちだ。見た目だけで、危険と分からない花も多い」

 

「そういうのは、私がちゃんと見てるってば。この森の中なら、行動が制限される事もないし」

 

「そうだが……」

 

 仮に手を繋いだままだとしても、採取の段階になれば両手を使わねばならない。

 

 どうしても、リルが一人になる場面は出来るし、その時ふらふらと傍を離れられたら止めようがない。

 

「それにほら、アロガに役立って貰えばいいしさ」

 

「それを選択肢に入れると、今度から味をしめて、リルが毎回付いてきてしまうじゃないか」

 

「なぁんだ、やっぱり……」

 

 不機嫌そうな顔から一転、ナナはしてやったり、とでも言いたげな表情で話を続けた。

 

「おかしいと思ったのよね。アロガを最初から度外視するなんて、ゼッタイあり得ないもの。それなら危険性も大分、減ると思うしさ」

 

「なぁに、アロガ?」

 

 リルが顔を上げて、アロガもまた、不思議そうに私とリルを交互に見つめた。

 

 安全な所に居て欲しいというのは、私の我儘だ。

 本当なら、今の状態でも危険を最小限に抑えられると、最初から分かっていた事だった。

 

 狩りにも慣れてきたアロガならば、それも尚更の事だ。

 私は敗北を認め、ナナの言に従うことに決めた。

 

「……ハァ、分かった。リルも連れて行くよ」

 

「やった!」

 

 リルは私の腕の中ではしゃごうと腕を持ち上げ、しかしそのタイミングで、私は強く念を押す。

 

「――ただし! いいかい、リル。アロガの上に乗って、そこから下りてはいけないよ。綺麗に見える花や、美味しく見える何かの実も、決して触れちゃいけない。この約束を守れる?」

 

「うん、まもれる!」

 

「ナナの言う事もよく聞いて、煩いと無視することがないように。それを出来ると約束したら、一緒に森に連れて行こう」

 

「うん、まもる! いっしょに、もりにいく!」

 

 リルが笑顔と共に手を振り上げ、それから真剣な表情で頷く。

 

 しばらくその顔を見つめて、その意志の固さを確認すると、私が折れる形で認めた。

 

「……仕方のない子だ。それじゃ、森に行く前に着替えておこうか。それじゃ、ちょっと薄手だから」

 

「うんっ! お母さん、だいすき!」

 

「お母さんも」

 

 私は返答に加えてリルの額にキスをして、腕に小さな身体を抱えたまま、母屋の中へと入って行った。

 

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