事前に十分注意していただけあって、リルはアロガの背の上で、非常に大人しくしていた。
すぐ傍にはナナが宙を周遊していて注意を払ってくれているし、だから殊更気を配る必要もないだろうと、私も採取をし始めた。
探すのは基本、水薬の材料となるものを優先だ。
特に今回は金策の為に求める材料なので、回復薬の材料に絞って探す。
ただし、只の回復薬ではない。
上級ランクの回復薬だ。
水薬としては鉄板だし、冒険者が基本的に買い求める物なので、在庫を余らせることもなく、商店としても仕入れやすい商品だ。
だから当然、街の錬金術士たちも大量に作成する。
ならば、その市場に入る隙間がない様に思えるが、私が作る上級ランクという部分に価値があった。
錬金術士の腕前で、水薬の効果は幾らでも上下するものだが、それにもどうしたって限界がある。
上級にランク付けされる効果は、中級とは一線を画し、そこには明確な差があるものだ。
よく出来た下級と、粗末な中級では、その効果の差が曖昧だ、などと言われるものだが、中級と上級ではそうした差異は生まれない。
それだけ、隔絶した効果を上級と定めていて、そして物を言うのが、腕前以上に使用素材だった。
一級品の素材から作られる、一級品の腕前で仕上げられた水薬。
それのみが上級水薬と位置づけられている。
当然、作りたいからと言って作れるものではないし、素材を入手するにも伝手が必要になる。
冒険者に回収を依頼すれば、その分だけ値段が上乗せされ、それだけの物になれば、Bランクが精々の木っ端ギルドでは需要などない。
王都で華々しく活躍する、Sランク冒険者が求める程の回復薬だ。
では何故、私が作るのかと言えば、ベントリーが買い取るからだった。
そのベントリーにしても、それを格安で卸す私との縁を切りたくないから、未だに自分の拠点を街に置いている。
他にも色々と売れる商品を持ち込むから、という理由もあるのだろうが、この縁を切るより有益だ、と思っているからこそではあった。
それだけで、どれだけ上級水薬が魅力的か分かるだろう。
纏まったお金を得る為にも、水役作りは私にとって魅力的なのだ。
「さて……」
私は慣れた手つきで草を掻き分け、素材となる材料を探す。
この辺りで採れるのは、主にナームタケと、つむじ草だ。
つむじ草は根から綺麗に抜かないと駄目だが、ナームタケは傘部分さえ無事なら、薬効にそれほど問題はない。
だから、妖精達が主に持って来るのも、主にナームタケの方だった。
「ほい、持って来たよ!」
「こっちも、こっちも!」
「へへ〜ん! 見ろよ、この見事な傘を! おっきくて赤くて、見事なもんだろ!」
「おや、本当だ」
集められた素材は、私が持って来た、竹で編まれた籠の中へ投入されていく。
特に見事な素材を持って来た妖精には、指先で頭を撫でながら、微量のマナを放出してやる。
マナは彼らにとって栄養素みたいなもので、活力の源だ。
褒められる事、マナを浴びられる事、その二つを受けて、よりやる気になる。
他の妖精達も、その遣り取りを見て俄然やる気を出し、方々に散って行った。
「んぅ……! お母さん、リルも!」
「うん?」
「リルもいっしょに、さがす!」
どうやら、疎外感に我慢できなくなったらしい。
しかし、最初に約束したはずだ。
「でもね、リル。説明しただろう? 森には多くの危険が潜んでる。迂闊に動くのは、それだけで危険なんだ」
「でも……、でも……」
「大人しくしてる約束だ。リルは約束を守れる、良い子だものな?」
「んぅ……」
返事とも否定とも取れない、曖昧な返答をして、リルは俯く。
「仕方のない子だ……」
そういう態度をされると、まるでこちらが悪役の様だ。
しかし、何も突き放したくて、そういう態度を取っている訳ではない。
それにリルだって、妖精達より上手くやれる所を見せたいだろう。
私は仕方なく、という態度を取りつつ、リルを近くに呼んだ。
「それじゃあ、リル。少し手伝って貰おうか」
「ほんとっ!?」
リルは満面の笑みで顔を上げた。
アロガの上で弾むように動き、早く行ってと言わんばかりに、背中をてしてしと叩く。
それに急かされてアロガがやって来ると、私は初めにナナヘと注意を促した。
「こうなっては仕方がない、お前も警戒度を強めてやってくれ。何が危険な草花か、どれが罠めいた植物か、十分に注意してな」
「えぇ、任せてちょうだい。それにアロガだって、その辺は心得ているでしょう?」
それにしても、とナナは苦笑を禁じ得ず、口元を歪める。
「貴女って本当に、子どもには弱いわよね。こんな事になるなら、最初から参加させてやれば良かったのに」
「弱い以上に過保護なんだよ、私は」
「驚いた……。自覚あったのね」
「さっさと行け!」
私が手を払うと、大袈裟に驚く振りして、ナナは逃げる。
リルの後ろに隠れて、背後から抱き締めるように、肩から顔だけ出して舌を出す。
アロガは私の言葉を聞いて方向転換しようとしたのだが、その前に、私は自分の足元を指さしながら呼び止めた。
「あぁ、ちょっと待って。リル、探して欲しい物を教えよう」
「うんっ、なになに?」
「ナームタケについては、妖精達が沢山採って来てくれるから、どうせならコレが欲しい」
そう言って示して見せたのは、ナームタケより見つけ辛い、つむじ草だった。
一見、雑草にも見える植物だが、成長すると茎が伸びて、房を付ける。
この房が地中から栄養を吸い取ると、そこが伸ばして蓄える場所で、蓄える程に房が伸びて
森の外では半端なつむじが多い中、マナに溢れたこの森では、実に見事なつむじを巻く。
私が求めているのは、その見事なつむじを巻いた物だった。
「いいかい、リル。欲しいのは、こういう綺麗につむじを巻いた草だ。中途半端に巻いているのは、まだ子どもの草だから、間違って抜かないように」
「んぅ! 分かった! ちゃんと、ぐるぐるしてるやつ!」
「そう。それと、ちゃんと根っこから引き抜くこと。周りの土を取り除いて、傷付けないようにね」
「……どうやったらいいの?」
「見ててごらん」
小さなシャベルを取り出して、手早くつむじ草の周りの土を起こして行く。
十分に深くまで土を取り除くと、軽く力を入れれば、綺麗に引っこ抜けた。
根本には土が沢山付いているので、軽く叩いて振り落とせば採取完了だ。
「リルにはこの……、お母さん特性シャベルを与えよう。小さい力でも、楽に土を削れるよ」
「わぁ……っ! ありがとう、お母さん!」
「移動中は絶対アロガの上から降りない事。降りる時は、ナナの許可を待ってからにすること。……約束できる?」
「できますっ!」
使命感に燃えるリルをしばらく見つめ、それから微笑んで頭に手を置いた。
「それじゃあ、行っておいで。――でも、お母さんが見えない所まで行かないように。それだけは絶対だ」
「はいっ、リルはとおくにいきませんっ!」
行かないというより、アロガがそれを許さないだろう。
ナナに目配せすれば、こちらからも大丈夫、という頷きが返って来て、それでとりあえず許した。
採取の量が多ければ、それだけ多くの水薬が出来る。
そうすれば、学校に通う頭金くらいは出来るだろう。
リルが通う為の学校だし、一部なりとも自分で稼いだとなれば、また思い入れも変わるかもしれない。
アロガは踵を返すと、地面をフンフンと嗅ぎ分けながら前進していく。
ナナもしっかりと前方とその周囲を確認している様だし、私が見る限りにおいても、十分警戒できてるようだ。
あの調子ならば、過剰に心配する必要はないかもしれない。
うんうんと頷き、自分の作業に戻ってみれば、妖精達がナームタケを持って来てくれる。
それをありがたく受け取ってから、私は一応、何があっても即座に動ける様にしつつ、採取の続きを再開した。