採取は順調に進んでいた。
妖精達にとっても慣れた作業だから、籠の中には次々とナームタケが積み重なっていく。
私自身も、目に見える範囲で採れる物は採り尽くし、少しリルの様子を見てみようか、と思った。
だがその矢先、リルの方からアロガに乗ってやって来た。
「お母さん、みてみて!」
その手には二つ、つむじ草が握られている。
大戦果を得たような顔付きで、意気揚々と腕を掲げた。
「よくやったね、リル」
受け取って確かめてみれば、しっかりとつむじが巻かれている。
「文句ない出来だ。房も大きいし、根っこも傷付いていない。偉いぞ、リル」
「んへへ〜……!」
リルの顔を抱き締めるように包んで撫でると、尻尾を爆発させるように振り回し、照れては身体をくねらせた。
しかし、撫でられる時間も僅かなもので、すぐに腕を伸ばして、突き放すように離れる。
「ねっ、みてて! またすぐ、おっきいのさがしてくるから!」
「うん……、そう? それじゃあ、期待して待つとしよう」
素直に解放すると、リルは鼻をぷすぷすと鳴らして頬を紅潮させ、よりやる気を出した。
「アロガ、あっち! こんどは、あっちいってみよ!」
「ウォウ! ウォォウ!」
テンションが高いのは、何もリルだけではなかった。
リルに頼りにされること、そして実際に役立っていることに、アロガも充足感を感じているようだ。
微笑ましいが、そういう勇み足は事故の元になる。
一言注意しようかと思ったが、その前にナナが振り向いて、大丈夫、という様なジェスチャーを送ってきた。
どうやら、ここで下手に水を差すな、という事らしい。
私は肩を竦めて頷き、お守りはナナに任せる事にした。
実際、外見は幼く見える精霊だが、危険は何か、何が危険か……そういった事を十分理解しているのだ。
私は一抹の不安を残しつつも、黙って見送る事に決める。
しかし、一応念の為、とリルが向かった方向に合わせ、採取を再開することにした。
周囲を観察しつつ、リルの気配を追える所で、改めて薬草を探し始める。
つむじ草もリルに期待して良さそうだから、私は少し変わり種に的を絞ろうか、と思い始めていた。
アロガの鼻とナナの観察眼があれば、それなりの数を期待しても良いだろう。
余り皮算用をしても仕方ないが、どうせなら、という欲も出始めてしまう。
「今回みたいな、より多く稼ぎたい時は、どうしてもスルーしがちになるからな……」
どうしたって時間的効率を考えると、より稼げる素材を優先しがちだ。
しかし今なら、それも含めた採取で、稼ぎを増やせそうではあった。
私が足元の草を掻き分け、そんな事を考えていると、遠くから悲鳴が聞こえた。
方角からして、そんな声を上げるのは一人しかいない。
「――リルッ!?」
森の樹木に邪魔されて、声の種類までは判別できなかった。
妙な反射をするせいで、方向を惑わすのだ。
森に潜む天然の罠の一つだ。
私は舌打ちするのを我慢して、その場から駆けだす。
リルの気配はずっと追っていたので、難なく現場に辿り着くと、そこには予想よりもずっと平和な光景が繰り広げられていた。
「やぁ〜ッ! リルがもつの!」
「いや、だからさ……、別に手柄を取ろうなんて思ってないって!」
「いいのっ! これ、リルの! リルがお母さんにわたす!」
「でもさ、リルが探している間に、俺達が運んだ方がさ。色々と便利だろ?」
「いぃぃのっ!」
私はホッとしたのと同時、呆れる様な思いで息を吐いた。
どうやら妖精の方は、善意でリルの手伝いをしたいと、そう申し出ているようだ。
実際、効率だけ考えた場合、妖精の言う事は正しい。
しかしリルは、一から十まで自分でやりたいのだ。
妖精にとって採取は、半分仕事みたいなものだが、リルにとっては半分遊びだし、褒められたい欲が強い。
その違いも出ているのだろう。
仲裁に入るべきか迷っていると、こちらに気付いたナナが、手を振るような真似をする。
挨拶の方ではなく、虫でも払うかのような動きだ。
またもや、余計な介入はするな、と嗜められた。
……まぁ、確かに、何もかも私が間に入るのは、互いの為にもならない。
未だにリルの中では妖精との間に
なまじ、最初の出会いが良かっただけに、その後の悪戯を始めとした行為が、リルに悪印象を与える原因にもなってしまった。
互いの溝を産める為にも、当人同士で解決させる方が良い。
ナナもその様に思ったのだとしたら、確かに私の出る幕はなかった。
気付かれていない内に、すごすごと元の場所へと戻り、採取を再開する。
一応、本当に大丈夫そうかリルの方に注意を向けてみたが、新たに諍いらしいものは上がっていない。
妖精が折れたか、リルを意固地を通したか……。
とにかく、問題なく作業は続けているらしい。
ふと空を見上げれば、木々の間から見える色は、茜色へと移り変わろうとしていた。
「そろそろ夕刻か……」
森の夜は早い。
頭上を覆う葉の繁りが、差し込む光を遮る為だ。
暗くなり始めた、と思ったら、すぐに夜になってしまう。
そろそろ帰り支度を始めようか、と私は腰を上げた。
「おーい、誰か居ないか?」
近くに呼び掛けると、近くの繁みから妖精が一体、飛び出した。
働き蟻の法則とでも言うのか、妖精が集まって何かをすると、必ず仕事を放棄する者が現れる。
それは遊びに興じたり、昼寝をし始めたりと、内容は様々だが、言い付けを守らないところは共通している。
咎められたと思ったのか、妖精は恐る恐る近付いて来て、身構えながら問うてくる。
「……なに? 何の用だい? 言っとくけど、違うよ。さっきそこに居たのは、丁度良い感じの枕になりそうな花があったからで……」
訊いてもいないのに、自ら釈明めいたものを垂らした。
私は苦笑して、そうじゃない、と手を振った。
「リルを呼んで来てくれないか。そろそろ帰ろう」
「何だ、そういう事か! いいよ、行ってくる!」
「えっ、なになに? リル、呼んでくるの? オイラが行ってやろうか!」
「あ、じゃあ、アタシも! アタシが行ってあげる!」
気付ばワラワラと、周囲から妖精達がやって来た。
中にはしっかりと、ナームタケを持ち帰ってきた者もいるが、割合としては少ない方だ。
今回は、どうやらサボり班が予想よりも多かったらしい。
「オレが任されたんだよ! オレが行く!」
「いいや、オイラだね! 声に気付いたのは、オイラの方が速かった!」
「それを言うなら、アタシだって! それに、ずっと近くに居たんだから!」
何やらサボりの暴露大会みたいな様相を呈してきて、私は思わず頭を押さえた。
眉間にシワを寄せたまま、疲れた様子を隠さぬまま言葉をこぼす。
「全員で行ったら良いじゃないか。もう作業は終了なんだし、とにかくリルを呼んで来てくれたらいい」
「そういう事なら……!」
勢い込んで、妖精は身体を捻っては飛ぶ準備を始めた。
特に必要ないはずだが、何かと
そうして、浮かんだまま地面を足で掻く様な動きをして、彼らはリルの方に向かって飛び立って行った。
「何をするにも全力だな……。いや、違うか。遊びに対しては、か」
妖精なんて、そんなものだ。
一々、目くじら立てる方が可笑しいのだ。
そうした待つことしばし、リルは頭や肩、あるいはアロガの上など、至る所に妖精を乗っけて帰って来た。
リルの両手にはしっかりと戦果が握られており、その顔もどこか誇らしげだ。
周囲の妖精が、リルを褒めそやしている事にも、理由があるのだろう。
「凄いよ、リル! オイラにだって、こんなに一杯見つけられないぜ」
「やっぱりね、アタシの見込んだ通りなだけあるね! チューしてあげる、チュー!」
「じゃあオレ、空中ダンスを見せてやるよ! 収穫祭で踊るやつ!」
リルの周りは妖精達で探しく、そしてリルはそれを受け入れながらも、どこかウンザリしている様子だ。
私が待ち構えているのに気付き、そして目と鼻の先の距離まで来ると、リルは嬉しげに両手を掲げた。
その手の中には、合計で五本のつむじ草が握られている。
どれも状態が良く、妖精が褒めるのも納得の大成果だ。
「凄いな、リル。そんなに見つけたのか」
「うんっ! いっぱいね、いっぱいみつけた!」
「リルは薬草探しの達人だな」
「んひひっ!」
素直に褒めてやりつつ、頭や顎下に手を当てて、ぐりぐりと撫でる。
そうしてやれば、もっと撫でてと、頭を差し出してアピールする。
尻尾も機嫌よく左右に振られて、実に嬉しそうだ。
私はそうして撫で続けながらも、アロガとナナへ目配せする。
「よく見てくれたな。ご苦労さま」
「私にとっては当然よ。大事な
「ウォウ!」
アロガは当然、言わずもがな、と言った感じだ。
実際、アロガからすれば、リルの世話以上にやりがいある事もないだろう。
実際に場面は見ていないが、存分に兄貴風を吹かせられたのではないだろうか。
私はリルの頭を撫でるのを止める代わりに、耳の間をごく軽く叩く。
「……さて、今日の所はこれまでだ。リルのお陰で沢山、集まったからね。無理して長くいると、これ以上は危ない」
「うんっ! ね、ね、お母さん!」
リルは期待を寄せた目で、下から伺う様に目線を上げた。
「これでリルも、もりにいける?」
「うん? うぅ〜ん……」
役に立てるのだから、これからも森に入りたい、というリルの気持ちは分かる。
しかし、周囲の魔獣が私を恐れて近付かないとしても、間違いはどこにでも起きるものなのだ。
魔獣でなくとも草花の罠があり、数え出せば切りがない程、気を付けるべき事項がある。
アロガとナナが注意を払うだけでは足りず、リル自身もしっかりと自覚して対処できねばならない。
それを知るにも、まずリル自身にしっかりと力を身に付けてもらってから……。
私はその様に考えていた。