混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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兆し その8

 その日は一日、リルはべったりと私から離れなかった。

 

 夕食を済ませた後など、リルは大抵の場合、アロガと一緒に遊ぶ。

 

 無論、日が暮れてからは外に出ない決まりなので、暖炉の前辺りでじゃれ合う程度なのだが、今日のところは違った。

 

 私が錬金小屋へ行くのにも付いてきて、傍で見守る。

 

 邪魔してはならないと理解しているから、腰に抱き着くといった接触こそしないのだが、常に同じ空間に居たがった。

 

 私は私で、採取した素材を所定の場所へ仕舞わなくてはならなかったし、今日の内に出来る簡単な加工を済ませたりと、忙しくしていたのだが……。

 

 その間も、ナナとアロガを傍に置いて、黙ってこちらを見ていた。

 

 やり辛い事この上ないが、この程度の我儘なら許してやらねば、また泣き出してしまいかねない。

 

 だから、騒ぎ立てない限り、リルの好きにさせた。

 そうしてアレコレが終わり、眠る時になっても、リルは私から離れようとしなかった。

 

 むしろ、抱き着ける大義名分を得たような感じで、腕の裾をぎゅっと掴んで離さない。

 

 お陰で、夜の間にベッドを抜け出すのも、大変難しくなってしまった。

 

 本当なら、寝ている間なら機嫌を損ねず離れられるだろうと、侵入者の所へ夜襲を掛けるつもりだったのだ。

 

 夕刻からわざと森に侵入したこと、そして未だに森を去っていないこと。

 その二点を以って、明確に狙いがあってやって来た、と判断した。

 

 夜を狙って行動するなど、闇夜に紛れて動く以外に、理由が思い当たらない。

 

 明らかに監視の目を逃れる行為であり、そして、夜ならば誤魔化せると思っての事に違いなかった。

 

 夜目については、付与術を用いた道具で解決できるし、魔獣についても同様、回避する術がある。

 

 そして、魔獣こそが最大の壁と思っているなら、そうした手段に出るのは、むしろ必然と言って良いだろう。

 

 森の恵みを狙っての侵入ではない。

 それは既に、確信に近い気持ちで胸の中を燻っていた。

 

「調べに行きたいのにな……」

 

 リルは完全に寝入っているのに、裾を掴む力だけは平常時並だ。

 無理に剥がすと起きてしまい、そうしたら今度は裾だけで済まないだろう。

 

 私は仕方なく、この日の襲撃を諦める事にした。

 今のところ、奴らが森を出るつもりがないのは分かっている。

 

 そして、入口から我が家まで、徒歩で行くなら私でも三日は掛かる距離だ。

 夜に移動している彼らが、それより速く移動できる筈がない。

 

 それに睡眠を取る必要だってあるし、彼らは日が出てから眠るだろう。

 そう焦る必要はない、と自分を納得させて、その日は眠りに落ちた。

 

 

   ※※※

 

 

 翌日になると、リルはすっかり機嫌を直していた。

 だから、日課である朝の訓練も、すこぶる快調だった。

 

 機嫌が良いのを理由に、少し踏み込んだ内容を教える。

 それは『型』についてだった。

 

「かた……って、どういうの?」

 

「知っていると便利な基礎……、かな。強くなる為の入口みたいなものだ」

 

 無論、知っているだけ、体得しただけで強くなれるほど、便利な代物でもない。

 だが型には、先人の知恵と工夫、そして常に昇華して来た歴史がある。

 

「知っていて損する事はない。これを覚えておくとね、色々と応用も利くのさ」

 

「ほぇ〜……、どういうの?」

 

「応用については、またおいおいね。それより先に覚えるものは多いから」

 

 考えるより前に動け――。

 それが型の真髄でもあるが、色々と考えるには、リルはまだ幼い。

 

 型には種類があって、そして武器を失った場合を想定した動きもある。

 そうした事を教えても良いが、実際に体得してからでなければ理解も薄いだろう。

 

「とにかく今は、一々教えなくても、自然と動く様に練習しよう」

 

「しぜんと……って、どれくらい?」

 

「さて……。それはリル次第だけど、出来る様になるまで、この型の練習はずっと続くからね」

 

「えぇ〜……っ!」

 

 練習とは基本、反復の連続だ。

 今までの基礎的な運動も反復の連続で、リルが飽き飽きとしているのはよく分かっていた。

 

 字の練習などは顕著で、綺麗に書けるまでやり直しさせられる度に、ムッツリと不機嫌になったものだ。

 

 だから反復練習について、過敏なほど嫌がる。

 しかし、出来ないのならば、出来るまでやらせる以外、方法はないのだ。

 

「リルがしっかりと学んで、教える必要がないと分かればすぐ終わるよ。だから、リル次第なのは本当。早く覚えれば、その分早く終わる事だ」

 

「んぅ……!」

 

 リルの機嫌は一気に急転直下の様相を呈したが、言われた事はちゃんとやる良い子だ。

 

 そうして今日の内は全部で五の型まである最初の一を終え、汗を流して朝食に入った。

 

 その段階で、これから出掛ける旨を告げたのだが、またまたた機嫌が急降下した。

 

「えぇ〜……っ、なんで?」

 

「何でも何も……」

 

 真実を告げるには、リルはまだ幼い。

 

 教えても理解は難しいだろうが、侵入者が定期的にやって来る、その理由は幾つかあり、その内の一つを知る分には、問題ないだろう。

 

 ……いや、その『一つ』の部分については、むしろリルも知っておかねばならない。

 

「いいかい、リル? この森には、定期的に人がやって来る」

 

「そうなの? だれ? お母さんの、おともだち?」

 

「お友達か……。そうだったら良かったな」

 

 そう言って笑って、リルの頭を撫でる。

 まだ薄っすらと濡れている髪を、手櫛で整えながら話を続ける。

 

「昨日、リルにも手伝って貰って、採取したろう? あれだけでも、街では高く売れるんだ。他にも妖精が自由気ままに飛んでいるし、ユニコーンなんて角の生えた馬も棲んでる。……外の人間からするとね、どれもがとっても魅力的なのさ」

 

「みんなも、おともだちになりたいの?」

 

「そういう目的だったら、お母さんも心配せずに済んだけどね」

 

 無邪気な問いは、微笑ましいものだ。

 森に来る者全員が、そうあって欲しい、とも思う。

 

 しかし、現実はもっとシビアで、もっと欲に(まみ)れている。

 

「リルも、ツノのはえた()()、みてみたい」

 

「うまね、う・ま。見せてあげても良いけど、あれは森の入口に近いから……。つまり、危険がとても多い。今のリルは、まだ連れて行けないよ」

 

 リルは唇を尖らせて不満げにしたが、流石にこれは譲れない。

 家の近くほど安全で、離れるほどに危険なのは、間違いない事実だ。

 

 森の近くともなれば、幼子を連れて行くには危険すぎた。

 これはリルが幾ら言っても、叶えてやれない問題だ。

 

「話が逸れてしまったけど、さっき言ったみたいなのを、勝手に持っていこうする輩がいる。お母さんは、そういう事をしちゃいけません、って注意しに行かなくちゃならない」

 

「だめなの? きのうリル、たくさんとったよ?」

 

「リルは良いんだよ。他の人が駄目なんだ」

 

「ふぅ〜ん……、なんで?」

 

 何故とはまた、答え難い質問だった。

 

 この森は私の土地という訳ではないし、外の人間からすれば、誰も住んでいない未開の土地、という扱いだ。

 

 棲息する魔獣が手強すぎて開拓どころではなく、誰もが返り討ちに遭うから、禁足地として指定されているに過ぎない。

 

 以前、ラーシュが言っていた様に、お宝を前に指を咥えている、というのが彼らの内申を端的に表す表現だろう。

 

 私は、私の安息を守る為に、その彼らを自分の都合で排除している。

 傲慢というなら、確かに傲慢だろう。

 

 だが、我欲の為にやって来る侵入者ならば、お互い様だと思うから、容赦なく叩き返す事にしていた。

 

 そして、我欲でなければ、私怨で入ってくる者しかいないので、やはり容赦なく叩き返す。

 

 しかし、それらをリルに、どう上手く説明するべきか、困ってしまった。

 

「そうだな……。この森は、お母さんのもの、みたいな感じだからだ。畑のお野菜を、勝手に取っちゃいけないけど、お母さんがリルにお願いするなら、それはお手伝いだろう? 森でも同じことさ」

 

「そうなんだ。かってにもっていくのは、ダメだよね。……ねっ、メッよ! メッ!」

 

 そう言って、近くを飛んでいた妖精に叱り付ける。

 妖精は野菜を勝手に持っていかないが、お菓子を勝手に持っていこうとする事はある。

 

 それを指して言ったのだろうが、妖精は突然叱られた事に首を傾げ、構わずリルの周りを飛んで遊んだ。

 

 ひとしきり飛んで満足すると、そのまま手を振って去って行く。

 その歯牙にも掛けない様子に、リルはまたも憤慨して肩を怒らせた。

 

「んもぉ〜っ! いっつも、マジメに、はなしきかないんだから!」

 

「妖精ってのは、そういうものさ」

 

 程々に弄って、程々に突き放すくらいで丁度良い。

 リルがその境地に達するには、まだ時間が必要そうだ。

 

「……ま、ともかく、森には定期的に、そういう盗人どもがやって来る。春は特に、そういう季節だな」

 

「……なんで?」

 

「春の陽気に誘われて、馬鹿やる奴が増えるからさ」

 

 田畑を貰えない農家の三男坊などが、冒険者を目指すのはよく聞く話だ。

 それと同様に、都落ちする冒険者、というのも存在する。

 

 王都は便利で、娯楽や食事にも事欠かないが、依頼の競争率も激しいものだ。

 

 食い詰め者がなるのが冒険者、と言われる様な職種だが、実力とは残酷なもので、強い者は最初から強い世界でもある。

 

 だが同時に、新人に追い落とされるのも珍しくない。

 そうした輩は、より競争率の低い、人手を欲しているギルドへ移ったりした。

 

 この春もまた、そうやって拠点を移した冒険者がいた事だろう。

 そして、一発で人生を逆転できる、都合の良い禁足地の話を聞く――。

 

 春に森への侵入者が増えるのは、そうした背景もあった。

 ――しかし、今回の件は違う。

 

 明らかに、お宝目当ての奴らとは、その行動の基本が違った。

 奴らは最奥を目指している。

 

 この時間になっても森から出た感知がなく、罠を踏み越え、近付いているのがその証拠だ。

 

 私は柔らかな風を起こして、さっぱりと乾かしたリルの頭を撫でて笑う。

 

「お母さんはね、そういう悪い人たちを、()()しに行かないといけない。お昼になるまでには帰って来るから、それまで良い子でいられるな?」

 

「んぅ……。ほんとに、すぐかえってくる?」

 

「勿論だとも、すぐに帰って来るよ。こんな事に時間を掛けたくないのは、お母さんだって一緒だ」

 

 最後にリルを抱き締め、その頭にキスをする。

 そうしてリビングにリルを下ろすと、シルケに後を任せて家を出た。

 

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