侵入者が現在、何処に居るのか。
その正確な位置まで、掴めている訳ではなかった。
しかし、要所要所に感知系の罠を設置していて、その付近を通ったかどうかで、凡その位置は特定できる。
だから私の頭では既に、ここからここの範囲にいる、と地図を描いていて、そこから最寄りのポイントへ、転移陣を用いて飛んだ。
森の中には、相互に移動が出来るよう、陣を多く敷いている。
侵入者撃退の為だけではなく、採取地点に素早く移動するのにも重宝していた。
「よ、っと……」
視界が一瞬で切り替わり、僅かな浮遊感と共に目的地へと辿り着く。
森の風景は、何処だろうと同じ様に見えるものだが、長く森で生きているからこそ、分かる目印というものがあった。
例えば、樹木。
転移と同時に正面から見える、根本から二股に別れた木は、それがどの地点か明確に教えてくれる。
他にも植生の違いが僅かにあり、葉の種類や色合いなどから、転移地点の割り出しに役立っていた。
「さて、予測ではここから、西の地点に居るはずだが……」
冒険者は基本的に、野外活動のプロだ。
周囲の状況から、何処が野営するのに適しているのか見分けてキャンプを張る。
というより、そうした知識に長けていなければ、長く生き残れない、という方が正しい。
疲れたからとりあえず、この辺にテントを張ろう、などとしていれば、あっという間に魔獣の餌だ。
だから私は、敢えて野営に適した場所を、森の中に作っている。
周囲に遮蔽物があり、魔獣の目から隠れられつつ、平地があって眠りやすい……そういった場所だ。
森というのは生き物で、勝手に地形を変えていってしまうものだが、森に飲み込まれないように残しているのは、まさしく今日の為みたいなものだ。
草生えを掻き分け、遠くに見える野営地に近付いて行く。
するとやはり、そこには人が利用している痕跡が見えた。
これ以上近づくと即座に発見されてしまうので、消音と隠蔽の魔術を用いて姿を隠す。
そうして距離を縮める程に、その様子が鮮明に分かってきた。
――どうやら、私の推測は間違っていなかったようだ。
夜間に移動し、昼に休むという、本来とは逆のスタイルを取っている。
見張りは一人、他三人は寝入っている。
日の出ている内に活動しているなら、既に朝食だけでも済ませていなければ有り得ない時間だ。
その見張りにしても、警戒度は薄い。
獣除けの香を焚いているし、外の広い範囲に、罠を張っているから、という理由もあるのだろう。
草生えに隠れて、幾つもの魔法陣が、隠蔽される事なく敷かれているのが見えた。
仲間が誤って、踏んでしまわない為だろう。
それに何も、罠は隠せば良いというものでもない。
魔獣に対しては、ある種の威嚇効果を発揮して、逆に遠ざける事もある。
ただしそれは、人間を恐れる魔獣にだけ意味があり、嬉々として思うタイプには逆効果だ。
それを知ってか知らずか……。
狙ってやっているのか、この森を知らないだけなのか……。
魔獣よりも恐ろしいものを、呼び込む悪手なのだと、彼らは思ってもいない。
「つまりは、舐めてるんだな……」
この森が何故、不可侵なのかしっかりと情報蒐集したら、分かった事だろうに。
「まぁ、Sランクの矜持が、それを後押ししているんだろうが……」
冒険者の頂点、上澄みの一角。
それが彼らの自信であり、自信に裏打ちされた実力でもあり、それこそが彼らの誇りだ。
その矜持は理解できる。
何より、
「その認識は間違いじゃない」
私は足に絡みつく草を千切る様に前進して、大胆な足取りで近付いて行った。
西の優れた教育や、優れた付与術具。
そして、それらで底上げする実力があれば、怖いものなどない、と考える方が当然だろう。
――ここが、ボーダナンでなければ。
私は魔法陣を避けて、野営地の中へと踏み込んだ。
数歩の距離まで迫ったというのに、見張りは私に気付いていなかった。
隠蔽と消音がされているとはいえ、有り得ない程の杜撰な警戒だ。
手刀の一撃で昏倒させると、簡易テントへと足を向けた。
テントの入口には布が一枚掛けてある作りで、手で払うだけで簡単に入退室できる仕組みだ。
私はそこに手を差し込む。
すると、その瞬間――。
テントを上下に分断する、凄まじい斬撃が返って来た。
咄嗟に飛び退り、距離を開く。
「お……、っと!」
崩壊したテントからは、武器を手にした一人の女戦士が顔を出し、こちらを睨みつけている。
そして、臨戦態勢を維持したまま、背後に声をぶつけた。
「何してんだ、さっさと起きろッ!」
「ん、な……ッ!?」
「なんです、何事です……!?」
気配に敏感だったのは、この女戦士だけだったらしい。
他二人は未だ
「――敵だッ! 魔女が攻めてきた!」
「へぇ……」
ボーダナン大森林に、魔女が棲むというのは、よく知られた話だ。
ただし、それは大人が子どもを脅かす為に使う慣用句みたいなもので、本気で信じる者などいない。
だが、この女戦士は私を見て、即座に魔女と断じたのだ。
分かり易く、おどろおどろしい魔女の格好などしていない、というのにもかかわらず……。
「ではやぱり、お前たちは魔女狩りを目的として、最初から森に入って来たわけか。警告なんかせず、先制攻撃したのは正解だったな」
「ハッ……、迂闊だったね。もっと静かにやっとかないから、こうして足元掬われるのさ」
「なるほど……。こいつが倒れた音を聞いて、異常に気付いたか」
私は足元に転がる男の頭を、つま先で小突く。
僅かな物音でしかなかったのに、その違和を逃さず気付けたのは、素直に流石だ。
「……ま、実力派揃いではあるんだろうな。しかし……」
私はジロリ、と女戦士の全身を睨むと、上から下まで舐める様に視線を移す。
その視線に嫌なものを感じたのか、女戦士は手に持った剣を持ち直して身構えた。
「な、何だ……!」
「いや、お前の格好だが……」
戦士の防具としては、嫌に露出が多くて、それが気になった。
胸元は開いて谷間が見えているし、腹部も防具が取っ払われて臍がまる見えだ。
太ももを守る防具は付けているのに、しかし内ももは肌を晒している。
「戦士として前衛に立つには、露出が多すぎないか? 守るべき急所を守れていない。……よくそんな格好で、これまで生きて来れたな」
「余計なお世話……いや、何のつもりだ! 世間話でもしたいのか!」
「いや、単純に疑問だっただけだ。お前は馬鹿なのか?」
私としては、本当に純粋な疑問を述べたに過ぎなかった。
しかし、女戦士は小馬鹿にした台詞を吐いてくる。
「
「ふぅん……?」
私は顎先に指を添えて、女戦士を眺める。
それは間違いではない。
全身を覆う防御のヴェールを付与すれば、露出のあるなしに関わらず、高い防御性能を発揮する。
だが、そのヴェールを突破された時、身も守る鉄のプレートがあるかないかは、生存に大きく関わるのは、依然として変わらない事実だ。
しかしどうやら、この女戦士はそこまで考えていないらしい。
あるいは、そのヴェールを突破されるなど有り得ない、と考えるからだろうか。
「じゃあ、単に慎みがないのか。そんなに肌を露出しては、自分の価値を落とすだけだぞ」
「煩いね、あたしの勝手だろ」
「胸を仕舞え。腹を冷やすな。最近の母親は、そんな事も教えてくれないのか?」
「婆さんみたいなこと、言ってんじゃないよッ!」
「――あッ、待ちなさい!」
後ろの仲間が、女戦士に諌めようとした時には、もう遅かった。
既に地面を蹴り付けて、持っている剣を大上段に構えていた。
私との距離は僅かなもので、一足飛びに接近すると、一息にその剣を斬り下ろす。
だが私は、半身になってそれを躱し、腰を落として構えを取ると、剣の腹を裏拳で叩いた。
大きく弾かれ、隙だらけになったその腹部に、腰を落とした右拳を叩きつける。
「――がッ……、ハ……ッ!」
それが決着だった。
防御のヴェールを貫き、無防備な腹へ叩き込まれた女戦士は、そのまま脱力して地面に倒れる。
「付与術なんてものに頼り切りだから、こうなる。術式の隙間を縫うなんて芸当、
私は手を翳してマナを制御すると、付近の樹木に絡まる蔓を利用して、女戦士を後ろ手に拘束した。
ついでに、最初に昏倒させた見張り役も同じ様に拘束すると、正面に向き直る。
そこには、顔面を蒼白にさせた男女がいて、どちらも魔術士だと格好で判断出来た。
手に杖を持ち、応戦する構えを見せるが、実力ある魔術士であればこそ、彼我の実力差は分かった事だろう。
しかし、勝てないと悟りつつ、戦意の喪失まではしていなかった。
彼らにも彼らなりの矜持がある。
それが睨み付ける視線から伝わって来た。