混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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森に忍び寄る影 その1

 侵入者が現在、何処に居るのか。

 その正確な位置まで、掴めている訳ではなかった。

 

 しかし、要所要所に感知系の罠を設置していて、その付近を通ったかどうかで、凡その位置は特定できる。

 

 だから私の頭では既に、ここからここの範囲にいる、と地図を描いていて、そこから最寄りのポイントへ、転移陣を用いて飛んだ。

 

 森の中には、相互に移動が出来るよう、陣を多く敷いている。

 侵入者撃退の為だけではなく、採取地点に素早く移動するのにも重宝していた。

 

「よ、っと……」

 

 視界が一瞬で切り替わり、僅かな浮遊感と共に目的地へと辿り着く。

 

 森の風景は、何処だろうと同じ様に見えるものだが、長く森で生きているからこそ、分かる目印というものがあった。

 

 例えば、樹木。

 転移と同時に正面から見える、根本から二股に別れた木は、それがどの地点か明確に教えてくれる。

 

 他にも植生の違いが僅かにあり、葉の種類や色合いなどから、転移地点の割り出しに役立っていた。

 

「さて、予測ではここから、西の地点に居るはずだが……」

 

 冒険者は基本的に、野外活動のプロだ。

 周囲の状況から、何処が野営するのに適しているのか見分けてキャンプを張る。

 

 というより、そうした知識に長けていなければ、長く生き残れない、という方が正しい。

 

 疲れたからとりあえず、この辺にテントを張ろう、などとしていれば、あっという間に魔獣の餌だ。

 

 だから私は、敢えて野営に適した場所を、森の中に作っている。

 

 周囲に遮蔽物があり、魔獣の目から隠れられつつ、平地があって眠りやすい……そういった場所だ。

 

 森というのは生き物で、勝手に地形を変えていってしまうものだが、森に飲み込まれないように残しているのは、まさしく今日の為みたいなものだ。

 

 草生えを掻き分け、遠くに見える野営地に近付いて行く。

 するとやはり、そこには人が利用している痕跡が見えた。

 

 これ以上近づくと即座に発見されてしまうので、消音と隠蔽の魔術を用いて姿を隠す。

 

 そうして距離を縮める程に、その様子が鮮明に分かってきた。

 ――どうやら、私の推測は間違っていなかったようだ。

 

 夜間に移動し、昼に休むという、本来とは逆のスタイルを取っている。

 見張りは一人、他三人は寝入っている。

 

 日の出ている内に活動しているなら、既に朝食だけでも済ませていなければ有り得ない時間だ。

 

 その見張りにしても、警戒度は薄い。

 獣除けの香を焚いているし、外の広い範囲に、罠を張っているから、という理由もあるのだろう。

 

 草生えに隠れて、幾つもの魔法陣が、隠蔽される事なく敷かれているのが見えた。

 仲間が誤って、踏んでしまわない為だろう。

 

 それに何も、罠は隠せば良いというものでもない。

 魔獣に対しては、ある種の威嚇効果を発揮して、逆に遠ざける事もある。

 

 ただしそれは、人間を恐れる魔獣にだけ意味があり、嬉々として思うタイプには逆効果だ。

 

 それを知ってか知らずか……。

 狙ってやっているのか、この森を知らないだけなのか……。

 

 魔獣よりも恐ろしいものを、呼び込む悪手なのだと、彼らは思ってもいない。

 

「つまりは、舐めてるんだな……」

 

 この森が何故、不可侵なのかしっかりと情報蒐集したら、分かった事だろうに。

 ()からやって来る者どもは、大抵こうして楽観的なのが特徴だ。

 

「まぁ、Sランクの矜持が、それを後押ししているんだろうが……」

 

 冒険者の頂点、上澄みの一角。

 それが彼らの自信であり、自信に裏打ちされた実力でもあり、それこそが彼らの誇りだ。

 

 その矜持は理解できる。

 何より、西()からやって来た冒険者は、未開と言っても高が知れてる、と思っている事だろう。

 

「その認識は間違いじゃない」

 

 私は足に絡みつく草を千切る様に前進して、大胆な足取りで近付いて行った。

 

 西の優れた教育や、優れた付与術具。

 そして、それらで底上げする実力があれば、怖いものなどない、と考える方が当然だろう。

 

 ――ここが、ボーダナンでなければ。

 

 私は魔法陣を避けて、野営地の中へと踏み込んだ。

 数歩の距離まで迫ったというのに、見張りは私に気付いていなかった。

 

 隠蔽と消音がされているとはいえ、有り得ない程の杜撰な警戒だ。

 手刀の一撃で昏倒させると、簡易テントへと足を向けた。

 

 テントの入口には布が一枚掛けてある作りで、手で払うだけで簡単に入退室できる仕組みだ。

 

 私はそこに手を差し込む。

 すると、その瞬間――。

 

 テントを上下に分断する、凄まじい斬撃が返って来た。

 咄嗟に飛び退り、距離を開く。

 

「お……、っと!」

 

 崩壊したテントからは、武器を手にした一人の女戦士が顔を出し、こちらを睨みつけている。

 

 そして、臨戦態勢を維持したまま、背後に声をぶつけた。

 

「何してんだ、さっさと起きろッ!」

 

「ん、な……ッ!?」

 

「なんです、何事です……!?」

 

 気配に敏感だったのは、この女戦士だけだったらしい。

 他二人は未だ眠気眼(ねむけまなこ)で、事態を理解できず、目を白黒させている。

 

「――敵だッ! 魔女が攻めてきた!」

 

「へぇ……」

 

 ボーダナン大森林に、魔女が棲むというのは、よく知られた話だ。

 

 ただし、それは大人が子どもを脅かす為に使う慣用句みたいなもので、本気で信じる者などいない。

 

 だが、この女戦士は私を見て、即座に魔女と断じたのだ。

 分かり易く、おどろおどろしい魔女の格好などしていない、というのにもかかわらず……。

 

「ではやぱり、お前たちは魔女狩りを目的として、最初から森に入って来たわけか。警告なんかせず、先制攻撃したのは正解だったな」

 

「ハッ……、迂闊だったね。もっと静かにやっとかないから、こうして足元掬われるのさ」

 

「なるほど……。こいつが倒れた音を聞いて、異常に気付いたか」

 

 私は足元に転がる男の頭を、つま先で小突く。

 僅かな物音でしかなかったのに、その違和を逃さず気付けたのは、素直に流石だ。

 

「……ま、実力派揃いではあるんだろうな。しかし……」

 

 私はジロリ、と女戦士の全身を睨むと、上から下まで舐める様に視線を移す。

 その視線に嫌なものを感じたのか、女戦士は手に持った剣を持ち直して身構えた。

 

「な、何だ……!」

 

「いや、お前の格好だが……」

 

 戦士の防具としては、嫌に露出が多くて、それが気になった。

 

 胸元は開いて谷間が見えているし、腹部も防具が取っ払われて臍がまる見えだ。

 太ももを守る防具は付けているのに、しかし内ももは肌を晒している。

 

「戦士として前衛に立つには、露出が多すぎないか? 守るべき急所を守れていない。……よくそんな格好で、これまで生きて来れたな」

 

「余計なお世話……いや、何のつもりだ! 世間話でもしたいのか!」

 

「いや、単純に疑問だっただけだ。お前は馬鹿なのか?」

 

 私としては、本当に純粋な疑問を述べたに過ぎなかった。

 しかし、女戦士は小馬鹿にした台詞を吐いてくる。

 

()()()の付与術の技術水準は、よく知ってるよ。未だに全身隈なく覆わないと、意味がないと思っているんだろう? 付与術のレベルが高いと、そんなの関係なしに身を守れるんだよ!」

 

「ふぅん……?」

 

 私は顎先に指を添えて、女戦士を眺める。

 それは間違いではない。

 

 全身を覆う防御のヴェールを付与すれば、露出のあるなしに関わらず、高い防御性能を発揮する。

 

 だが、そのヴェールを突破された時、身も守る鉄のプレートがあるかないかは、生存に大きく関わるのは、依然として変わらない事実だ。

 

 しかしどうやら、この女戦士はそこまで考えていないらしい。

 あるいは、そのヴェールを突破されるなど有り得ない、と考えるからだろうか。

 

「じゃあ、単に慎みがないのか。そんなに肌を露出しては、自分の価値を落とすだけだぞ」

 

「煩いね、あたしの勝手だろ」

 

「胸を仕舞え。腹を冷やすな。最近の母親は、そんな事も教えてくれないのか?」

 

「婆さんみたいなこと、言ってんじゃないよッ!」

 

「――あッ、待ちなさい!」

 

 後ろの仲間が、女戦士に諌めようとした時には、もう遅かった。

 既に地面を蹴り付けて、持っている剣を大上段に構えていた。

 

 私との距離は僅かなもので、一足飛びに接近すると、一息にその剣を斬り下ろす。

 

 だが私は、半身になってそれを躱し、腰を落として構えを取ると、剣の腹を裏拳で叩いた。

 

 大きく弾かれ、隙だらけになったその腹部に、腰を落とした右拳を叩きつける。

 

「――がッ……、ハ……ッ!」

 

 それが決着だった。

 防御のヴェールを貫き、無防備な腹へ叩き込まれた女戦士は、そのまま脱力して地面に倒れる。

 

「付与術なんてものに頼り切りだから、こうなる。術式の隙間を縫うなんて芸当、()()に詳しい者ならば、出来てしまう事だからな」

 

 私は手を翳してマナを制御すると、付近の樹木に絡まる蔓を利用して、女戦士を後ろ手に拘束した。

 

 ついでに、最初に昏倒させた見張り役も同じ様に拘束すると、正面に向き直る。

 

 そこには、顔面を蒼白にさせた男女がいて、どちらも魔術士だと格好で判断出来た。

 

 手に杖を持ち、応戦する構えを見せるが、実力ある魔術士であればこそ、彼我の実力差は分かった事だろう。

 

 しかし、勝てないと悟りつつ、戦意の喪失まではしていなかった。

 彼らにも彼らなりの矜持がある。

 

 それが睨み付ける視線から伝わって来た。

 

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