私の見立てでは、どちらも優秀な魔術士に見えた。
以前、雪山で遭遇した相手より、一枚か二枚、
それは現在、体内のマナを練り上げ、制御している力を見れば判別できる。
少しでも魔術士としての心得があれば、そこから相手の実力を見抜くのは難しくない。
そして、だからこそ、相対している相手にも、私の実力が分かっているだろう。
先程の戦士よりも、余程正確に実力を把握しているに違いない。
だから咄嗟に、制止する声も出せた。
プラプラと、女戦士の武器を叩いた拳を振りながら言う。
「……で、まだやるつもりか? 時間の無駄だと思うがな」
「く……っ!」
二人の魔術士から、悔しげな息が漏れた。
敵わないと知りつつ、それでも降参だけはしたくない――。
そんな心情が窺える様だ。
葛藤している間に、私は女戦士を縛り上げた蔓を強化しておく。
力自慢の戦士だから、単なる蔓では簡単に引き千切られてしまう。
拘束を強めると共に、蔓に強化魔術を掛けている間も、魔術士達から攻撃は来なかった。
「……絶好の機会だったろうに、見ているだけか」
「誘いだというのは分かってました。見え見えの罠に引っ掛かるほど、こちらも馬鹿ではありませんよ」
「ほぅ……」
まさしくその通りだったので、満足げに息を吐く。
女の方は何らかの魔術を使おうとしたみたいだが、男の制止で止めさせられていた。
男には私の狙いが何処にあるか、既に見抜いていた様だ。
杖を構えて、額から流れる脂汗を拭おうとしないまま、男は睨みつけながら言う。
「ここはマナ濃度が極めて高い。コップで水を汲んでいるつもりが、実はバケツを使っていたようなもので、制御に失敗しやすくなります」
「そんなこと……!」
正確な分析をした男魔術士だったが、女魔術士にとっては受け入れられない発言だったようだ。
憤慨した様子で、感情になって否定する。
「ここまで来るのに、何度も魔術は使ってきたわ。勝手が違ったのは確かだけれど、その度に上手くやってきた……! もう、この環境にも慣れたわ!」
「その慣れこそが恐ろしい、と言っているのです。命の瀬戸際で、針に糸を通す集中が、いつまでも保つとは思わない事です……!」
この男魔術士が言っている事は、実に正しい。
一度や二度なら出来る事でも、それが五度を超えれば集中力が乱れて来る。
それも命が掛かった状況なら尚更だ。
無理にでもやってみせようとするだろうが、必死になればなるほど、普段と違う制御方法が苦痛になる。
慣れたと言っても、染み付いたというには程遠い。
あっさりと失敗するのが、目に見えるようだ。
「まぁ、無駄な抵抗はやめておく事だ。抵抗しなければ、殺す事もないしな」
「嘘よ……! 魔女の辞書に、加減なんて言葉はない!」
「十分、してやってるじゃないか。この状況こそが、証明にならないか?」
わざとらしく手を広げてやった光景は、それを如実に示しているはずだ。
拘束され、倒れ伏しているはいるものの、誰一人として死んではいない。
しかし、女魔術士にとっては、そんな事実もお構い無しだ。
杖を事更に突き付け、叫ぶ様に言う。
「どうせ、後で拷問とか、解体するのに生かしてあるだけでしょ! あたしは死なないわ! こんな、こんな所で……!」
「うぅ〜ん……。何て言われて来たものか、非常に興味があるな」
極悪非道、人を人とも思わない、狂気の魔女……。
そういうイメージが先行しているらしい。
私は小首を傾げながら、男魔術士の方に声を向けた。
「因みに、お前も同じ意見って事で良いのか?」
「そうは教わって来ましたが……。そうではない、と思い直している所です。貴女には理性がある。とても、この世すべてを憎み、人間をゴミ同然と思っているとは考えられません」
「ほほぅ……」
思わず、口元に手を当てて笑ってしまった。
その動作が悪かったのだろう。
緊張の糸が最大まで引っ張られていた女魔術士から、閃光の魔術が解き放たれる。
見てからでは回避できない、速度重視の魔術だ。
それ故に威力も低いが、時に目眩ましとして活用できるものでもある。
私はそれを無防備に受けると同時に、手を一振りさせて、相手を昏倒させる。
殴ったのではなく、相手のマナを揺さぶったのだ。
魔術の使用には、自分自身の体内で生成するマナと、外界に内在するマナ、どちらかを利用して発動させる。
しかし、呼吸がそうであるように、使用したら――つまり内気のマナを吐き出したら、次にはマナを吸い込まねばねらない。
マナは循環が大事なので、使ったら使いっ放し、なんて事は有り得ないのだ。
私はその、吸い込む動作の時に、周囲のマナを操作して多めに送り込んでやっただけだ。
突然体内のマナ濃度が劇的に増えると、人体は驚いて反射的な反動を引き起こす。
それを人為的に起こしてやった、という訳だった。
「安心しろ、殺してはいない。ちょっと過剰にマナを送り込んでやったが、小一時間もすれば自然排出されて目が覚める」
「魔女の領域で魔術勝負など……。最初から、挑むべきではなかったのに」
「それが分かっていて、どうして降参しなかったんだ? 今もお前は、マナの制御を怠ってはいないし、戦意を失ってもいないようだ」
「気を緩めれば、死ぬと思っているからですよ。貴女にそのつもりがなくとも、少しの油断で昏倒されかねない……」
「まぁ、そうか。なるほど……」
その発言には、理解できる所があった。
敵わないと理解しつつ、だからと言って武器を捨てたりはしない。
自ら首を差し出す様な行為など、出来なくて当然だった。
だから、その姿勢は許したままで会話を続ける。
「結果的にだが……。喧嘩っ早いのが先に倒れてしまった事で、私が危険に見えたのは当然だろうな。――しかし、言っておくぞ。先に手を出して来たのは、お前らだ」
「馬鹿な……! 我らの寝込みを襲ったのは、そちらの方でしょう……! 手を出したなど、とても……」
「いや、いやいや、そうじゃない」
私は男の言葉を遮り、手首をパタパタと動かして否定する。
「お前、“塔”から来た奴だろ?」
「は……?」
「だから、“
「え……、いや……。違います、が……」
男の表情は本気で困惑している様に見えたし、嘘を言っている様にも見えなかった。
何か思い違いをしてるのだろうか。
今更ながら、自分の推測が間違っている様な気がしてきた。
「でも、お前達は“西”からやって来た。確かに、そう聞いたぞ。魔女についてもまぁ、散々な言われようだったじゃないか。どうせ“塔”からアレコレと、つまらん入れ知恵されたんだろうと思うんだが……」
「いえ、別に……そういう訳ではなく……。我々は確かに“西”から来ましたが、純然たる冒険者です。“塔”で学んだのは確かですが……」
「何だ、やっぱりそうなんじゃないか」
「いえ、誤解があります……!」
途端、不機嫌になったのを敏感に察して、男は掌を前に突き出し、“待て”のポーズを取った。
「あちらの冒険者は、確かに“塔”で学ぶものですが、誰もが最後まで通える訳ではなく……! 金銭の問題、単位の問題、様々な理由で途中退学する者は多い……! 我々もまた、そういうタイプという訳で……!」
「何の言い訳にもなってないじゃないか。やっぱり、“塔”で学んだ事には違いないんだろう? 酷い偏見を押し付けて、魔女の凶悪さだけ浮き彫りに、殺して当然の悪者と認識させていた。ここに来たのも、その悪者を退治しろ、と送り込まれたんじゃないのか?」
「いえ、そんな事はありません!」
既に手は下ろされていたが、男の必死さは変わらない。
誤解を――そんな物があるとするなら――解こうと必死になっている。
「冒険者は自由なものです。ここに来たのも、自由に選んだ結果のもの! ギルドからのお達しで、東へ誘導されたのは事実ですが……」
「やっぱり、誘導されてるんじゃないか、お前」
マジメに話を聞くべきか、いよいよ判断に迷ってきた。
今の発言だけで、“塔”の介入があったと見るには、十分な証言だ。
「しかし、東の何処とまで、指定されていません! 我々は、我々だけの意志でここに来たのです!」
「どうだかね……」
実際にどういう通達があって、そしてどういう流れがあって流れて来たのか、私には分からない。
しかし、魔女に対する偏見があれば、冒険ついでに退治してやろう、と考える事はあるだろう。
これは思考誘導というより、教育の段階で、そう刷り込まれていると思った方が良い。
冒険者が己の力量を試すため、竜に挑むのと同じ感覚だ。
実際に悪さをしているかどうかに関係なく、そこに竜がいるから挑むのだ。
魔女がいると聞けば、ならば我らが退治してやろう、と全くの善意で行動してもおかしくない。
つまり、冒険者へ檄文を送った時点で、ある程度、それを折り込んでのものと推測できるのだ。
「“塔”の腐れ野郎どもが、考えそうなことだ。大体、東といっても、大陸全土を指して言ったんじゃないんだろ? ごく限定的な、一部地域を指定された筈だ」
「それは……」
「やはりか。お前たちにそのつもりがなくとも、体よく利用されていたに過ぎないんだよ」
この持論には、よほど自信がある。
男は二の句を告げずにいて、既に反論する気を失くしていた。