混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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森に忍び寄る影 その3

 知りたい事は、大体知れた。

 

 西のエルフが“魔女の存在”を嗅ぎ付け、それで尖兵を送って来た、と考えて間違いないだろう。

 

 去年、秋が始まる頃合いに、森へ入ってきた冒険者がいた。

 

 まだ若く、冒険者としての経験も浅かった奴らだが、聖鷹(しょうおう)の塔で教育を受けた者達だった。

 

 彼らは若く、夢見る冒険者らしい、相応の野心も持っていただろう。

 それを利用されたか、あるいは単なる偶然か……。

 

 “塔”の奴らは、冒険者を自分達の尖兵や、斥候の様に扱っている所がある。

 

 記憶は消した筈だが、陰から見え隠れする尻尾があれば、覗いて確認せずにはいられないだろう。

 

「どうやら、あれが引き金になったと見て良いな……」

 

「……は? それは、どういう……?」

 

 怪訝に眉根を寄せて来た男魔術士に、私はぞんざいに手を振る。

 

「お前に言ったんじゃない。それに、訊きたい事はもう十分、聞けた」

 

「く……っ!」

 

 その発言に、不穏な物を感じたからだろう。

 会話の最中も、一度として警戒を怠らないでいた男が、ここで攻勢に出た。

 

 ここ以外ない、というタイミングで、魔力そのものを弾として射出する。

 魔術を魔術たらしめるのは、魔力を術式で別の形に変換するところだ。

 

 それを一切放棄して、出来る限り簡略化した術なのだから、その発動はどの魔術より早かった。

 

 魔術を扱う基本原理、マナの掌握と操作、術式を介さず、ただ吐き出すからこその速さだった。

 

 閃光魔術が通用しなかったのを見て、別の形で不意を打ちたかったのだろう。

 

 だがそれには、せめて近い実力がなければ成立しない。

 私は無防備な姿なままで魔力弾を受け、頭を横に振る動きだけで弾き飛ばした。

 

「ば、馬鹿な……!」

 

「魔術士の……それも、“西”の魔術士に、敢えて説教する事ではないだろうが……。実力っていうのは、高い奴ほど、上手く隠せるものだろう?」

 

「ぐ……!」

 

 当然、向こうも私が実力を隠していたのは、織り込み済みだったろう。

 最初から実力差は大きい、と対峙した時点で分かり切っていたことだ。

 

 だが、それでも、このラインより上ではあるまい、と決め付けていたに違いない。

 

 あるいは、そのラインより上は存在しない、と思い込みたかったか……。

 

 彼にとって――いや、“西”の魔術士にとって、“塔”の最高ランクより上の実力者など、居ない事になっているからだ。

 

 そして、“魔女”が悪辣非道で、魔術を悪用する悪女……という認識でいる限り、その認識が覆ることはない。

 

 魔術とは崇高かつ高潔で、善なる者の力であり……エルフによって編み出された、勤勉な者の味方、とされているからだ。

 

 事実とは全く異なるが、“西”ではそういう教育と思想の下で成り立っている。

 

 魔女に敗れた彼らだからこそ、魔術を用いる大義名分と、自己保身の為に、そうせざるを得なかったのだ。

 

「お前に恨みはないから安心しろ。生きたまま帰してやる」

 

「ぐっ、まだ……まだだ……!」

 

 彼にも正義の気持ちが、その根底にある。

 悪しき者には、そう簡単に屈しない、という克己心が見えた。

 

 恐怖で顔が青褪めているのに、それでもマナを乱さないのは、折れない気持ちを持っているからだろう。

 

 そこに好感は持てる。

 だが、私の領域を侵す者は、誰であろうが容赦しないと決めていた。

 

「抵抗するなよ。こっちも手早く終わらせて帰りたいんだ」

 

「うぉぉぉオオオッ!」

 

 それが相手には、挑発と映ったらしい。

 私としては、切実な思いだったのだが、それが最後の抵抗心に火を付けた。

 

「――フン」

 

 だが、それに付き合う事なく、腕の一振りで昏倒させる。

 

 今度はしっかり術式を使った、威力と速度を両立させた魔術を発動させようとしたみたいだが――。

 

 そんなものは、私にとっては欠伸が出る程の遅さだ。

 男魔術士が完全に気絶しているのを確認して、記憶の操作に取り掛かる。

 

 森に対する恐怖を植え付け、私の存在を抹消してしまえば、後には森へ近付きたくない忌避感だけが残る、という寸法だ。

 

 冒険者ならば、パーティが全滅に近い損壊を受けた時、恐怖によって戦えなくなる、というのは良くある話だ。

 

 特にボーダナンでは恒例といっても良いぐらいなので、逃げ帰っても、あぁまたか、と思われるのが落ちだ。

 

「……だが、少し綺麗すぎるな……」

 

 彼らは、魔女を退治するため森に向かう、と周囲に喧伝していた可能性がある。

 

 それなのに、無傷のまま帰って来た上、恐怖心だけが目立つとなれば、いらぬ想像をさせてしまう可能性があった。

 

「目立つ所に、それらしい傷でも付けておくか……」

 

 剣虎狼(ウルガー)にやられた、と思しき傷を付けておけば、それ以上の追求もあるまい。

 

 ボーダナンには森の狩人と恐れられる、狡猾な魔獣が潜んでいるのは周知の事実だし、説得力も増すはずだ。

 

「よし、それでいこう」

 

 私はそう心に決めると、一人ずつ順番に、術を仕掛けに回った。

 

 

   ※※※

 

 

 全ての施術を終わらせるのに、十分も掛からなかった。

 後は転移を利用して、森の入口近くに投げ捨てるだけだ。

 

 彼らはどうしてここに居るのか記憶が曖昧だろうが、どちらにしても、森から逃げ出したい衝動に駆られるはずだ。

 

 後のことは、彼らが勝手に辻褄を合わせて行くだろう。

 ひと仕事を終えて、やれやれと溜め息をつき、私自身も転移して自宅へ帰る。

 

 森の境界線に姿を現し、畑の傍を横切って家の中に入ると、今まさに書き取りを終えようとするリルが目に入った。

 

「おかえりなさいっ!」

 

 こちらに気付いたリルが、笑顔いっぱいに言って来る。

 

「ただいま、リル。どうやら、ちゃんとやる事やっているみたいだな」

 

「んぅ……! ナナがうるさいんだもん!」

 

 不満そうに言うリルに笑って、手を洗ってから席につく。

 そこへ滑るように近寄って来たシルケが、私の前にハーブティーを置いていった。

 

「あぁ、ありがとう。全く、やれやれって感じだ……」

 

「リル、あそんでくる!」

 

「いけません」

 

「えぇ〜……?」

 

 アロガと共に駆け出そうしていたその体勢で、顔だけ向けては不満そうな声を上げた。

 

 遊びに誘われたアロガも、既に準備万端といった感じで、お尻を上げては尻尾を振って、今にも駆け出しそうにしていた。

 

「今日はお昼まで勉強だろう? そしてお昼の後は、マナ訓練もあるし、早めに今日の分を終わらせてしまいなさい」

 

「えぇ〜、でもぉ〜……」

 

 いつもなら、嫌だ嫌だという雰囲気は出しつつ、それでも素直に従うのに、随分と渋る。

 

 何かもう一押しが必要かな、と思っている間に、リルが変わらぬ不満顔そのままに、唇を尖らせて言ってきた。

 

「でも、お母さん……。すぐかえるっていったのに、すぐじゃなかった」

 

「それは……うぅ〜ん、どっちと言えるか、迷う所だな」

 

 私としては当然、手早く終わらせたと主張したいが、リルからすれば不満だらけだろう。

 

 遊びたいのも理解できるので、私はティーカップに一口付けてから、リルの脳内判定を代弁するつもりで言う。

 

「遅れたお母さんが悪いんだから、ちょっとしたペナルティ……リルにはご褒美を、って所か。……まぁ、良いだろう」

 

「やった!」

 

 早速、駆け出そうとする後ろ姿へ、私はすかさず声を掛ける。

 

「――でも、お母さんが飲み終わって、少しのんびりするまでだぞ。テーブルが空いたら、リルもお勉強を再開すること。いいね?」

 

「はぁ~いっ!」

 

 返事をするなり、アロガを引き連れ扉を出て行った。

 後には給仕するシルケだけが残り、窓から見えるリルの姿を見ながら、カップを口に運ぶ。

 

「少し……、大分ゆっくりしておこうか」

 

 私がシルケに頬笑んで言うと、物言わぬ微笑が返って来て頷いた。

 

「……あら、良いところあるのね」

 

「なんだ、まだ居たのか」

 

 リルの座っていた席には、いつの間にやら顕在化していたナナがいる。

 基本的にリルの内側にいる彼女だから、こういう事をされると、非常に気不味い。

 

 ナナはテーブルに肘を付き、その上に頬を置いて、意外そうにこちらを見ていた。

 

「教育熱心な貴女だから、てっきり許さないかと思ったわ」

 

「何だかんだと、リルは頑張っているし……。それに、子どもは遊ぶものだ。飲み込みが良いから、ついつい熱が入ってしまったが……。あまり押し付けても可哀想だから」

 

「だったら、今日一日くらい、自由にさせてあげたら?」

 

「そうしてやりたい気持ちは山々だが……」

 

 再び窓の外へ目を向ける。

 だが、今度はリルではなく、遠く森の奥を睨んで言った。

 

「森に出入りする者が増えそうだ。ここはまだ安全だが……、いつまでも安全とは言えないかもしれない。リルには力を付けさせないと……」

 

「危ないの?」

 

「ここまで来るのは容易じゃない。それを防ぐ罠もあるし、私自身、積極的に遊撃として出る。……だが以前、ここまで感知させずに来た奴がいたんだ」

 

 それ以降、一切姿を見せないが、いた事は事実だ。

 

 どういう理由で、どういう目的かは不明だし、敵とも味方とも分からない状況だ。

 

 しかし、確かにいたという事実が、気持ちを慎重にさせる。

 

「何かがあってからでは遅い。リルにはなるべく早く、自分を守れる力を付けさせてやりたい」

 

「親心ね。それも、子どもには恨まれるタイプの」

 

「そうとも。()はリルの目前に居たんだ。リルの為を思えば、嫌われてでも厳しく……、嫌われ……嫌われるのか……」

 

 言ってて悲しくなってきた。

 

「へこむくらいなら、やらなければ良いのに……。じゃあ、なるべく私も、傍を離れない様にした方がいいわね」

 

「あぁ、そうしてくれ」

 

 私がそう言って、ナナが音もなく浮き上がって去って行くのを見つめ、休憩の続きを再開した。

 

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