知りたい事は、大体知れた。
西のエルフが“魔女の存在”を嗅ぎ付け、それで尖兵を送って来た、と考えて間違いないだろう。
去年、秋が始まる頃合いに、森へ入ってきた冒険者がいた。
まだ若く、冒険者としての経験も浅かった奴らだが、
彼らは若く、夢見る冒険者らしい、相応の野心も持っていただろう。
それを利用されたか、あるいは単なる偶然か……。
“塔”の奴らは、冒険者を自分達の尖兵や、斥候の様に扱っている所がある。
記憶は消した筈だが、陰から見え隠れする尻尾があれば、覗いて確認せずにはいられないだろう。
「どうやら、あれが引き金になったと見て良いな……」
「……は? それは、どういう……?」
怪訝に眉根を寄せて来た男魔術士に、私はぞんざいに手を振る。
「お前に言ったんじゃない。それに、訊きたい事はもう十分、聞けた」
「く……っ!」
その発言に、不穏な物を感じたからだろう。
会話の最中も、一度として警戒を怠らないでいた男が、ここで攻勢に出た。
ここ以外ない、というタイミングで、魔力そのものを弾として射出する。
魔術を魔術たらしめるのは、魔力を術式で別の形に変換するところだ。
それを一切放棄して、出来る限り簡略化した術なのだから、その発動はどの魔術より早かった。
魔術を扱う基本原理、マナの掌握と操作、術式を介さず、ただ吐き出すからこその速さだった。
閃光魔術が通用しなかったのを見て、別の形で不意を打ちたかったのだろう。
だがそれには、せめて近い実力がなければ成立しない。
私は無防備な姿なままで魔力弾を受け、頭を横に振る動きだけで弾き飛ばした。
「ば、馬鹿な……!」
「魔術士の……それも、“西”の魔術士に、敢えて説教する事ではないだろうが……。実力っていうのは、高い奴ほど、上手く隠せるものだろう?」
「ぐ……!」
当然、向こうも私が実力を隠していたのは、織り込み済みだったろう。
最初から実力差は大きい、と対峙した時点で分かり切っていたことだ。
だが、それでも、このラインより上ではあるまい、と決め付けていたに違いない。
あるいは、そのラインより上は存在しない、と思い込みたかったか……。
彼にとって――いや、“西”の魔術士にとって、“塔”の最高ランクより上の実力者など、居ない事になっているからだ。
そして、“魔女”が悪辣非道で、魔術を悪用する悪女……という認識でいる限り、その認識が覆ることはない。
魔術とは崇高かつ高潔で、善なる者の力であり……エルフによって編み出された、勤勉な者の味方、とされているからだ。
事実とは全く異なるが、“西”ではそういう教育と思想の下で成り立っている。
魔女に敗れた彼らだからこそ、魔術を用いる大義名分と、自己保身の為に、そうせざるを得なかったのだ。
「お前に恨みはないから安心しろ。生きたまま帰してやる」
「ぐっ、まだ……まだだ……!」
彼にも正義の気持ちが、その根底にある。
悪しき者には、そう簡単に屈しない、という克己心が見えた。
恐怖で顔が青褪めているのに、それでもマナを乱さないのは、折れない気持ちを持っているからだろう。
そこに好感は持てる。
だが、私の領域を侵す者は、誰であろうが容赦しないと決めていた。
「抵抗するなよ。こっちも手早く終わらせて帰りたいんだ」
「うぉぉぉオオオッ!」
それが相手には、挑発と映ったらしい。
私としては、切実な思いだったのだが、それが最後の抵抗心に火を付けた。
「――フン」
だが、それに付き合う事なく、腕の一振りで昏倒させる。
今度はしっかり術式を使った、威力と速度を両立させた魔術を発動させようとしたみたいだが――。
そんなものは、私にとっては欠伸が出る程の遅さだ。
男魔術士が完全に気絶しているのを確認して、記憶の操作に取り掛かる。
森に対する恐怖を植え付け、私の存在を抹消してしまえば、後には森へ近付きたくない忌避感だけが残る、という寸法だ。
冒険者ならば、パーティが全滅に近い損壊を受けた時、恐怖によって戦えなくなる、というのは良くある話だ。
特にボーダナンでは恒例といっても良いぐらいなので、逃げ帰っても、あぁまたか、と思われるのが落ちだ。
「……だが、少し綺麗すぎるな……」
彼らは、魔女を退治するため森に向かう、と周囲に喧伝していた可能性がある。
それなのに、無傷のまま帰って来た上、恐怖心だけが目立つとなれば、いらぬ想像をさせてしまう可能性があった。
「目立つ所に、それらしい傷でも付けておくか……」
ボーダナンには森の狩人と恐れられる、狡猾な魔獣が潜んでいるのは周知の事実だし、説得力も増すはずだ。
「よし、それでいこう」
私はそう心に決めると、一人ずつ順番に、術を仕掛けに回った。
※※※
全ての施術を終わらせるのに、十分も掛からなかった。
後は転移を利用して、森の入口近くに投げ捨てるだけだ。
彼らはどうしてここに居るのか記憶が曖昧だろうが、どちらにしても、森から逃げ出したい衝動に駆られるはずだ。
後のことは、彼らが勝手に辻褄を合わせて行くだろう。
ひと仕事を終えて、やれやれと溜め息をつき、私自身も転移して自宅へ帰る。
森の境界線に姿を現し、畑の傍を横切って家の中に入ると、今まさに書き取りを終えようとするリルが目に入った。
「おかえりなさいっ!」
こちらに気付いたリルが、笑顔いっぱいに言って来る。
「ただいま、リル。どうやら、ちゃんとやる事やっているみたいだな」
「んぅ……! ナナがうるさいんだもん!」
不満そうに言うリルに笑って、手を洗ってから席につく。
そこへ滑るように近寄って来たシルケが、私の前にハーブティーを置いていった。
「あぁ、ありがとう。全く、やれやれって感じだ……」
「リル、あそんでくる!」
「いけません」
「えぇ〜……?」
アロガと共に駆け出そうしていたその体勢で、顔だけ向けては不満そうな声を上げた。
遊びに誘われたアロガも、既に準備万端といった感じで、お尻を上げては尻尾を振って、今にも駆け出しそうにしていた。
「今日はお昼まで勉強だろう? そしてお昼の後は、マナ訓練もあるし、早めに今日の分を終わらせてしまいなさい」
「えぇ〜、でもぉ〜……」
いつもなら、嫌だ嫌だという雰囲気は出しつつ、それでも素直に従うのに、随分と渋る。
何かもう一押しが必要かな、と思っている間に、リルが変わらぬ不満顔そのままに、唇を尖らせて言ってきた。
「でも、お母さん……。すぐかえるっていったのに、すぐじゃなかった」
「それは……うぅ〜ん、どっちと言えるか、迷う所だな」
私としては当然、手早く終わらせたと主張したいが、リルからすれば不満だらけだろう。
遊びたいのも理解できるので、私はティーカップに一口付けてから、リルの脳内判定を代弁するつもりで言う。
「遅れたお母さんが悪いんだから、ちょっとしたペナルティ……リルにはご褒美を、って所か。……まぁ、良いだろう」
「やった!」
早速、駆け出そうとする後ろ姿へ、私はすかさず声を掛ける。
「――でも、お母さんが飲み終わって、少しのんびりするまでだぞ。テーブルが空いたら、リルもお勉強を再開すること。いいね?」
「はぁ~いっ!」
返事をするなり、アロガを引き連れ扉を出て行った。
後には給仕するシルケだけが残り、窓から見えるリルの姿を見ながら、カップを口に運ぶ。
「少し……、大分ゆっくりしておこうか」
私がシルケに頬笑んで言うと、物言わぬ微笑が返って来て頷いた。
「……あら、良いところあるのね」
「なんだ、まだ居たのか」
リルの座っていた席には、いつの間にやら顕在化していたナナがいる。
基本的にリルの内側にいる彼女だから、こういう事をされると、非常に気不味い。
ナナはテーブルに肘を付き、その上に頬を置いて、意外そうにこちらを見ていた。
「教育熱心な貴女だから、てっきり許さないかと思ったわ」
「何だかんだと、リルは頑張っているし……。それに、子どもは遊ぶものだ。飲み込みが良いから、ついつい熱が入ってしまったが……。あまり押し付けても可哀想だから」
「だったら、今日一日くらい、自由にさせてあげたら?」
「そうしてやりたい気持ちは山々だが……」
再び窓の外へ目を向ける。
だが、今度はリルではなく、遠く森の奥を睨んで言った。
「森に出入りする者が増えそうだ。ここはまだ安全だが……、いつまでも安全とは言えないかもしれない。リルには力を付けさせないと……」
「危ないの?」
「ここまで来るのは容易じゃない。それを防ぐ罠もあるし、私自身、積極的に遊撃として出る。……だが以前、ここまで感知させずに来た奴がいたんだ」
それ以降、一切姿を見せないが、いた事は事実だ。
どういう理由で、どういう目的かは不明だし、敵とも味方とも分からない状況だ。
しかし、確かにいたという事実が、気持ちを慎重にさせる。
「何かがあってからでは遅い。リルにはなるべく早く、自分を守れる力を付けさせてやりたい」
「親心ね。それも、子どもには恨まれるタイプの」
「そうとも。
言ってて悲しくなってきた。
「へこむくらいなら、やらなければ良いのに……。じゃあ、なるべく私も、傍を離れない様にした方がいいわね」
「あぁ、そうしてくれ」
私がそう言って、ナナが音もなく浮き上がって去って行くのを見つめ、休憩の続きを再開した。