「さて……」
全員に恐怖を植え付け、森の外へ放り投げた後、先行部隊に追い付くべく走り出した。
先の四部隊と同様、手早く済ませてしまおうと思い走る。
木々は障害物とならず、まるで平原を走るが如し、自然と避けて邪魔しない。
『森渡り』の魔術を使っているから為せる芸当で、だから追い付くのは容易だと思われた。
だというのに――。
「どういうことだ……?」
未開の森を、警戒しながら進む速度は、開けた草原を歩くより時間が掛かる。
その上、どこに魔獣が潜んでいるか分からないので、大胆に走り回ることも出来ない。
魔獣は基本的に不意を打って襲い掛かるものだから、自分の位置を教えながら動く様な真似は、森では決してしないものだった。
しかし、だというのに、先行部隊の背中が見えない。
冒険者グループを処理するのに掛かった時間から計算して、進行具合はこの辺り、との当たりを付けて、その背を追ったのだ。
それなのに、影すら確認することが出来なかった。
「誤差はあって当然。予想以上に進むこともある。……だとしても、この辺りの筈だろう?」
気配は押し殺していたとしても、それだけで私の探知から逃れるものではない。
「獣避けの魔術でも使って、速度を優先して移動しているとか……?」
それは有り得る話だ。
ある程度のリスクを飲み込んだ上で、そうして速度を優先するのは理解できる。
だが……。
「採取を目的に来てるんじゃないのか……?」
採取をする上で、少しでも魔獣被害を減らしたくて、先行部隊が囮の役目を果たす。
そういうやり方は実際ある。
だが、だとしたら、やはり森の深部へ移動する筈がない。
入口から離れるほど、素材のランクが上がるのは確かなものの、初めて森に踏み入る者なら、まず取らない行動だ。
囮を買って出るにしろ、余りに後方部隊を置き去りにしては意味もないからだ。
それに、入口付近でも十分に価値ある素材が眠っている。
普通ならば、まずその素材に狙いを絞る。
餌を啄む小鳥のように、次々と奥地に進んだ結果、より良い素材に巡り合う……。
それがここに初めて踏み入った、冒険者として当然の行動だろう。
だが、先行部隊の行動を見るに、素材目的ではない、という事になる。
「まさか、追い抜いてしまった、なんてことはないだろうし……」
一瞬、その考えが頭を
気配の隠蔽が上手く、私でも見抜けなかった可能性――。
だが、それならば一度目に発見できたのが可笑しくなる。
恐らく……、彼らは気付いたのだ。
「後方の部隊が狩られていると、気付いたんだな。だから、逃げようとしたのかも……。十分な距離を離して、そこで隠れる事に専念するとか……」
それもまた、有り得ない話ではなかった。
もしも、それに特化した魔術士がいたのなら、動かず息を殺していれば、私の索敵から逃れられる可能性もある。
あるいは、最初から仲間ではなかった可能性――。
先行部隊は、西大陸からやって来た、全く目的を異にする冒険者だとしたら……。
「中々、面倒なことになって来たな……」
独りで捜し出すのは、無論可能だが、ここで時間を掛け過ぎるのは嫌だった。
私は一つの結論を下すと、魔力を練り上げ、召喚術を行使する。
そうして光と共に現れたのは、風の下級精霊だった。
ナナの様に存在が確固たるものではなく、その姿は半透明で、ともすれば、吹けば消えてしまいそうな危うさがある。
言葉も話せないので、私を伺っては、不思議そうに顔を傾げた。
私はその小精霊にマナを分け与えて、互いのラインを築きながら、こちらの意志を伝える。
この時のマナは、精霊にとってはご褒美も同然で、そしてラインを構築する事は意思疎通を齟齬なく伝えるに必要なものだ。
簡単な命令なら理解して、精霊が良いと思う方法で実行してくれるのだが、求める結果は得られても、その過程には大きな問題が起こる事は多い。
精霊に人間の都合など知った事ではないので、例えば今回――。
人を捜して欲しいと願ったら、風を四方に散らして、森の中に嵐を作り兼ねなかった。
そして、恐らく……その暴風に煽られて、冒険者は見つけられる事だろう。
しかし間違いなく、それより前に私は発見されてしまうし、森の木々や植生に影響が出るのは間違いなかった。
私は今も小首を傾げて命令を待つ小精霊に、優しい声音で語り掛ける。
「これから、この付近……多分、付近だと思うんだが、隠れている何者かを捜し出して欲しい。ただし、ひっそりと、こっそりと……勘付かれない様に」
唇に指を一本立てながら言うと、小精霊はコクコクと頷いてから、その姿を消した。
どうやって捜して欲しいかも、私が思い浮かべたビジョンが伝わった筈だ。
空気に触れず……また、空気を動かさずに活動できる生物など居ない。
どれだけ息を押し殺そうと、どれだけ身体を固くさせようと、風が通れば間違いなく、それが微細な振動として伝わる。
小精霊は、その身体を風そのものに変えて、周囲に円を描く様に拡散した。
サワリ……、と髪の毛すら動かさない、僅かな空気の動きが広がる。
そうして再び集束すると、小精霊は嬉しそうに、小さな指をある地点へ向けた。
「あっちか……、ありがとう。誘導してくれ」
またも嬉しそうに頷くと、宙を滑るように飛んで行く。
私は隠蔽魔術を掛け直し、その後ろ姿を追い掛けて走った。
※※※
走った時間は三分ほど。
前方を行く小精霊が止まって、右斜め前方、巨木の根本に出来た穴を指差した。
その穴には一見して分からない、草や葉を使ったカモフラージュがされており、確かにこれは分かり辛い。
気配の隠蔽も完璧で、穴の奥では何かしらの方法を用いて、匂いも消していると思われた。
魔法などの類いではない。
そうであるなら、私が気付いている。
気付けなかったのは、魔力を用いず隠れたからだ。
私は小精霊にお礼をして、還って良いと促す。
すると、機嫌よく手を振って、そのまま宙に溶けるようにして消えていった。
私は木の股の下へ近付くと、遠慮することなく衝撃の魔術を叩き込む。
ボフン、と音が鳴ると共に、土煙が排出された。
手加減はしたが、穴の奥では逃げ場もない。
衝撃そのものが一極集中するので、そのダメージは相当大きいはずだ。
慌てて飛び出して来る気配もなく、また数秒待ってみても音沙汰がない。
内部で機を窺っているのか、それとも我慢比べでもするつもりか……。
自分達が圧倒的に不利だと、十分気付いているだろう。
周囲を見境なく攻撃した訳でもない。
ピンポイントでの攻撃は、位置を割り出したも同然だと判断するには十分だ。
私は出て来ないつもりならば、と立て続けに魔術を放った。
度重なる衝撃で樹が揺れる。
やはり反応がないので窺ってみると、そこには完全に気絶している連中が、身体を折り重ねて昏倒していた。
もしかすると……、最初の一撃で全員が気絶してしまっていたのかもしれない。
私は嘆息しつつ、内部で魔力の手を伸ばす。
「こんな所に隠れるから……」
狙いとしては良く分かるし、逃げ切れたなら大金星だ。
そして、勝てないと判断したから、隠れる方がマシ、と考えたのも理解できる。
取った行動としては、最適解に近い。
私も危うく、逃すところだった。
「だが、退路を自ら封じる隠れ場所は拙かったな」
とはいえ、この広大な森の中、隠れられる場所など幾らもない。
それも初めて挑む森で、先人から得られる知識もないと来た。
その中で最善を尽くした結果だから、彼らは実際、非常に優秀な部類なのだろう。
穴から引き摺り出した者の中に、戦士は居なかった。
レンジャーか、シーフを主体にした隠密部隊。
そこに一人、魔術士が混ざっている。
どうやら、囮めいた先行部隊、という考えも、あながち間違いではなかったようだ。
「明らかに、情報を持ち帰る事を目的とした、斥候パーティだな。極力、戦闘を避け、内部の情報を持ち帰り、それを元に別パーティがアタックする……。そういう狙いか」
そして、まさか入口の土を踏んだだけで警報が届くなど知らず、速すぎる発見に焦り、一か八かで隠れる事を選んだ。
誰一人、無事に帰らない……という前情報を知っていれば、そういう攻め方もあるだろう。
「つまり、本腰を上げた訳だな。今までみたいな、一過性のものではなく……」
これまでも、前人未到の森を攻略してやる、と息巻く冒険者はいた。
しかし、基本的に冒険者は我が強く、その富や名誉を独占したいと思いがちだ。
群れるにしても、それはパーティの単位まで。
簡単な情報の遣り取りさえ、仲間内としか共有しないのは珍しくなかった。
冒険者ギルドなどに所属して、大きなコミュニティの中に居るようでも、その実個人主義の集まりでしかなかった。
「方針の転換か、あるいは……連合でも組んだかな」
パーティ同士、横で繋がり、一つの目的を達成する。
竜退治などで、昔はよく見掛けたやり方だ。
「ギルドに横槍を入れてきた、“塔”の動向も気になる。そいつらが、というなら……」
――確認せねばならない。
私は冒険者四人の脳裏に、魔術で恐怖を刻み込むと、他のパーティ同様に、森の外へと転移させる。
そうして、眉間に寄ったシワを指先で解す様に動かしてから、リルの待つ家へと転移した。