混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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入学に向けての一歩 その2

 侵入者を撃退した翌日のこと――。

 

 朝の訓練が終わった朝食の席で、目玉焼きにナイフを入れながら、私はリルに話し掛けた。

 

「リル、今日は街に行こうと思うんだけど……」

 

「――いくっ!」

 

 言葉を全て聞くより前に、リルは身体を乗り出して言った。

 ガチャン、と食器同士がぶつかる音がする。

 

 手に持ったパンを投げ捨てそうな勢いに、私は苦笑を隠せない。

 

 落ち来なさい、と手を上下に動かし、元の体勢に戻るのを待って、再び口を開いた。

 

「がっこうは? がっこうは、どうするの?」

 

「そうだね……、そっちの方も見てみようか。今日からいきなり通える事はないと思うけど、入学の意思があることや、その手続方法なんか教えて貰わないと……」

 

 街には学校があり、子どもに読み書きを教えている事くらいは知っているが、それ以上の詳しい事は知らない。

 

 入学金や授業料がどの程度か、凡そのアタリを付けてこそいるが、詳しい値段なども知らなかった。

 

 何より、教育方針なども調べておかねばなるまい。

 教育は時に、(てい)の良い奴隷を作る事にも利用される。

 

 為政者にとって都合の良い、為政者にとって利のある思想を受け付けたりするのだ。

 

 王都にある学習院などはその典型で、貴族を主に生徒として募っているが、貴族とはどうあるべきか、民をどう見て扱うべきかを教えている。

 

 それはそれで、将来の統治者として必要な知識だと分かるが、それが上流階級と下層階級との分断を生み出す源泉ともなっていた。

 

 貴族は平民を、同じ人間とは扱わない。

 それは為政者として、民を支配するに都合が良いから、そうしている訳だが……。

 

「まぁ、街で教えているのは同じ下層階級だろうし、そこまで考える必要はないか……」

 

「ん? なぁに、お母さん?」

 

「いや、学校のお勉強は、どういうものかと思っていただけさ」

 

「おべんきょ……、んぅ……」

 

 リルは不安そうだが、学校の勉強について行けない、という事はない筈だ。

 そもそも学生人数も少ないと思うし、学年別制度すら、ない可能性があった。

 

「今日、水薬を卸しに行くから、その時に少し訊いてみようと思う。それで見学できるようなら、学校の方を少し見てみて……。その後、冒険者ギルドにも寄るつもりだから、そのつもりでいなさい」

 

「なにしにいくの?」

 

「色々だよ。訊いてみたいことが、沢山あるんだ」

 

 そう言って、パンの最後の一切れを口に運び、咀嚼しながら笑った。

 横からシルケがお茶を注いでくれ、視線で感謝を示し、口の中に残った後味を流す。

 

 リルにもお茶が注がれ、元気いっぱいにお礼を言うと、シルケも笑顔で去って行く。

 

 私は食べ終わったのでゆっくりと過ごす横で、後はリルを待つのみと知り、リルはペースを早めて残りを口に詰めていった。

 

 

  ※※※

 

 

 そうして朝食後、リルを商家の娘として見劣りしない格好に着飾り、私もいつも通り商人スタイルになると、街へ向かった。

 

 向かう先は第一にベントリーの所で、アポ無しで突撃するのもいつもの事だ。

 

 毎回、都合よく時間が空いている訳ではないので、今日はしばらく待たされた後、狸腹を揺らして顔を見せた。

 

「いやいや、お待たせしましたな。いつもより随分、早いお越しでしたので、油断しましたよ。大抵、ひと月は間を置く貴女にしては、随分と珍しい」

 

「お金が入り用でね。そんな訳だから、忙しなく商品を準備する必要に迫られた、という訳さ」

 

 私が肩を竦めてそう言うと、ベントリーは興味深そうに笑った。

 

「おや、それは来店以上に珍しい事ですな。入り用とは、どれ程になりますので……? 今回は少し、色を付けてお取り引き致しましょうか?」

 

「有り難いが……、良いのか?」

 

「貴女様は、普段から欲がなさ過ぎますからな。相場より低い価格で戴いておりますし、こういう時に恩を返しておきませんと」

 

「ありがたい。……では、今回卸したい水薬が、これだ」

 

 そう言って、テーブルの上に並べていく。

 鞄から取り出される水薬の数は、通常時の十倍近い数だった。

 

 流石にこれは予想していなかったらしく、ベントリーも目を丸くして、テーブルに並べられていく瓶を見ていた。

 

「これはまた……」

 

 ベントリーはその内一つを手に取って、外からつぶさに調べた後、栓を取って臭いを嗅いだり……と品質を確かめる。

 

 そうして、実に満足した顔をし、にんまりと笑った。

 近くの紙に羽ペンを走らせ、一個あたりの値段と合計金額を記した後、こちらに手渡す。

 

「こういった値段で如何でしょう?」

 

「うん、十分だ。助かるよ」

 

「滅相もない!」

 

 ベントリーは大袈裟に否定して、腹を揺らして笑う。

 

「助かったのは、むしろこちらの方で! 今、水薬の需要は非常に高まっておりまして、質の良い水薬は、どれ程あっても足りるという事がありません」

 

「……そうなのか?」

 

「えぇ、えぇ! こちらとしても、今回これだけの量を買い取れたのは、望外の喜びでして……。まだまだ、欲しいくらいですよ」

 

「ふぅん……?」

 

 水薬を作るのは、それなりに骨だ。

 

 慣れた作業とはいえ、採取した素材を乾燥させたり、あるいは煮出したり、乳鉢で叩いて混ぜ合わせたりと……完成させるには手間が掛かる。

 

 だからこそ、その手間と技術を勘案して、高値が付く訳なのだが、需要が拡大しているというなら、別の手段でも良いかもしれない。

 

「もしかして、素材の方も求められていたりするのか?」

 

「えぇ、それは勿論でございます。この街の錬金術士に取っても、今は稼ぎ時ですから……。欲する者は多いでしょうな」

 

「そうか、それじゃあ……次は素材の方も、用立てて来るとするか」

 

「えぇ、えぇ……! そちらの方も、適正価格で買い取らせていただきますよ」

 

 ベントリーは相好を更に崩して揉み手をし、歓迎を隠そうともしない。

 

 利に聡く、その追求を已まない男だが、だからこそ、利をチラつかせておけば良い働きをする。

 

 いま言った様に、素材を持ち込むだけでも、それなりの額で引き取ってくれるだろう。

 

 それならば、わざわざ水薬を作らなくて済み、リルとの時間も減らさずにいられるかもしれない。

 

 その時、隣でお行儀よく話を聞いていたリルが、元気よく手を挙げて言った。

 

「じゃあ、リルもいっぱい、てつだう!」

 

「おや、リル様が……? 危険な採取のお手伝いを?」

 

「うんっ! このまえ、いっぱいみつけた!」

 

 屈託なく笑うリルに、私も笑みを返して、その頭を撫でる。

 

「うん、リルは名人みたいに、沢山採ってたね。また機会があったら、リルにも手伝って貰おうかな」

 

「んへへ……!」

 

 リルは嬉しそうにはにかみ、尻尾をぶんぶんと振る。

 私は笑みを絶やさないまま、ベントリーを盗み見ていた。

 

 利に聡い男だけあって、色々な事に目端が利く。

 

 今の発言から、私が何処から仕入れているだけでなく、実際に採取していると知られてしまった。

 

 きっと、そこから色々と思考を巡らせている事だろう。

 

 実は私が錬金している、と予想ぐらいはしていたろうから、そこにまた一つ答えに導く材料を与えてしまった事になる。

 

 とはいえ、確信しようと、最後までしらを切り続ければ良いだけだ。

 だが、互いに知らない、という(てい)で、何かを頼んでくる可能性はある。

 

 とりあえず、この場は誤魔化そうと、リルから手を離して、ベントリーに別の話題を投げた。

 

「そういえば、需要が拡大してる、という話だったが……。一体、どういう理由で? 近く、戦争でもあるのか?」

 

「……あぁ、いえいえ。そういう物騒なものではありません」

 

 ベントリーは没頭しかけた思考から戻り、私に手を振って否定した。

 

「貴女もご存知でしょう? 北のボーダナン大森林は、古くから攻略不可能、前人未到の禁足地です。素材の宝庫、魔獣の巣窟……。得られる利益は莫大なのに、誰も手を出せなかった」

 

「その難易度の高さ故に、だな」

 

「存在が確認されている剣虎狼(ウルガー)だけでも、他とは一線を画す強さと大きさですから、並大抵の冒険者では太刀打ち出来ず……。それに加え、森にはより恐ろしい何かもいる、と(まこと)しやかに囁かれています」

 

 ベントリーは身震いでもするかのように身体を揺らし、緊張した顔付きで話を続ける。

 

「やられた冒険者は精神を病み、話すら聞けないので、どういった魔物が棲むのかも分からず仕舞い……。だから、そうした理由もあって、禁足の地とされて来ました。ですが、どうやら冒険者ギルドが、いよいよ本腰を上げた様でして……」

 

「あぁ、なるほど……」

 

 そういう情報は既に入手している。

 ここ最近、やけに冒険者が森に入る様になったのも、“塔”の差し金だと判明した所だ。

 

「……しかし、そんなに多いのか?」

 

「多うございますな。私の知る限り、あそこまでギルドが賑わったのは、初めての事ではないでしょうか。既に幾つかのパーティが森に入っていますし、……そして案の定、命からがら逃げて来る者が、多数出ているようです」

 

 それで怪我を引き摺って帰って来た冒険者が水薬を求め、他の冒険者はそれを見て、より慎重な準備として、水薬を求めるという訳だ。

 

 ――ちょっとした、マッチポンプだな。

 

 お金を欲する私が、冒険者の求める水薬を提供し、そしてその傷を作る原因となるのも、また私……という訳だ。

 

 とんだ喜劇だ、と薄く笑っていると、リルがこちらを見上げて言う。

 

「お母さん、うれしそう」

 

「うん? ……そうか? 稼ぎ時だと分かったから、かな?」

 

「然様です、まっこと然様ですな。紫銀の方が卸して下さる水薬は、他とは効果が雲泥の差ですから、危険な地帯へ赴くほど、多く求められる事でしょう。(わたくし)と致しましても、是非勉強させて貰いますよ」

 

「うん……、稼げる時に、稼ぐのが商人だ」

 

 とはいえ、森への侵入者はどうせいつものように、一過性のものだ。

 無理だと分かれば帰っていく。

 

 今までは、昏倒させた相手に恐怖を植え付け、二度と近寄らないようにしていたが、少し路線を変更してみるのも良いかもしれない。

 

 私も皮算用を心に描き、口の端を大きく曲げた。

 

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