混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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入学に向けての一歩 その3

「大変失礼ながら、全くの好奇心で、私にも聞かせていただきたいのですが……」

 

 ベントリーはそう言って、私の顔色を窺いながら訊いてきた。

 

「大金を欲する理由は何なのでしょう? 何か大きな商いをするとか? その為の元金を揃えている最中なのですかな?」

 

「あぁ……」

 

 ベントリーが気になるのは無理もない。

 

 私は商人としては小規模ながら、誰の手からも漏れた、大きな伝手を持っている――と、彼は思っている。

 

 西側諸国とも繋がりがあり、それを活かして何か大きな取引を行うと見て、自分も一枚噛ませて貰おう、と考えた訳だ。

 

 だが、残念ながら、彼の期待には応えられそうもない。

 私の望みは昔と変わらず、ささやかなモノなのだ。

 

「いや、そうことじゃないんだ。リルを学校に通わせようと考えていてね、その費用に充てたいと思っているんだ」

 

「ほぉ……、然様ですか」

 

 ベントリーは虚を突かれた顔をしたものの、リルに目を移してニッコリと笑う。

 

「リル様ほどの器量良し、賢いお子様ならば、学校に通わせたいと思うのは当然でしょうな」

 

「リル、ほめられた?」

 

「うん、そうだよ。偉い子だってさ」

 

 私がリルの頭を撫でると、そのまま腰に抱き着いて来て顔を埋める。

 どうも他人に褒められるのに慣れず、恥ずかしがっているようだ。

 

 ベントリーもその姿を認めて、相好を崩しながら、話を続ける。

 

「この様な場におられて、お行儀よく座ってらしただけでも、大変我慢強くて立派でいらっしゃる。私にも子がおりますが、リル様ぐらいのお歳頃の時、黙っているだけの事が……まぁ出来ないものでした。我慢嫌いの子でして……、いやはや、お恥ずかしい」

 

 それを聞いたリルは、更に恥ずかしがって抱き着く力を強めた。

 

 私はその背中を優しく撫でながら、話半分にベントリーの自虐めいた話を聞く。

 

 商人はこういった場合、相手を立てて、自分を下げるものだ。

 

 それに、小さな子どもに自制心がないのは当然で、今のリルの態度だって、本来は褒められたものではない。

 

 第一、子どもの時は我儘でも、成長と共に変わる事もある。

 昔はやんちゃだった、と笑い話で済ませられるくらい、今が素晴らしければそれで良い。

 

「そういえば……、ベントリーの子には会った事がないな。いつもは何処に?」

 

「えぇ、王都の寮に住んでおりますよ。……いやはや、親馬鹿などと言わないで下さい。可愛い我が子には、やはり良い教育を、と思ってしまうものです。貴女様も、そうなのでしょう?」

 

「王都の……。つまり、学校の寮に?」

 

「えぇ、その通りですが……。王都の魔法学習院です。リル様も、そちらにご入学の予定なのでしょう?」

 

 ベントリーは断定にも近い口調で、不思議そうにそう言った。

 

 魔法学習、と名付けられている学校ではあるものの、魔法の教育だけをしている訳ではない。

 

 貴族の教育を受け持つ、王国で最も格式高く、また教育水準の高い学校なので、一種の登竜門とされる学校だ。

 

 通うのは貴族の子女ばかりではなく、豊かな財源を持つ商家の子と、市井から飛び抜けて優秀な者などが入学する。

 

 全寮制でもあるから、当然入学費用もそれなりに高い。

 

 読み書きだけでなく、国の歴史や周辺国の事情や、格闘術や剣術などの武学、そして魔法の習熟に関しても、高いレベルで学べるらしい。

 

 最大で八年間学べ、更に希望すれば高等学習院へ進む事も出来る。

 こちらは将来学者を希望する者向けで、そうした専門性の強い門戸となっていた。

 

 大抵の貴族は、高等学習までは進まない。

 

 大抵は卒業後、家業について学ぶ為、実家にて実地で教わったり、あるいは騎士団に入ったりする。

 

 女子は婚約が成立している場合が多いので、それまでは実家で淑女教育だ。

 

 大体十五歳で卒業し、婚約が整っていれば、三年ないし五年以内に結婚、というのが大筋の流れだろう。

 

 だが、当然ながら、リルをそうした学校に入れるつもりは毛頭なかった。

 私は小さく首を横に振りながら、リルに目を向けたまま応える。

 

「いや、リルはこの街の学校に入れるつもりだ。勉学を受けさせたい、というよりは、情操教育が目的かな……」

 

「は……。いや、しかし……、そうなのですか?」

 

「何をそんなに驚く?」

 

 私からすれば、貴族でもない子が、王都の学習院に行く方が分からない。

 

 商人からすれば、コネ作りの一環として、同年代の貴族と顔繋ぎをしておく事は有益だろう。

 

 だが、そうですらない子が入学するのは、針の筵になるだけだ。

 特に優秀というだけで、市井から入る子どもは、全く馴染めず排斥すらされるはずだ。

 

 貴族は貴族、商人は商人、そして、その貴族の中でさえ別の派閥で群れを作る。

 仲良しグループなどという、生易しい世界ではない。

 

 そこには徹底した、階級別の格差と差別の現実が待っている。

 そんな所に、可愛いリルを通わせたくなかった。

 

「リルには、伸び伸びと育って貰いたい」

 

「なるほど……。しかし、それならば……何故、このような大金を?」

 

「言ったろう? 学校に通わせてやりたいからだ」

 

「えぇ、ですから……この街の学校ならば、水薬三本分程度で十分、賄えますよ。私も正確な値までは自信ありませんが、それでも五本分にはなりません。それについては自信があります」

 

 そうだったのか、という言葉を既で飲み込む。

 ならば、ベントリーの不可解な態度に納得だ。

 

 多額の入学費用を用意していたら、当然それなりの学校の入学と思う訳で……ならば王都の学習院しかない、と考えてしまう。

 

「まぁ……、ちょっとした勘違いがあったみたいだ。そうか……、それなら別に、金策に勤しむ必要なんてなかったな」

 

「いやいや、都合が無くなったとはいえ、普段からある程度、蓄財しておくのは悪い事ではございますまい。過剰に溜め込むのも問題ですが、無いなら無いで、やはり問題です」

 

 基本的に、一年や二年、無収入で生活出来る程度に、余裕ある資金は持つようにしている。

 

 今回は、それを切り崩せば良いという話ではあったものの、やはり最低基準をそれ、と決めている以上、更なる収入が欲しい所だった。

 

「ベントリー、お前の考えている事は分かるぞ。せっかく水薬関係の収入が見込めそうだったのに、それを台無しにされたくないんだろう」

 

「はっはっは、参りましたな。いや、ですが需要の見込みがある、今を逃すのは商人としては有り得ない話ですよ。雨が降ると分かっていて、洗濯物を取り込まない者がいますか?」

 

「分かる話だけどな……」

 

「それにどうせ、すぐにその需要も終わります。その短い需要期間を売り抜けなければ……!」

 

 意気込むベントリーに、私は薄く笑みを浮かべて問う。

 

「どうして短い需要だと分かる?」

 

「なに、いつものことですよ。ボーダナンを攻略出来た冒険者が、これまで一人だっておりましたか? ……えぇ、そりゃあ薬草の一つや二つ、持ち帰った者ならおりました。ですが、それは外の切れ目が見る範囲の、ごく浅い部分に居たからです。森の生態や植生、詳しい魔獣分布や、亜人の有無、何一つ情報を持ち帰れた試しがない」

 

「そうだな」

 

 私は笑みを深くして頷いた。

 

「だからどうせ、今回も似た事になるでしょう。……いや、失言でしたな。今回の動員は過去最多、是非、森の秘密を丸裸にして貰いたいものです」

 

 口ではそう言いつつ、全く信用していない口振りだった。

 森の奥を見た、と吹聴するのは、ホラ吹きの代名詞みたいなものだ。

 

 それぐらい長きに渡って、秘境として、また禁足地としてあった森だ。

 

 今回こそは、と意気込み、そしてやはり失敗に終わる……という事態を、ベントリーも長く見てきた。

 

 だから精々、夢見る冒険者の後押しという大義名分で稼がせて貰おう、という腹積もりだろう。

 

「私も全く同感だ。彼らには精々、頑張って貰い……私達は上手に稼がせて貰おうじゃないか」

 

「えぇ、えぇ……! それが商人というものですな。水薬の方、期待しておりますよ」

 

「うん、また近い内に持って来られるよう、努めよう」

 

「ありがたい話です」

 

 そう言って、ベントリーは腹を揺らして笑った。

 取引も終了し、思わぬ所から入学費用も判明した。

 

 これ以上は互いに時間が勿体ない、という事で、次の取引日時を取り決めてから辞去する事になった。

 

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