混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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入学に向けての一歩 その6

「お待たせ、リル」

 

 学舎の傍で遊んでいたリルと子ども達は、私の声で一斉に振り返った。

 リルは他の子と繋いでいた手を離すなり、弾かれる様に飛び込んで来る。

 

 私はそれを受け止めて、くるりと横に回転しつつ慣性を受け流すと、そのまま地面に着地させた。

 

「お母さん、おなかすいた!」

 

「そうだね、あれだけじゃ足りないだろう」

 

 今の時間は正午過ぎ、太陽は中天に差し掛かり、市場も賑わいを見せている頃合いだ。

 

 この時間は食堂も混むので、席にも座れないし長く待たされるだろう。

 多くの屋台を出している、市場の方で済ます方が良いかもしれない。

 

「それじゃあ、何か良い物がないか、ちょっと探してみようか」

 

「うんっ!」

 

 リルが私の腰に抱き着いて、笑顔満面に言った。

 そうして、子ども達三人の方へ向き直る、

 

「リル、これからおひる、たべにいく!」

 

「おう! それじゃあ、昼くったら、またあそぼうぜ!」

 

「ねぇ〜? せっかくあえたのに、ものたりないよ!」

 

「うん……、もっと、あそびたい」

 

 三者から請われる様に言われ、リルは期待の眼差しを向けてきた。

 本日の予定としては、これから冒険者ギルドに行くことくらいだ。

 

 現状の様子や、森への意気込み、既に返り討ちされた影響、それらがどう反応しているか調べたかった。

 

 ラーシュと事務員のオンブレッタにも、聞き込みする必要があるだろう。

 それらが終わったら、夕方近くまでは時間が取れる。

 

 私はリルに微笑み掛け、小さく首肯する。

 すると、リルは華やぐような笑みを浮かべた。

 

「いいって! おひるたべたら、またあそぼっ!」

 

「よっしゃ! 何してあそぶ?」

 

「かくれんぼはダメよ。モンティったら、いつもズルするんだから」

 

「しねぇって! いつもはしてねぇ!」

 

「でも、このまえ……かってにかえった……」

 

 子ども達は口々に言い合い、笑い合うやら非難し合うやらで忙しい。

 私は子ども達に笑い掛けながら、手を左右に振った。

 

「お昼を取った後、こちらも少し用事があるから、それが終わった後でね。それほど長く掛からない予定だから、その後はうちのリルと仲良く遊んでくれると嬉しい」

 

『はぁ~い!』

 

 異口同音の返事があり、その後リルへ、口々に別れの言葉を言って去って行く。

 リルもまた、離れて行く背中に手を振って、それから顔を上げて言った。

 

「ねっ、お母さん! おひる! おひる、なにたべるの?」

 

「さぁて、何にしましょうかね」

 

 私はリルの手を引いて歩き始める。

 馬車通りに出て、そこに沿って進めば、市場まではすぐだ。

 

 基本的には肉がメインとなるのだろうが、他にも何か春野菜や果物が見つかれば、それも一緒に食べるのも良いだろう。

 

 私はリルに負担を掛けない範囲で、早足で市場へと向かった。

 

 

  ※※※

 

 

 お昼は小麦を水と卵で溶き、鉄板で薄く焼いた生地に、肉と野菜を巻いた物を食べた。

 

 お肉の種類や、野菜との組み合わせも豊富で、挽き肉にして炒めた物もあれば、角切りにした肉が入っている物もある。

 

 中でもリルは、チーズがトッピングされている物が気に入って、小さな身体で二つも食べていた。

 

「いっぱい食べたね、リル」

 

「うん、おいしかった!」

 

 口の端をソースでテカテカにさせて、リルは笑った。

 私もそれに笑い掛け、リルの前で膝をつくと、手にしたハンカチで汚れを拭う。

 

 そうして、されるがままにされていたリルだが、ある一点を見つめること暫し……、あっと声を上げて指差した。

 

 私がそこに視線を向けると、丁度ラーシュが串焼きを片手に道を横切る所だった。

 

 リルの声を聞き付けたからか、ラーシュもこちらに気付き、片手を挙げて近づいて来る。

 

「おぉ〜、久しぶりだなぁ。元気にしてたかい、リルちゃん」

 

「うん……。あの……、こんにちは」

 

「おう、こんにちは。それにしても、珍しい事もあるもんだ。こんな頻繁に、街に来るなんてな。……何か困りごとか?」

 

「そういうんじゃない」

 

 私は首を横に振って、ハンカチを懐へと仕舞う。

 そうして立ち上がると、リルの手を取って顎先で外を指した。

 

「丁度、良かった。ギルドの方に行こうと思ってたんだ」

 

「それこそ、本当に珍しい話じゃないか。何か依頼……って、訳でもなさそうだな」

 

「ま、歩く道々、話そうか」

 

「それは良いがよ……」

 

 私が一歩踏み出すのに、ラーシュは待ったを掛ける。

 それから、首を動かさずに辺りを窺う視線を向けた。

 

「物騒過ぎて敵わんぜ。何でこう、お前の周りに厄介なのが見張ってるんだ?」

 

 気付いたのか、という言葉は喉の奥に仕舞っておいた。

 ――そう、私は街に入った瞬間から見張られていた。

 

 しかし、それは物騒な物ではなく、むしろ私から危険を遠ざけようとして、影で動く者がいるからだ。

 

 エルトークス商会の者だとは、すぐに分かった。

 殴り込み掛けられたのが、相当トラウマになったらしい、

 

 何か問題が起こる前に、自分達で処理してしまてしまおうと、見張っているに違いなかった。

 

 そしてこれは、冒険者ギルドも無関係とは言えない。

 私はげんなりと息を吐いたラーシュに、咎めるような視線を向けた。

 

「お前のトコの監査員、名前は何と言ったか……とにかくソイツが、私にちょっかい掛けようとしてるから、それもあってちょっと大袈裟になっているのさ」

 

「あぁ……、すまねぇな」

 

 ラーシュは苦虫を噛み潰した様に顰めて、詫びにもならない軽い仕草で頭を下げた。

 

「名前すら名乗らせて貰えなかった、と憤ってたぜ、ソイツ。……んで、ジェイルってんだ、その監査員は」

 

「まぁ、どうでも良いな。それで? お前に対する嫌疑は晴れたのか?」

 

「……いや、保留だ。つまり、有力な証人から、その証言が取れてないんだから……。調査が終わるまで、報告も出来ないって理屈でな」

 

 言われてみれば、その通りかもしれない。

 とはいえ、いつまでも報告を伸ばせるものではないだろう。

 

 私を諦めるか、必要十分な根拠なしと見送られるか、そうした落とし所を探す必要がありそうだ。

 

「まぁ、俺のことは別に良いんだよ。それに見合う働きをしてたか、と言われたら……なぁ? そりゃあ、仕方ねぇって話になるし」

 

「そうだな」

 

 他人の功績を掠め取る、というのと少し違うが、やはり自身の実力で勝ち取った功績ではない。

 

 咎めがないだけマシ、と思うくらいで丁度良いだろう。

 

「でもよ、何かおかしいんだよ。なんつーか、上手く言えないんだけど……」

 

「何だ、はっきりしないな……」

 

「俺についての監査だろう? ……で、それに関わっていそうな相手……つまり、お前を調べる。それはまぁ、分からんでもないさ」

 

「だが、目的がズレている、と?」

 

「そうじゃねぇかっていう、俺の印象だ。だってよ……」

 

 ラーシュはまたも周囲に注意を向け、外からでは分からない様に視線を動かす。

 

「関心の向け方が、お前の方に思えるんだよ。俺を調べるって言うより、それを口実にお前を調べてる、って言うか……」

 

「なるほど……、監査は口実作り? あくまで、本命は私だと?」

 

「いや、口実って程じゃねぇと思う。実際に仕事をしてるのは間違いない。でも、熱意の向けようが、ちょっと違うんじゃねぇかと……」

 

 内部監査員は、ギルドの中でも中枢に近い役職だ。

 つまり本部側の人間で、その本部とは“塔”に寄って設立させら機関なのだ。

 

 そこから出向して来た人間が、“塔”と無関係と言えるだろうか。

 ボーダナンに多く冒険者がやって来る様になったのも、“塔”の意向だ。

 

 そして“塔”は、いつだって魔女を捜すものでもあった、

 それらしき者を発見したら、つぶさに調べずにはいられないだろう。

 

 前回、接触して来た時だって、そもそもラーシュの監査ではなく、ある種の証拠探しだったと考えれば、今も接触を図ろうとしている事にも説明が付く。

 

「中々、面倒な話になって来たな……」

 

「まぁ、お前はギルド関係者じゃないし、強制的な調査は無理だ。それでも話を訊きたいとなれば、領主から派遣された憲兵との立会の元、調査するって手段しかない。だが、それも……」

 

 私は嘆息しつつ頷く。

 これはベントリーにも話が通っていて、領主からの了承が取れない様に、既に手配済みだ。

 

 正攻法が取れない以上、偶然の世間話などの手段しか、接触方法がないのだが……。

 

 それはエルトークスが見張っていて、不慮の接触を未然に防ごうとする。

 

 これからギルドに行けば、エルトークスの干渉は出来なくなるとはいえ、応じる義務はないと言えば、それで話は終わりだ。

 

 何より、エルトークスの代わりに、ラーシュとオンブレッタが代わりに守るか、話を逸らすなりしてくれるだろう。

 

 だから監査員が出来ることは、精々、嫌味を言われるくらいだ。

 だが、ギルド内部の様子は、この目で実際に見ておきたい。

 

 私はリルの手を取り道を歩きながら、ラーシュの目から見た様子を尋ねてみた。

 

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