「お待たせ、リル」
学舎の傍で遊んでいたリルと子ども達は、私の声で一斉に振り返った。
リルは他の子と繋いでいた手を離すなり、弾かれる様に飛び込んで来る。
私はそれを受け止めて、くるりと横に回転しつつ慣性を受け流すと、そのまま地面に着地させた。
「お母さん、おなかすいた!」
「そうだね、あれだけじゃ足りないだろう」
今の時間は正午過ぎ、太陽は中天に差し掛かり、市場も賑わいを見せている頃合いだ。
この時間は食堂も混むので、席にも座れないし長く待たされるだろう。
多くの屋台を出している、市場の方で済ます方が良いかもしれない。
「それじゃあ、何か良い物がないか、ちょっと探してみようか」
「うんっ!」
リルが私の腰に抱き着いて、笑顔満面に言った。
そうして、子ども達三人の方へ向き直る、
「リル、これからおひる、たべにいく!」
「おう! それじゃあ、昼くったら、またあそぼうぜ!」
「ねぇ〜? せっかくあえたのに、ものたりないよ!」
「うん……、もっと、あそびたい」
三者から請われる様に言われ、リルは期待の眼差しを向けてきた。
本日の予定としては、これから冒険者ギルドに行くことくらいだ。
現状の様子や、森への意気込み、既に返り討ちされた影響、それらがどう反応しているか調べたかった。
ラーシュと事務員のオンブレッタにも、聞き込みする必要があるだろう。
それらが終わったら、夕方近くまでは時間が取れる。
私はリルに微笑み掛け、小さく首肯する。
すると、リルは華やぐような笑みを浮かべた。
「いいって! おひるたべたら、またあそぼっ!」
「よっしゃ! 何してあそぶ?」
「かくれんぼはダメよ。モンティったら、いつもズルするんだから」
「しねぇって! いつもはしてねぇ!」
「でも、このまえ……かってにかえった……」
子ども達は口々に言い合い、笑い合うやら非難し合うやらで忙しい。
私は子ども達に笑い掛けながら、手を左右に振った。
「お昼を取った後、こちらも少し用事があるから、それが終わった後でね。それほど長く掛からない予定だから、その後はうちのリルと仲良く遊んでくれると嬉しい」
『はぁ~い!』
異口同音の返事があり、その後リルへ、口々に別れの言葉を言って去って行く。
リルもまた、離れて行く背中に手を振って、それから顔を上げて言った。
「ねっ、お母さん! おひる! おひる、なにたべるの?」
「さぁて、何にしましょうかね」
私はリルの手を引いて歩き始める。
馬車通りに出て、そこに沿って進めば、市場まではすぐだ。
基本的には肉がメインとなるのだろうが、他にも何か春野菜や果物が見つかれば、それも一緒に食べるのも良いだろう。
私はリルに負担を掛けない範囲で、早足で市場へと向かった。
※※※
お昼は小麦を水と卵で溶き、鉄板で薄く焼いた生地に、肉と野菜を巻いた物を食べた。
お肉の種類や、野菜との組み合わせも豊富で、挽き肉にして炒めた物もあれば、角切りにした肉が入っている物もある。
中でもリルは、チーズがトッピングされている物が気に入って、小さな身体で二つも食べていた。
「いっぱい食べたね、リル」
「うん、おいしかった!」
口の端をソースでテカテカにさせて、リルは笑った。
私もそれに笑い掛け、リルの前で膝をつくと、手にしたハンカチで汚れを拭う。
そうして、されるがままにされていたリルだが、ある一点を見つめること暫し……、あっと声を上げて指差した。
私がそこに視線を向けると、丁度ラーシュが串焼きを片手に道を横切る所だった。
リルの声を聞き付けたからか、ラーシュもこちらに気付き、片手を挙げて近づいて来る。
「おぉ〜、久しぶりだなぁ。元気にしてたかい、リルちゃん」
「うん……。あの……、こんにちは」
「おう、こんにちは。それにしても、珍しい事もあるもんだ。こんな頻繁に、街に来るなんてな。……何か困りごとか?」
「そういうんじゃない」
私は首を横に振って、ハンカチを懐へと仕舞う。
そうして立ち上がると、リルの手を取って顎先で外を指した。
「丁度、良かった。ギルドの方に行こうと思ってたんだ」
「それこそ、本当に珍しい話じゃないか。何か依頼……って、訳でもなさそうだな」
「ま、歩く道々、話そうか」
「それは良いがよ……」
私が一歩踏み出すのに、ラーシュは待ったを掛ける。
それから、首を動かさずに辺りを窺う視線を向けた。
「物騒過ぎて敵わんぜ。何でこう、お前の周りに厄介なのが見張ってるんだ?」
気付いたのか、という言葉は喉の奥に仕舞っておいた。
――そう、私は街に入った瞬間から見張られていた。
しかし、それは物騒な物ではなく、むしろ私から危険を遠ざけようとして、影で動く者がいるからだ。
エルトークス商会の者だとは、すぐに分かった。
殴り込み掛けられたのが、相当トラウマになったらしい、
何か問題が起こる前に、自分達で処理してしまてしまおうと、見張っているに違いなかった。
そしてこれは、冒険者ギルドも無関係とは言えない。
私はげんなりと息を吐いたラーシュに、咎めるような視線を向けた。
「お前のトコの監査員、名前は何と言ったか……とにかくソイツが、私にちょっかい掛けようとしてるから、それもあってちょっと大袈裟になっているのさ」
「あぁ……、すまねぇな」
ラーシュは苦虫を噛み潰した様に顰めて、詫びにもならない軽い仕草で頭を下げた。
「名前すら名乗らせて貰えなかった、と憤ってたぜ、ソイツ。……んで、ジェイルってんだ、その監査員は」
「まぁ、どうでも良いな。それで? お前に対する嫌疑は晴れたのか?」
「……いや、保留だ。つまり、有力な証人から、その証言が取れてないんだから……。調査が終わるまで、報告も出来ないって理屈でな」
言われてみれば、その通りかもしれない。
とはいえ、いつまでも報告を伸ばせるものではないだろう。
私を諦めるか、必要十分な根拠なしと見送られるか、そうした落とし所を探す必要がありそうだ。
「まぁ、俺のことは別に良いんだよ。それに見合う働きをしてたか、と言われたら……なぁ? そりゃあ、仕方ねぇって話になるし」
「そうだな」
他人の功績を掠め取る、というのと少し違うが、やはり自身の実力で勝ち取った功績ではない。
咎めがないだけマシ、と思うくらいで丁度良いだろう。
「でもよ、何かおかしいんだよ。なんつーか、上手く言えないんだけど……」
「何だ、はっきりしないな……」
「俺についての監査だろう? ……で、それに関わっていそうな相手……つまり、お前を調べる。それはまぁ、分からんでもないさ」
「だが、目的がズレている、と?」
「そうじゃねぇかっていう、俺の印象だ。だってよ……」
ラーシュはまたも周囲に注意を向け、外からでは分からない様に視線を動かす。
「関心の向け方が、お前の方に思えるんだよ。俺を調べるって言うより、それを口実にお前を調べてる、って言うか……」
「なるほど……、監査は口実作り? あくまで、本命は私だと?」
「いや、口実って程じゃねぇと思う。実際に仕事をしてるのは間違いない。でも、熱意の向けようが、ちょっと違うんじゃねぇかと……」
内部監査員は、ギルドの中でも中枢に近い役職だ。
つまり本部側の人間で、その本部とは“塔”に寄って設立させら機関なのだ。
そこから出向して来た人間が、“塔”と無関係と言えるだろうか。
ボーダナンに多く冒険者がやって来る様になったのも、“塔”の意向だ。
そして“塔”は、いつだって魔女を捜すものでもあった、
それらしき者を発見したら、つぶさに調べずにはいられないだろう。
前回、接触して来た時だって、そもそもラーシュの監査ではなく、ある種の証拠探しだったと考えれば、今も接触を図ろうとしている事にも説明が付く。
「中々、面倒な話になって来たな……」
「まぁ、お前はギルド関係者じゃないし、強制的な調査は無理だ。それでも話を訊きたいとなれば、領主から派遣された憲兵との立会の元、調査するって手段しかない。だが、それも……」
私は嘆息しつつ頷く。
これはベントリーにも話が通っていて、領主からの了承が取れない様に、既に手配済みだ。
正攻法が取れない以上、偶然の世間話などの手段しか、接触方法がないのだが……。
それはエルトークスが見張っていて、不慮の接触を未然に防ごうとする。
これからギルドに行けば、エルトークスの干渉は出来なくなるとはいえ、応じる義務はないと言えば、それで話は終わりだ。
何より、エルトークスの代わりに、ラーシュとオンブレッタが代わりに守るか、話を逸らすなりしてくれるだろう。
だから監査員が出来ることは、精々、嫌味を言われるくらいだ。
だが、ギルド内部の様子は、この目で実際に見ておきたい。
私はリルの手を取り道を歩きながら、ラーシュの目から見た様子を尋ねてみた。