「まぁ、監査員のジェイルがお前の事を訊いて来たら、その時は上手くはぐらかせてやるから安心しろ。それで昇給が叶うかどうかは、まぁ……分からないけど」
「別に良いさ。惜しいとは思うが、お前にゃ恩もあるし……。それに、お前に背く真似をする方が怖いって思うしな。オンブレッタにも、まぁ……強く言い含められたぜ」
「レッタおねえちゃん!」
見知った名前が出てきて、リルは会話に混ざって来た。
リルを挟んで隣り合い、ラーシュとは一緒に歩いているから、会話は頭上を越えて行き来する。
だから思わず、と言ったところだろう。
ラーシュは笑って、大いに頷いた。
「おう、そのレッタ姉ちゃんだ。リルに会いたいって、よく言ってるんだぜ?」
「そうなの?」
「あいつは、見た目に寄らず、可愛い物に目がねぇからなぁ」
見た目に寄らずも何も、オンブレッタは非常に女性らしい外見だ。
おっとりとして優しげでもあり、ギルドの受付嬢の一人として、中々の人気を博していると聞く。
ただし、見た目に反した怪力の持ち主でもあり、彼女を知る程に幻想を砕かれる冒険者が後を絶たない、とも聞いていた。
それを揶揄しての一言だったのだろうが、リルはただ首を傾げるばかりだ。
子どもを前に言う事ではない、と今更ながらに気付いたラーシュは、後頭部を掻きながら誤魔化す。
「ま、まぁ、何だ……。とにかく、レッタはリルちゃんの事が大好きで、また会いたがってた、って事さ」
「うん、リルもまた、あいたい!」
屈託なく笑って、私がその笑みに癒やされている間に、ラーシュは私に向き直って言い募る。
「……とにかくだ、そういう訳だから、ギルド内では俺が盾になるぜ。なるべく近付けさせねぇ様にする。特に最近は、物騒な連中が増えたからな」
「あぁ、それだ」
私が指を一本向けた事で、ラーシュは意表を突かれ者、そのままの顔で見返す。
「……それ? それって、どれの事だ?」
「物騒な連中の事さ。最近、ギルドには多くの冒険者が流れて来た、と聞いた。どういう連中なんだ? 毎年、一組ぐらいは都落ちだっているものだが……」
分かっていつつも、白を切る形で尋ねる。
すると、ラーシュは苦虫を噛み潰す顔で応えた。
「あぁ、知ってたか。――そうなんだよ、今年は馬鹿に数が多いんだよな。都落ちも確かに、居ない訳じゃねぇんだけど……」
そう言って、次に声を潜めて続けた。
「“西”から来た連中が多いんだ。何を考えてんだか、王都みたいな華やかに稼げる場所じゃなく、こっちに流れて来たみたいでな……」
「……理由は?」
「どうもその辺、ハッキリしねぇんだよなぁ」
ラーシャは不機嫌そうに腕を組んで、鼻から盛大に息を吐いた。
「いや、表向きの理由は聞いてるよ? 自分の力を試す為とか、より楽に稼ぐ為とか、名誉の為とかな……」
「どれも胡散臭いって?」
「まぁ、そう感じて当然だろう。奴らの目的は、まぁ大体がボーダナンだぜ? 未知を切り拓き、既知に変えて行くこと、それが冒険者の役目ではあるがよ……」
お題目として、冒険者の役割は開拓精神にある、とされる。
人の危険になる魔物や魔獣、それらの分布を正しく把握し、また時として駆逐して安全を確保する。
森や高山に眠る、未だ知られていない薬草を持ち帰り、人の生活に寄与する。
そうしたお題目があって、冒険者は危険な地域へ歩むのだ。
しかし、今の時代において、そうした志で冒険者をやる人間は少ない。
危うきに近寄らず、身の丈に合った魔獣を仕留め、生きて行く糧を得る――。
冒険者とは名ばかりで、腕っ節しか自慢のない者が、金銭の為に働く。
それが昨今の在り方と言っても良かった。
そしてボーダナン大森林は、そうした危険の極地と言っても良いぐらいだ。
敢えて近付く者はおらず、居るとしたら、ボーダナンを知らない余所者と決まっている。
「一組か二組、そんなのがボーダナンに赴くのは、前からある話さ。むしろ、そうした開拓魂は好ましいし、それでギルドが潤えば……って思ってもいたさ」
「言ってたな。去年の秋頃、一組のSランクが返り討ちになって、王都にとんぼ返りしたとか……」
「そう、それ! だから俺は愚痴ったモンだよ。少しでも居着いてくれたら、もっと冒険者が集まって、ボーダナンに挑む者が増えるかもってよ」
「言ったな」
酒が入っていたら、その場で酔い潰れていたかもしれない、と思うやさぐれっぷりだった。
そして今、彼が望む通り、方々から冒険者がやって来た。
だというのに、ラーシュにはそれが不満らしい。
「だが、おかしいぜ。明らかに、何か作為的なモンを感じる。あそこは確かに、宝の山だよ? 薬草一つとっても、他とは類を見ない高品質さ。そこから持ち帰れたら、一山幾らで取引されるだろうって、浮足立つ話もあった」
そこまで言って、ラーシュは眉根を潜めて、乱暴に頭を掻く。
「だからって、どうしていきなり、あんな大量に冒険者が舞い込むことになるんだ? それも決まって“西”からで、海を隔てた向こうからだ。おかしいじゃねぇかよ」
「そうだな、おかしい」
そう返事をしつつ、その異変を感じ取ったラーシュに、少し感嘆めいたものを感じた。
この男ならば、冒険者の数が増えた、と呑気に喜ぶだけだと思っていた。
しかし、その違和感がどういう種類のものであれ、とにかく変だと感じる程度には、正常な感性を持ち合わせていたようだ。
「ボーダナンの何が魅力的に映ったんだ? それとも、他に何かあるのか?」
「さて……、どうなんだろうな?」
「お前って、西側と商売してんだろ? 何か聞いてたりしねぇのか?」
「何も知らないな。第一、西側が気になるなら、それこそ本部付けのジェイルにでも訊いてみたら良いじゃないか」
「訊いたよ、……訊いたさ。でもアイツは、なぁんにも話してくれやがらねぇ。お前に対して、俺が協力的でないのも原因だろうな。気に食わねぇぜ」
「全くだ……」
話がどうもキナ臭い方向へと動き、それを分からないまでも敏感に感じ取ったリルが、不安そうな声を上げた。
「お母さん……」
「大丈夫、リルは何の心配もしなくて良いんだよ」
「んぅ……」
不安に大きな理由は要らない。
ただ不安……それだけで、気分が落ち込むには十分なのだ。
その原因を作ったがの自分だと思ったのか、ラーシュも気分を変えるのに一役買おうと声を上げた。
「いやいや、それにしても、ほら……何だ。こうして三人で歩いているとよ、まるで家族みたいじゃないか?」
「……馬鹿を言うな」
余りにも冷たい声が、口から漏れた。
恥ずかしがるとか、そういった勘違いをさせない、極寒の拒絶だ。
リルさえも嫌がって、ラーシュから距離を取って私にくっつく。
それを見たラーシュは、子どもの様に泣き叫んだ。
「そこまで拒絶しなくても良いだろ!? 俺だってなぁ、俺だって……!」
「いや、お前の主張は聞きたくない。どうせろくでもないと分かるから。……さ、リル。急いでギルド行って、用事済ませてお友達と遊ぼうな?」
「あ、そうだった! うん、みんなと遊びたい!」
「そうだろう、そうだろう。……さ、ちょっと歩くの速くしようか」
「うんっ!」
「――おい、ちょっと待てって! ちょっとした冗談――でもなかったけど、でもそこまで露骨に拒否んなくても良いじゃないか!」
私にラーシュの声は届かない。
というより、無視する様に努め、足早にその場を去ろうとする。
背後からラーシュの泣き言が聞こえて来たが、ひたすら逃げる様に足を動かした。