リルの手を引いて冒険者ギルドに入ると、中は大変な賑わいを見せていた。
ギルドのホールはいつ行っても、大抵二組、三組くらいしかパーティがおらず、十名を越えている場面など見たことがなかった。
だというのに、今は軽く十組を超えるパーティが溢れていて、大変賑やかな光景を見せていた。
「これは、また……」
「いっぱい、いるねぇ〜!」
リルは冒険者を好奇の眼差しで見ている。
一度は雪山で戦う事になった冒険者だが、リルにとっては敬遠するものではならしい。
それどころか好ましくさえ思っていて、綺羅びやかに見える剣や弓などの武器、全身を覆う歴戦を思わせる鎧などを、熱心に見つめていた。
私はふと疑問に思って、リルに尋ねてみる。
「リルはあぁいうの、怖くないのか? 前にもほら……、雪山で襲って来ただろう?」
「んぅ……、そうだっけ? お母さんに、たたかれてるトコしかみてない」
私は思わず笑って、リルの頭を撫でた。
どうやらリルにとっては、森の獣と同レベルに思われているらしい。
危険や恐ろしいというよりも、私から一方的に痛めつけられる相手、と認識してしまっている。
だからこその暢気な態度なのだろうが、これはこれで危うい気がした。
冒険者には粗暴な奴らが、実に多いのだ。
「リル、だとしても、きちんと気を付けてなければならないよ。冒険者は腕っ節が自慢だが、それだけが自慢の乱暴者も多い。犯罪をしてないだけの山賊、程度に思っておくと良い」
「――いやいや、それは流石に言い過ぎじゃないか」
ラーシュが苦い顔をして苦言を呈する。
しかし、私はこの考えを曲げる気はなかった。
「良識を持ち、懸命な振る舞いが出来る一般人でさえ、一握りの世の中だ。それなのに、実力至上主義の奴らが、どうして良識で接してくれると思うんだ?」
「いや、まぁ……とはいえ、そうならないよう、ギルドは頑張っている訳で……」
ラーシュの言い分もまた、理解できる。
暴力で以って解決する彼らだから、仕事以外でも力で解決しようとする者らを、規律で制御しようと涙ぐましい努力をしているのだ。
実際、彼らが一線を越えずに生活しているのは、ギルドが抑止力となっているからだ。
除名されるのが嫌だから、規律に従っている。
もしもギルドがなかったら、とうの昔にならず者で溢れ返っていただろう。
それを考えれば、確かにギルドの存在価値は大きかった。
「まぁ、私から言わせれば、国政で解決すべき事を、民間に任せたツケだとしか思えないが……」
「まぁ、初めから国が兵士を用いて魔獣を討伐してれば、問題の半分は解決する訳だからな。治安の維持すら満足に出来てねぇのに、そっちに戦力割いたら、それこそ民衆からの不満は爆発しそうだ」
「予算には限りがあるものな。貴族や領主の全てが贅沢しているとは思ってないが、全てを問題なく解決できるほど、資金が潤沢な国など存在しない」
だから結局、足りない所を別の手で抑えて貰うしかないのだろう。
ギルドの存在は、そうした諸問題の解決に一役買ったのは間違いないが、そのギルドこそ西側の情報拠点となっているのを知っているのだろうか。
緩やかに侵攻されている、と言い換えても良い。
ギルド員が東側の人間で占められているから、簡単に蜂起できるものでもないが、密かに少しずつ人員を入れ替えるなどすれば、どうなるか分からない。
今回の内部監査で頭を挿げ替え、西側からの冒険者を流入させれば、案外コロッと転がってしまうのではないか、と危惧している。
今回の動きはまた別件だろうが、その下地が既に出来上がっている、と見るには十分だった。
その証拠に――。
冒険者の締め出しみたいなものが、眼の前で起こっている。
「だぁから! 依頼は先着順……だけど、実力順でもあるだろうが! 背伸びしてないで、自分が受けられる依頼だけ受ければ良いんだよ!」
「そんな馬鹿な! こっちはこれまで、同じ様な依頼を幾つも解決して来たんだ! 背伸びどころか、適正だ! とやかく言われる筋合いはない!」
そこでは、二つのパーティが言い争いをしていた。
先に声を荒らげていたのが西側から来た冒険者で、後者が初めからこのギルドに居る者だろう。
装備の質から見ても西側の方が実力は上だと分かるし、それは私が感知する所からしても間違いない。
とはいえ、あまり上品な言い合いとも思えなかった。
私は傍らのラーシュへ、窺う様な視線を送る。
「何やら、あんなこと言ってるが、止めなくて良いのか?」
「明らかな不正ならともかく、この程度じゃ無理だな。当人同士で解決するのが基本だ」
「まぁ、一々ギルドが出張ってたら、それこそ仕事にならないか……」
ギルドは仕事の斡旋をしているだけで、雇用主という訳ではないので、その上下関係に関しても酷く曖昧だ。
ギルド内で犯罪者が出た場合、その取締りは厳格に行う一方、ある種の依頼に対しては恭しくお願いして引き受けてもらう。
どちらが正しいという話ではなく、持ちつ持たれつの関係というのも、一つの要因かもしれない。
だから基本的に、諍いが起ころうとも冒険者同士で解決する。
ギルドはそれで、暴力沙汰になった時のみ介入する。
そういうものだから、力持つ者が正義、という冒険者の風潮を後押しする結果にもなっていた。
私がつらつらと考えている間にも、冒険者同士の口論は続く。
「お前らの実力が上だって言うなら、それこそ自分に見合うランクの依頼を取れよ! わざわざ下の者から仕事を奪うな!」
「こんな所じゃ、ろくな依頼もないもんでね。依頼の数には限りがある。それなら、より達成率の高い奴が受けるべきじゃねぇか!? 依頼主からすれば、確実性の高い方に受けて欲しいだろうよ!」
「だからと言って――ッ! 元からボーダナン目的で来たんだろう? だったら最初から、あの森で採取するなりして稼げば良い! こんな横取りみたいな真似をして、自分が恥ずかしくないのか!」
「恥ずかしくないねぇ……! そっちの流儀なんぞ、知った事かよ! 強い者が総取りの世界だ、何の問題がある!?」
冒険者達の議論は白熱し、今にも殴り掛かりそうな雰囲気だ。
集団は完全に二分していて、左右に分かれ、先頭の者同士で睨み合っている。
右手側が西から来た冒険者達で、左手側が元々ここに在籍している冒険者だ。
私はもう一度、ラーシュへと横目を向けた。
「白熱して来てるぞ。いいのか、このままで?」
「まぁ、拙いよなぁ……。怪我の一つじゃ済まなそうだ。とはいえ、なぁ……」
「お前じゃ割り込んで行っても、止められそうにないか?」
痛い所を突かれてか、ラーシュの動きが止まった。
渋面を浮かべたまま、唸る様に声を漏らす。
その時、リルが私の手を揺すって、見上げて来た。
その顔には、明らかにつまらなそうな表情が浮かんでいる。
「ねぇ、お母さん。なにしにきたの?」
「おっと、そうだった」
私が知りたかったのは、どのくらい西側の冒険者が流入しているか、確認することだ。
そして、可能ならば詳細な人数と、その実力を把握することも目的に入っている。
また、重要な要素として、その中にエルフが紛れているかも知りたかったのだが、どうやらこの中には居ない様だ。
「なぁ、ラーシュ。西側から来た冒険者は、あれで全部か?」
「いや、もっと多いぜ。これの倍は居るんじゃねえかな。いま何処に居るかまでは、把握してねぇけど」
「そうなのか? それってギルドの長として、どうなんだ?」
「いや、どうだと言われても……。多分、この街の何処かに居るんじゃねぇかな。鍛冶屋にでも行って、武具の手入れを依頼したり、そうでなけりゃ、食ったり飲んだりしてるか……」
殆ど私用みたいなものだ。
ならば確かに、ラーシュが把握している事の範囲外だ。
「この街に高ランク依頼なんて、まず無いしな。Cランクが殆どで、そうでなくともBが精々……。西側から来た奴らは全員Aランク以上だから、そりゃあ適した仕事がないのも当然なんだが……」
「けど、森の探索だか、採取だかをするんだろう?」
「そっちは依頼がない、歩合みたいなモンだしな。各種素材を持ち帰れば、当然ギルドが買い取りするが、どこぞの本部みたいに、魔獣討伐依頼とかギルド側から出したりしてねぇし」
「狩れるパーティが居ないものな」
かつてはあったが、それも返り討ちに遭う回数が増すにつれ、自然と消えた。
森の入口には魔獣が棲まないし、滅多に遭遇しないので、薬草類を持ち帰るだけなら遭遇もしない。
結果として、森の神秘性を高めるだけになり、恐ろしい噂話だけが独り歩きする事になった。
「アイツらも、ちゃちな依頼を受けてないで、森に入って欲しいんだけどな……」
「だったら、そう発破かけてみるのは?」
「実入りがなければ、宿泊費やら何やら、出費だけ嵩む訳だからなぁ。他の依頼を受けるな、とは言えねぇよ。そこは自由競争の世界なんだから……」
それも確かに、間違いのない事実だった。
返り討ちに遭う可能性が高いとは、既に彼らも理解している筈だ。
万全を用意をしたいだろうし、ならば森とは無関係の依頼を受けて、資金を貯めようと考えるのは攻められなかった。
「とはいえ、あのやり方は確執を生むぞ。同じ冒険者でも、西側の奴らとぶつかるだけになりそうな……」
「それも問題なんだよな……、頭が痛ぇよ。高ランクが来て欲しいとは思ってたが、西側からとは想定してなかったし……。こうも問題ばかりが起こるとも、思ってなかったもんよ……」
ラーシュは大きな溜め息をついて、それから乱暴に頭を掻いた。
そしてまた、リルからせっつくような視線を受ける。
手を揺らして不満そうにしているのは、子ども達と遊びたいからでもあるだろう。
ある程度、冒険者の事情も分かった事だし、この辺でそろそろ帰ろうか……。
そう考えた時、側面から私達に向けて掛けてくる声があった。
嫌な予感を感じつつ、私は声の方向へ顔を向けた。