混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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騙し合いと追いかけっこ その1

「お久しぶりです、紫銀の(かた)。本日はどの様なご要件で?」

 

「あぁ、なんだそっちか……」

 

「あら、ご挨拶ですこと! 私、そんなに嫌われる様なこと、しましたっけ……?」

 

 冗談と分かる、憤慨した振りで、プリプリと怒る。

 私は苦笑して手を振り、ギルドの受付嬢兼事務員、オンブレッタに弁解した。

 

「いや、ちょっと違う人物を想定してものだから……。すまなかったな」

 

「いえいえ、とんでもない……! 謝らせてしまって、返って申し訳ありません」

 

 私に向かって丁寧に一礼した後、今度は中腰になってリルに手を振る。

 

「あ、リルちゃん、お久しぶり。相変わらず可愛いね、元気だった?」

 

「うんっ、げんき! でも、あっちのほう、ちょっとヤダ。こわい」

 

「だよねぇ〜?」

 

 そのままゆっくり手を伸ばし、リルの頭を優しく撫でてから離れた。

 そうして私に向き直ると、こちらからの返事を待つ。

 

 私は言葉を探す様に視線を動かし、それから首を横に振りながら返答した。

 

「別に用という程のものはないんだが……。ちょっと冒険者の話を小耳に挟んだものだから、どんなものかと見に来てみた。実際は……中々、面倒な話になってるみたいだな」

 

「そうなんですっ!」

 

 オンブレッタは私の言葉に意気込んで、掌をパチン、と胸の前で合わせる。

 

「最近は、どうにも対立が激しくって困ってるんです。冒険者がホームを移すのは珍しくありませんし、それがウチに来るのは、むしろ歓迎なくらいだったんですが……」

 

「あぁ、ラーシュにも聞いたばかりだよ。東と西の対立が、こうもあからさまに起こるのは……。いや、よく考えてみると、意外でも何でもなかったか」

 

 実力至上主義を標榜する彼らが、弱者を押し退けるのは自然な事だ。

 特に西側の充実した装備品は、東側よりワンランク上になる。

 

 そして実際は、そのランク以上に開きがあるので、だから強気に出るのだろう。

 同じギルドに所属しているとはいえ、冒険者は基本的に、互いが商売敵だ。

 

 自分のパーティのみならず、仲の良いパーティを贔屓にしたり、その逆をしようとするのは珍しくない。

 

 だが、元々いたパーティと、明らかな外様とで対立構造が出来上がっているのは、いかにも拙そうだった。

 

 まったく無関係な私でもそう思うのだから、ギルド関係者の二人からすれば尚更だろう。

 

「見てみるに……、あの先頭に立つ者同士が、それぞれの旗頭なのか? つまり、東と西の……」

 

「そうですね、そういう認識で良いと思います。西側の……っと、こういう区分けする言い方をするのも良くないと思うんですけど、とりあえず今は、分かり易い様にそう言います」

 

 オンブレッタは言い訳じみた前置きをしてから続ける。

 

「東側については、他に誰も言い返そうとしないから、仕方なく旗頭の役目を負っている感じです。というのも、西側は最近になって、ひどく横暴な方がその旗頭になってしまったので……」

 

「それはまた、どうして? それまでは理性的な奴が、その舵を取っていたのか?」

 

「そうですね、西側の彼――ショードン・アイゲルが台頭したのは、その上に居た実力者が軒並み消えたからです。それで繰り上げ的に、今は西側のリーダーに収まっている感じですね」

 

「……ふぅ~ん? じゃあ、ボーダナンには実力順に挑んで行った訳か……」

 

「あら、お耳が早い」

 

 オンブレッタは困った様に笑い、それから不承不承に頷いた。

 

「完全な実力順、という訳でもありませんでしたけど、こちらもそういう認識でいました。後の者が続き易い様に、という配慮だったみたいですね。とはいえ実際は、そうはならなかった訳ですが……」

 

「俺も少しは期待してたんだがなぁ……」

 

 ラーシュがそう言って片手で目を覆い、天井を仰いだ。

 

「せめて、それで安全圏を拡げられていたら、今頃すっげぇ変わってたと思うぜ? そこからじわじわと、森に道を敷く事だって出来たかもしれねぇ。だが結果は、再起不能にされた冒険者が、ただ量産されただけだった……」

 

「西側の実力者でも不可能なら、やっぱり禁足地にしておくしかないって、そういう考えが生まれつつあります」

 

 オンブレッタは、冒険者達の対立を疎ましそうに見つめながら、重い溜め息をついた。

 

「最初は、発破を掛ける感じだったんですよ、西側の彼らも。ちょっとイイトコ見せてやるか、って感じで……。でも、現実には仲良く返り討ちでしょう? 立つ瀬がないって言うんですかね。その反発もあるんじゃないか、と思ってます」

 

「中々、容赦のない感想だ」

 

 私が含み笑いに言うと、オンブレッタは恨みがましい視線を向ける。

 

「貴女は他人事だから笑ってられますけど、こっちはいつも、あのギスギスした空気を当てられてるんですよ? 少し前までは、管を巻きながら良い仕事ないかなぁ、とか呟く冒険者で溢れてたのに……」

 

「それもどうなんだ、って話だが……」

 

「でも、平和でした。これじゃあ、近い内に衝突があっても、不思議ではありません。今は互いに意見をぶつけあって、それがある種の発散になってますけど、暴発も時間の問題ですよ」

 

 まるで私を非難する様に言ってくる。

 

 実際、この事態を招いたのは私の様なものかもしれないが、完全なお門違いな上に、そもそも関係ない振りをしなければならない。

 

 私はいい加減、不機嫌になり始めたリルの手を握り直した。

 

「……さ、それじゃあ、暴発に巻き込まれる前に退散しようか」

 

「ホントっ!?」

 

 リルは嬉しそうに声を上げると、早速身体を出口へと向け始めた。

 しかし、それに焦ったのはギルド員の二人だ。

 

 特にラーシュは情けないまでに崩れた表情で、泣き落としに近い態度で止めてくる。

 

「そんな冷たいこと言わないでくれよ……! ここまで赤裸々に内情、晒したんだからさ……。ちょっとは協力的になってくれても……!」

 

「私は現在進行形で、お前の内部監査とやらに、付き合わされている最中なんだが?」

 

「いや、まぁ、そりゃあ……そうだけど」

 

「あの胡散臭い糸目を私に近付けないなら、協力してやっても良いぞ」

 

「う……それは……、無理だ」

 

 そうだろうな、と思う。

 そもそも、監査される側の人間が、監査する人間を遠ざけられる様にはなっていない。

 

 組織に属するとはそういう事で、お上の命令には逆らえないものだ。

 

 せめて無関係と証明できれば良いのだが、監査の人間も、調書の一つでも取らないと終われないだろう。

 

「なぁ……けど、そこをなんとか! 頼むよ!」

 

 遂にラーシュは、私を拝んで頭を下げた。

 そいう態度が、私とギルドを結び付けるのだと、どうして分からないのか。

 

 オンブレッタはそんなラーシュを苦い顔で見つめているというのに、本人だけ自覚ないのが、実に不思議だった。

 

「やっぱり、冒険者なんてのは、馬鹿でないとやれないものらしいな」

 

「ん? どういう意味だ? 協力してくれるって意味か?」

 

「だから馬鹿だって言われるんですよ、ギルド長……」

 

 オンブレッタが嘆息と共に、呟く様に言う。

 その時、白熱していた冒険者同士の争いが、遂に罵倒から小競り合いに発展し始めた。

 

 何かを殴り付ける音と、鎧同士がぶつかる金属音、そして盛大に転ぶ音を耳が拾う。

 

 何が起きたのかなど、考えるまでもない。

 ショードンが腕力に任せて、冒険者を殴り飛ばしたのだった。

 

「ちょっと温情かけて、話を聞いてやってりゃあ、調子に乗りやがって! オラ! 殴り返して来いよ! 弱いモンが(さえず)るな! お前がその依頼を受けていられたのはな、単に譲って貰えてただけだからだ! 実力順だ、こういうのは!」

 

 殴り付けられた冒険者は、口の端から血を流しているものの、大きな怪我をしている訳ではなさそうだった。

 

 しかし、周囲の味方も庇う様に立っているが、殴り返してやろうとはしていない。

 

 静観しているというより、返り討ちに遭うのを嫌がっているようにも見えた。

 私はその様子に親指を向けながら、ラーシュに問う。

 

「……あんなこと言ってるが、言わせたままで良いのか? 一応、暴力沙汰になってるが……」

 

「あの程度の殴り合い、日常会話の延長みたいなモンだよ。一々、ギルドはそんな事で取り締まったりしねぇよ」

 

「もっと刃傷沙汰にならないと無理か」

 

「そこまで大袈裟じゃなくてもいいが……。まぁ、何にしてもここで乱闘になれば、互いに良いことないって分かってるからなぁ。あいつらも良く耐えてるよ」

 

 果たして、本当にそうなのだろうか。

 私には、殴り返すのを我慢するというより、呆れて去るのを待っているように見える。

 

「……けれど、気に入らないな」

 

「おっ、やってくれるか……!」

 

 喜ぶラーシュに、私は胡乱げな視線を向け、吐き捨てる様に言った。

 

「何で私がやるんだ。こんな目立つところで、直接手を下したらどうなる」

 

「え、じゃあ……どうすんの?」

 

「上手くお前が纏めろ。その切っ掛けを作ってやる」

 

 言うや否や、私はショードンに向かって手を伸ばした。

 そのまま手首を捻ると、不可視の魔力がその首を捻った。

 

 ぐげっ、と言う蛙を潰した様な声を漏らし、昏倒してしまったショードンを見て、周囲は沈黙の後、悄然とした。

 

 何が起きたか理解できず、また誰がショードンを昏倒させたか分からず、戦々恐々とさせている。

 

 それはラーシュも同様で、恐ろしい者を見る視線を向けて来て、その場で動こうともしない。

 

 察しの悪いラーシュに業を煮やしたのは、しかし私ではなくオンブレッタの方だった。

 

「――ほらっ、ギルド長! 出番ですよ。この後押しを利用しないでどうします……!」

 

「あ、あぁ、……そうか! よし……!」

 

 余りに遅いだが、今更ながらにわざとらしく足音を立てて、ラーシュが渦中に入り込む。

 

 そして、冒険者達もまた、その闖入者に気付いて顔を向けた。

 

「あっ、ギルド長……!」

 

「お、おぅ。あー……、なんだお前ら! こんな所で騒ぎやがって! 普通なら、こんなことで一々、出張ったりしねぇんだが……!」

 

 如何にも大根役者だが、冒険者――特に地元の彼らはそんなこと気にならないらしい。

 

 むしろワッと盛り上がり、歓声を上げる者すらいた。

 

「今のギルド長がやったんスか!」

 

「やっぱスゲェや! 頼りになる!」

 

「まぁまぁ、お前ら。そう騒ぐなって!」

 

 ラーシュもラーシュで、その雰囲気を利用して完全に調子に乗っている。

 

 彼らしいと言えば彼らしいが、どうにも見ていられない、

 私はオンブレッタに挨拶すると、リルの手を取って出口へと身体を向けた。

 

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