「お久しぶりです、紫銀の
「あぁ、なんだそっちか……」
「あら、ご挨拶ですこと! 私、そんなに嫌われる様なこと、しましたっけ……?」
冗談と分かる、憤慨した振りで、プリプリと怒る。
私は苦笑して手を振り、ギルドの受付嬢兼事務員、オンブレッタに弁解した。
「いや、ちょっと違う人物を想定してものだから……。すまなかったな」
「いえいえ、とんでもない……! 謝らせてしまって、返って申し訳ありません」
私に向かって丁寧に一礼した後、今度は中腰になってリルに手を振る。
「あ、リルちゃん、お久しぶり。相変わらず可愛いね、元気だった?」
「うんっ、げんき! でも、あっちのほう、ちょっとヤダ。こわい」
「だよねぇ〜?」
そのままゆっくり手を伸ばし、リルの頭を優しく撫でてから離れた。
そうして私に向き直ると、こちらからの返事を待つ。
私は言葉を探す様に視線を動かし、それから首を横に振りながら返答した。
「別に用という程のものはないんだが……。ちょっと冒険者の話を小耳に挟んだものだから、どんなものかと見に来てみた。実際は……中々、面倒な話になってるみたいだな」
「そうなんですっ!」
オンブレッタは私の言葉に意気込んで、掌をパチン、と胸の前で合わせる。
「最近は、どうにも対立が激しくって困ってるんです。冒険者がホームを移すのは珍しくありませんし、それがウチに来るのは、むしろ歓迎なくらいだったんですが……」
「あぁ、ラーシュにも聞いたばかりだよ。東と西の対立が、こうもあからさまに起こるのは……。いや、よく考えてみると、意外でも何でもなかったか」
実力至上主義を標榜する彼らが、弱者を押し退けるのは自然な事だ。
特に西側の充実した装備品は、東側よりワンランク上になる。
そして実際は、そのランク以上に開きがあるので、だから強気に出るのだろう。
同じギルドに所属しているとはいえ、冒険者は基本的に、互いが商売敵だ。
自分のパーティのみならず、仲の良いパーティを贔屓にしたり、その逆をしようとするのは珍しくない。
だが、元々いたパーティと、明らかな外様とで対立構造が出来上がっているのは、いかにも拙そうだった。
まったく無関係な私でもそう思うのだから、ギルド関係者の二人からすれば尚更だろう。
「見てみるに……、あの先頭に立つ者同士が、それぞれの旗頭なのか? つまり、東と西の……」
「そうですね、そういう認識で良いと思います。西側の……っと、こういう区分けする言い方をするのも良くないと思うんですけど、とりあえず今は、分かり易い様にそう言います」
オンブレッタは言い訳じみた前置きをしてから続ける。
「東側については、他に誰も言い返そうとしないから、仕方なく旗頭の役目を負っている感じです。というのも、西側は最近になって、ひどく横暴な方がその旗頭になってしまったので……」
「それはまた、どうして? それまでは理性的な奴が、その舵を取っていたのか?」
「そうですね、西側の彼――ショードン・アイゲルが台頭したのは、その上に居た実力者が軒並み消えたからです。それで繰り上げ的に、今は西側のリーダーに収まっている感じですね」
「……ふぅ~ん? じゃあ、ボーダナンには実力順に挑んで行った訳か……」
「あら、お耳が早い」
オンブレッタは困った様に笑い、それから不承不承に頷いた。
「完全な実力順、という訳でもありませんでしたけど、こちらもそういう認識でいました。後の者が続き易い様に、という配慮だったみたいですね。とはいえ実際は、そうはならなかった訳ですが……」
「俺も少しは期待してたんだがなぁ……」
ラーシュがそう言って片手で目を覆い、天井を仰いだ。
「せめて、それで安全圏を拡げられていたら、今頃すっげぇ変わってたと思うぜ? そこからじわじわと、森に道を敷く事だって出来たかもしれねぇ。だが結果は、再起不能にされた冒険者が、ただ量産されただけだった……」
「西側の実力者でも不可能なら、やっぱり禁足地にしておくしかないって、そういう考えが生まれつつあります」
オンブレッタは、冒険者達の対立を疎ましそうに見つめながら、重い溜め息をついた。
「最初は、発破を掛ける感じだったんですよ、西側の彼らも。ちょっとイイトコ見せてやるか、って感じで……。でも、現実には仲良く返り討ちでしょう? 立つ瀬がないって言うんですかね。その反発もあるんじゃないか、と思ってます」
「中々、容赦のない感想だ」
私が含み笑いに言うと、オンブレッタは恨みがましい視線を向ける。
「貴女は他人事だから笑ってられますけど、こっちはいつも、あのギスギスした空気を当てられてるんですよ? 少し前までは、管を巻きながら良い仕事ないかなぁ、とか呟く冒険者で溢れてたのに……」
「それもどうなんだ、って話だが……」
「でも、平和でした。これじゃあ、近い内に衝突があっても、不思議ではありません。今は互いに意見をぶつけあって、それがある種の発散になってますけど、暴発も時間の問題ですよ」
まるで私を非難する様に言ってくる。
実際、この事態を招いたのは私の様なものかもしれないが、完全なお門違いな上に、そもそも関係ない振りをしなければならない。
私はいい加減、不機嫌になり始めたリルの手を握り直した。
「……さ、それじゃあ、暴発に巻き込まれる前に退散しようか」
「ホントっ!?」
リルは嬉しそうに声を上げると、早速身体を出口へと向け始めた。
しかし、それに焦ったのはギルド員の二人だ。
特にラーシュは情けないまでに崩れた表情で、泣き落としに近い態度で止めてくる。
「そんな冷たいこと言わないでくれよ……! ここまで赤裸々に内情、晒したんだからさ……。ちょっとは協力的になってくれても……!」
「私は現在進行形で、お前の内部監査とやらに、付き合わされている最中なんだが?」
「いや、まぁ、そりゃあ……そうだけど」
「あの胡散臭い糸目を私に近付けないなら、協力してやっても良いぞ」
「う……それは……、無理だ」
そうだろうな、と思う。
そもそも、監査される側の人間が、監査する人間を遠ざけられる様にはなっていない。
組織に属するとはそういう事で、お上の命令には逆らえないものだ。
せめて無関係と証明できれば良いのだが、監査の人間も、調書の一つでも取らないと終われないだろう。
「なぁ……けど、そこをなんとか! 頼むよ!」
遂にラーシュは、私を拝んで頭を下げた。
そいう態度が、私とギルドを結び付けるのだと、どうして分からないのか。
オンブレッタはそんなラーシュを苦い顔で見つめているというのに、本人だけ自覚ないのが、実に不思議だった。
「やっぱり、冒険者なんてのは、馬鹿でないとやれないものらしいな」
「ん? どういう意味だ? 協力してくれるって意味か?」
「だから馬鹿だって言われるんですよ、ギルド長……」
オンブレッタが嘆息と共に、呟く様に言う。
その時、白熱していた冒険者同士の争いが、遂に罵倒から小競り合いに発展し始めた。
何かを殴り付ける音と、鎧同士がぶつかる金属音、そして盛大に転ぶ音を耳が拾う。
何が起きたのかなど、考えるまでもない。
ショードンが腕力に任せて、冒険者を殴り飛ばしたのだった。
「ちょっと温情かけて、話を聞いてやってりゃあ、調子に乗りやがって! オラ! 殴り返して来いよ! 弱いモンが
殴り付けられた冒険者は、口の端から血を流しているものの、大きな怪我をしている訳ではなさそうだった。
しかし、周囲の味方も庇う様に立っているが、殴り返してやろうとはしていない。
静観しているというより、返り討ちに遭うのを嫌がっているようにも見えた。
私はその様子に親指を向けながら、ラーシュに問う。
「……あんなこと言ってるが、言わせたままで良いのか? 一応、暴力沙汰になってるが……」
「あの程度の殴り合い、日常会話の延長みたいなモンだよ。一々、ギルドはそんな事で取り締まったりしねぇよ」
「もっと刃傷沙汰にならないと無理か」
「そこまで大袈裟じゃなくてもいいが……。まぁ、何にしてもここで乱闘になれば、互いに良いことないって分かってるからなぁ。あいつらも良く耐えてるよ」
果たして、本当にそうなのだろうか。
私には、殴り返すのを我慢するというより、呆れて去るのを待っているように見える。
「……けれど、気に入らないな」
「おっ、やってくれるか……!」
喜ぶラーシュに、私は胡乱げな視線を向け、吐き捨てる様に言った。
「何で私がやるんだ。こんな目立つところで、直接手を下したらどうなる」
「え、じゃあ……どうすんの?」
「上手くお前が纏めろ。その切っ掛けを作ってやる」
言うや否や、私はショードンに向かって手を伸ばした。
そのまま手首を捻ると、不可視の魔力がその首を捻った。
ぐげっ、と言う蛙を潰した様な声を漏らし、昏倒してしまったショードンを見て、周囲は沈黙の後、悄然とした。
何が起きたか理解できず、また誰がショードンを昏倒させたか分からず、戦々恐々とさせている。
それはラーシュも同様で、恐ろしい者を見る視線を向けて来て、その場で動こうともしない。
察しの悪いラーシュに業を煮やしたのは、しかし私ではなくオンブレッタの方だった。
「――ほらっ、ギルド長! 出番ですよ。この後押しを利用しないでどうします……!」
「あ、あぁ、……そうか! よし……!」
余りに遅いだが、今更ながらにわざとらしく足音を立てて、ラーシュが渦中に入り込む。
そして、冒険者達もまた、その闖入者に気付いて顔を向けた。
「あっ、ギルド長……!」
「お、おぅ。あー……、なんだお前ら! こんな所で騒ぎやがって! 普通なら、こんなことで一々、出張ったりしねぇんだが……!」
如何にも大根役者だが、冒険者――特に地元の彼らはそんなこと気にならないらしい。
むしろワッと盛り上がり、歓声を上げる者すらいた。
「今のギルド長がやったんスか!」
「やっぱスゲェや! 頼りになる!」
「まぁまぁ、お前ら。そう騒ぐなって!」
ラーシュもラーシュで、その雰囲気を利用して完全に調子に乗っている。
彼らしいと言えば彼らしいが、どうにも見ていられない、
私はオンブレッタに挨拶すると、リルの手を取って出口へと身体を向けた。