「名前を教えて貰って大変恐縮だが、今更、話すことなんて何もないぞ」
存分に嫌味を含ませた台詞と共に、私は厳しく言い放つ。
しかし、ジェイルはそれにも怯むことなく、会話を続けようとした。
「前回お見せした愚行に対してはお詫びします。本当に、愚かな振る舞いでした。ですが私も、仕事を終えなければ帰れないのです」
「フン……」
その発言については、ジェイルの本音なのだろうと思う。
職務を遂行するに当たり、その手口が余りに杜撰だったのも、手早く仕事を終わらせたかったからに違いない。
実際、監査というなら、わざわざ外部の人間にまで話を聞く必要はないのだ。
ギルドの事務員、そしてギルドに所属する冒険者、そうした者達に話を聞くだけで、報告書の実情を照らし合わせる事は出来る。
そこに大きく齟齬があれば、昇給を取り消すなり、減給するなりすれば良い。
だが、今回は外部の協力者に対して、別の嫌疑が掛かった。
だからこうして、異例な程に滞在時間を伸ばして調査している。
更に言うなら、たかだか監査の裏付け程度に、一つの季節を跨いで続けるなど有り得ない。
それだけでも、その異常性を浮き立たせるのに十分だし、これで警戒されずに話を訊き出そうと思っているなら、頭がおめでたいとしか思えなかった。
「でも、領兵を用意できなかったのも、また事実。ですので、せめて世間話だけでもお付き合いいただけませんか」
「少しでもご機嫌取りして、何か話を訊き出せれば、と?」
「いえいえ、滅相もない。ですが、初対面の心証が悪過ぎたではありませんか。挽回したいなら、まず対話から……。誤解があったのなら尚の事です。人には口があり、言葉がある。誤解を解くには、まず会話から始めるべきとは思いませんか」
「そうだな。暴力に訴え出るのは、最終手段に取っておくべきだな。人には知性と、理性がある」
「それではまるで、私が最終的に強硬手段を取る様ではありませんか。私は平和主義者ですよ」
誤解でも何でもなく、私はこいつが最終的に強硬手段を取ると思っている。
西側の――エルフの主義とはそういうものだ。
懐柔し、内側から食い潰すか、それが無理なら強硬な手段を厭わない。
長命種の支配こそ、世界の正しい姿と考えて已まないエルフだから、その為の汎ゆる手段を許容する。
今こうして、西側が静観している様に見えるのは、まだ最終手段を取るべきではない、と考えているからだ。
そして、それは『魔女』を恐れるからでもある。
――かつて、混沌の魔女はその力を恐れられるが故に排斥され、
元々は西側に居た魔女は、そうして東大陸へ逃れた、とエルフは考えていたし、その根拠となるのが東大陸の解放だった。
かつてはエルフが支配し、それ以外の汎ゆる種族が奴隷であった時代……。
前触れもなく解放の機運が高まり、そして時勢に押されるようにして、それが一気に全土へと伝わった。
混沌の時代の始まりである。
そして結果は、今の街の姿を見れば明らかだ。
他人種が共存する国もあれば、単一国家で支配される国もある。
だが、その中にエルフが支配する国は存在していない。
奴隷身分だった彼らが発起し、本来押さえ付けられる彼を、平定させる事が出来なかった。
全てのエルフは西大陸に追い遣られ、その版図を大きく縮小することになった。
その背後には、魔女が居たのだと彼らは信じている。
元より本国は西大陸だし、東大陸は植民地の様な扱いではあった。
しかし、一国のみならず大陸全土で押し負け、追い出された背景には、魔女の暗躍があったのだと信じて疑わない。
そうでなければ、エルフの将軍や要職が、次々と変死する筈もないのだ。
そして、魔女の暗躍があったなら、二度とそんな事が起こらないよう、その死体を確認するまでエルフは絶対に安心しない。
――だから、捜す。
東大陸の再支配を目論見つつ、同じ轍を踏まない為にも、魔女の排除を優先している。
いっそ病的なほど魔女を恐れており、だから常にその動向を探っていた。
しかし、どれだけ捜しても……そして苦労の末、見つけても、するりと躱して姿を
だから、掴んだかもしれない魔女の裾を、どうにか手繰り寄せられないかと必死なのだ。
――恐らく……。
このジェイルは、単に命令された事を実行しているに過ぎない、無知な人間だ。
エルフが伸ばす、草の根の一本でしかないと思う。
私はその度に居を移し、国を変え、身分を偽り生きてきた。
今回もまた姿を隠し、影だけ掴ませれば良い、と思うのだが……今回ばかりはそうもいかない理由があった。
――しかし。
私は今も楽しそうに遊ぶ、リルを見つめる。
子ども同士、仲睦まじく遊びに興じる姿は実に微笑ましく、見ているだけで心が温かくなる。
――しかし、私が姿を隠すとなれば、この幸せを置いて行く事を意味する。
今となっては手放す事など考えられないほど、私にとって掛け替えのないものになってしまった。
それに、精霊王と交わした、マナ溜まりを護る約束もある。
最悪の場合は理解を示してくれるだろうが、何もしない状態で、ただ逃げてしまえば心象は最悪だろう、
リルを丈夫に、そして健やかに育てる為……。
何よりリルを護る為、森に隠れ住んでいる事が、ここに来て大きな枷になってしまった。
――独り切りの時は、こんな悩みとは無縁だった。
ただ旅を繰り返し、気紛れに誰かを助け、時に友誼を酌み交わし、また何処かへ流れる……。
今ではリルを立派に一人で生きていけるよう、教育する事が優先されるようになった。
いずれまた、姿を隠ささざるを得ないにしろ……。
今はリルの教育が優先で、その為にマナ溜まりのある森は、非常に都合が良かった。
――だから、今はまだ隠れられない。
少なくとも、私が満足する力を蓄え、独り立ちさせるのに十分と思えるまでは、あの森から離れられなかった。
――とはいえ……。
チラリ、と横目だけで、今も隣で壁に背を預けるジェイルを見やる。
こちらをいつまでも、のらりくらりと躱し続けるのは無理だろう。
彼が言う様に、仕事を終えなければ帰れない、というのは確かだろうから。
何か成果を得なければいけないのだろうし、だからこれ程までに長時間、この街に滞在しているのだろう。
「どうしたものかな……」
「いやいや、そこまで深刻になさらないでも。誓って他意はありません」
「そうかねぇ……」
「そうですとも。そういう訳で、せめて目を合わせて会話しませんか。その歩み寄りを見せて戴いただけで、今日の所は帰りますから」
何事も、まずは小さな一歩から、という訳だ。
最初に一つだけでも、ほんの些細な譲歩だけでも引き出す。
それが交渉術の基礎だったと思うが、彼もそうした技術を持つ調査員らしい。
このまま無視し続けても、ジェイルは帰ってくれなさそうだ。
仕方なしに顔を向けると、目が合わさった瞬間、彼の魔術が私の視線を射抜いた。
「――うッ!」
使われた魔術は洗脳術。
相手の意識を奪い、支配下に置く術で、これに掛かれば情報の秘匿など意味がない。
そして、精神に関わる魔術だからこそ、心に隙が出来る不意打ちで使うのが上策だった。
「中々、愉快な真似をしてくれるな」
しかし、そんな魔術であっても、自分よりも強い精神の持ち主には通用しない。
それどころか、魔術に精通した相手ならば、逆支配を受ける事にもなるので、容易に使う事を許さない術でもあった。
「それでも使ったぐらいだから、お前はそれなりに自信があったんだろうな。お前が監査なんてやってるのも、もしかしたらそれを買われての事なのか?」
「う……、あ……」
逆に精神を支配されたジェイルは、その瞳に力がなく、何処を見るともなく見つめている。
身体も弛緩してしまって、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。
私は鼻を鳴らして再びリル達が遊ぶ光景を見やり、傍らでフラフラするジェイルに命令した。
「先程同様、目立たない様にしっかり立て。それから、偽りなく私の質問に答えるんだ」
「……はい」
言われた通り、ジェイルは再び壁に背を付けて、不自然に感じられないポーズを取る。
口調や雰囲気など、先程の彼からは掛け離れているが、傍目から見る分には分からないし、十分だろう。
私は満足げに息を吐いて、いよいよ尋問を始める事にした。