混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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騙し合いと追いかけっこ その3

「名前を教えて貰って大変恐縮だが、今更、話すことなんて何もないぞ」

 

 存分に嫌味を含ませた台詞と共に、私は厳しく言い放つ。

 しかし、ジェイルはそれにも怯むことなく、会話を続けようとした。

 

「前回お見せした愚行に対してはお詫びします。本当に、愚かな振る舞いでした。ですが私も、仕事を終えなければ帰れないのです」

 

「フン……」

 

 その発言については、ジェイルの本音なのだろうと思う。

 

 職務を遂行するに当たり、その手口が余りに杜撰だったのも、手早く仕事を終わらせたかったからに違いない。

 

 実際、監査というなら、わざわざ外部の人間にまで話を聞く必要はないのだ。

 

 ギルドの事務員、そしてギルドに所属する冒険者、そうした者達に話を聞くだけで、報告書の実情を照らし合わせる事は出来る。

 

 そこに大きく齟齬があれば、昇給を取り消すなり、減給するなりすれば良い。

 

 だが、今回は外部の協力者に対して、別の嫌疑が掛かった。

 だからこうして、異例な程に滞在時間を伸ばして調査している。

 

 更に言うなら、たかだか監査の裏付け程度に、一つの季節を跨いで続けるなど有り得ない。

 

 それだけでも、その異常性を浮き立たせるのに十分だし、これで警戒されずに話を訊き出そうと思っているなら、頭がおめでたいとしか思えなかった。

 

「でも、領兵を用意できなかったのも、また事実。ですので、せめて世間話だけでもお付き合いいただけませんか」

 

「少しでもご機嫌取りして、何か話を訊き出せれば、と?」

 

「いえいえ、滅相もない。ですが、初対面の心証が悪過ぎたではありませんか。挽回したいなら、まず対話から……。誤解があったのなら尚の事です。人には口があり、言葉がある。誤解を解くには、まず会話から始めるべきとは思いませんか」

 

「そうだな。暴力に訴え出るのは、最終手段に取っておくべきだな。人には知性と、理性がある」

 

「それではまるで、私が最終的に強硬手段を取る様ではありませんか。私は平和主義者ですよ」

 

 誤解でも何でもなく、私はこいつが最終的に強硬手段を取ると思っている。

 西側の――エルフの主義とはそういうものだ。

 

 懐柔し、内側から食い潰すか、それが無理なら強硬な手段を厭わない。

 

 長命種の支配こそ、世界の正しい姿と考えて已まないエルフだから、その為の汎ゆる手段を許容する。

 

 今こうして、西側が静観している様に見えるのは、まだ最終手段を取るべきではない、と考えているからだ。

 

 そして、それは『魔女』を恐れるからでもある。

 ――かつて、混沌の魔女はその力を恐れられるが故に排斥され、何処(いずこ)かへと去った。

 

 元々は西側に居た魔女は、そうして東大陸へ逃れた、とエルフは考えていたし、その根拠となるのが東大陸の解放だった。

 

 かつてはエルフが支配し、それ以外の汎ゆる種族が奴隷であった時代……。

 

 前触れもなく解放の機運が高まり、そして時勢に押されるようにして、それが一気に全土へと伝わった。

 

 混沌の時代の始まりである。

 そして結果は、今の街の姿を見れば明らかだ。

 

 他人種が共存する国もあれば、単一国家で支配される国もある。

 だが、その中にエルフが支配する国は存在していない。

 

 奴隷身分だった彼らが発起し、本来押さえ付けられる彼を、平定させる事が出来なかった。

 

 全てのエルフは西大陸に追い遣られ、その版図を大きく縮小することになった。

 その背後には、魔女が居たのだと彼らは信じている。

 

 元より本国は西大陸だし、東大陸は植民地の様な扱いではあった。

 

 しかし、一国のみならず大陸全土で押し負け、追い出された背景には、魔女の暗躍があったのだと信じて疑わない。

 

 そうでなければ、エルフの将軍や要職が、次々と変死する筈もないのだ。

 

 そして、魔女の暗躍があったなら、二度とそんな事が起こらないよう、その死体を確認するまでエルフは絶対に安心しない。

 

 ――だから、捜す。

 

 東大陸の再支配を目論見つつ、同じ轍を踏まない為にも、魔女の排除を優先している。

 

 いっそ病的なほど魔女を恐れており、だから常にその動向を探っていた。

 

 しかし、どれだけ捜しても……そして苦労の末、見つけても、するりと躱して姿を(くら)ませる。

 

 だから、掴んだかもしれない魔女の裾を、どうにか手繰り寄せられないかと必死なのだ。

 

 ――恐らく……。

 

 このジェイルは、単に命令された事を実行しているに過ぎない、無知な人間だ。

 エルフが伸ばす、草の根の一本でしかないと思う。

 

 私はその度に居を移し、国を変え、身分を偽り生きてきた。

 

 今回もまた姿を隠し、影だけ掴ませれば良い、と思うのだが……今回ばかりはそうもいかない理由があった。

 

 ――しかし。

 私は今も楽しそうに遊ぶ、リルを見つめる。

 

 子ども同士、仲睦まじく遊びに興じる姿は実に微笑ましく、見ているだけで心が温かくなる。

 

 ――しかし、私が姿を隠すとなれば、この幸せを置いて行く事を意味する。

 

 今となっては手放す事など考えられないほど、私にとって掛け替えのないものになってしまった。

 

 それに、精霊王と交わした、マナ溜まりを護る約束もある。

 

 最悪の場合は理解を示してくれるだろうが、何もしない状態で、ただ逃げてしまえば心象は最悪だろう、

 

 リルを丈夫に、そして健やかに育てる為……。

 何よりリルを護る為、森に隠れ住んでいる事が、ここに来て大きな枷になってしまった。

 

 ――独り切りの時は、こんな悩みとは無縁だった。

 

 ただ旅を繰り返し、気紛れに誰かを助け、時に友誼を酌み交わし、また何処かへ流れる……。

 

 今ではリルを立派に一人で生きていけるよう、教育する事が優先されるようになった。

 

 いずれまた、姿を隠ささざるを得ないにしろ……。

 今はリルの教育が優先で、その為にマナ溜まりのある森は、非常に都合が良かった。

 

 ――だから、今はまだ隠れられない。

 

 少なくとも、私が満足する力を蓄え、独り立ちさせるのに十分と思えるまでは、あの森から離れられなかった。

 

 ――とはいえ……。

 チラリ、と横目だけで、今も隣で壁に背を預けるジェイルを見やる。

 

 こちらをいつまでも、のらりくらりと躱し続けるのは無理だろう。

 彼が言う様に、仕事を終えなければ帰れない、というのは確かだろうから。

 

 何か成果を得なければいけないのだろうし、だからこれ程までに長時間、この街に滞在しているのだろう。

 

「どうしたものかな……」

 

「いやいや、そこまで深刻になさらないでも。誓って他意はありません」

 

「そうかねぇ……」

 

「そうですとも。そういう訳で、せめて目を合わせて会話しませんか。その歩み寄りを見せて戴いただけで、今日の所は帰りますから」

 

 何事も、まずは小さな一歩から、という訳だ。

 最初に一つだけでも、ほんの些細な譲歩だけでも引き出す。

 

 それが交渉術の基礎だったと思うが、彼もそうした技術を持つ調査員らしい。

 このまま無視し続けても、ジェイルは帰ってくれなさそうだ。

 

 仕方なしに顔を向けると、目が合わさった瞬間、彼の魔術が私の視線を射抜いた。

 

「――うッ!」

 

 使われた魔術は洗脳術。

 相手の意識を奪い、支配下に置く術で、これに掛かれば情報の秘匿など意味がない。

 

 そして、精神に関わる魔術だからこそ、心に隙が出来る不意打ちで使うのが上策だった。

 

「中々、愉快な真似をしてくれるな」

 

 しかし、そんな魔術であっても、自分よりも強い精神の持ち主には通用しない。

 

 それどころか、魔術に精通した相手ならば、逆支配を受ける事にもなるので、容易に使う事を許さない術でもあった。

 

「それでも使ったぐらいだから、お前はそれなりに自信があったんだろうな。お前が監査なんてやってるのも、もしかしたらそれを買われての事なのか?」

 

「う……、あ……」

 

 逆に精神を支配されたジェイルは、その瞳に力がなく、何処を見るともなく見つめている。

 

 身体も弛緩してしまって、今にも崩れ落ちてしまいそうだった。

 

 私は鼻を鳴らして再びリル達が遊ぶ光景を見やり、傍らでフラフラするジェイルに命令した。

 

「先程同様、目立たない様にしっかり立て。それから、偽りなく私の質問に答えるんだ」

 

「……はい」

 

 言われた通り、ジェイルは再び壁に背を付けて、不自然に感じられないポーズを取る。

 

 口調や雰囲気など、先程の彼からは掛け離れているが、傍目から見る分には分からないし、十分だろう。

 

 私は満足げに息を吐いて、いよいよ尋問を始める事にした。

 

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