混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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騙し合いと追いかけっこ その6

 行き着いたのは、路地から出て、しばらく進んだ先の馬車道だった。

 

 人通りの多い道だが、スラムがまだ近いせいもあってか、地面に座り込む者、寝転んでいる者の姿も見える。

 

 スラムにすら住めない者は、日々の飢えだけ何とか凌ぎ、生きているのか死んでいるのか、分からない状態の者もいた。

 

 私はなるべく、リルがそうした光景を見ることのないよう誘導し、屋台のある方向へと導く。

 

 そうして少し歩けば、屋台の姿が見えてくる。

 屋台にしても場所取りについては色々あって、常に良い場所を得られるとは限らない。

 

 コネがなかったり、満足な場所代を払えない者は、こうしたスラムに近い場所しか他には残っていなかった。

 

 とはいえ、だから味が悪いという事もなく、食べるのに十分な品質な物はそこそこにある。

 

 そして、覗いてみた屋台では、腸詰めの串焼きが売られていた。

 味付けに種類はなく、一品物のみの提供みたいだ。

 

 こうした小さな屋台で、そうした提供は決して珍しくはない。

 

 別に他を選んでも良いのだが、余り長々と子ども達を連れ回すのもいただけないから、ここにしようかと顔を向けたのだが――。

 

 だがそれより、子ども達の気持ちは、既に決まっていた様だった。

 

「リル、これがいい!」

 

「うん、オレも! うまそう!」

 

「ホントだぁ~、おいしそ〜!」

 

 子ども達が屋台に群がり、商品に手を伸ばそうとする。

 それを屋台の店主が神経質そうな顔で睨み、シッシと手を振った。

 

「カネの方が先だよ。ないなら失せな」

 

 こういう場所で商売しているから、だろうか。

 店主の顔や態度に余裕はなく、客商売とは思えない態度だ。

 

 とはいえ、飢えた子どもなどこの辺りでは珍しくなく、臭いにつられて寄って来たりもしそうだし、だからこその対応かもしれなかった。

 

 いつも愛想の良い店主ばかりと対応していたリルは、その差に唖然としている。

 

 市場近くは治安も良く、金払いの良い客ばかりだから、店主にも余裕があるのだろうが、ここでは下手すると盗まれてもおかしくない立地だ。

 

 リルがショックで固まっている間に、その頭をさわりと撫でて前に出て、その手に私を除いた人数分の代金を払う。

 

「これで子ども達に一本ずつ頼むよ」

 

「あぁ、こりゃどうも! へへっ、今すぐ!」

 

 料金をしっかり確認すると、途端に愛想よく頷き、子ども達へと一本ずつ手渡す。

 

 リルは少し拗ねた様子だったが、腸詰めに齧り付くと途端に表情が和らいだ。

 

「おいしーっ!」

 

「そうか、機嫌も直ったかな」

 

 特別な味付けなどはしていなさそうだが、畜産が盛んな街だからこそ、腸詰めは外れのない商品とも言える。

 

 他の子ども達も美味しそうに食べ、あっという間に食い尽くしてしまった。

 

 リルは食べ終えて残った木の棒を、ガジガジと齧りながら、不満そうな声を漏らす。

 

「もっと、たべたいな……」

 

「でもね、余り食べ過ぎると、夕食がお腹に入らないよ」

 

「もっとたくさんあそぶから、すぐおなかすくもん!」

 

「とはいってもね……」

 

 食べるばかりでは、喉も乾くだろう。

 私は持ち歩いている水筒から、ハーブティーを注ぐと、まずリルに飲ませた。

 

「コップは一つしかないから、飲み回しなさい」

 

 リルが飲み終えれば次に、モンティへ。

 

 そして、次にミーナ、それからヘイトへと渡り、それぞれが満足そうに息を吐いた所で、リルは未だ未練のある目を屋台に向けた。

 

「ねぇねぇ、お母さん。もういっこだけ、たべちゃダメ?」

 

「駄目という事はないけどね。でも……」

 

 それで夕食を残す事になったら、シルケが悲しむ。

 

 リルが美味しそうに食べるのを、本当に嬉しそうに見ているから、それが生き甲斐となっている節がある。

 

 本当に空腹なら満たしてやりたいが、今のリルは単に味を楽しみたい、という風にしか思えなかった。

 

 だが、そこでリルは弾かれた様に顔を上げ、それから自分の腰に――正確には、腰に結んだ小袋に手を当てた。

 

 そうして、結び目を解くと小袋を手に取り、宝物の様に掲げた。

 

「ねっ、お母さん、これ! おこづかい、つかっていい?」

 

「うぅん……、そうだね。それはリルが自由に使って良いお金だから、どういう時に使うかも自由だけど……」

 

「やった!」

 

 リルは嬉しそうに飛び跳ね、その度に袋の中に収まった硬貨がチャリチャリと音を立てた。

 

 それを傍で見ていたモンティ達は、そんなリルを感嘆とした、羨望の眼差しで見つめる。

 

「すげェ……! リル、自分のカネ持ってるのかよ」

 

「いいなぁ、うやらましいなぁ……!」

 

「んへへ〜……っ。お母さんがね、おかねのつかいかた、かんがえなさいって、くれた」

 

 リルはその羨望の眼差しに照れながら、それでも誇り高そうに応える。

 ――その時だった。

 

 上手く気配を隠してはいるが、私には初めから分かっていた。

 物陰に隠れ、こちらを窺っている何者かがいる。

 

 それは一瞬の隙を突いて素早くリルに近付くと、掲げている小袋を奪って逃走してしまった。

 

「……あッ!」

 

「あ〜っ!」

 

「……んぅ?」

 

 元々街で暮らしている子達は、何をされたか瞬時に理解していて、逆にリルは暢気過ぎる格好で、去って行く後ろ姿を見つめていた。

 

「アイツ、盗ってった! リルのカネ持って、にげやがった!」

 

「……なんで? あれ、リルのだよ?」

 

 リルはこの期に及んでも、お金を収奪されたのだと理解できず、自分の手とその後ろ姿を交互に見つめた。

 

 そんな姿を屋台の店主は、呆れた様に見て、嘯くように言う。

 

「ここでそんな、迂闊にお金を見せびらかしちゃいけねぇよ。スラムに近いトコじゃさ、いつだってあぁいう悪ガキが、盗みをしようと狙ってんだ」

 

 確かのあの背格好はまだ子どもで、十歳にもなっていないだろうと思われた。

 黒髪を背中まで伸ばして、襤褸を纏った猫の獣人だった。

 

 だからこそ、その身のこなしには自信があるのだろう。

 

 物陰に隠れる天然の隠伏技術は大したものだったし、獲物を奪って逃げ出す瞬発力もまた、その年齡にしては見事だった。

 

「なにしてんだよ、リル! おっかけねぇと!」

 

 モンティが急かし、リルは私を見返して来た。

 

 どうしたらいいか、と問うものであると同時に、どうしてそんな事をされたのか、問う視線だった。

 

 自分の非を叱られると思っているようでもあるが、私は苦笑しつつリルの頭を撫でた。

 

「別に怒ってはいないよ。お母さんは前にも言った筈だ。ちゃんと持っておかないと、勝手に持って行く人もいるって」

 

「……うん、いった。まちには、わるいひともいる」

 

「そうだね。特にスラムで生きる人は、犯罪に手を染めないと、生きて行けない者もいる。そういうのはね、いつだって隙を見せるのを待っているんだ」

 

「リルのこと、キライだから?」

 

「そういうのとは、あんまり関係がないかな」

 

 私は困ったように笑いながら、尚もリルの頭を撫で続ける。

 

「でも、この子達が羨んだように、嫉妬にかられて、というのはあるかもしれない。貧しい境遇の子は、貧しい心に育ちがちだ。それを可哀想とも思うが……」

 

「いやいや、おっかさんよ……。そんなに暢気で良いのかい?」

 

 屋台の店主が、呆れる視線を隠そうともせず言ってきた。

 

「もう完全に逃げちまってるよ。すぐに追い掛ければ、まだ捕まえられたんだろうに……」

 

「そうだよ、リルの母ちゃん! あっちはスラムの方だ! 道もすっげぇ入れ組んでるし、キケンもたくさんだから、もうムリだよ!」

 

「いいや、無理なものか」

 

 むしろ、丁度良いハンデだ。

 

 物陰に身を潜めている間から、その存在を察知していたくらいだから、飛び出して、リルの財布を掴んだ時点でマーキング付けている。

 

 私からすると、いつでも取り戻せるし、既に掌の中だった。

 

 その上で放置し、リルの教育を優先しただけであって、諦めるつもりなど最初から毛頭ない。

 

「さて……」

 

 リルの両肩に手を置いて、私は既に見えなくなった道の先へ、リルの身体の向きを変えた。

 

「リル、今の子は、リルと追いかけっこがしたいんだそうだ。見つけてごらん、捕まえてごらん、って誘ってる。リルはどうする?」

 

「じゃあ、つかまえる!」

 

「おい、リル。そんなカンタンに……」

 

 モンティの呆れた顔は、迂闊な者を見るような眼差しに変わる。

 

 それは他の二人も似たようなもので、より心配そうな顔をしていたりと、そこには小さな差がある。

 

「腹ごなしには丁度、良いだろう」

 

「いや、リルの母ちゃん……。そんなこと言っても……」

 

「さぁリル、行っておいで。でも、どーん、は駄目だよ。馬を轢いてしまうからね」

 

「……ぎゃく、じゃね?」

 

 モンティの疑問に私は笑う。

 

 ところが、リルがナナの力を借りて行う突進は、冗談ではなく本気で馬車すら吹き飛ばす。

 

 ただ歩いている時なら当然その逆だが、全速力のリルならば危ないのは馬車の方だ。

 

「さぁ、捕まえて、びっくりさせてあげよう」

 

「うんっ!」

 

 言うや否や、リルは身体を低く構えて、しっかりと地面を踏みしめ――それから、地を蹴って走り出した。

 

 遊びの時とは違う、本気の全力疾走だ。

 

「ばっびゅ〜ん!」

 

 風すら置いてけぼりにする速度で、あっという間に見えなくなる。

 確かにどーん、ではなかったが、あれでも十分速い。

 

 私がしっかり見守ってやらないと、誰かが怪我をしそうだった。

 

 その後ろ姿を子ども達は呆然と見送り、私も遅れて走り出す――前に、それぞれの肩を叩いて、ある一点を指差した。

 

「今日の所は、もうお帰り。リルと遊んでくれて、ありがとう。事の顛末は、今度の学校ででも伝えさせよう」

 

 そう言って、私も後を追って走り出した。

 しかし、リルと違って常識的な速度だ。

 

 私にはリルと逃走犯が何処に居るか、しっかりと見えている。

 そして、逃げる方向から何処へ行くつもりなのかも――。

 

 私は先回りするルートを選んで、その二人を悠々と追い掛けていった。

 

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