混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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憐憫と救済 その5

 身体を擦り寄せてくるリルを愛おしく眺めていると、不意に横からの視線に気付いて、ベントリーへと顔を戻した。

 

「……いや、申し訳ない。話の最中に、そっちのけでする事ではなかったな」

 

「いえいえ、滅相もない。母の為せる愛を、見せていただきましたよ」

 

 そう言って悪戯っぽく笑い、それからしみじみと頷いた。

 

「理想を口にしつつ、現実をも教え、学ばせる……。それが貴女の教育方針という訳ですね。それを学ばれるリル様が、いっそ羨ましいぐらいですが……」

 

「お前みたいなデカい子は、全くお呼びじゃないぞ」

 

 冗談で返すには本気過ぎるトーンになってしまい、ベントリーは苦笑いを浮かべた。

 

 話はそこで終わりかと思いきや、しかし、また別の切り口で同じ話題が続く。

 

「いやはや、手厳しい。まぁ、今更学徒など、似合わないのは確かですがね……。時に教師など、やってみるつもりなどありませんかな?」

 

「教師……?」

 

「えぇ、領内に学び舎が少ないのは、設備の問題も確かにあるのですが、教師のなり手が少ない、という部分もありまして……。教育水準を引き上げたいと、領主様もお考えの様ですが、事はそれ以前の問題なのですよ」

 

「なるほど。事情は良く分かるが、興味ないな」

 

 私は素気なく断り、リルを撫でる。

 

「私には、この子だけで手一杯さ」

 

「しかし、一人に教えるのも、二人や三人に教えるのも、手間はそう変わりませんでしょう? それに、読み書きと計算だけ出来れば良い、という事でもない。さぞ、良い教師になられると思ったのですが……」

 

「私に行商は似合わないか?」

 

 微笑みと共に尋ねると、ベントリーは腹を揺すりながら顔を横へ動かす。

 

「いえ、決してそう言った意味ではありません。ただ、より向いている様に感じられただけです。商人をやるにも才覚が必要ですが、教師も同様に必要と思っている次第で……」

 

「それじゃあ、やっぱり行商が向いてないって、言ってる様なものじゃないか」

 

 私は笑みを深めてリルを撫でる。

 不快には思っていない。その通りだと思うからだ。

 

 ベントリーが何処まで気付いているか、それは分からないが、行商にしては妙だと感じる機会は多いだろう。

 

 そして、今回の件で、それをより強めたに違いない。

 ……だとしても、そこから教師へ推薦されるのは、どうにも妙な感じがした。

 

「何だって、お前が教育水準の話にまで口を出すんだ? 畑違いも良い所だろう」

 

「それは重々承知ですが、領主様とは懇意にさせていただいていますから。領政に関して、時々アドバイスなどをしているので、そうした事を耳にする機会が多いのです。つまり、足りない部分へのお嘆きとか、ですね」

 

「そして、直接的な頼みという形ではなく、あくまで相手からの配慮として、問題の解決を望まれる訳か」

 

 権力者としては、消して珍しい行為ではない。

 

 一般市民に区分されるとはいえ、財力を持つ商人は貴族と同等に厄介な存在だ。

 

 頭ごなしに命じれば、必ずしこりや摩擦を生む。

 かといって、頼み事とすれば借りが出来る。

 

 それらを勘案して、相談ではなく心情の吐露という形で、自らの不満を述べるのだ。

 

 だが実際は、殆ど頼み事に近いし、時として強い要望として囁かれる。

 あくまで形式上、頼み事をしていないという、いわば儀礼にも近い遣り取りだった。

 

「豪商は豪商なりに、色々とあるんだろう。頼み事を聞いてやれば、それなりに旨味もあるんだろうな」

 

「無論、それもありますが、一つは貴女様に関することです」

 

「……私に?」

 

 意外……という事はないかもしれない。

 

 個人的には大人しく暮らしているつもりだが、他では見られない商品を扱う、という一点において、貴族は興味を向けるものだ。

 

 稀有な販売ルートや伝手を持つ商人と、貴族は縁を持ちたがる。

 

 利益を自分に取り込む為、他の貴族に渡らせず独占する為、個人的に誼を通じたい為、理由は多種に渡るが……。

 

 彼らの様な特権階級からすれば、そうした知己は多ければ多いほど良い。

 多少強引でも取り込もう、と考える貴族は実際多かった。

 

「貴方様は実に良い品を卸して下さる。私はそうした品を優先的に貴族へ流すことで、貴方様への接触を絶ってきました。彼らからすると、直接やりとりしたい、と考えるのは当然のことですから」

 

「パトロンになれば箔が付いたり、より優先的な恩恵を受けられるものな。実際、それで良い品をより多く望めたり、輸送量が増大すれば益は大きいと考えたりするものだし……」

 

「然様です。貴方様の場合、ジャムや蜂蜜と言った甘味ですな。無論、それ以外にも取り扱う商会は多いものですが、品質の違いは遺憾ともしがたい。私でも同様の品を見つけられないので、貴女様を直接囲みたいと思うのは、むしろ当然というものでしょう」

 

 相手が商人ならば、貴族にとって御し易い相手と言える。

 大抵は金銭の遣り取りで解決するので、そうする事に躊躇いがないものだった。

 

 しかし、ベントリーは私という人間を知っている。

 

 余りにしつこいと逃げると踏んでいるし、権力に任せて接近すればどうなるか、その結果をよく理解していた。

 

「私はそう言った掛かる声が、なるべく貴女様に届かぬよう尽力して参りました。――いえ、恩着せがましく聞こえてしまったのなら謝罪いたします」

 

 そう言って、ベントリーは片手を挙げて、小さく振った。

 

 そして私も、そういった意図がないのは良く分かっているので、気にせず首を振って続きを促す。

 

「どういった性格をしているか、そうした事も先方には良く伝えておりますから、強引な接触はないでしょう。この前あった、ギルド本部からの要請……。あれを突っ放させる事が出来たのも、ご機嫌取りの考えが一因ですな」

 

「あれを貸しと思われていたら、シャクでしかないが……」

 

「大丈夫でしょう。その辺りは理解していますよ。……そうですな、腕の立つ冒険者の様に見做せば良い、という助言が役立っておるやもしれません」

 

「……ふむ?」

 

 私の正体はどちらか言えば、そちらの方が近い。

 

 だから、そうした匂わせなのかと思ったが、表情を窺う限り、どうやらそうでもないらしい。

 

 もっと単純に、気質の方を言っているのだろう。

 確かに高位の冒険者で、かつその腕に自信がある者は、便利使いされるのを嫌う。

 

 底辺から這い上がった者は、尚更その気風が強かった。

 

 実力者にそっぽを向かれて困る事は確かにあるので、そういう相手には貴族も慎重になる事もある。

 

「まぁ、私が取り分け気難しいのは自覚しているさ。もしもアポなしで、唐突に同席でもされたら……張り倒すかもしれん」

 

 薄く笑って言うと、ベントリーは苦い笑みを隠し切れずに言った。

 

「それが良く分かるから、私の所で止めておるのです。お陰で実はその気があるのに、私が隠していると思われる始末です」

 

「それはまた……、苦労させるな」

 

「貴方様が来る頃を見計らい、偶然を装い同席させろ、という声も……実際ありました。ですが、そうした時の機嫌悪さは、容易に想像つきますからな」

 

 私は一も二もなく頷く。

 

 そうした行為が貴族として、むしろ大きく譲歩した上で気を利かせた、と思う輩は多い。

 

 あるいは単に考えが足りず、何のかんのとなし崩し的に許されるだろう、と考えてしまいがちだ。

 

 そうした『貴族病』は実にありがちで、ベントリーの苦労が忍ばれる。

 少し申し訳なく思うぐらいだが、しかしベントリーはからりと笑った。

 

「貴方様との縁が続くなら、そのぐらいの苦労もし甲斐もあると言うものです。……ま、話は色々ずれましたが、とにかく貴族の方々とは必然、親密になるので悩みという名の頼みを聞き易いのです」

 

「だがやはり、教師というのは無理だぞ。一人に教えるなら、二人も三人も変わらない、というのも暴論に過ぎるしな」

 

「おや、そうですかね?」

 

 考えが足りないというより、単に無理解から来る感想の様だ。

 彼にとっても身近ではないから、中々想像しづらい事なのかもしれない。

 

「教師のなり手が少ないって時点で、分かりそうなものじゃないか。苦労が多いんだよ。あとは面倒もな」

 

「学が必要なのは確かですがね。しかし、この街で少ないのは、単により良い環境や給金が、他では出るからでしょう」

 

「だったら予算、付けろよ……」

 

 私がげんなりとして言うと、ベントリーは笑う。

 

「そこが正に、悩ましい所なのでしょう。この街の学舎だって、殆ど教師個人の熱意に救けられているようなもので。食べていくだけでギリギリだと思いますよ」

 

「だが、私ならその心配がないって?」

 

「仰る通りで……。これから不労所得が得られますからな。金銭に困らない人でなければ、請負づらいというのが、私の考えでして」

 

 そう言われて、初めて気付いた。

 事業が上手く行けば、という前提が先立つが、確かに懐へと金が舞い込んで来る。

 

 生活に困らないだけでなく、無理して行商を続ける必要もなくなるだろう。

 

 まさに寝ているだけで金が入って来るかの様だが、そこにベントリーの別の狙いがあると、私はすぐに見抜いていた。

 

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